598 襲来
五百九十八
日之本委員会の所長室。そこでミケと合流したミラ達は、そのまま部屋の奥にあった隠しエレベーターを使って地下へと潜っていった。
「ところでゲート前には教皇殿達がおったはずじゃが、もう避難済みか?」
途中、ミラはあの場にいなかった教皇達はどこにいったのかとミケに聞いた。茶目っ気のある四人だが、あれでいて三神教会の中でもトップクラスのお偉いさんだ。これで何かあったら一大事である。
「ああ、それなら問題ないよ」
と、どうやら心配するまでもなかったようだ。ミケが言うに、教皇達は直ぐにこうして地下へと避難してもらったそうだ。
「それなら安心じゃな」
お偉いさんというのもあるが、教皇のみならず大司教の三人にも好感を抱き始めていたミラは、心の中でそっと安堵する。
「これまた本格的じゃのぅ! むしろ上よりも気合が入っておらんか?」
エレベーターを降りた先にあったのは、無数のモニターと機材に囲まれた作戦室だった。
日之本委員会の研究所自体も、ところどころに現代技術の何かしらが点在していたが、この地下ではその数が圧倒的だ。
流石は、ロマンを追い求めて研究している技術者達が集まった施設である。多くの職員達が慌ただしく動き回る秘密の作戦室を前にして、ミラもまた大興奮だった。
「まあ、いざという時を想定して用意した場所だからね。ただ、これまではごっこ遊びでしか使っていなかったけど、それがまさかいい予行練習になっていたなんて思わなかったよ。こうして急に本番がきたけど、なかなかどうして上手くいくものだね」
そう言ってミケは、一つのモニターを指さしながら現状について話してくれた。
なんとミラが神域に入ってから少ししたところで、この研究所が襲撃されたというのだ。事実、ミケが示すモニターを見たところ、そこには研究所を包囲する魔物の群れの姿があった。
だが問題は、そのモニターに映っているものだけではない。無数の監視カメラとレーダーを駆使して得られた情報を解析したところ、他にも五体の悪魔の姿が映っていたそうだ。
しかも、それぞれが侯爵級だというところまで目視でしかと確認出来たという。
「侯爵級が五体じゃと……!?」
単体でも、こちらの将軍位数人に匹敵するほどの戦力を有するのが侯爵級だ。しかもそれが五体。加えて魔物の群れを連れてきたとなれば、もはや小国など簡単に壊滅するほどの戦力である。
「まあ、あっちもかなりやる気だけど、こっちもこっちで結構なものだからね。心配は要らないよ」
大丈夫なのかと不安が過ぎったミラであったが、そんなミラの心境を察してか、それとも単純な自慢なのか。ミケは、「ここがどういう場所なのか忘れたのかい?」と自信満々に述べた。
ここは、日之本委員会の最新技術が結集する研究所だ。しかも研究員達の趣味や嗜好といったものまでもが無数に散りばめられた、驚異の箱でもある。
「今、目の前にある作戦室を見てわかる通り。この研究所に備えられている防衛システムというのがまた、正直なところ異常でね。本当に皆、好き勝手やっていたものだよ」
そして今日、それがまさか大いに役立つとはとミケは愉快そうに笑った。
現在は、そのやり過ぎ気味な防衛システムの活躍によって、研究所全体が保護されているらしい。
長年かけて組み上げてきたその強度は、それこそ鉄壁。理論的には公爵級が来ようとも護りきれるだけの備えがあるそうだ。
そう語るミケの様子からして、どうやら彼女もまた防衛システムの構築に関わっているようである。不敵に微笑むその目には、むしろ次は何を試そうかという喜びの色まで浮かんでいた。
「それはなんというか、あちらさんにとっても想定しておらんかった事態かもしれんな……」
こんな辺鄙なところにある研究施設に、一国をも凌ぐほどの防衛システムが用意されているなど、流石に予想出来なかっただろう。
モニターには、攻めあぐねている魔物の群れの姿が映し出されている。
とはいえ、これほどの戦力を揃えてここを襲撃してきた事には明確な意味がありそうだ。それこそ、きっとあちらにとっても無視出来ない何かがあったからこそ、こうして戦力を揃えて潰しにきたのだろう。
