633 主因子持ち
六百三十三
「気づかれたのならば、仕方がないな」
地上を見回した悪魔は次の瞬間ににたりと笑い、教皇目掛けて一気に飛び込んできた。
まるで獲物を狙うハヤブサの如く、空から急襲してくる。それは既に様子見や加減など一切ない、殺意に満ちた一撃だった。
だが、なかば奇襲染みたその一撃が教皇に届く事はない。
「呆れるくらい早いな」
直後にはノインが動いていたからだ。彼は教皇と悪魔の間に一番で割って入り、手にした大盾で悪魔の拳を受け止めていた。
「まあ、初手で狙うとしたらここだろうからね」
既に臨戦態勢を整えている者達と違い、教皇達は何か別の準備を始めていた。だからこそ最も狙いやすく、最も警戒すべき標的になっていたわけだ。
そしてノインもまた、その可能性を見抜いていた。しかもそれはノインだけではない。更に大盾を携えた二人が、彼の後ろに控えていたのだ。
「公爵級の勢いを止めきるとか、やるねぇ」
カバーに入ったが必要なかったかと一人が笑い、完璧に受けきったノインを称賛する。
「どうやら聞いていた以上に厄介な状況らしいな……」
奇襲したはずが、あっという間に三枚の壁がそこに立ち塞がっていた。その判断力と実際の手応えで、悪魔も何かを察したようだ。油断なく構える者達を一瞥しながら苦笑する。
各国から集まった強者達の実力は、予想以上であったと。
その直後だ。それでいていい緊張感だと笑った悪魔は、マナを集中させた拳を振り絞った。
そしてそのままノイン達と教皇をまとめて打ち抜こうとした時──。
「ここヨ!」
「そりゃ!」
左右から影が鋭く交差したかと思えば、悪魔の体勢が大きく崩れ、その拳から放たれた炎が中空を焦がした。
攻撃する直前の隙を狙った見事な一撃は、メイリンともう一人、十二使徒の鳳凰による挟撃だ。
「今!」
大きく体勢を崩した悪魔。それは一秒にも満たないかもしれないが、仕掛けを完成させるには十分な好機でもあった。
そこを見極めた教皇が合図を出すと、即座に大司教達が呼応する。
するとどうだ。教皇を中心にして、空港の広範囲を大きな結界が覆ったではないか。
「お、これはいい判断だね。このまま魔王配下の一角を落としたら、かなり有利になるところだよ」
飛空船の中で戦況を見ていたアンドロメダ。彼女が言うに、教皇達が展開したこの結界は、封じ込める、閉じ込めるという事に特化したものだそうだ。
しかも術や魔法といったものとは違い術式が存在せず、解析は不可。まさしく奇跡の代行のようなものであるため、極めて堅牢。公爵級であろうとも脱出不可能だそうだ。
だがそれは、敵のみならず味方も同じ。しかしこの場面で教皇がこれを展開したのは当然理由があっての事。
その理由とは、ここで確実に魔王側の戦力を削り取るためだ。
「ふむ、今ならば確実じゃな」
相手側の戦力が集まる魔王城に行く前に、そしてこちらの戦力を分散する前に、こうして魔王側の最高戦力となる公爵級を引っ張り出せたのは、むしろ幸運ですらあると言えそうだ。
唐突に始まった戦いだが、これから懇親会ではなく魔王城に乗り込もうというタイミングであったため、全員が相応の準備も整っていた。
だからこそ合同チームと悪魔との戦いは、頭数の分だけこちら側が有利に動いていた。
「やはり簡単にはいかぬか」
「そうだね。それに相手も、どれだけ道連れに出来るかを狙っているみたいだ」
戦況は悪くないが相手は公爵級。総合戦力で十分に勝るとはいえ、油断は出来ない。全てが思い通りになるわけではなく、負傷して前線から下がり回復に回る者も多い。
加えてこちら側の人数が多い事が仇となる場面もあった。飛び道具や術の範囲には注意が必要となるため、攻撃手段に制限がかかる事で難儀している様子だ。悪魔の立ち回りの巧さが、それを浮き彫りにしている。
