632 精鋭集結
六百三十二
ミラが神の器を授かってから一週間。ニルヴァーナ皇国の空港には、この日に合わせて各国より続々と戦力が集まっていた。
今回の作戦に参加してくれるのは、五十名以上。要請に応え駆け付けてくれたその者達は、九賢者にも匹敵する一騎当千の精鋭ばかりだ。それゆえ、大陸中に名の知れた者が大半を占めている。
だからこそというべきか。名目上は『不戦条約失効後も、このまま平和が維持されていく事を願う親睦会』という形で招集されている。
しかし、これだけの戦力が一極集中している状態は、おだやかではない。多くの国の上層部は、常に緊張状態だ。
加えて、中には色々と深読みする者もいる。そして、そういったものが行き過ぎると悪い噂が立ちかねない。
またこれだけ大きな動きだ。当然悪魔側にも伝わっているだろう。そして何をしようとしているのか、探ってくるはずである。
そういった疑い深い者達のために、裏で別の情報も流してあった。
その内容は、この親睦会が『将来的に訪れる恐れのある危機への対策』の場であるというもの。そして教皇が同席しているという事で信憑性は自ずと高くなる算段だ。
もしもこの噂が魔王の耳に入ったらどうなるか。きっと『将来的に』という部分から、この先に待っている魔物を統べる神との決戦に向けた話し合いだと察するかもしれない。
けれど実際は、親睦会会場の飛空船に乗り込んだら、そのまま魔王城に突撃していく事になる。
魔王側にどこまで通じるかはわからないが、少しでも相手側の情報を攪乱出来たら万々歳といったところだ。
「しかしまあ、これまたとんでもない顔ぶれじゃのぅ」
空港に停泊する飛空船の前に、続々集う猛者達。ミラは飛空船の船室の窓から、その様子を窺っていた。
誰の目にもつかないよう、一足先に乗船済みのミラ。
しかもこの飛空船は、ただの飛空船とはものが違う。日之本委員会にて開発された最新鋭の大型飛空船だ。
これまでの帆船を模したタイプ──いわゆる古き良き飛空船からデザインも一新。船体は特殊合金で保護され、多くの術具によって補強されたその姿は、もはや宇宙船が如きである。
そんな飛空船の一室にゲートは移設されており、それゆえ今は半分ミラの私室のような扱いになっていた。なお、もう半分はアンドロメダである。
「何とも懐かしい顔が揃いも揃っておるな」
ミラは、そんな船室の窓から悠々と状況を眺めているわけだ。
そこにいる元プレイヤーについては、全員が知り合いであった。かつてレイド級やグランデ級に挑んでいた時によく見かけた常連ばかりである。
時に協力したり、時に獲物を取り合ったりしたような仲だ。だからこそ、どれだけの実力者かというのも十分に把握出来る。
各国から精鋭を揃えたというだけはある。大半は名も無き四十八将軍に十二使徒、九賢者が占めているが、いるところにはいるものだ。ここには既にグランデ級が同時に出てこようとも十分に突破してしまえる戦力が揃っていた。
しかも集ったのは、元プレイヤー勢だけではない。
「おお!? あ、あれはもしや……ザッツバルド・ブラッディクリムゾン・キングスブレイド司祭ではないか!?」
精鋭ばかりが揃うその中でも、特にがたいの良い男が一人。教会の祭服に身を包むその者の名は、ザッツバルド・ブラッディクリムゾン・キングスブレイド。
かつて存在した地下闘技場の王者として君臨していたその者は、どういう因果かグランリングス教会の司祭という立場に収まっていた。
国家ではなく教会に所属する彼は今、何やら教皇達と話している。その様子から察するに、彼はその実力を認められ教皇か大司教らが特別に招集したのかもしれない。
ザッツバルド・ブラッディクリムゾン・キングスブレイドといえば、多くの上位プレイヤーが返り討ちにあったほどの実力者だ。そんな彼の参戦は、実に頼もしい限りである。
「なんと、四聖将のおでましじゃと!?」
今回の招集には、とんでもなく力が入っているようだ。三神国から派遣されてきた将の姿まで見受けられた。
流石は教皇と大司教が間を取り持ってくれただけはあるというものだ。三神国も、かなり本腰を入れて戦力を送ってくれたのだとわかる者達がそこにいる。
大陸に住む誰もが知る最強。三神国において、他の追随を許さぬ絶対的な力の象徴にもなっているのが三神将だ。だが、圧倒的な強さを誇る一方で国からは出られないという制限もある。
対して四聖将というのは、そんな三神将に次ぐと言われるほどの実力を秘めた将達だ。それでいて今回のように、移動の制限がないという点が大きな違いでもあった。
三神将の人知を超えた強さには及ばないまでも、三神国が保有するとっておきの戦力である。それをこうして出してきた事から考えると、三神国側もこの作戦に期待しているとわかる。
