600 浄化
六百
黒い液体の効果で異形の存在となった悪魔を相手に、ミラ達は迅速な決着を目指して一気に攻めた。
サポート役としての役割もこなすミラと、対悪魔における最強戦力のヴァレンティン。更に前衛を支えるゴットフリートに加え、アルフィナ隊も合流。練度と数によって悪魔を押さえこむ。
そこへハミィとシモーネクリス、クラバらによる遠距離からの攻撃が鋭く刺さった。
「随分と力任せになりおったな」
異形となった悪魔といえど、ここまで戦力が揃えば押し返す事も可能。ただ一気に追いつめたためか、途中から理性までも失われ始めていた。
「よっしゃ、一気に決めるぜ!」
過剰な力を得たとはいえ、そうなってしまったら力に振り回され始めるもの。そうすると巧みに連携するミラ達にとっては御しやすくなり、そのまま予定通りに悪魔を拘束する事が出来た。
拘束タイプの武装召喚と退魔術による捕縛結界、更にはエンチャントされた合金製の鎖まで用いた強固な拘束だ。異形となった侯爵級とて、直ぐに解ける代物ではない。
だがしかし、それとは違うところで問題が発生した。
「ダメだ……全部かき消されてしまう」
浄化さえ出来れば人類の敵となってしまった悪魔を、そうなる以前の悪魔に戻す事が出来る。ヴァレンティンは拘束した悪魔に対してその浄化を行ったのだが、どうした事か。その効き目が、まったくないのだ。
「これはまた……どういう事じゃ?」
先日、悪魔デラパルゴを浄化した際にも立ち会っていたミラは、だからこそ反応の違いに驚く。
ヴァレンティンは、前回と同じように浄化を試みている。彼の手から溢れた光が悪魔を包み込んでいくのだが、次の瞬間に弾けて消えてしまうのだ。
対して拘束した悪魔は暴れたまま。浄化の影響など一切受け付けていない状態であった。
「わかりません……ですが、このままには出来ません」
全ての悪魔を元に戻す事を目的としているヴァレンティンは、だからこそ諦めはしなかった。
方法は幾つもあるようで、色々な道具を用いて浄化を試みる。
「これもか……なら次はこれで──」
どの方法でも結果は同じ。けれどまだ方法はあるはずだとヴァレンティンが可能性を模索する──その時だ。
突如として白い槍が空から落ちて、悪魔の胸を貫いた。武装召喚による装甲も、更には合金製の鎖すらも容易く打ち砕き容赦なく突き刺さったのだ。
「な……!?」
何があったのか。この白い槍は、どこから降ってきたのか。そして何よりも、なぜ悪魔に止めを刺したのか。
誰もが驚きと疑問を抱きながら、白い槍が飛んできたと思しき上空を見上げた。
「残念だけど、そうなったらもう戻せない。だから私達に出来るのは、こうして直ぐ楽にしてあげる事だけだよ」
そこにいたのは、アンドロメダであった。この戦いに彼女も参戦しているようだ。いつもと違い、白と黒の武具を身に着けている。
「しかし、もしかしたら何か方法が──!」
組織の仲間達のために、少しでも悪魔を救っていきたいと願うヴァレンティン。ゆえにそれを目前にしながらも、あっさり止めを刺したアンドロメダに憤り喰ってかかる。
「うん、君は優しいね。そう思ってもらえて私も嬉しいよ。でもね、こればかりはどうにもならないんだ。もう存在そのものが違っているからね」
ゆっくりその場に降り立ったアンドロメダは、動かなくなった異形の悪魔を見やりながら白い槍を引き抜く。
すると悪魔は、黒い粒子になって霧散していった。彼女にとっても、この結末は不本意なのだろう。風に消えていく黒い粒子を見送る顔には、悲愴がありありと浮かんでいた。
「……っ」
それはきっと、アンドロメダにとって最後の慈悲だったのだろう。彼女の様子からそれを察したヴァレンティンは、そこから先に続けようとした言葉を呑み込み押し黙る。けれど胸中は複雑なようだ。彼の顔には無力感が浮かぶ。
「だけどここで止まってなんかいられないよ。ほら、さっき同じ状態だった一ヶ所も対処してきたから、残りは三ヶ所だ。それでまあ、その内の二つは私達が終わらせておくから、残りのもう一ヶ所、あっちの方は君達が行ってあげて」
ミラ達が浄化を試みている間にも別の場所の悪魔を一体解放してきたと、アンドロメダは言う。そして残り三ヶ所の内、一ヶ所をミラ達に任せると告げて、そちらを指さしてみせた。
「じゃあ、私達はこっちね」
しかも言うだけ言ったらゴットフリートとシモーネクリスに付いてくるよう促して、早々に次の戦場へと向かっていった。
どことなく淡々とした様子だが、そこには感情を抑え込もうという意思のようなものが見受けられた。