そしてその何かについては、ミラにも十分に心当たりがあった。
「このタイミングで来た事には、何かあるよね」
ミラがその可能性を思い浮かべたところで、アンドロメダもまたそこに触れた。
「多分、追跡されていたんだと思う」
今を取り巻く状況とタイミング。それらから導き出せる理由は、それしかないだろうとミケは口にした。
つまり、飛空船がロア・ロガスティア大聖堂から、ここに戻って来た事で、悪魔達はこの研究所を突き止めたのだろうと。
「むぅ……」
魔物を統べる神の骸を先に処置してしまう事で、決戦を人類側の有利へと傾ける。つまりそのための行いが、この研究所襲撃を招いたという事になる。
改めてそれを突きつけられたミラは、もっと注意深く気を配っておけば研究所を巻き込む事もなかったと悔やむ。
「ああ、別に君のせいじゃないよ──」
ただそこで落ち込んだ表情のミラを気にしてか、ミケはこれが誰の責任でもないと告げた。
そもそもだ。この研究所からロア・ロガスティア大聖堂まで飛空船を派遣したのは、ミケ達である。
当然ながら、その飛空船で何を運ぶかについては承知済み。だからこそ様々な事態を想定し、飛空船には強力な防衛設備の他に最新鋭のレーダーまで搭載されていた。
それは、よほど慎重に追跡してきていたとしても、一目瞭然に見破る事が出来てしまえるほどの性能だそうだ。その手の能力に長けたケット・シーのみならず、最上位の隠密衆であろうと、その目から逃れる事は不可能だという。
だが、そのレーダーにかかる事なく、悪魔達はここを襲撃してきた。
「この点に関しては、ただ私達、日之本委員会が負けただけ。相手が一枚上手だったって事。だから誰かに責任があるわけじゃないよ」
そう諭すように続けたミケは、それでいてにんまりと微笑みながら、むしろこの状況を活かすべきだと言い出した。
「このタイミングでここに来たって事は、きっとあの骸についても色々と知っているか、または知っている誰かと繋がっていそうだって思わないかい。で、話は聞いたよ。何でも彼って、悪魔を元々の良い感じに戻せるらしいね。なら表にいる侯爵級をさ、ちょちょいっとどうにかすれば色々と深い情報が得られると思うんだよ」
上手くいけば、敵側の調査効率を下げるのみならず、進捗情報までもごっそり頂けるかもしれないと、ミケはそんな策を提案してきた。
この研究所には、悪魔に有利な退魔術士であると同時に悪魔を浄化する事が出来るヴァレンティンと一緒に来た。ゆえに彼女が挙げた作戦は、そこまで突拍子のないものではない。
それどころか魔物を統べる神の骸を取り巻く状況について、悪魔側がどこまで知っているのか、どこまで進んでいるのかわからないのが現状だ。だからこそ浄化した悪魔から情報を聞き出せたら相当な利になるというもの。
「ふむ、確かにやってみる価値はありそうじゃな」
神域にて二つ目の骸の消去を終えた今、次は封印されたままの骸を狙っていく事になる。その際、悪魔側の動きがどのようになっているのかがわかれば、更に動きやすくなるというものだ。
そう考えたミラはミケの案に賛同を示し、また同時にふと思った。
「と、そういえばその肝心のヴァレンティンと、ついでにハミィは今どこにおるのじゃろうか?」
「ああ、二人ならいつでも動けるようにって、上で待機してくれているよ」
聞けばミケがそう答えた。流石はヴァレンティンである。そして何だかんだありつつ、ハミィもまた将軍位だ。その立場に対する確かな自覚を持っているようだ。
「わしも含めて三人か。好機とはいえ侯爵級が五体となると、ちょいと厳しいところじゃな。後はここにある戦力じゃが、どれだけ出せそうかのぅ?」
侯爵級との戦いとなれば、相応の戦力が必要不可欠。だからこそミラは、確実に勝つにはどれだけの準備と数が必要かと考え始める。
アンドロメダは、どのくらいの戦力と数えればいいのか。また日之本委員会が有する戦闘チームの強さは、どのくらいか。
