640 死将ヨルヴィレド
六百四十
禍々しい剣を手にする死人、ヨルヴィレド。全員がその一挙手一投足を注意深く睨みながら警戒する中、一瞬の間に状況が動いた。
「ええ!?」
ヨルヴィレドが僅かに振り向いたかと思った直後、彼の持つ剣がアンドロメダの目前にまで迫っていたのだ。
先ほどまで教皇と舌戦を繰り広げていたが、それはそれ。真っ先にリーダーを狙って来たあたり、まだ冷静のようだ。
「まあ、そうくるだろうな」
しかしその剣を紙一重のところで防いだソウルハウル。アンドロメダを狙ってくる可能性を考慮していた彼は、ヨルヴィレドの一撃を得意の壁で受け止めた。
だが遺体とはいえ、相手は三神将。それだけで勢いを止められるものではなかった。直ぐに斬り返し、分厚い壁をも斬り裂いてしまう。
「今がベスト」
僅かの溜めが必要だったその一斬撃は、だからこそ狙い時でもあった。エリュミーゼは素早くマッドゴーレムを忍び寄らせ、そのまま一気に足元からヨルヴィレドに絡みつき動きを封じ込める。
更にそれを待っていたと駆け抜けたのは、アルトヴィードとローザンだ。二人は身動きを封じられたヨルヴィレドに対して、容赦なく剣を振り抜く。
「あまり気持ちのいいものじゃないな」
「ああ、まったくだよ」
目にも留まらぬほどに研ぎ澄まされた斬撃は、マッドゴーレムごとヨルヴィレドの身体を両断していた。
三神将とはいえ、今は専用の神器もない。しかも傀儡となってしまった状態では本来の力の一割も引き出せてはいない。だからこそ二人がそれを為すのは容易なものだった。
「ふふ、その程度でどうにかなるわけないじゃない」
しかし、相手が相手だ。女公爵が不敵に笑うと、切り離したはずの身体が既にぴったり元通りになっているではないか。
「ならば、もう一度斬り捨てるまで」
「二等分がだめなら四等分を試してみるか」
再生能力に優れた敵とも幾度とやり合った事がある。アルトヴィードとローザンは静かに剣を構えると、直後に猛烈な闘気を迸らせて疾走した。
相対するヨルヴィレドも、これを迎え撃つべく剣を構える。そして双方が交差する瞬間、目にも留まらぬ速さで剣戟の応酬が繰り広げられた。
とはいえ万全な二人と、死に体なヨルヴィレドだ。その決着は瞬間に決まり、今度は四等分に斬り裂いた。
「だめだめ。そんなんじゃ勝てないんだから」
その結果を前に、まだ余裕を見せる女公爵。事実、斬り分けたはずだが既に身体は元通りで、ヨルヴィレドは何事もなく剣を構え直していた。
「では次は更に倍だ」
「追撃も考慮しよう」
こうなったら再生が出来なくなるまで、そして今度は再生する前にも色々試す必要がありそうだ。と、続く一手を思い描きながら再び瞬間に肉薄し、二人がその剣を鮮やかに閃かせた時──。
「むっ」
「これは……」
甲高い金属音が響くと共に二人は素早く距離をとった。
いったいどうしたというのか。何が起きたというのか。先ほどまでは二人の技に反応出来ていなかったはずのヨルヴィレド。しかし今度は二人の剣を軽々と受け止め、そのままいなしてしまったのだ。
「どう、彼って凄いでしょ? それはもう通用しないから」
警戒する二人の姿に気をよくしたのか、女公爵は愉快そうに笑っていた。
「なるほど、そういう感じか」
「あー、厄介なタイプだなぁ」
女公爵の言葉と余裕な態度。それらから二人は概ねを察した。
このヨルヴィレドには一度見せた技は通用しないというわけだ。しかもその見切りを得たまま復活するというのだから性質が悪い。
つまり、今がどれだけ有利に戦えている状態であろうと、いずれ必ず全ての技が通用しなくなって逆転されるという事。