ミラ達が悪魔を手に掛けるのを僅かでも少なくするため、だろうか。駆けていく彼女の背中は、大きな何かを背負っているかのようでもあった。
「じゃあ、俺達はあっちに行ってくる。お前達も気を付けろよ!」
「また、後で」
だからこそ、彼女の覚悟をそこに垣間見たのだろう。ゴットフリートとシモーネクリスはアンドロメダの言葉を素直に受け止め、彼女の背に続いた。
「とにかく今は、出来る事を出来る限り頑張るだけじゃな」
どのような事態であろうと、立ち止まっているわけにはいかない。あれこれ考えるより先に、まずは戦闘を終わらせるのが優先だ。
そう気持ちを切り替えたミラは、アンドロメダの言葉に従い、彼女が指し示した戦場に向けて移動を開始する。
「うん、早く行かなきゃだね」
「はい、参りましょう」
またハミィとアルフィナ隊も直ぐ、その後に続き飛び出していく。
「……そう、ですね」
その心境は複雑そうではあるものの、ヴァレンティンもまた優先するべき事を見定めたのだろう。その目に決意を宿し、ミラ達の後を追った。
「なんとこれは……!」
アンドロメダに示された戦場。そこにいた将軍三人は、レイヴンとサイゾー、そして侍のローザンだった。
ミラ達は相応の覚悟をもって合流したわけだが、一つだけ想像と違う点があった。何と三人が相手している悪魔が覚えのある形を保ったままであったのだ。
そう、まだ異形の姿に変貌していなかったのである。
だからこそというべきか。現在そこでは、将軍三人と侯爵級悪魔とで接戦が繰り広げられていた。
「あ、もしかしてあれじゃない?」
そんな中、加勢するために接近していったところで、ふとハミィが少し離れた地点を指し示した。
彼女の観察眼も、かなりの精度だ。見ればそこには何やら割れた小瓶と苦無が転がっており、その近くにはどす黒い染みが広がっていた。
「ふむ、なるほど。状況が読めてきたのぅ。これは流石といったところじゃな!」
当時『イラ・ムエルテ』との決戦には、サイゾーも参戦していた。だからこそ切り札として悪魔が取り出したそれを、いち早く察したのだろう。そして極めて俊敏な彼の反応速度をもって、それを悪魔が口にするより先に打ち抜く事が出来たわけだ。
その結果、切り札を失った悪魔は、こうして異形の姿に変貌する事なくレイヴンらと拮抗した戦いを続けているわけだ。
「これはチャンスじゃな!」
「うん、ここは絶対に押さえなきゃね!」
「ええ、必ず!」
今の悪魔の状態ならば浄化が可能だ。即座にそう察した三人は、そこから一気に加速して戦闘区域へと飛び込んでいった。
そうすれば、六対一。ただでさえ拮抗していた状況は、一気にミラ達側の有利へと傾いた。
「くっ……他の奴らはやられたのか!?」
戦力が集まった事もあって、それを察したようだ。この戦況ではどうにもならないと、悪魔は一気に力を解放して周囲を無差別に爆破。そして黒い煙幕に身を潜めて空からの逃亡を図った。
けれど、時すでに遅し。ヴァレンティンが合流した時点で、逃げられないように周囲には結界を張り巡らせている。
結界に阻まれた悪魔は、それを破壊しようと試みた。だが、短時間で破れるほどその結界は脆くない。
「今じゃ、とっつかまえるぞ!」
追いつめられて慌てたところを一気に《空闊歩》で詰め寄ったミラは、瞬時に武装召喚を発動して悪魔を一時的に拘束。
侯爵級の力を以てすれば、それを解くのに数秒とかからないだろう。だがミラ達六人を前にした場合、その数秒が致命的だ。
即座にハミィが放った光の矢は、そのまま光の紐となり悪魔の足に絡みついて空から引きずり落とす。
すると続けてサイゾーが捕縛鎖で力を封じ、更にヴァレンティンがその上から多重の結界で覆う。そしてそのままレイブンの拘束陣に繋ぎ留めれば、侯爵級悪魔とて脱出に数分は要する牢獄の完成だ。
なお後の先を得意とするローザンは、あっという間に出番がなくなった現状を前にして、そっと抜刀の構えを解いていた。
「おのれ……!」
脱出を試みる悪魔。けれど当然、逃げるまで待つはずもない。直ぐにヴァレンティンが浄化を始めた。
その手から白い光が溢れ出す。すると光は、薄っすらとした色合いを残したまま悪魔の身体に纏わりついていく。
「頼む……!」
ヴァレンティンは祈るように、だがそれでいて落ち着きながら浄化を進めていった。
白い光は徐々に強まり、やがて悪魔の身体全てを真っ白に覆い尽くした。そして更にひと際強く輝き、霧のようにふわりと消えたところ。
「成功です!」
黒い液体を飲み損なっていたからこそ、浄化は無事に完了した。
よかったと安堵するヴァレンティンが結界を解除すれば、ミラ達もまた各自で拘束を解いていく。
「へぇ、こんな感じになるのか」