しかも、悪魔の動きに不穏な気配も見られた。結界から出られず、こちらの戦力も十分だと察したからこそだろう。自爆か、それに近い何かを狙っている気配がある。
「後は、ヴァレンティン頼みといったところじゃな……」
悪魔の狙いを察してか、慎重にならざるを得ない合同チーム。悪魔もまた守りを崩しきれず、それでいて結界に阻まれ逃げられない。
結果、戦況はゆっくりと停滞し始めていった。
そんな中でミラが注目しているのは、ヴァレンティンの動向だ。気づけば目に見える範囲から彼の姿が消えている。それはつまり、何かしら狙いがあって身を潜めているわけだ。
「おっと、アルマは大丈夫じゃろうか──」
そういえばと、ミラはアルマ女王の姿を探す。それなりに戦えはする彼女だが、ソロモンとは違い、グランデ級の最前線に立てるほどではない。
だからこそ、もう避難は済んでいるだろうかとその姿を探した。
「ほら、あそこにいるよ」
「ほぅ、これは」
前線の悪魔ばかりに目を取られていたミラだが、アンドロメダはもっと全体を見ていたようだ。彼女が指し示した場所にアルマの姿があった。
それはきっと女王として、また元プレイヤー勢の皆をよく知っているからこその動きであろう。アルマは後方にて的確に戦況を見極め判断し、今はただ集まっただけの戦士達を軍としてまとめ上げていた。
じっくり場を見据えながら、確実に追い詰めるように指揮を飛ばしている。そしてこれらの指揮に、元プレイヤーのみならず教皇達もが従い動いている。
「流石、やるものじゃな」
女王として大国ニルヴァーナに君臨し続けてきたのは伊達ではない。その真価が垣間見えるほどに今のアルマの姿は堂に入ったものだった。
開戦直後は、それぞれがそれぞれその場の勢いで連係していた。しかしアルマが指揮に収まり、その指揮系統が全体に広まっていったところで戦況が大きく動き出した。
盾役の多さを活かし適時ローテーションする事で回復するまでの時間を短縮。いざという時の大技にも備えつつ余力を保ったまま戦いが進んでいく。
アルマが組み立てた戦略が、上手い事回り始めたようだ。何よりも目に見えて違うのは、飛び道具や大規模の術などが炸裂している点だろう。全体の統率がとれた事によって、ルミナリアのような攻撃力特化タイプが存分にその力を発揮出来るようになった。
ダメージ効率が上昇したと目に見えてわかる。
「グランデ級を数百と討ち取ってきただけあって、見事なものじゃな。公爵級相手に、ここまで押し込めるとはのぅ」
トップクラスの戦力と、それを指揮するアルマの手腕。前線に立つだけの力はないが、それでも常に彼女が戦場に立っていたのは、この能力があってこそだ。
戦況は既に勝利へ向かっているとわかるくらいに安定した。着実に悪魔を追いつめている。
「やはり、気付きおったか」
そんな中で悪魔が動きをみせる。そこまで一方的に押し込まれる事になった理由を察したようだ。
フリート達の強烈な一撃を受けようと構わず力を集中し、巨大な豪炎を解き放った。
当然というべきか、触れる全てを焼き焦がすほどの豪炎がアルマに向かい飛んでいく。
ここで飛び出したのは、ノインだ。常に備えていた彼がアルマの前に立ち大盾を構えると、前方に光の壁が展開された。
しかもそれだけで終わらない。エスメラルダを中心に、サポート役がノインにありったけの強化術を施していく。
「こりゃあ大変じゃぞ!」
ノインは見事に耐えきった。しかし光の壁に阻まれた豪炎が次に爆炎となり吹き荒ぶ。辺り一帯は炎の嵐に包まれ、退避していた者達を容赦なく巻き込んでいく。
そんな中、僅かに生じた混乱に乗じて、アルマに追撃を仕掛ける悪魔。今度はその身のまま飛び込んでいった。
