623 黄金都市
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六百二十三
黄金都市を目指して砂漠に繰り出してから三日が経った朝。
「ふーむ、日差しが強いのぅ」
砂漠の真っ只中に建てられた屋敷精霊。その一室でいつもより早く目覚めたミラは、窓からどこまでも遠くに続く砂漠を見晴らしながら大きく伸びをする。
早朝でありながら強烈に差し込む陽の光は、否応なしに砂漠の過酷な暑さを伝えてくる。だが屋敷精霊の中は常に快適な温度を保ったままであるため寝覚めも爽やかだ。
「向こうは大丈夫なのじゃろうか」
景色の奥に見えるのは、ブラズニルの拠点である魔法の帆船だ。設備が調っているため快適度に大きな違いはなさそうだが、如何せん大型船だ。そのぶん砂漠での整備も大変だろう。
あちらは朝から忙しそうだ。ミラはそんな彼らの心配をしつつも用を足してから優雅に朝のシャワーを浴び、心身ともにリフレッシュする。
「今日こそ、見つかるとよいのじゃがな」
と、そろそろ黄金都市も近づいてきているはずだと今日の調査に期待していたところだ。
「おはよう」
「あ、ああ、うむ。おはよう……」
何事もなく、当たり前のように全裸のヘビが入ってきたではないか。
少々眠たげな眼をした彼女は、戸惑いながらも誘われるミラの視線を意にも介さずシャワーを浴び始める。
浴室はそこまで広いというわけではないため、ミラとヘビの距離は近い。そのため状況的には二人でシャワーを浴びる形になっているわけだが、相手は実に魅惑的な身体をしたヘビである。ミラは若干、埋もれ気味になっていた。
(思えば以前にも、このような事があったのぅ)
効率重視なヘビにとっては、シャワーも一緒に済ませてしまった方が早いという考えらしい。
「おっはよう!」
「うん、おはよう」
「お、おおぅ、おはようじゃなぁ……」
しかもそれは、よく一緒にいるサソリも同じであった。だからこそ彼女達にとっては、誰かが先にいようと一緒に入るのが当たり前のようになっているのかもしれない。来た直後にはシャワーの下に駆け寄ってくる。
「うっひゃー! こんな砂漠のど真ん中でこんな贅沢にシャワーを浴びられるとか、もうミラちゃん様様だよね!」
着痩せするタイプなのか、そのやんちゃそうな印象に対して出るところの主張はしっかりしており張りもある。
すらりとした手足と、しなやかなボディラインの映えるサソリは、ヘビとはまた違った魅力を秘めた身体つきをしていた。
「そうじゃろう、精霊の力は凄いじゃろう。これが召喚術士の可能性というやつじゃよ!」
実に眼福である。魅惑的な二人の肢体に心躍らせながらも、召喚術士の株上げも忘れてはいないミラ。
と、そうして浮かれていた矢先の事だった。
「ねぇ、フィノア。朝食用のお肉出しておいたけど、他に必要なものある?」
浴室の戸が三度開いたかと思えば、今度はカグラが顔を覗かせた。ただ、朝食の準備の確認程度のものだったようで全裸ではない。簡素な部屋着のままだ。
なおフィノアとはヘビの本名である。信頼されたからか、この数日共に過ごす中でヘビのみならずサソリの本名も教えて貰えた次第だ。ちなみにサソリの本名はミツキである。
ただサソリとヘビとは直ぐに打ち解けたわけだが、カグラとの距離感はそう簡単にもいかない。
「あ……!」
「う……!」
ミラの事をよく知っているからこそといえるだろう。サソリとヘビに挟まれたその姿を捉えた瞬間、カグラの目に怒気が宿った。直後、ミラもまた現状を見られた瞬間、そうなるだろうと察して首を横に振って抗議する。これは完全に不可抗力であると。
「あと、ホワイトリーキとトルパシーズがあれば。それでスタミナ満点」
「いいね、すごくいい!」
と、ミラとカグラが睨み合っていたところだ。当然というべきか詳しい事情など全く知らないヘビがそんな言葉をカグラに返すと、サソリが朝から御馳走だと歓喜する。
「え、あ、うん。わかった」
ミラが一緒にいる事については、ヘビとサソリからするとまったく問題のない状況だ。むしろ、こういった仕事に身を置く者にしてみれば効率的に済ませる方が好ましいくらいである。
「あ、ウズメ様もシャワー済ませちゃいますか? ちょっと窮屈かもですが詰めればいけますよ」
「早めにスッキリ、早めに出発。完璧」
だからこそ、このまま手早くシャワーを済ませて少しでも早く皆で朝食にしようと思ったのだろう。サソリがカグラを誘うと、ヘビもまたそれがいいと頷いた。
(待て待て何を言い出しておる! そんな事にでもなったら、明日わしがどうなっているのかわからんぞ!)