「随分と見覚えがあると思うたら、ヘムドールか!」
更にオズシュタイン側には、もう一人いた。ミラが集まってくる面々の中に見つけた顔は、オズシュタインの三神将ウォーレンヴェルグの孫、ヘムドールだ。
「前に会った時と随分雰囲気が違うのぅ。あれが戦装束という事じゃろうか」
彼を見たのは、アルカイト王国の建国祭以来だ。その時は礼服姿であったが、今は簡素ながらも武装している。騎士としての姿のヘムドールだ。
しかも随分な大荷物で、大きな箱を背負っていた。アイテムボックスを持つ元プレイヤー達とは違うからか、より目立っている。
あの時の少年が、こんなに立派になって。そう改めて実感したミラは、ちょっと挨拶でもしに行きたいと思うが今はまだ我慢の時である。
なお今回は危険な戦いに赴く事になるためか、以前彼と一緒にいたメイドの姿は見当たらない。だからこそか、ヘムドールは随分と落ち着かない様子だった。
見れば彼が向ける目線の先には九賢者や十二使徒に名も無き四十八将軍の他、各国で英雄と呼ばれる将の姿がそこかしこにある。
九賢者に憧れていると言っていた彼の事だ。そんな一団の中にいるからか、相変わらず緊張しているようであった。
「しかしまた、何とかなるものじゃのぅ」
事前調査から魔王側の戦力は把握済みだ。魔王だけは完全に測定出来てはいないが、以前の戦いを知る精霊王から詳細な情報が共有されている。そこにフォーセシアの能力も加えて試算済みだ。
結果、これならば魔王城攻略も成功するだろうと思えるほどの戦力が集結していた。それもこれも日之本委員会の実績に加え、やはり三神教の威光というのもまた大きかっただろうと教皇達に感謝するミラ。
なお、さりげなく精霊女王の威光も使われていたりするのだが、これはミラの与り知らぬところであった。
「皆様、よくぞ集まって下さいました!」
集合時間が過ぎ予定していた全員が集結した事が確認されると、飛空船からニルヴァーナの女王アルマが颯爽と登場した。そして隣にはお目付け役兼補佐役としてエスメラルダも控えている。
形式的には、親睦会だ。だからこそ主催国の国主がいなければ始まらないという事で、出発まではアルマが取りまとめ役として動く事になっている。
大国の女王が登場したとあってか、また集まった全員が弁える事を知る立場だった事もあってか、賑やかだった飛空船前は一気に落ち着いていく。
「さあ、会場の準備が出来ているので、こちらへどうぞ!」
アルマは、何かと張り切り屋さんだ。静まった瞬間を見計らい率先して前に立つと、懇親会会場はこちらですと集まった皆を飛空船へと案内し始めた。
そうして一人二人とそれに続き、集団が俄かに動き始めたところ──。
「敵影捕捉。感知共有三秒。逃がすな!」
鋭く、だが的確に指示を飛ばしたのは、名も無き四十八将軍の一人レイヴンだった。
彼は、ただ集まっていただけの今でも一切の油断なく、周囲に監視網を広げていたのだ。そして今、集団が動いた事に何者かが反応し、それを的確に察知していた。
レイヴンは監視網による感知情報を全員に共有すると、直ぐターゲットの完全捕捉のために動く。
その直後、ここに集まっていた元プレイヤー勢もまた全員が慣れたように行動を開始した。
「左」「右」「中央」
短く言葉を交わして連係するのは、ジークフリート達だ。チームを組む機会が多い事もあってか、反応から何からまで抜群のコンビネーションを発揮する。
向かう先は、幾つも並ぶ倉庫の一つ。三方向から同時に中へと飛び込んでいく。
その僅かの後、大きな衝撃が響くと共に、倉庫から何者かの影が転がりでてきた。
悪魔だ。その黒い姿を目にしたところで、この場に緊張が走る。けれど、誰の動きにも戸惑いは表れなかった。
「向こうから来てくれるとは好都合ですね」
むしろ一気に距離を詰めるのはヴァレンティンだ。白と黒の炎を手に仕掛けていく。
しかし相手もやるものだ。ヴァレンティンとジークフリート達に挟まれてなお、堂々とこれを迎撃する。そこから更に飛空船へ向けて巨大な火球を放ってきた。
その目を見るに、この集団のまとめ役であるアルマを狙ったもののようだ。
「やらせるか!」
その火球は、直径十メートルを悉く焼き尽くせるほどの業火であった。けれど今この場において、それが簡単に通るはずもない。
飛空船の前に立ちはだかったノインは大盾でこれを受け止めると、そのまま何もない空の方へと軌道を逸らす。
「処理は任せた」
「はーい、任された」
弧を描いて落ち始めた火球に、同じ大きさの火球をぶつけて爆砕するのはルミナリアだ。大規模なレイド戦を幾度となく経験してきた彼ら彼女らにとっては、唐突に戦いが始まろうが問題などなかった。
いや、むしろそれ以上に連携して悪魔を追いつめていく。