次の瞬間だ。そこにまさかの光景が広がる。それは大瀑布だ。豪雨なんかでは言い表せないほどの水が辺り一帯に降り注いだのである。
「まったく、バカナリアの仕業じゃな」
飛空船の中にいるからこそ何ともないミラだが、現場はもう水浸しなんてものではない。あっという間に炎の嵐を消し去るほどの大瀑布だ。現場にいた者達にしてみたら、堪ったものではなかっただろう。それこそ突然、滝つぼに放り込まれたようなものだ。
しかし効果のほどは、見事の一言に尽きる。なぜならその大瀑布は炎の嵐を消し去るのみならず、ついでに悪魔の動きまでも妨げていたからだ。
見ればいつの間にか、局地的に出来上がった氷塊の中に悪魔が封じ込められていた。そう、ルミナリアは大瀑布と凍結で二重に魔術を発動していたのだ。
あの場面においてはベストに近い見事な術捌きではあるが、巻き込まれびしょ濡れになった者達が怒号を上げているのは、聞こえずとも見てわかった。
「む? なんじゃ、様子が……」
今が好機だと隊列を立て直すと同時、ノインが悪魔から距離を離すべくアルマを連れて移動する。
その途中だ。氷塊の中の悪魔から何やら不穏な気配が漏れ出してきた。事実、それは目に見える変化であり現場に鋭い緊張感が奔る。
明らかに先ほどまでと違う。悪魔の背後に、不気味な黒い影が浮かんで見えたのだ。
「遂に出てきたみたいだね」
アンドロメダは、それが何かわかっているようだ。その影を見据えたまま、いつになく真剣に、だがこれは好機だと笑う。
彼女が言うに、そこに見える黒い影のようなものこそが、かの悪魔に宿った主因子だそうだ。
すなわち悪魔は今、その主因子による力を使おうとしているわけだ。
「なんと!」
その予兆が見えてから僅かの後に、主因子による力が放たれた。
それは、悪魔を閉じ込めていた氷塊を軽々と砕いた。しかも悪魔を中心に広がった波紋は、取り囲んだ皆を悉く吹き飛ばす。
十人以上が飛空船の外装に叩きつけられ、また残るほとんども周囲を囲む結界にまで追いやられてしまっていた。
とてつもない衝撃波──否、とてつもない斥力によるその一撃は、一気に戦場の様子を一変させた。
しかし全員を吹き飛ばしたかに見えたが、確認すれば一人だけそこに残されている事に気づく。
アルマだ。先ほどまで傍にいたノインは既に遠く。そこには護る者のいないアルマだけがとり残されてしまっていたのだ。
「あれ? ちょっと……」
気丈に杖を構えるアルマだが、その一挙手一投足から垣間見える実力は、そこそこ程度。実際のところ、それなりの戦闘力は有しているが、ここに揃ったトップ勢に比べると数段落ちるのは確実。
公爵級相手との一対一など、まず不可能だ。
「さあ、まずは女王。貴様からだ!」
無駄な抵抗だと笑う悪魔は、それでいて全力を賭してアルマに襲い掛かった。
少しすれば、引き離した者達が即座に舞い戻ってくる。ゆえに悪魔は一撃必殺を込めた拳を構え、最速最短で距離を詰めていく。
「っ──!」
逃げる事も避ける事も不可能。そう覚悟して身構えたアルマ。対して悪魔は一気に駆け寄ってくる周囲の者達を一瞥し、助けが間に合う事は不可能だと確信する。
と、そうしてあと数歩ほどの距離にまで迫ったところ──。
不意に地面がうねるように変化したかと思えば、地面そのものが下から悪魔に覆いかぶさったではないか。
名も無き四十八将軍の一人、エリュミーゼが得意とするマッドゴーレムだ。これまでの間ずっと地面に擬態し続けていたそれが、ここで正体を現したわけだ。
「この程度の事!」
悪魔に絡みつくマッドゴーレム。その拘束力は極めて強力だったが、今回は悪魔がこれを見切る方が早かった。
固まるより早くに焼かれ、全て引き千切られてしまったのだ。ほんの僅かに速度を落としたが、それでも誰かが間に合うほどの時間ではなかった。