もしもそのままカグラを強引に引き込んでしまったら、むしろ自分の身が危険に晒される事になる。そう察したミラは直後に「わしはもう十分じゃからな、それもよいと思うぞ!」と口にして直ぐに浴室から飛び出すのだった。
リビングで身体を拭いたり着替えたりしてから暫く。
その後、どのようなやりとりが交わされたのか定かではないが、どうやらあのままカグラも一緒にシャワーを浴びる事になったようだ。浴室の方から三人の声が少しだけ響いてくる。
(……この声の感じは──洗いっこしておるように聞こえるのじゃが!?)
微かに聞こえる声は、どことなく楽しそうだ。正真正銘の三人娘が一堂に会するシャワーといったら、もう気にならない男などいないだろう。
ミラもまた類に漏れず、こっそりと聞き耳を立てていた。
聞こえる声の端々から出来る限りの妄想を繰り広げていく。そして何も問題なく、あのままその場にいる事が出来ていたならどうなっていたのかと、失われた可能性を嘆いた。
気分爽快、朝食もばっちりで準備万端に整ったミラ達は、今日も今日とて砂ゾリに乗り込み砂漠を渡っていく。
「元気に追ってきておるのぅ」
ちらりと後方を覗いたミラは、常に一定の距離を保つブラズニルの帆船を眺めながらご苦労な事だと呟く。
服の内側には砂漠用のクルクールを着込んではいるが、完璧に暑さを防げるというわけではない。過酷な地だけあって限界があるのだ。
それでも着ているといないとでは雲泥の差が出る。
そして、そのような状態で運動すれば暑くなるのも当然。ミラは帆船で作業するブラズニルのメンバーを望遠の無形術で見守りながら、大変そうだなと苦笑した。
そのような状態を保ちつつ、更に数時間ほど砂漠を進んだところだ。
「さて、どんな感じじゃろうか」
傍に転がしてあった聖剣サンクティアを手に取ったミラは、砂ゾリからひょいと身を乗り出し慣れた手つきで切っ先を砂に差し込んだ。
すると──。
『おお、捉えたぞ! 進行方向より少し左側だ』
十分前には、まだ精霊王の感知圏外だった。だが今回で遂に、その正確な位置が割り出せたのだ。
「いよいよ見つけたようじゃぞ! 少し左に針路を変えてくれるか」
「わかった」
ミラが報告すると直ぐにヘビが対応し、牽引ゴーレムの進む先を左側へと調整していく。そして丁度のところで精霊王が『そのまま真っすぐだ』と言えば、ミラもまたそのまま伝える。
「思ったよりかかったわね」
精霊王の協力があるものの、砂漠に出てから三日かかった。何なら一日二日くらいで見つかるのではないかと思っていたカグラは、まだ何も見えない前方を見据えながら呟く。
「私達は二ヶ月見つけられなかったけど……」
対してサソリは流石精霊王だと感じつつも、これまでの日々を振り返り苦笑していた。
「ふむ、もう直ぐじゃ──」
ともあれ、ここまでわかれば後は時間の問題だ。砂にサンクティアを刺したまま進む事、十数分。『ここだ』という精霊王の合図と共に砂ゾリを停止させる。
「見事なくらいに何もないわね」
穿つような太陽の光に目を細めながら周辺を見回すカグラは、誰もが思った感想を口にした。
場所は砂漠の真っ只中。周囲には目印となるようなものなど何一つなく、不思議なものや気配といった類も特には感じられなかった。
けれど流動するエネルギーは今、この大地の下を流れており、同時に黄金都市の空間も漂っているとの事だ。
「さて、準備はよいか?」
「もちろん、いつでもいけるよ!」
「準備完了」
「ええ、早く行きましょ!」
いよいよ黄金都市に進入だ。そうミラが声を掛けると直ぐ、やる気に満ちた声が返ってきた。
(すまんのぅ、ブラズニルの諸君。ここまでじゃ)
様子を窺っているのだろう。停止してから静かになった魔法の帆船。ミラは精霊王経由で三神に準備完了だと伝えてもらいつつ、ここまで律儀に追ってきたブラズニルにご苦労様と手を振った。
「え、凄い凄い! 何か歪んできた!」
「これは不思議体験」
三神が開いた空間に砂ゾリごと吸い込まれていくミラ達。神々が創り出した空間に呼ばれるというのは実に不可思議な感覚で、サソリとヘビは未知の体験にわくわくといった顔だ。
「これ……大丈夫な感じ?」
