618 呼び出し
六百十八
「それで、どんな感じかのぅ」
操舵室にやってきたミラは、そこでじっとしたままのカグラにピー助を返しつつ状況を伺う。
「特にこれといった変化はなしね。南東に向けてずっと移動したまま」
カグラはピー助を式符に戻して襟から胸元に収めると、現状について簡単に教えてくれた。
いわく、魔王はこちらの追跡に気づいたような動きはないようだ。とはいえ油断出来る相手ではないため、いざという時に備えておくようにとの事だ。
そこまで説明して再び集中モードに入ったカグラ。後はこのまま魔王の本拠地をつきとめられたら万々歳だ。
「ふむ」
相手は魔王。慎重に進めるに越した事はない。よってミラは、現状一番無防備になってしまっているカグラの隣に腰かけて状況の進展を待った。
「あ、止まった」
細心の注意を払いながら魔王を追跡する事、数時間。移動し続けていた魔王が遂に止まったとカグラが告げた。
するとその声を合図に低空飛行を続けていた飛空船も停止。そのまま海面に着水する。
また飛空船の停止に気づいた面々が続々と操舵室に集まってきた。
「で、どんな感じじゃ?」
気づかれたのか、それとも。その停止が意味するところはとミラ達が注目する中、カグラは「到着かな。降り始めた」と言葉を続けた。
どうやらようやく魔王が目指していた場所──魔王の拠点と思しき場所に辿り着いたようだ。
「速度と方角、時間からして……だいたいこの辺りだと思う」
ではいったいどこまで来たのか。テーブルに地図を広げたカグラは、現状から予想出来るおおよその位置を指し示した。
確認してみると、そこはアース大陸の南部に位置する群島地帯だった。どうやら魔王は、そこにある島のどこかを拠点にしているようだ。
「それじゃあ細かい場所は、こっそり探しましょうか」
後は数十と連なる島のどれが本命か。カグラは更なる調査のためにピー助を群島へと向かわせた。
「ポポットや、下見を頼めるか」
「ポポットにお任せー」
敵拠点の特定のみならず、予め偵察しておいた方が作戦を立てやすくなるというもの。
よってピー助に加え、調査メインの視点もあった方がより効果的だと、ミラはポポットを続けて放った。
「この島で、きっと間違いないと思う」
遠く離れた群島地帯にてピー助とポポットの調査が始まってから、二時間と少々。その成果がカグラの口より伝えられた。
カグラは、ここが魔王の拠点であると連なる群島の一つを指さした。いわく、不気味な気配に満ちているのみならず、魔物や魔獣に加え、数体の悪魔が作業している姿もそこに確認出来たそうだ。
加えてポポットも島の林の中で怪しげな施設などを複数見つけたとの報告を挙げている。
「うむ、これだけ証拠が揃えば十分そうじゃな」
何といっても、群れる事を嫌う悪魔が集団を形成している事が一番の証拠といえるだろう。魔王という存在が率いているからこそ、この島の状況が成り立つわけである。
「よし、特定は完了だ。それじゃあ、このまま静かに帰還しようか」
次にやるべき事は、攻め込むための準備を整える事だと告げるアンドロメダ。
このまま乗り込んでしまいたいところではあるが、無謀過ぎるのも確かだ。そう理解するミラ達は帰還する飛空船の中で、早速攻略方法について話し合い始める。
ポポットを送還した後に再召喚。どのような施設があったのかを皆で聞いて、予想を立てていった。
なおピー助は、監視役として少し離れたところに留めておくそうだ。
魔王が拠点とする島。ポポットが言うに、島の各所や点在する施設には罠や障壁が張り巡らされているため容易には近づけないそうだ。
だからこそ、魔王島攻略作戦には戦闘要員のみならず、これらに対応するための技術班も必要になるだろうとの事。
技術的、更に術的な観点から見て、これの攻略は相当な難度になるだろう。よって日之本委員会の技術者と銀の連塔の研究員、そしてヴァレンティン達の組織の悪魔とで専門の対策チームを結成するのがよさそうだ。
と、そのように話し合いが進んでいた中──。