『飛翔せよ、悠久の翼』
だがマッドゴーレムは、いわば前座。その狙いは、足止めや時間稼ぎではなかった。
真の主役は、その奥にいた。そう、マッドゴーレムは地面に開いた人一人分の穴を隠すためのものだったのだ。
瞬間、悪魔の反応が追い付くよりも先に、それは空に閃いた。そして宙を切り裂いた黒い影が、白と黒に染まる炎の翼を広げて飛翔する。
青空を埋め尽くすモノクロの世界。その中心に揺らめくシルエットは、まるで羽ばたく鳥の如く。そして燃え盛る姿は、まるで不死鳥の如く。
影絵のヴァレンティン。その真骨頂ともいえる光景がそこに広がっていた。
そして悪魔を捕らえた不死鳥は、そのまま高くまで飛翔すると白黒の爆炎で空を覆い尽くした。
「おお、出たな不死鳥!」
「ナイス不死鳥!」
悪魔の虚を突き炸裂した、ヴァレンティンの大技。退魔と浄化の炎による特効の一撃だ。
これまでの戦いで活躍してきた事もあり、信頼度は抜群。そして何より、そのド派手さに皆が大盛り上がりだ。
「ぐっ……」
桁違いの力を持つ公爵級だが、ヴァレンティンの渾身の一撃を受けたからには無事では済まない。退魔と浄化の炎が、容赦なく悪魔の全身に燃え広がっていく。
空から落ちた悪魔は、これの対処を試みる。いや、試みようとしたが、既にその周囲をヴァレンティン達が取り囲んでいた。
この絶好の好機を逃すはずもない。全員で一気呵成に追撃を加えていく。
またここには、ヴァレンティン以外の退魔術士もいる。ゆえに退魔と浄化の炎は更に激しく燃え上がった。
「よし……ここだ!」
勝利を目前にした、その時。ヴァレンティンが更に動いた。全員を制した後、ここで悪魔の浄化を始めたのだ。
本来とは違う存在にされてしまった悪魔を、元の存在──天使と並び人々を導いていた頃に戻す。それこそがヴァレンティンの一番の目標だ。ゆえにどんな状況であろうと、その可能性を追求する事に妥協はなかった。
「何だ、何かが……!」
仲間達の力によって、凶悪な悪魔の力は弱まっている。けれど、ヴァレンティンの浄化を阻む何かがそこに存在していた。
悪魔から這い出る黒い影。そう、魔物を統べる神の力を秘めた主因子だ。これが浄化の力を打ち消していく。
「おっと、ここは私の出番だね」
そんな時だ。ミラの隣で状況を観察していたアンドロメダが、そんな言葉と共に飛び出していったのだ。
「いいよ、そのまま耐えていてね」
主因子の力で一人また一人と吹き飛ばされていく中、どうにかヴァレンティンの元に駆け付けたアンドロメダは、小瓶を取り出し魔法を発動した。
するとどうだ。そこから黒い何かが飛び出すと、主因子の黒い影に巻き付き小瓶の中に引きずり込んでいってしまったではないか。
「今のは……」
「ほら、いいからいいから。早く!」
「は、はい!」
何ともいえない不気味さに引き気味のヴァレンティンだったが、それはそれ。気持ちを整えると直ぐに浄化を再開する。
どうやらアンドロメダの策が功を奏したようだ。今度は何かに阻まれるような事もなく浄化は進んだ。
そして暫くの後、ヴァレンティンは見事に浄化が成功したと安堵し、アンドロメダに礼を告げるのだった。
先日、ケンタッキーの前を通りかかったのですが、
するとどうでしょう!!
なんと創業記念パックなる、とてもお得なキャンペーンが開催中ではないですか!!!!
そのお値段、990円!
520円もお得だそうです!!!
素晴らしい!!
というわけで買って
こようと思ったのですが、ここで思い出しました。
二日前に、チートデイを堪能したばかりである事を。
ここはいっそ来週分のチートデイを前借りしてなんて考えたりもしましたが……。
流石にそれは出来ないというもの!
そして誘惑を振り切り歩む我が姿──
まるで覇王の如し!