実はちょっと怖がり屋なカグラは、周囲が歪んでいく中でミラの腕に抱き着いていた。
「まあ、大丈夫じゃろう!」
根拠はないが、何かあっても三神が対応してくれる。そう答えたミラは、いよいよ噂の黄金都市かと静かに冒険心を滾らせる。
見える全てが歪んでいったのも束の間。やがて全てが収まると、ミラ達の前には、これまで見た事もないような光景が広がっていた。
「ほぅ……思った以上じゃのぅ!」
「え、すっご。きんきらしてる」
神々を祀り、また共存共栄していた神話の国。その中心であった街は、既にあらゆる歴史から忘れ去られている。
けれど今ミラ達はその都の中央、聳え立つ巨大な柱を支える大きな土台のようなところに立っていた。神々によって保存された太古の都──黄金都市は、今もまだ健在である。
黄金都市などと呼ばれるだけあって、見事なものだ。ミラとカグラは、どこを見ても煌めき放題な街を見回しながら、ただひたすらに感嘆した。
「遂に……遂にきたー!」
「うん、ほんとようやく」
途中で合流したミラ達とは違い、サソリとヘビは既に砂漠で二ヶ月もの間、この黄金都市を探し回っていた。だからこそ黄金都市に辿り着いたという感動は、ミラ達のそれよりもずっと深いのだろう。その歓喜の中には、多大な苦労も滲み出ていた。
「しかし何とも、不思議な場所じゃな」
黄金都市に到着した。それを一通り味わい終えたミラは、改めてこの場所を観察しながら興味深げに呟く。
時刻は、まだ昼の中頃。砂漠では強烈な日差しが照り付けていたものだが、見上げてみると、ここは満天に輝く星で埋め尽くされていた。
「うん、なんか夜っぽいけど、遠くまで明るいのって不思議」
カグラもまた遠くを見渡すようにしながら、あっちこっちと振り返る。
その言葉通り、街を包む気配は夜のそれだ。
星が瞬く空の下、人々の営みが灯りとなって揺れる街の風景。一見すると、ここにはそれに似たような──まだ住民がいるのではないかと感じてしまうような雰囲気すらあった。
夜に覆われた街。けれどここは、三神によって創り出された特別な場所。ゆえに闇とは無縁のようだ。輝きに満ちた街が遠くまで広がっている。
(何となく、寂しい感じもするのぅ)
かつて多くの住民で賑わっていた街の雰囲気を、少しでも再現しようとしたのだろうか。そんな事を考えながら無人の街並みを眺めるミラは、太古の神々には人間っぽい感性もあったのだろうかと想像した。
「うむ、これで良さそうじゃな」
黄金都市到着の余韻に浸って早々、先にするべき事があったミラは精霊王に促されるまま、その作業に取り掛かり完了させた。
その作業とは、黄金都市の封鎖だ。
ミラ達が降り立った直ぐそこの巨大な柱こそが、この黄金都市の空間を支える起点となっていた。ミラは、それに込められた魔法に干渉し、教えられた手順通りに組み直したわけだ。
手を加えるのは、神々が構築した魔法。その効果は人知を超えるようなものであったが、ミラといえば魔法の類には人一倍研究熱心な九賢者の一員だ。精霊王の助言も加えて、これを解析して理解に至り、見事に黄金都市の空間に出来た歪を修正する事に成功した。
『──よし、問題なさそうだ。流石はミラ殿だな』
『この程度、造作もない……と言いたいところじゃが、精霊王殿の知識がなければ何日……いや、何年かかっておった事か』
精霊王伝いに三神へ報告したところ、黄金都市の空間がより強固に安定した事が観測出来たそうだ。つまり、これでもう万が一にも、この黄金都市に誰かが迷い込んでしまうような事はなくなったわけである。
(結局のところ、原因は何だったのじゃろうな)
黄金都市の噂は、人が迷い込んだ事から始まった。ではなぜそのような事が起きてしまったのか。原因は読み取れず不明のままだが、今回調整した魔法には異常を感知するための仕掛けも施してある。ゆえに今度また同じような事があれば直ぐにわかるだろう、との事だ。
「しかしまた、綺麗な星空じゃのぅ」
この空間を支える巨大な支柱。大きく仰ぎ見れば、その先には支えられた空間に映る星空が広がっている。
ただ、当然と言えば当然か。そこにあるのは本物ではない。精霊王が言うに、黄金都市の空に映る星々は全て神々に所縁のある星座だそうだ。この空間を彩るため、片っ端から空に描いた結果、今のようになったらしい。