『ミラ殿。三神達が直接会って話したいと言っているぞ』
そんな伝言が精霊王より届いたではないか。
『なんと、直接とな!? では直ぐに向かうとしよう!』
話し合いの内容については、後でカグラにでもまとめて聞けばいい。それよりも三神から直々にとなれば、これはもう一大事だ。
「話の途中ですまんが、精霊王殿経由で三神様より話があるとの呼び出しが入ったのでな。ちょいと行ってくる」
ちょっとトイレ。そんな軽い言い方で席を立ったミラ。すると直後に飛び交っていた会議の声がぴたりと止まり、全員の視線が一気にミラへと集まった。
ただ小用で席を立つだけなら気にする者などいなかっただろうが、流石に『三神からの呼び出し』という部分が理由としては特殊過ぎたようだ。
「もしかしてもしかして、またアーティファクトが貰えたりとかしちゃう!?」
魔王と遭遇し、その存在を把握したからこそ更なる攻略の手助けが三神から施されるのか。そう期待するのはハミィだ。
「このタイミングなら十中八九は魔王関係だと思うけど、何かしらね」
三神から直接となれば余程の事だ。そして現在、この大陸全土で一番の問題というと、やはり魔王の存在である。けれど内容は見当もつかないとカグラが首を傾げれば、皆もまた期待と不安が入り交じったような表情を浮かべる。
「この大陸には、三神だけしか把握していないような事もあるからね。もしかしたら、それ絡みかもしれないよ。だからまあこっちは気にせず、直ぐに行ってくるといい」
少なくとも、今話す必要がある内容で間違いはないだろう。そう告げたアンドロメダは、この場面でどんな話をするつもりなのかと期待気味に笑う。
「うむ、ではまた後でのぅ」
魔王を相手に有利を取れるような情報が得られたら万々歳だ。そんな事を考えながら、ミラは会議室となった操舵室を後にした。
アンドロメダの秘密基地で巫女服に着替えてからゲートを使って神域へと赴いたミラは、これまでと同じように神域を進み、三神が待つ広間へとやってきた。
「わざわざ呼び出して、すまなかったな」
「こうして来てもらったのは他でもない。あの魔王と名乗る者について話しておきたくてね」
「急な話になるけど、まず重要なところを伝えておくわね」
到着してから挨拶もそこそこに、三神は用件を話し始めた。
直にどんな話があるというのか、ちょっと緊張気味だったミラは、それでいて話を聞くほど、その顔に驚きを浮かべていく事となる。
三神の口から語られたのは、フォーセシアについてであり、その真実は非常に衝撃的なものだった。
「これはフォーセシアが魔物を統べる王を討ち、精霊王も再び精霊宮殿へと帰った後に起きた事だ──」
三神は、その一部始終を観測していたそうだ。そして人類の救世主となったフォーセシアが大英雄として讃えられるようになる、少し前の出来事について触れていった。
いわく、彼女の身に異変が起きたという。
「──どうやら魔物を統べる王とは、あの不可解な力そのものが本体だったようだ」
「ゆえに肉体を失ったそれは、その瞬間最も近くにいた肉体に、かの者を打ち倒したフォーセシアへと流れ込んでいった」
「そしてゆっくり、けれど確実に彼女を内側から蝕んでいったの」
それは呪いに似ているのかもしれない。倒されたら、次は倒した者が魔物を統べる王となるわけだ。
三神は言う。この事実に気づいた頃には、既にどうにもならない状態にまでフォーセシアを浸食してしまっていたと。
状況は最悪だった。魔物を統べる王を倒し、ようやく平和を取り戻したはずが、このままではそこまで時を置かずして再び戦乱の世に逆戻りとなってしまう。
しかも次は、フォーセシアの力まで奪っての登場だ。そのような事になってしまったら、人類側の敗北は濃厚である。
「だが、彼女はそこで尊き決断を下した」
「人類のため、未来のために自らを犠牲にする事を選んだんだ」
「何よりも頑張ったのは、あの子なのに。それでも他に方法はなかった。私達は、更に重荷を背負わせる事しか出来なかったの」