「まったく、不思議でござるな」
「ほぅ、興味深い」
浄化された悪魔は、人に近い姿に戻る。それを目にしたレイブンとサイゾー、ローザンは見た目は人と大きく変わらないのかと興味深げな様子だ。
「あ、あー。もう、やーだぁ、もーう」
皆で浄化成功を喜ぶ中、恥ずかしそう──というよりは何やら嬉しそうな反応を見せる者が一人。
そう、ハミィだ。
浄化した直後の悪魔は、全裸の状態。つまりは色々と丸見えなわけであり、だからこそハミィは乙女モード全開で、ぶりっ子し始めたわけだ。
こんな時でも乙女心を忘れず、しっかりと演じるハミィの心意気に、ミラ達はただ苦笑する事しか出来なかった。
「それでは彼を任せてもいいですか。僕は次に──」
もう手慣れたようにローブを取り出したヴァレンティンは悪魔の彼にそれを着せ終わると、すぐに立ち上がった。
浄化した直後は、その反動で暫く悪魔の意識は戻らない。だからこそ安全確保が第一だが、やはりヴァレンティンは他の二ヶ所も気になるようだ。
先ほど、アンドロメダがわざわざこちらの方に加勢するよう言っていたのは、きっとこの状況を知っての事だったのだろう。
悪魔が黒い液体を飲み損なったからこそ、ヴァレンティンをこちらに向かわせたわけだ。
だがそう考えると、アンドロメダが残り二ヶ所を受け持つと言った意味は、つまりそちらはもう手遅れという事。
状況からそれを察していたヴァレンティンではあるが、それでもやはり諦めきれない様子だ。
何か出来る事はないか、せめて試すだけでも。そう思い加勢に向かおうとした時──。
『皆、お疲れ様。こちらで事態の収拾を確認出来たから戻ってきて』
ミケの放送の声が響いた。つまり向かおうとしていた場所での戦闘は終結。変貌した悪魔は打ち倒されたという意味である。
「……戻りましょうか」
駆け出そうとした足を止めたヴァレンティンは、まだ意識の戻らぬ悪魔を担ぎ静かに歩き出した。
一先ず展望砦に戻って来たミラ達。
そこにはミケとアンドロメダの他、援軍として駆け付けてくれた将軍達の姿もある。
軽く挨拶を交わした後、まずは研究所の被害状況などの確認が行われた。
「──という感じで、全体的な損傷はそこまで多くはない。半月もあれば完全完璧に元通りさ。それもこれも皆の尽力のお陰だよ。来てくれてありがとうね」
ミラ達国家級戦力のお陰で、この危機を乗り越えられたと喜ぶミケは、同時に研究所の防衛力がどれほどかを実際に試す事が出来たと嬉しそうでもあった。
彼女の様子からして、多くのデータが取れたようだ。
なお、周辺の安全が確認出来次第、ミラ達が討伐した魔物や魔獣の素材回収も始めるとの事である。
それこそ大量の素材がわざわざ来てくれたと開発連中は大喜びだそうだ。あのような状況になっても実に逞しいものだ。
「それにしても、やっぱり何度見ても不思議な感じだね」
さてと改めるように、ミケが言う。
一通りの確認を終えたところで、その言葉と共に全員の目が一ヶ所に集まった。
その視線の行く先は部屋の隅、簡易ベッドに寝かされている悪魔の方だ。
「いや、誰だよって感じだよな」
きっとここにいる多くの者が思ったであろうことをゴットフリートが口にした。
それは、先ほどにもレイブン達が通った道だ。
皆がよく知る悪魔の姿から随分と綺麗さっぱりした青年に変わった悪魔。そもそもこちらが悪魔本来の姿なのだとヴァレンティンが説明し、アンドロメダもその通りだと肯定したのだが、それでもやはり最初のイメージというのはしつこく残るものだ。
半信半疑というほどではないが、ゴットフリート達は不可思議そうな目で悪魔を見つめている。
「ともあれ、何かしらの情報を握っているように祈るのみじゃな」
見ての通り、浄化は成功した。予定とは違ってしまったが、それでもこうして一人は元に戻せた。
後は彼が目覚めるのを待つだけだ。目覚めれば、こうして研究所襲撃を企んだ悪魔側の意図や情報を得られるかもしれない。
だからこそ皆の期待の目もまた彼に集中した。早く起きろという念が存分に込められた熱い視線である。
体重計にのりました。
そして年内のシャトレーゼ祭りの開催中止が決定しました。
次回は、未定でございます。
また土日の餃子祭りの規模も縮小される事が決定です。
少なくとも年内は、クリスマスと年末以外、慎ましく過ごしていこうと思います。
ところで、
遅ればせながら、ウィザードリィを始めました。
今はまだ、どうにかこうにか8層目でボスを倒せて少ししたくらいのあたりです。
がっつり骨太なRPGという感じで面白いですね!
メンテが多く色々大変そうですが、いい感じにいってほしいところです。