「君を基準にしてしまったら、あまり大きな顔は出来ないけど、まあまあってところじゃないかな。けど戦力って事だけなら後は時間の問題さ。当然、こうして研究所が襲撃される事も想定していたからね」
侯爵級の悪魔五体に囲まれるという危機的状況ながらもミケ達が冷静に対応しているのは、何といっても更なる準備があったからだった。
ミケが言うに、これほどまでに堅牢な防衛システムでありながらも、その役割は前座に過ぎず、ただの時間稼ぎだというのだ。
そして、この防衛システムが稼いだ時間で何をどうするのかと言えば、それは実に単純明快。
そう、援軍を待つだけだ。
「ここって立地的には、アトランティスが近いからね。だから研究所設立の時に色々と決まったんだ。研究成果を優先的に融通する代わりに、いざって時はよろしくねって」
日之本委員会のあるカディアスマイト島から幾らか北西にいった先に、かのアトランティス王国がある。
つまり防衛システムが展開された場合、『名も無き四十八将軍』がそこから研究所に直送されてくる取り決めになっているというのだ。
なお、既にアトランティス王国から将軍十五名を完全武装で派遣したという連絡があったらしい。高速船で出発したため、遅くとも五時間以内には到着するそうだ。
「なるほどのぅ。このまま持ちこたえておれば、勝利は確実というわけじゃな」
将軍らが到着すれば、合計十八人。加えて研究所の防衛設備と常駐戦力。これだけ揃えば、もう侯爵級五体が相手であろうと問題はないだろう。
ならば後は、一体も残さずに浄化するための策を考えればいい。
こちらの狙いに気づかれた場合、逃げられる恐れもある。だからこそ、その点についてもヴァレンティンと話し合っておいた方がよさそうだ。
「えー、監視室はっと……こっちじゃな」
そのまま作戦室に残るというアンドロメダと別れたミラは、ヴァレンティンと話し合いをする前にシェルターを訪れていた。
急にこんな状況に巻き込んでしまった事もあって、教皇達がどうしているか心配だったからだ。
話によると客室に案内したそうだが、どうにもじっとしているのは落ち着かないという事で先ほど監視室に案内したそうだ。
防衛システムに加え、物理的にも強固だというシェルターは、それこそ理想的な秘密基地といった場所である。
金属素材に覆われた床に天井。広いとはいえない廊下。ちょっとした階段も、かなりの急勾配だ。しかも内部には沢山の設備や施設が詰め込まれているため、かなり入り組んでいる。
だがそれもまた秘密基地感をより強め、ミラは見取り図を手にワクワクしながら狭い廊下を進んでいった。
「悪魔の姿を、またこうして目にする事になるとは」
「おお、これほどの数の魔物が。やはり言い伝え通りに……」
「いったいあの壁にどれほどの技術が。まるで伝説にある聖王の盾のようではないか」
そうこうして到着したのは、シェルターの中央付近にある監視室だ。そこには研究所の外部にあるカメラの映像を映すモニターが幾つも並んでいた。
そんな監視室で騒いでいたのは、三人の大司教だ。研究員達が操作するモニターをじっと観察しながら、やいのやいのと騒いでいる。
見ればモニターには、研究所を包囲している悪魔の姿が映っていた。更には夥しい数の魔物の群れまでも確認出来る。状況が状況ならば、極めて危機的な事態といえるだろう。
だが、それだけの敵が襲撃してきたにもかかわらず、研究所の防壁はあらゆる攻撃を防ぎきっていた。
大司教達は、悪魔と魔物の激しい攻撃に防壁が耐える様を、まるで映画のヒーローを応援するかのように見守っていた。
大司教というと何かと堅苦しそうなイメージがあるが、思った以上に柔軟性が高いようだ。それとも大聖堂では刺激が少ないのかもしれない。モニターを眺める三人の姿は随分と活き活きしているようにすら見えた。
「こんな事態に巻き込んで心配だったのじゃが……元気そうでなによりじゃな」