しかもこういった場面での定石は、操っている本体の方を倒してしまうというものだが、彼女の浄化も狙っている今、直ぐに斬り捨てるわけにもいかない。
「そういうところまで利用されちゃっているんだ……」
その状況を前に、不服そうに顔を顰めるのは教皇だ。
極めて目が良い事。実はそれこそがヨルヴィレドの唯一無二な特技であり、これを知るのは本人と教皇のみ。昔から仲の良かった二人だけの秘密だった。
けれど、そんな特技を利用されているのみならず、こんな多くの目の前で堂々と披露しているなんて約束はどうしたと教皇は憤慨気味でもあった。
『相手が相手だ。厄介なのは想定済みさ。だからもう少しだけ引き付けておいてくれるかな』
それは天魔族の魔法なのだろう。二人だけに聞こえる声でアンドロメダが秘策ありだと告げる。
ここは魔王の拠点。待ち受けるは、主因子を持つ悪魔達。当然、簡単にはいかない事などわかっていた。だからこそ多くの作戦を立て、アンドロメダも様々な策を用意してきたわけだ。
「よし、それじゃあ技が尽きる前によろしく頼む」
「ま、どうにか出来るならやってみようか」
狙いがあるというアンドロメダの策を聞いた二人は、ヨルヴィレドの猛攻を凌ぎつつ、そういう事ならと頷き構えた。
数度斬り結んでから僅かに空いた間。立ち並ぶアルトヴィードとローザンは、その一瞬に構えを変えた。重心は低く、より攻撃性を高めていく。
「こういうのは、だいたい上限みたいなものがあるはずさ!」
「なかったら詰みだけどな」
不死とはいえ、絶対ではないはずだと意気込み仕掛けていくアルトヴィード。そしてローザンはというと、正面からではなく多方面からの強襲を狙う。少しでも技を見られるのを防ぎ、より時間を稼ぐためだ。
更にソウルハウルとエリュミーゼによる援護も加わった事で、見切られた技を無理矢理決めていく。
四等分から八等分。加えて炎を纏った斬撃を織り交ぜて燃やす。だがヨルヴィレドは、その全てを受けてもなお直ぐに再生して直後には対応し始める。
その間にもルミナリアとシモーネクリスとで、遠距離から女公爵にちょっかいをかけて集中力を散らせていた。
だが、ヨルヴィレドの反応や能力に一切の影響はなかった。操るとは、また違っているのかもしれない。
「これはなんというか、剣でどうにか出来そうにないねぇ」
短時間ながらも数十数百と斬り合ったアルトヴィードは、どうにもお手上げだと笑った。
不死の魔物や魔獣といった類が相手でも、これまでその全てを剣一本で葬ってきた彼である。ただ、ここまで通じないのは初めてだと降参するも、それでいてその目は未だにギラついていた。
「やはり、公爵の位は伊達ではないな」
教皇が封じているとはいえ、女公爵の力は確かにグランデ級のもの。加えて三神将ヨルヴィレドという隠し玉は、恐るべき能力を秘めていた。
これは厳しいぞと足を止めたローザンは、じりじりと後ずさる。
「そう、ようやくわかってくれたみたいね! じゃあそのまま死んじゃって!」
二人の判断を前にして愉快そうに笑う女公爵。
ヨルヴィレドが見切っているのは二人の剣技のみならず、その間に使われた術までも一目で看破していた。二人の撤退を援護する術の悉くが斬り払われ霧散する。
「簡単には逃がしてくれないか」
「まあ、そうだよな」
逃げきれないと察してか再びヨルヴィレドと相対した二人は、その剣に全力で立ち向かう。
そしてローザンがギリギリのところで凌いだ時、アルトヴィードの闘気が一気に集束した。
【破型弐式:浪々時雨】
その刹那、まるで嵐の如き剣戟が駆け抜けた。当てもなく彷徨うかのように流れ、形あるものを微塵に散らす剣の嵐。目にも留まらぬその刃は、容赦なくヨルヴィレドを斬り裂く。