だが見ると相手は、ただの悪魔ではない。極めて危険な公爵級だ。魔王の使いとみて間違いない。やはりこの集まりを怪しいと考え、様子を窺いに来ていたようだ。
その隠形ぶりといったら、実に見事なものだった。ミラのみならず専門家のヴァレンティンすら直ぐには気づけなかったくらいだ。
けれど、ここには微かな異変を察知して見破ってしまう専門家がいた。これだけのトッププレイヤーが集まっているからこそと言えるだろう。
「こうしてはおれんな!」
とはいえ、相手が相手だ。ここは万全を期するべきではないかと思い立ち上がるミラ。
「いや、今はこのまま見守っていようか」
いざと意気込むミラの肩に手を置いたのは、アンドロメダだ。必要なものを持ってゲートから戻ってきた彼女は、窓から見える状況を前にそう告げた。
いわく、ここに集まった者達の能力を把握するいい機会にもなりそうだとの事だ。
額面上のみならず、個人個人の実戦データもあった方が作戦遂行に活かしやすい。そのため、とっくにデータ収集済みなミラは、とりあえず待機でというわけだ。
加えて、折角今日まで姿を隠し続けていたのだから、いっそ突入まで隠れ続けておいた方がいいとも付け加えられる。何といっても、あの公爵級がどのような連絡手段を持っているかもわからないからだ。
「まあ、そうじゃな……」
公爵級相手に、是非ともガーディアン精霊の性能を試してみたいと思っていたミラだが、アンドロメダの言う事も尤もだと頷き大人しく待つ事にした。
「随分と鋭いものがいるようだ。まさか見つかってしまうとはな」
悠然と宙に浮かんだ悪魔は、そこに集まる者達を見下ろし、忌々しげに言う。
「まさか、悪魔だと!?」
「こんなところに出てくるとは……」
元プレイヤー達が素早く陣形を整えたところで現場には緊張が走っていた。特に四聖将は悪魔と相対した事がほとんどないようで、その顔に緊張を浮かべている。
「始まる前から、これほどの者が現れますか。なるほど、面白い」
ザッツバルド・ブラッディクリムゾン・キングスブレイド司祭に緊張の色はない。むしろ燃え盛る闘争心を抑えながら、静かな目で悪魔を見据えていた。
「この気配、あの様相……!」
ヘムドールは、驚きと戸惑いの中で猛烈な闘志を滾らせている。
悪魔に翻弄された彼の過去がそうさせるのだろう。今にも斬りかかっていきそうな目だ。しかし、積み重ねてきた経験がそうさせるのか、構える彼には冷静さが宿っている。
「封魔結界の準備開始。あと私達はサポートに回るからね」
「承知いたしました」
現れたのは悪魔だった。その姿を認めた瞬間に教皇達もまた動き始めていた。
何よりも、ここに集まった者達がこれからどのような作戦を遂行するのかをよく理解していた教皇は、だからこそ瞬時に判断して大司教達に指示を出す。
これからこの集団は、魔王とその配下を倒しに行こうというのだ。つまりここには、それを可能とするだけの戦力が集められているという意味でもある。
だからこそ現状は、むしろ好都合だった。公爵級の悪魔を一体、先んじて落としてしまう好機であると。
「公爵級か。大変そうだな」
「大変そうだが……なぁ」
「これだけ知った顔が揃っていると、まあどうにかなりそうな気しかしないけどね」
事実、公爵級悪魔を目にしたところですかさず臨戦態勢をとった元プレイヤー勢の顔に恐怖は微塵も浮かんでいなかった。
一対一となったら撤退一択だが、見回せば知り合いばかり。グランデ級とも渡り合ってきた猛者達がここに揃っている。だからこそ、力を合わせれば公爵級でも勝てるという信頼が既に生まれていた。
「いいか、当時とは勝手が違うという事を、もう一度よく肝に銘じておけよ」
「当然。公爵級ほどじゃあないが、こうなってからも死線は幾度も潜ってきた」
「わかっているさ、問題ないって」
溢れる勝利への自信。それでいて皆には、その自信が慢心にならないようにという心構えも備わっていた。
余裕を持ちつつ気は抜かず、隙なく構えて集中するその姿といったら、それこそ歴戦の戦士そのものだ。事実、現実となったこの世界でもそれだけの戦いを経験してきたのだろう。よく戦場を実験場と勘違いするミラとは大違いの凛々しさと実直さがそこにはあった。
いつも食べている夕食のメニューですが、だいたいこれと決めたものを食べ続けているのですが、
なんだかんだで今のメニューは一年以上続いております。
野菜と卵と豆腐と鶏団子を好きに味付けしてオーブントースターで調理という、簡単なやつです!
味付けについては回鍋肉のタレが定番化したのですが、最近そこにもう一つ加わりました。
それは、
カレー味!!!
なんだかんだで定期的にやってくるカレーブーム!
ちょっとバリエーションがほしくなったらすぐカレー!
やっぱりカレーなんだなぁ。




