594 教皇再び
五百九十四
リーズレインの華麗な転移により、神器のチャージは滞りなく完了した。
神がかり的な精密さで神の力をチャージした神器は、莫大な力を秘めながらも静かなものだ。そしてそれは、完璧に成功している証でもある。
これでまた神器を使う事が出来るようになった。
よって次の目標は、ロア・ロガスティア大聖堂に封印してある、魔物を統べる神の骸の入手だ。
「とりあえず、いざという時のために着替えておくとしようか」
神器チャージは前哨戦。むしろここからが本番であると気合を入れたミラは、いそいそと着替え始める。
入手対象は、国家機密レベルで隠匿されている代物だ。しかも、世界の命運にまで関わってくる危険物でもある。
しかも、厳重な管理の下で封印されている。つまり神器チャージと同じように、勝手にとはいかないのだ。
「マリアナとリリィがおらんから少々あれじゃが、まあいいじゃろう!」
今回は、その存在を知っていると明言するのみならず、その受け渡しまで要求する事になる。当然ながら、すんなりと事が運ぶ保証などどこにもない。
それもあって、ミラはまず精霊女王スタイルに着替えた。以前の活躍も考慮すれば、教会関係者が相手ならこれ以上ない服装だ。
ただ三神国を訪れた際は、マリアナとリリィが着付けをしてくれたため完璧な仕上がりだったが、今回は仕方がない。
気持ち程度はリーズレインが整えてくれたので、少なくとも人前に出るくらいなら問題はないはずだ。
「次は、どちらがよいかのぅ」
ロア・ロガスティア大聖堂の訪ね方は、正面から堂々と入るべきか、それとも裏からこっそり入るべきか悩むミラ。
盗みを働くわけではないのだから正面から入ってお偉いさん方と会い用件を伝えるのが、外交としては最も正しいやり方と言える。
だが目標物の機密性が極めて高いという点を考えた場合、交渉も秘密裏に行うべきかもしれない。
「教会か。人間の施設の中でも、特に面倒な決まり事が多いところだからな」
アナスタシアの件も影響しているのだろう。リーズレインの言葉の節々には棘があった。
とはいえ実際のところ、面倒なのは間違いない。
三神教の総本山ともあって、規律や戒律の特に厳しい場所だ。そんなところに、こっそり入ったと知られたら国際問題にもなりかねない。
ただ、ミラの立場であるならば、堂々と訪問すれば追い返されるような事にはならないはずだ。むしろ『精霊王の使徒』という特別な地位を得ている今、それはもう丁寧に対応してくれると想像出来る。
けれど今回は、大義名分のあった前回とは状況が違う。用件の全てが機密レベルだからだ。
たとえ三神教の総本山といえど、どこに悪魔の監視の目があるとも知れない。だからこそ接触する人数は必要最低限が好ましい。
「……ふーむ、やはり教皇に話をつけるのが一番じゃろうな」
魔物を統べる神の骸について把握しており、これについての権限も持ち合わせていそうな人物。更には怪しまずに話を聞いてくれそうで、幾らか融通も利きそうな者となったら、思いつくのはただ一人。
そう、三神教会という組織の頂点、教皇その人だ。
色々とあってそこそこの知り合いになった彼女である。しっかり説明すれば、こっそり入り込んでも許してくれるはず。
そう考えたミラは、いよいよ本番だと気合を入れてから次の目的地をリーズレインに告げた。
リーズレインの力は、もはや反則級といっても過言ではない。ミラ達は、ロア・ロガスティア大聖堂に直接転移していた。
現在地は以前に見せてもらった事のある、教皇の私室の扉前だ。極めて警備の厳重な入り口広間をあっさり越えた、堂々の来訪ぶりである。
「さて、後は穏便に接触して用件を──」
機密ゆえに仕方がないとはいえ、今はまだ不法侵入も同然な状態だ。よって早めに教皇に接触して、色々と承諾してもらう必要がある。
ただ、いきなり声を掛けたら驚くだろう。そのため第一声目から名乗るのが賢明か。と、そのように考えながら扉をノック、しようとしたところだった。
何やら扉の奥からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきたかと思えば──
「──なんか久しぶりなのと、凄い感じの気配がした!」
そんな言葉と共に勢いよく扉が開き、そこから教皇が飛び出してきたではないか。
「おおっと!?」
静かに慎重に事を進めようと思った矢先の騒がしい再会だ。まさか向こう側から、こうも勢いよく登場してくるとは思っていなかった事もあり、ミラは急に開いた扉を避けるもバランスを崩してつんのめった。