「まだそんな技あったんだ。でもね──」
その技の冴えは、思わず息を呑むほどの迫力があった。けれど、どれだけ抵抗しようと結果は同じだと微笑む女公爵は、何も問題ないとヨルヴィレドの肉体を修復する。
だが、そうはさせじとルミナリアの魔術とシモーネクリスの投槍が襲う。
「だから無駄だっていうの!」
けれどそれらは、これまでと同じように苦も無く防がれてしまった。
死骸による大戦力は封じているものの、死骸の操作自体は今も健在。ゆえに無数の死骸が壁となり、あらゆる攻撃が阻まれるのだ。
「それじゃあ、こういうのはどうかな?」
ただ、それは展開した後だと直ぐに組み直せないという欠点があった。そしてアンドロメダは、これまで観察してきた中でそこに気づいた。前線から離れ身を潜めていた彼女は、近づけるこの一瞬を狙っていたのだ。
「だからなに!?」
すぐ背後にまで忍び寄ったアンドロメダ。女公爵は素早く振り返って狙いを定める。そして主因子を使い命令を送った。
淡く漏れ出る白い光と共に新たな傷が刻まれるも、もはや意地のみで耐えているのだろう。ヨルヴィレドの力があれば、まだ戦えると信じて。
そして本来ならば、ここで一瞬の内にヨルヴィレドが駆け付けるはずだった。彼の肉体には、それだけのポテンシャルが備わっていた。
「いただきだ!」
ヨルヴィレドは直ぐに戻らなかった。復活に時間がかかった事に加え、何よりもアルトヴィードとローザンを深追いしていた事で大きく離れてしまっていたのが原因だ。
そしてその時間と距離が、アンドロメダにとっての絶好の好機となった。
女公爵との距離を一気に詰めて、即座に小瓶を掲げる。するとどうだ。まだ微かに残っていた白い光を一気に吸い込んでいったではないか。
「なにそれ、何するの!」
攻撃ではない。しかし不穏な気配を感じたのか反射的に抵抗を見せる女公爵。鋭く繰り出された足蹴りをひらりと躱して距離をとったアンドロメダは、手元の小瓶を確認してにんまり笑う。
そう、作戦成功だ。女公爵が宿す主因子を奪い取る事に成功したのである。
「どうして……私から奪ったな! なんて事するの!」
その変化を感じ取ったのだろう。なぜそんな事が出来るのかと驚き憤慨する女公爵は、それと同時にどこか慌てたような色も顔に浮かべていた。
そしてその理由は、直後に明らかとなった。突如、神気に近い力が膨れ上がったかと思えば、強烈な衝撃が周囲一帯を襲ったのだ。
「あ、こうなっちゃう感じだったかぁ」
抗いきれずに吹き飛ばされるアンドロメダ。彼女が目にしたのは、その中心になったと思われるヨルヴィレドの姿だった。
三神将ヨルヴィレド・ポラリスは、生前に神の力の一端を振るっていた。そしてその力は遺体となった今でもそこに宿っている。
だからこそ本来は悪魔のいいなりになるものではないが、主因子の力がそれを可能にしていた。
そして、アンドロメダがそれを封じた今、彼がどうなるのかというと、その様子からして止まるというわけではなさそうだ。
そもそもリビングデッドに仕立てたのは女公爵の力。しかし彼女には、彼を御するだけの力まではなかった。ゆえに主因子の力で無理矢理に支配していた状態だった。
その支配から解き放たれた今のヨルヴィレドは、身体に残された力を燃やして暴走するだけの死人になり果ててしまったというわけだ。
「あれはもしや、三神将の……!? これまた随分と面倒そうな事になっておるのぅ」
強烈な衝撃が駆け抜けていき、その発生源らしき方を見やったところで気づく。
はたしてどういう因果なのか。そこには祭の境界で見かけた三神将ヨルヴィレドの姿があった。
あれはもしや、遺体か。だが、なぜこのような場所にあるのか。疑問は幾つも浮かぶが、それよりも今はもっと大きな問題があった。
