617 お出かけミスティ
六百十七
決戦準備のためには一度戻る必要もあるが、まずは今出来る事から。魔王の追跡に注力しよう。そう次の方針を決めたミラ達を乗せた飛空船は、離れ過ぎない程度の距離を保ちつつ魔王の後を追っていた。
魔王が運ぶ胴体の封印に式符を仕込んだからこそ、探知して追えている。だが、今回使っていた式符は汎用品。カグラ特製の遠隔起動可能のものではないため、流石のカグラも数百キロメートルと遠ざかってしまったら感知が難しくなるとの事だ。
ゆえにミラ達は、そんなカグラの邪魔をしないため音を立てぬように気を遣いつつ、静かにじっと見守っていた。
「っていうか、むしろ気が散るんだけど……」
いつでも即応出来るように待機していたミラ達だが、むしろカグラにとってはその無言の圧力の方が鬱陶しかったようだ。集中から一転、うんざりした顔で一同を見回す。
と、その際の事だった。
「っていうか、勝手にどこまで連れ出すつもりなの? とりあえず責任もって送り届けてきなさいよ」
もうすぐ南の山脈を越えようかという地点に差し掛かったところで、カグラはミラにそう告げた。
いつまで連れ回すつもりなのか。見回した一同の中には、当たり前のように並ぶミスティの姿があった。
緊急処置として一緒にここまで転移してきたまでは問題ない。だがミスティが暮らしていたのは、あの秘境だ。そこから連れてきて、巻き込んだままにしておくわけにはいかないというのがカグラの指摘である。
「あー、そういえばそうじゃったな」
その時は危険だったため一緒に逃げてきたが、今の現場にはもう魔王らが来る原因そのものが存在していない。そのため、このまま戻っても大丈夫だろう。
ゆえにミラがペガサスなりなんなりで送っていってあげるのが一番だともカグラが続けた。
実際のところ、ミラならば送り届けた後に、そのまま自力で飛空船を追って戻って来れる。ピー助も連れて行けば、飛空船の位置についても直ぐに共有出来るというものだ。
と、そのようにミラとカグラとでミスティを元の場所に帰そうと話していたところ──。
「え? いいよいいよ全然このままでいいよ! 面白そうだもん。それにミラちゃんと一緒なら、もっと素敵なものがいっぱい見られそうだし、人間さんにもいっぱい会えそうだから!」
正に自然の芸術ともいえる森で暮らしていながら、いや……だからこそ彼女にとっては、もはやあの秘境が普通なのだろう。そしてミラ達の日常こそがミスティにとっての非日常に映っているようだ。それはもう冒険心をその目に爛々と浮べながら連れて行ってと懇願する。
「でも、ここから先は危険も多いからなぁ」
そうミスティの身の安全を一番に考えるのはノインだ。
彼に、ミスティが秘めた冒険心を蔑ろにするつもりは毛頭ない。とはいえ、この先に待ち受けるのは魔王という未知の存在だ。いつどこで戦いになるのかわからない。
しかも頭数が増えれば、それだけ守る範囲も広がる。前衛一人という現状から既にギリギリのノインは、だからこそ危ないと苦言を呈した。
「そういう事なら簡単じゃない。向こうに送ってから召喚しちゃえば?」
そう提案したのはカグラだ。
秘境に送り届けた後に召喚して、そのまま連れて行けば何の問題もない。危なくなったら送還すればよく、危険に巻き込まれても召喚術の防護がある。しかもいざとなれば強制送還発動。
これでミスティは、何の気兼ねもなく連れていけるというわけだ。
「──って感じで済むでしょ? っていうか召喚契約ってまだしていないの? あ、そういえば最近あんまり契約契約言い出さないよね? どうかしちゃったの?」
珍しい精霊を見つけたら直ぐに召喚契約を迫る厄介召喚術士なミラの事をよく知っているカグラ。だからこそ、これほど凄い力を持つミスティにも直ぐに契約を迫りそうなものだ。けれどどうにもその様子はなく、だからこそ続けて疑問も口にした。
「あー、それはなんというかじゃな。どうにも精霊王殿の影響もあってか、精霊界でわしの名が随分と広まっておるらしい。それで召喚契約を巡って何かと騒ぎが起きているという話でな。加えて精霊王ネットワークの改良なども進行中で、契約は慎重にというお達しが精霊王殿から来ておるのじゃよ」
最近、出会って即契約と言い出さなかった理由について、ミラはそう実に生々しい内部事情を吐露した。
永い間、地上から離れていた精霊王が今、限定的ではあるものの再び舞い戻り、その声を聞く事が出来るようになった。
この事実は精霊界においてミラ達が認識している以上に衝撃的なニュースとして、精霊伝てにどんどん拡散しているそうだ。
そして同時に、ミラという召喚術士と召喚契約を結ぶ事で直接その存在を感じて話す事まで出来る、というところまで伝わっているらしい。