「あ、やっぱり!」
転びそうなところでリーズレインに支えられ難を逃れたミラ。そんなミラの顔を見た途端、教皇は驚いたように、だがすこぶる嬉しそうに笑った。
流石は三神教会のトップというべきか。人並外れた何かがあるようだ。突然、何者かが私室の扉前に現れたにもかかわらず、出てきた彼女の顔に警戒するような色はなく、むしろ喜色と好奇心に染まっていた。
「いらっしゃい、ミラさん。それでそれで、そちらの精霊の方は!?」
目で見ずとも敵か味方かを判断出来るほどに感覚が優れているのだろう。教皇の目はミラを確認した後、リーズレインへと期待一杯に向けられた。
「急に来てすまぬな。それでこちらは、こうして教皇殿に会いに来る手助けをしてくれたリーズレイン殿じゃ」
どうすれば余計な心配や警戒をさせずに済むのか考えていたのが馬鹿らしくなるほどの反応だ。とはいえ色々と省けたため有難いとも思ったミラは、その流れのまま彼もまた怪しい者ではなく、頼もしい協力者であると紹介する。
「リーズレインさん……? あれ? なんかどこかで……」
その名を聞いた直後、初耳じゃない気がする、何かで目にした気がすると考え始めた教皇。
始祖精霊という事もあって、リーズレインもまた相当な大物だ。教会の文献などに登場していたりもする。
ただ教会とはアナスタシア関係で色々とあった彼だ。
「あー、リーズレイン殿はじゃな──」
「──待って、もう少しで思い出せそうだから!」
余計な部分に触れる前に、彼は異空間の始祖精霊だと明かしてしまおう。とミラが代わりに答えようとした瞬間に教皇は素早くそれを制し、更に深く考え込んでいく。
意地なのか、それとも他に理由があるのか。降参するまで考えさせてと告げた彼女は、それから数秒、数十秒の間、リーズレインという名前を記憶の底から掘り起こしていった。
そしていよいよ、その時がやってくる。
「あ、そう……そうそう! 始祖精霊の一人だ!」
頭につかえていた何かが綺麗さっぱり取れた。教皇はそんな清々しさを全身で表しながら、とても快活な笑みを浮かべた。
同じ思い出すにしても自力かそうでないかによって、そのスッキリ度は大きく違う。だからこその反応と言えるのだが、今は少々都合が悪い。
「……」
そこまで忘れられていたリーズレインの表情が、実に複雑であるからだ。
「あ……」
相手は、精霊王直下の始祖精霊。言うまでもなく、とんでもない大物だ。嬉しさのあまりはしゃいでいた教皇は、直ぐにそんな彼の心境を察したようだ。得も言われぬ表情で、そっと視線を泳がせる。
と、そうしたところで、ふと脳裏に声が響いてきた。
『まあ仕方がないだろうな。そもそもお前は、あの日から表舞台より消えていたのだ。印象も薄くなるだろう』
『そうよね、そこはもうしょうがないわよね。だからミラさん、彼女には気にしないようにって伝えてあげて。原因は、彼にあるんだからね』
『まあ……言われてみればその通りか……』
精霊王とマーテル、そしてリーズレインの声だ。
何かと精霊との繋がりも太かった教会組織のトップですら、すんなりとは出てこないくらい忘れられていたリーズレイン。けれどそれもこれも、彼が途方もない間、祭の境界に引きこもっていたためだ。
これまで要所要所で活躍してきた他の始祖精霊達に比べ、覚えが悪いのは仕方がないというものである。
「あー、わしが伝えるのもなんじゃが、精霊王殿とマーテル殿が気にするなと言うておるぞ」
「まあ、こうして表に出てきたのは久しぶりだからな。当然の結果だ。むしろ私がどれだけ役目を放棄してしまっていたか、身に染みたよ」
ミラがそのままの言葉を伝えると共に、リーズレインもまた反省の色を浮かべた。あの日からこれまでの間、何もしていなかったのだから忘れられていて当然であり、だからこそこれから挽回していくつもりでもあると、そう気概もみせていた。
「ふぅ……そう言ってもらえて一安心! っと、さてさてリーズレイン様の力を使ってまでここに直接来たって事は、相当な用事でしょう? ──って。あー、直ぐ片付けるからちょっと待ってて」
助かったと喜んだ教皇は、直ぐ話を変えるよう詳しくは中でとミラ達を招いた。しかし、どうやらミラ達が来る前まで酒を飲んでいたようである。リビングにあるテーブルには酒瓶が置かれていた。以前お土産店巡りを一緒にした時、彼女がアリスファリウスで買っていたものだ。
ただ不思議な事に、ここには教皇一人しかいないはずが、そのテーブルにはグラスが二つ置いてある。
(はて……?)