近くに散らばった死骸を無差別に破壊している様子から、制御されていない暴走状態だと一目でわかる。
「いったい、何がどうしてこうなりおった」
そんな中、先程の衝撃によってアンドロメダのチームは多くが吹き飛ばされてしまっていた。
ダメージとしては、そこまでではなさそうだ。しかし今重要なのは、何と言ってもヨルヴィレドとの距離にあった。
アンドロメダ達は離れた位置。では次にヨルヴィレドに近いのは誰なのかというと、それは女公爵だ。
身を守るために使っていた死骸の壁が衝撃を防いだのだろう。しかしそれが災いした。暴走したヨルヴィレドは、次にその壁を破壊し始めたからだ。
しかも神の力まで漏れ出している状態だ。死骸の壁は、そこまで保たないだろう。そして、その刃は次に女公爵へと向けられるはずだ。
「あれはまずそうじゃな!」
状況は自業自得といったもの。だが今は敵とはいえ、彼女もまた浄化対象。このまま見捨てる事など出来はしないと、ミラは女公爵に迫る刃を食い止めるために駆け出した。
しかし暴れるヨルヴィレドの力といったら尋常なものではなかった。死骸の壁は、あっという間に破られる。
女公爵もそこから必死の抵抗をみせるが、神の力は余程のもの。瞬く間にねじ伏せられてしまう。
「間に合わんか……!」
そうして、いよいよヨルヴィレドの剣が女公爵に向けて振り下ろされた時──。
大地が震えるほどの音が響き、強烈な神気が破裂したように広がったかと思えば、いつの間にかノインがヨルヴィレドと女公爵の間に颯爽と割って入っていた。
「間一髪だったか」
ノインもまた悪魔を浄化する事が大事な作戦だと理解している。だからこそ魔獣と戦闘中のチームに合流する途中ではあったが、急遽彼女を守るために駆けつけたわけだ。
「なっ、なん……どういうつもり!?」
作戦を知らない女公爵からしてみれば、その行動の意味を理解するのは難しかったであろう。なぜ敵をわざわざこんな危険を冒してまで助けるのかと、疑問と戸惑いを浮かべる。
「それはまあ、なんだ。とりあえずは大人しくしていてくれると助かる」
ヨルヴィレドの猛攻を大盾でどうにか耐えながら次の手を考えるノイン。かなりギリギリのところであるため出来れば女公爵が余計な事をしないように願いつつ、そんな答えを口にした。
「え、なにそれ。……もしかしてあなた──!?」
特に浄化作戦については悟られないようにする必要がある。どのような抵抗をしてくるかわからないからだ。だからこそはぐらかし気味な答えになったわけだが、その中途半端さがどうにも相手に変な誤解を与えてしまったようだ。
女公爵は、どことなく嬉しそうに、だがそれでいて「ふーん」と不敵に微笑みを浮かべ始めた。
「まあ、そいつはもういらないから、どうにかするまでは待っていてあげる」
打ち合っては炸裂する神気。その余波から逃れるようにノインの影に逃げ込んだ女公爵は、そう言ってノインを応援し始めた。
前にも同じような事を書いたような、まだ書いてはいなかったような……。
覚えていませんが、最近ふと思った事があります。
ペヤングとかに、かやくがあるじゃないですか。
あの、フリーズドライの野菜です。
そして思うんです。その中でも特に、キャベツのやつはどうしてあんなに美味しいのだろうと。
なんなら新鮮なキャベツよりも、かやくのキャベツの方が美味しいのではないかなんて思うくらいに美味しいとすら思うんです。
大袋入りのかやくキャベツがあったらいいのに。
でも、フリーズドライの野菜ってどれもこれも極まって高価な感じがするんですよね。
家庭用フリーズドライ機とかあればいいのに。