魔物を統べる王の復活を食い止める方法。それは、かの力を宿すフォーセシアの身体ごと封じてしまうというものだった。
そしてこの方法は、フォーセシア自身が提案してきたそうだ。大英雄フォーセシアは、魔物を統べる王諸共に自らを封じて永い眠りにつく事を選んだのだ。
その決意は固く、そして何よりも未来を救うためには、その方法しかなかった。ゆえに三神は彼女の決断を受け入れ、何よりも尊重し、フォーセシアの身体を魔物を統べる王の力ごと封印した。
なお、フォーセシアを封印する際に一つだけ頼みごとをされたそうだ。その内容は、戦中に彼女が保護して可愛がっていた赤ん坊の世話である。
「赤ちゃんのその後を聞いたら、彼女に怒られるかもしれないわね。でも本人の意志だったから仕方がなかったのよ」
どこか言い訳めいた口調で続ける慈愛の女神。何でもその赤ん坊は、フォーセシアの最期の願いという事もあって三神が直々に育てたそうだ。
だが、だからこそ張り切り過ぎてしまったという。気づけば亜神となったその子は、過去の出来事を知った後、フォーセシアをもう一人の母と仰ぎ、平和を願うその心を引き継いだという。
そして、いつか再び訪れる戦いに備えて三つの国を構え、その初代の王に自らの子孫を据えた。
これが三神国の始まりだった。
「フォーセシアという人物については精霊王殿からちょくちょく聞いておったが……まさかそのような続きがあったとはのぅ」
三神のみが把握していたフォーセシアの真実。三神国についてはともかく、これを聞かされたミラは、そんな悲劇的な過去があったのかと目を伏せた。
なお三神が言うに、精霊王はフォーセシアと仲がよかったため、この真実はどうにも伝え辛かったそうだ。
(後味の悪い結末じゃが、フォーセシアがプレイヤーだった事を含めれば、まだ救いはありそうじゃな)
フォーセシア本人にとってみると、単純にゲームクリアでログアウトくらいの感覚だったのかもしれない。ここの人類を救った大英雄は現代の日本でのんびり暮らしている。ここまでの話から考えて、むしろその可能性の方が高そうですらあった。
「しかし、その話から考えると、つまりあの魔王を名乗る者は、その封印を解いて出てきたというわけじゃろうか」
フォーセシアの中の人はともかくとして、今問題なのは、その体の方だ。ここまでの話と現状を合わせて考えた場合、その封印が破られたとみて間違いない。
だが三神の反応は、ここにきて不明瞭なものになった。
「いや、それが不思議でな。探ってみたのだが、フォーセシアの封印は未だに健在なんだ」
なぜこうなっているのか。勇気の神は困惑の色を浮かべながら実に不可解だと唸る。なんと、封印されていたフォーセシアが出てきてしまっているにもかかわらず、件の封印に異常はないというではないか。
しかし魔王を名乗るあの存在の体は、フォーセシアそのもの。加えて、その体に宿す力も一緒に封じたものと同一だそうだ。
つまりミラが遭遇したのは、中身はともかくとして、かの大英雄フォーセシアで間違いない。
しかしその封印は健在のまま。
「いったい、どうなっているのか。封印に何が起きているのか。もしかすると何者かが細工したのかもしれない。だとしたら、どうやってあの場所を見つけたというのか。ここからでは見通せない問題ばかりだ」
正義の神は何か遠くを見据える仕草を繰り返しては、苛立たし気にぼやく。
「ちなみにその封印は、どこにあるのじゃろうか。随分と厳重そうに思えるが、細工が出来るような代物なのかのぅ?」
怒りの神気がチリチリと刺さってくるので鎮まってほしいと願いつつ、ミラは気になる点に触れる。
「うむ、それはだな──」
何となくだが、待ってましたといった表情を浮かべた正義の神は、その特大の秘密について大いに語ってくれた。
いわく、その封印は特別な空間にあるという。
アーク大陸の南西に広がるオリアト砂漠。その地下には霊脈とはまた違って、波のように流動する星のエネルギーの海が存在しているそうだ。
そして特別な空間とは、その波間を漂っているらしい。