そして、そうしてしまったからこそ、ごちゃごちゃになり過ぎて、もうどれがどの星座の星なのかわからないくらいになってしまったという。
(……確かにわからん)
アストラの十界陣のため、星座には随分と詳しくなったと自負するミラ。けれどここにある星空では、覚えた星座の一つすら見出すのは難しそうであった。
「あ、終わった? それじゃあ探検開始!?」
作業を終えたミラが、これでよしとしたところだ。それを今か今かと待っていたのだろう、サソリがワクワクした顔で駆けてくる。
今一度見回せば、周囲に広がるのはロマン溢れる黄金都市。しかも栄えていた当時のまま保存されていた事もあり、宮殿の如き建造物が多く立ち並ぶ様子は正に圧巻という一言に尽きる。
また見える範囲でも装飾は多く、屋根までもが悉く黄金色に輝いていた。
そして現在、ミラ達のいる場所──大石柱を支える土台は真っ白な石造りだが、ところどころに見える縁取りなども全てが黄金である。
「これだけきんきら輝いていると悪趣味感の方が先に感じられそうなのに、なんかこう……流石よね」
そろそろ出発かと立ち上がったカグラは、どこまでも続く黄金を眺めながら、そんな感想を零した。
黄金といえば富の象徴でもある。裏を返せば、欲望にも繋がるものだ。だからこそ悪趣味にも思えるような黄金のあれやこれというのも多く存在している。
けれどこの街で輝きを放つ黄金は、欲望からくる贅を極めただけのそれらとは違って見えるものばかりだった。
何といっても、ここにある黄金は全て神を讃えるためだけに使われているからだ。
だからこそ、この黄金都市は目も眩むような贅沢さのみならず圧倒されるほどの荘厳さも兼ね備えていた。
「特別感がいっぱい。うちの村の守り神様のシンボルもある。凄い」
感じ入る何かがあるのか、ヘビは周辺に見える装飾に注目していた。
神々に愛された都であり、かつては多くの神がいた場所でもある。今では大陸中に伝承が残るだけとなった神もまた、そのほとんどが、ここにいたのかもしれない。
(神々が惜しんで保存したというのも納得じゃな)
そう感じたミラは、それでいて同時に時価総額は幾らくらいになるのだろうか、なんて野暮な事も考えた。
とはいえ背景を知るからこそ、ミラはこの場所に黄金以上の価値があるという事も知っている。
「さて、このまま探検と行きたいが、まずは任務が優先じゃ。これから目指すのは、あの場所じゃな」
直ぐに気持ちを切り替え、真っすぐ先を指さすミラ。
眩く輝く黄金都市は、遥か太古の都市でありながら経年劣化はほとんどみられない。くすみ一つない黄金色に染まる街を前にしたら、いやが上にも期待が高まるというものだ。
状況は廃墟探索に近いが、黄金都市のそれはまったくの別物。サソリが逸るのも頷ける状況だ。
だが、ここに来たのは大きな目的があったからだ。
「あの場所に封印があるのね」
フォーセシアの封印の確認。カグラはミラが指し示す先に見える巨大な神殿を見据えながら息を呑む。
三神が言うに、その封印自体が破られたような形跡は感じられないそうだ。
けれど実際は、封印されていたはずのフォーセシアが外に出てしまっている。しかもそればかりか、魔王と名乗っている始末だ。
この現状について、まず起点となりそうな封印を調べてみようというのが今回の任務であり最優先事項でもある。
「そうだよねー……」
まだ探検している暇はない。それもそうだと頷くサソリは、ちょっと残念そうに黄金都市を見回した。
先日、タッカルビのたれというのを見つけまして。
と、そういえば以前によくチーズタッカルビというのを目にした事を思い出しました。
チーズとお肉夢の競演。
気になる……。という事でタレと鶏もも肉とチーズを買っちゃいました!
きっと間違いなくお店の味には届かないとは思いますが……。美味しかったです!!!
なお、タレとチーズが余りました。でもお肉はもうありません。
という事で、今度は豚肉を買ってみました!
そして作りました、チーズ豚ッカルビ!!!!
豚肉でもまた美味しかったです!!!