しかも今は、精霊王のみならず始祖精霊のマーテルや、あのリーズレインまでいる事も把握されているようだ。
ゆえに、ミラとの召喚契約を望む者が爆発的に増えており、だからこそこれまでのように契約していったらとんでもない状況になると、精霊王からストップがかけられているわけである。
「なんか懐かしくて不思議な感じがすると思ったら、そういう事だったんだ! よかった、精霊王様少し自由になれたんだね」
ミラの言葉を受けて、そんな言葉を返してきたのはミスティだった。
どうやら彼女が暮らしていたあの秘境は、まったくといっていいほど外との交流がないようだ。精霊界では有名な話も初耳だそうで、精霊王の事についても驚きながら嬉しそうであった。
「でもでも、それじゃあその召喚契約っていうのは出来ないのかな。私、連れて行ってもらえない?」
ただ精霊王によるお達しとなれば、やはり強い決定力を持つものだ。ゆえに召喚契約は出来ず、元の住処に戻されて冒険はここで終わりになるのかと、しょんぼり肩を落とすミスティ。
「……いや、言われておるのは無闇に契約せぬように、というものじゃからな。じっくり腰を据えて考えてよしとすれば、きっとよいじゃろう!」
完全に禁止されているわけではない。そう都合よく解釈したミラは、ミスティさえよければ是非とも召喚契約を結ぼうではないかと申し出る。
お達しはあるものの、絶対ではない。また、ミスティの霧は唯一無二ともいえるほどに強力なものだ。かの魔王にすら通用したところから見て、今後の活躍が大いに期待出来る逸材である。だからこそミラにしても、ミスティは是非とも契約したい相手であった。
「うん、よいよい!」
しょんぼりから一転、顔を上げて笑顔を咲かせたミスティは嬉しそうにミラの前へと駆け寄ってきた。
「それでどうすればいいのかな!?」
「そのままでよいぞ」
何だかんだあるが、召喚仲間が増えるのは良い事だ。前向きなミスティに感謝しながら、ミラは召喚契約の儀式を行う。そして淡い光が広がると、ミラとミスティの間に新たな繋がりが結ばれたのだった。
「では、向こうに戻ってから召喚するのでな。暫く待っておいてくれるか」
「うん、待ってる! また後でねー」
召喚契約が完了した後、予定通りにミスティを秘境へと送り届けたミラは、ペガサスに乗ったまま念のためにと周辺を一通り見回ってから帰路に就いた。
そうしてピー助の案内に従い飛空船を追っていく途中での事だ。
『ところで随分と静かじゃが、やはり何か思うところでもあったのじゃろうか』
ミラは精霊王達に、少しだけ心配気味に問いかけた。
完全なプライベート時間以外の、特に今のように重要な作戦行動中などは、いつも観測──というより見守り実況中継をしている精霊王達。
だが魔王相手に逃走してから、ちょっとした後くらいだろうか。その気配が消えてから、もう随分と経つ。
とはいえ、その理由については幾らか予想もつく。
『雰囲気は、まったくの別人だったけど、それ以外は全部、あの頃のシアちゃんのままだったわ』
『別れの日、後は元の世界に帰るだけだと言っていたはずが、なぜあのような状態になってしまっていたのか。それが気になっている』
ミラが問いかけてから少しの間をおいて、マーテルと精霊王はそんな言葉を返してきた。
案の定、『魔王フォーセシア』という存在は精霊王達にとってかなり衝撃的だったようだ。二人の声には、いつもの元気がなかった。今は戸惑いや憐憫、そして悲しみが浮かんでいる。
とはいえ精霊王達の話からして、フォーセシアとのかかわりは深そうだ。それでいて、あのような形の再会であるなら無理もないだろう。
『あと、嫌な気配も一緒だったわね』
『そうだな。忘れるはずもない。あの魔物を統べる王と似た──……いや、こうして落ち着いてから思い返してはっきりした。あれは似たものなどではない。奴と同じものだ』
特に精霊王達の心を苦しめていたのは、その部分のようだ。
フォーセシアが大英雄と呼ばれる事になった、過去の一大決戦。敵の首魁は、魔物を統べる王。これを見事に討ち取った事こそが、フォーセシア最大の功績である。
だが、そのフォーセシアと同じ見た目をした者が魔物を統べる王と同じ気配を纏っていた。しかも魔王だなどと名乗っているのが、今ここに突き付けられている現実だ。
『かつての大英雄が、なぜあんな事になっておるのか……。ふーむ、さっぱり見当もつかんのぅ』
大英雄と魔王。ミラは二人が話す言葉を頭の中で整理しながら、どういう事かと考える。
(最初に聞いた時は大英雄の名を騙っているだけじゃと思うたが、精霊王殿達の様子から察するに、そっくりというよりは本人そのものという感じじゃからのぅ。しかしまた、その辺りもよくわからん。以前聞いた話からして、フォーセシアもプレイヤーだった可能性が高い。つまりフォーセシアとは、そのプレイヤーのアバターとなるわけじゃが──)