一見すると、誰かと一緒に飲んでいたようにも見える状態だ。けれどその誰かの気配どころか、そもそも誰かがいたという痕跡すらも見られない。片方は空いているが、もう一つのグラスの方は、なみなみと酒が注がれたままで口を付けた様子がまったくないのだ。
「あー……、気になっちゃった? んーと、これはね、あいつの分」
ふと抱いた疑問が顔に浮かんでいたようだ。ミラの視線を察した教皇は少しだけはにかみながら、遠くを見るように目を細めた。
「あいつ、とな?」
三神教会のトップである彼女が、『あいつ』などと気さくに、また親しみを込めて呼ぶ相手。それはいったい誰なのか気になったミラは、反射的に問い返した。
「えっと、今はこんな立場になっているけど、子供の頃は小さな町で暮らしていたの。それでその頃からの幼馴染がいてね。これがまた、やんちゃで暴れん坊な奴でさ。……まあ私も人の事は言えなかったけど、泣かしたり泣かされたりしていたわけ」
当時の事を思い出しているのか、教皇は懐かしむように目を閉じる。
「月日が経つのってあっという間。ただ大人になってからも、たまには連絡したりとか、何かと腐れ縁が続いていたんだけど。先日さ、亡くなったって聞いてね──」
そこまで語った教皇は酒瓶を手に取って、近くの棚に片付ける。
「だからかな。急に昔を思い出して。ほんと、人間の癖にまあ随分と長生きしちゃって。だからこうして、あいつの図太さを祝してちょっと乾杯してたわけ」
空のグラスを手に取った彼女は、どこか捲し立てるように言葉を吐き出すと今度は不貞腐れたように、または憤っているかのように険しい顔でもう一つのグラスも手に取った。
「まったく、何が二百五十まで独りだったら一緒になろう、よ。ただの人間の癖に──」
そうして最後に誰も聞こえないくらいの声で恨み言を並べ悲しげな色を目に浮かべながら、なみなみと注いだままの酒を一気に飲み干した。
(その幼馴染とは、もしや……)
人間の癖に随分と長生きで、最近亡くなった者。なんとなくミラの脳裏には、それに該当する人物が浮かんでいた。
「そうか、それは寂しいのぅ」
ただ、これ以上踏み込むのは野暮であろう。何となくそう察したミラは、無難な言葉を選び返すだけに止めた。
「なるほどー。どんなとんでもない用事かと思ったけど、そういう事かぁ」
一通り落ち着いたところで事情を詳細に話したところ、教皇はミラがこっそりここにやってきた理由に納得を示した。
酒は入っているが、まだまだ酔うほどでもないようだ。ミラの事情を把握した彼女は、ここで保管している魔物を統べる神の骸についての状況について教えてくれた。
やはりと言うべきか、この件については限られた人数──教皇を含めて四名だけしか知らないそうだ。ゆえに正面から堂々と来ていた場合、その訪問目的について色々と誤魔化すのが大変になっていただろうという。
「どうしようか迷うたが、こっちで正解じゃったな」
「教会が面倒なのは今も変わらないか」
直接ここに来てよかったと自分の選択を自画自賛するミラ。その隣では過去にあった教会とのいざこざを思い出したのか、リーズレインが愚痴でも零すかのようにため息を吐く。
「もっとこう、しっかりまとめられたらいいんだけどねぇ……あはは」
今回の件のみならず、教会内部は一枚岩ではない。しかもそれで過去に色々な問題も起きている。そして彼女はリーズレインの名のみならず、彼が表舞台から姿を消した経緯についても聞き及んでいるようだ。
一枚岩ではなかった弊害の一つとあって、教皇はただ苦笑しながら視線を彷徨わせた。
「ただ、そういう事でね。今回の件は私一人で勝手にっていうわけにもいかないの」
ともあれ気を取り直すように一呼吸置いてから、教皇はミラが持ち込んだ案件について、そのように告げた。
極めて機密性が高く、また世界の未来にかかわるため、その扱いについてはこれを知る四人の意思の一致が必要だという。
「そういう事なら仕方がないのぅ」
魔物を統べる神の骸を、こっそり葬り去るという今の作戦。極めて重要な作戦でもあるため、これを知る者は出来るだけ少ない方がいい。
だが教皇だけで決定出来ないというのなら、教会側の決まり通りに進めるのみだ。組織だからこそ守らなくてはいけない規律というのもまた大切な事である。
何だかんだで国王のソロモンを近くで見てきたからこそ、その辺りは理解しているミラ。ただアナスタシア関係で色々あったリーズレインは、少々不満げであった。
シャトレーゼ祭り、まだ開催中!
一週間以上が経ちましたがまだ残っています!
しかし終わりも近い……。
とはいえ今回は、お試し半分なお祭りでもありました。
なのでそう遠くないうちに第四回……とはいかずとも、今回買わなかった分を買ってみるお試し回なんていうのを挟んでみるのもいいかもしれない! きっといい!
次はピザとか、スイーツ系以外も買ってみようなんて思っております!
そしていずれはシャトレーゼの全てを……。
フフフフフフ。
シャトレーゼ餃子とかあったりしないのかな……。