むしろ思った以上の気楽さに、ミラはちょっと呆れ気味ですらあった。とはいえ今はこのシェルター内が一番安全だ。窮屈だなんだと大司教達が気にしていないのなら、国際的な問題もなさそうで更に一安心だ。
「あ、ミラさんおかえり。それで、骸の方はうまくいった?」
と、奥の扉が開いたかと思えば、そこからやってきたのは教皇だった。しかも何やら、お菓子が満載になった皿を手にしている。
大司教達もそうだが、教皇もまた随分と肝が据わっているようだ。いっそいつも以上に寛いでいるようにすら見えた。
「あー、うむ。それはもうばっちりじゃよ」
「そっかそっか。うん、よかった!」
魔物を統べる神の骸は、完全に消滅した事を確認した。そうミラが答えれば、教皇もまた満足そうな笑顔で頷いた。
「しかし何と言うべきか、唐突な事で驚かせてしもうたと思ったのじゃが余裕そうじゃな」
「うん、ちょっとドキドキはしているけどね。でもどちらかというと、ワクワクの方が大きいかな」
悪魔と魔物の群れに襲撃されて避難しているというのが今の状況だ。これだけ見ると、かなり危機的状況にも思える。
けれど教皇は、何となくどうにかなりそうな予感がするそうだ。だからこそ、こうして落ち着いていられるのだと笑う。
「おお、ミラ様! そのご様子ですと無事に完了したのですな」
「流石はミラ様です。それにしても、ここは凄いところですね」
「お迎え出来なくて残念でしたが、避難指示がありましたので仕方がありません」
そしてそれは、この三人の大司教も同じのようだ。よほどモニターに夢中だったのか、ようやくミラの存在に気づいた大司教達は、やいのやいのと集まってきては口々に騒ぐ。
研究所にある技術の数々に夢中ではあるが、一応ここにきた目的についても忘れてはいないようだ。三人はミラが無事に骸の処理を終えたという事を大いに喜んだ。
だが、それも束の間。この研究所にある技術は、どれも見慣れないものばかりで興味深いと、次にはその話で盛り上がり始める。
「まあまあ、とりあえず問題はなさそうで何よりじゃ。ああ、それとじゃな。これをアンドロメダ殿から預かっておる。ここにいる者なら使い方を知っておるじゃろうから、聞いて見てみるとよいぞ」
このままでは終わらないと悟ったミラは、半ば強引に言葉を割り込ませると同時に、アンドロメダから預かっていた記憶媒体を三人に渡した。
「なんとアンドロメダ様からですと? これはいったい……」
「なんだか気になるものですね。しかし見ただけでは、これが何なのか」
「これもまた、ここの凄い技術によるものというわけですね。わかりました、どなたかに聞いてみましょう」
それは、ミラが神域で骸を消滅させた時の映像を記録したものだ。なお、しっかり撮影できているかどうかについては、実際に見てみなければわからない代物でもあった。
三人はその記憶媒体を興味深げに観察しては、これはどういったものなのだろうかと予測し始めた。
驚きの技術が満載な研究所だからか。そうして予想するのもまた、楽しくなってきた様子である。
「というわけで、またちょいと行ってくるのでな。あまりお構いもせんであれじゃが」
「いいよいいよ、気にしないでミラさん。見ての通り楽しくやっているから」
本来ならば危険な事態だが不思議と落ち着けている。そう言って「いってらっしゃい」と微笑む教皇は、ケーキを頬張りながら満面の笑みを浮かべていた。
(信頼されているというべきか、単に図太いだけか。流石は三神教会のトップ陣。底が知れんのぅ……)
何はともあれ教皇達の状況を確認し終えたミラは、シェルターを後にして再び上の研究所に戻るのだった。
11月になって、いよいよ涼しくなってきましたね。
そして、もう少しで冬がやってくるわけです!
と、そういう事で必要になる前にこたつ布団を洗濯しようと思ったわけですが……
天気が悪い!
夏のうちに洗濯しておけばよかったと今更ながらに……。
ところで最近、久しぶりにお米を買いました。
ゆめぴりかというお米です!
初めて食べるゆめぴりか。
まずは、混ぜ物をせずゆめぴりか100%で炊いてみようと思います!
楽しみ!