もしかしたら当時のプレイヤーが、今度は魔王プレイでも始めたというのか。またはアカウントを乗っ取られでもしたのか。
それと気になるのは、時代だ。ミラ達がゲームとして遊んでいたのは、この世界の三十年前である。対して魔物を統べる王との戦いは数千年も前の出来事だ。
いったい、いつログインしたらその時代になるというのか。
魔王も気になるが、そもそもフォーセシアもまた気になる点が多い。と、改めてそんな疑問に行き着いたミラは、そこでもう一つの疑問も抱いた。
先ほど精霊王が口にした言葉の中に、『元の世界に帰る』というようなものがあった。これはプレイヤー目線で考えれば、ログアウトを意味していると捉えられる。
つまりフォーセシアは、現実になった世界ではなく、まだゲームだった時代にプレイヤーとして存在していた可能性が高まったわけだ。
そして言葉通りフォーセシアが──その中の人がログアウトした時、その後のアバターはどうなるのだろうか。そこにミラは着眼した。
(ただのゲームならば電子の海に保管されるだけなのじゃが、この世界は、どうも違っておったようじゃからな。となればもしかすると、フォーセシアというアバターもどこかに残されていたりしたのではないじゃろうか)
そんな可能性が、ふと脳裏を過る。だが次には──。
(ここから先は、考察班の出番じゃな!)
あれこれと頭を捻るも、ミラのそれはこういった複雑な問題を追及出来るだけのスペックが足りていなかった。
しかし案ずるなかれ。日之本委員会の研究所には、こういった考察を得意とする者がわんさかとひしめいている。そんな者達に今回の一件を投入してやれば、きっと新たな燃料を得たと燃え上がってくれるだろう。
更に気になるのは、そんなフォーセシアが魔物を統べる王の気配まで纏っていたという証言だ。
何がどうして、そうなっているのか。もしも秘密が解ければ、もしかすると魔王の攻略法まで見えてくるかもしれない。
そんな可能性に期待しながら、とりあえず後でミケにでも話しておこうと決めるミラであった。
「過去の大英雄が今の魔王か……。なかなか衝撃的な内容だね。特に当事者の気持ちは、察して余りあるよ」
飛空船に戻って来たミラは、早速ミケにフォーセシアの件を伝えた。
それを聞いたミケは、確かに気になる情報だとその目に興味を浮かべる。どうやら彼女も考察班の一員のようだ。皆にも共有しておくよと続けながら、素早くメモにペンを走らせていた。
次に展望室にやってきたミラは、そこで約束通りにミスティを召喚する。
「──わわっ、凄い! こんな感じなんだ! さっきまで森にいたのに、もう空の上! ねね、もう一回、もう一回!」
初めて召喚に応じた感覚もまた、彼女にとってはワクワクするほど新鮮なものだったようだ。展望台の窓から空を一望すると、また景色が一気に変わる感じを見ていたいと騒ぐ。
「まあ……いいじゃろう」
こんな反応は初めてだと戸惑いつつも、ミスティが喜んでいるのならまあいいかと思ったミラは、言われるままに送還してから再び召喚した。
「戻るところって少し変えられるんだね! パノちゃんの後ろに出たら驚いていたよ!」
戻って来たミスティは、愉快そうに笑う。ちなみにパノちゃんとは、森に棲む鹿の名前だそうだ。彼女が勝手につけたらしい。
と、そのように楽しげで騒がしいミスティは、早速とばかりに飛空船内探検へと出かけていった。
『ミスティちゃんは、元気いっぱいね』
『ああ、新しい文化に触れるのが余程嬉しいのだろうな』
ともあれ、ミスティが喜んでいるのならそれでいい。ミラがそっと見送っていると、精霊王とマーテルも彼女の元気さに少しだけ癒されたようだ。二人の声に少し明るさが戻っていた。
確定申告、済ませましたか?
面倒ですよねぇ、大変ですよねぇ。
でも自分は、もうとっくですよ。2月の18日に終わらせて悠々と過ごしておりました。
なのに!!!!!!!!!!!!!!!
つい先日、税務署から記入にミスがあるから見直して再提出するようにというお手紙が届いたというまさかの事態!!!!
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
二時間もかけて入力したのに、なぜこうなったあああああああああああああああああ!!!!!
というか、もう毎年毎年やっている事なのに、未だ慣れない確定申告!!!!!
手紙に気づいたのは、夜の11時過ぎ。そのまま眠るのは落ち着かないので、そんな時間からもう一度の確定申告!!!!
と、精神をゴリゴリと削られた深夜の出来事でした。
でもギリギリに出した確定申告にミスがあったら、もっと面倒な事になっていたのでしょうね……。
確定申告はお早めに。