「そこには、遥か太古の時代に存在していた多くの神々の末裔が築いた都市が眠っている」
「黄金に輝く、実に華やかな街並みであったな」
「あの頃は、とても豊かな大地でした。けれど大きな厄災に見舞われて衰退し、今の涸れ果てた砂漠になってしまったのです」
三神は言う。大地はもはや蘇らせる事も不可能となったため、暮らしていた者達は仕方なく都から去っていってしまったと。
そして最後に残されたのは、黄金に輝く都市のみ。
住む者がいなくなってしまった都市は、滅びを待つだけの状態だ。ただ、この都市には神々を祀るための様々な技術や知恵が隅から隅まで詰まっていた。多くの信仰に満ちたそれらは神々にとっても大切な宝であり、思い出にもなっていたのだ。
だからこそ、そんな街がこのまま風化していってしまう事を憂いた神々は力を合わせて次元の狭間に空間を創り、この都市を丸ごと保存した。
そして後々に三神は、この思い出の都市にフォーセシアを封印したという事だった。
「オリアト砂漠の地下……黄金に輝く都市じゃと!?」
人類史にも遺されていない過去の出来事が三神より語られる。歴史家ならば、もはや神話となるこれらの話に歓喜していたところであろう。だがミラには、そのような古い歴史よりも、ずっと興味を惹かれる部分があった。
「それが噂の真実という事か! 黄金都市は本当にあったのじゃな!」
まさか三神の口から、その噂の真相が語られる事になるとは。ミラは驚きながらも、噂がやはり真実だったという事に対して特に喜んだ。
「黄金都市? もしやミラ殿は、存在を知っていたのか?」
古くに地上から消え去った、神々の思い出の都市。だからこそ現在において、これを知る者など皆無に等しい。ゆえに三神は、知っていたようなミラの反応に少々驚いた様子だ。
「噂程度のものじゃがな。その黄金都市に迷い込んだ者がおったそうじゃ──」
以前にセロから聞いた話ではあるが、ミラはその時に聞いた内容をそのまま三神に伝えた。そこに迷い込み、どうにかこうにか逃げ出した者がいたという事を。
オリアト砂漠には、地図に載る事のない蜃気楼寺院という聖域がある。迷い込んだ者は、そこに行こうとして黄金都市に辿り着いたという話だ。
「蜃気楼寺院か。あの砂漠は流動するエネルギーの影響を受けて、様々な現象が発生するところだ。その寺院も、その異変の一部として取り込まれているわけだな」
「とはいえ、あの都市の空間は我々の方で封鎖している。万が一にも迷い込む事など出来ぬはずだが」
「長く続いている異変ですものね。もしかしたら干渉するほどの何かが生じてしまったのかもしれないわ」
黄金に彩られた都市など、全ての歴史を顧みても、そうあるはずがない。だからこそ、かの地に何かしらの異常事態が起きているに違いないと、そう三神は結論したようだ。
「あの場所で何が起きているのか。ミラ殿、確かめに行ってみてはくれないか」
話し合いの末、正義の神が総意を告げる。封印された黄金都市が今どうなっているのか。そしてフォーセシアの封印は、どのようになっているのか。それらを現地に赴き調査してほしいというのだ。
「うむ、引き受けさせていただこう。わしも気になるからのぅ」
魔王に関係する何かがそこにあるかもしれない。また、三神直々の頼み事というのなら、是非とも叶えてあげたいところだ。
そして何よりも、黄金都市の噂をその目で確かめる事が出来るというのは、とても冒険心が擽られる状況でもある。
ゆえにミラは、迷う事無くその依頼を引き受けたのだった。
さて、なんだかんだで3月も後半ですね。
そして少し遅れて触れますが、春のパン祭りが開催中ですね!!
現在、24ポイント。もう少しです!
いつも常備している里見の郷にポイントがついているのは、やはり偉大!
それにしても、ついている年とついていない年があったりするのは何故なのか。いったいどういった基準でついたりつかなかったりするのか……。
まさに春のパン祭りミステリー。
来年は、消えているかもしれない(ポイントが




