591 三神
五百九十一
月のエレベーターに乗ってから十五分ほど。いよいよ三神が待っているという層に到着した。
「おお……何とも言えぬ迫力があるのぅ」
エレベーターを降りたそこは、白く広大な空間だった。しかも汚れ一つないからこそか、部屋であるはずだが部屋とはいえないほどに境界線までが曖昧だ。まるで宙に浮いているかのようにすら錯覚してしまいそうになる。
この場所は間違いなく、これまで見てきた全てにおいて最も神聖な場所だとわかる何かがあった。だが神殿などとは違い装飾などの類は一切なく、造り自体は質素に見える。
それでいて正面に目を向ければ、そこには際立った存在感を放つ扉があった。
「さあ、いよいよだよ。話は通してあるから行っておいで。タイミング的にはちょっと早めだけど、多分この機に色々な情報を告げられると思うから、まあ頑張ってね」
「お主は、来ぬのか!?」
ただならぬ扉を前に呼吸も忘れていたミラは、そんなアンドロメダの言葉に驚き振り返る。初対面となる三神相手に、いきなり一対三にされるなど聞いていないと。
「まずは初めましての挨拶と、ミラさんの事を知るためのお話が先だからね。作戦については、ある程度打ち解けてからって感じかな」
どうやらこれから三神に品定めされるようだ。もしもそこで不合格にでもなったらどうしようと不安に陥るミラ。
けれどアンドロメダは、そんなミラの気持ちなど一切気にした様子もない。ここで待っているからと言いながら彼女が地面に手をかざすと真っ白な地面が揺らぎ、白い液体のようなものが溢れ、それがみるみる椅子の形になった。
神域などというとんでもない場所だが、彼女にしてみれば慣れた場所らしい。だからこそ三神という存在が相手であろうと緊張の一つもないわけだ。
「まあ偏屈なところもあるけど、基本は善良だから大丈夫! マナーがどうこうなんか気にするような方々じゃないから、いつも通りのミラさんで行けばいいよ」
不安げなミラに気づいてか、あっけらかんと笑いながらそんな言葉を贈るアンドロメダ。
とはいえ、慣れている感満載な彼女の言葉だからこそ、そこはかとない説得力もある。それで何となく緊張も解れたミラは、「では行ってくる」と気合を入れて扉の方へと歩き出した。
「おおぅ……」
扉を抜けた先で、その大きな部屋を目の当たりにしたミラは思わず感嘆の声を上げた。
なぜなら先ほどまでいた真っ白な空間から一転して、そこにはこの世の絢爛さを凝縮したかのような光景が広がっていたからだ。
左右の壁には、圧倒されるほどの迫力に満ちた巨大なステンドグラスで飾られている。
天井は、どれだけの達人が携わったのか想像も出来ないほどの彫刻で埋め尽くされていた。更に吊り下げられているのは、贅沢なまでの輝きを放つシャンデリアだ。
しかも、それだけでは終わらない。他にも刺繍の素晴らしい絨毯や金銀宝石が煌めく調度品が、そこかしこに並べられていたのだ。
もはやその光景といったら、神殿はおろか、どれほどの富豪や貴族、それどころか王族すらも足元に及ばないだろうというくらいの贅に溢れたものだった。
流石は、かの三神がおわすところであると、それこそ力づくでわからされるような眩さがそこにあった。
(この世の全てがここにある、とでもいったくらいの贅沢さじゃのぅ……)
道中が質素だったからこそ、余計に目の前の輝きが際立って感じられたミラは、その高級感に呑まれていく。
何かとお偉いさんの知り合いが多いミラである。それゆえある程度は、豪華というものを目にしてきた。だからこそというべきか。目の前のそれらは、神がどれだけ格の違う存在なのかというのを見せつけてくるかのようでもあった。
(……しかし、何とも)
凄くはある。けれどミラは同時に何とも言えない複雑な感情を覚え、首を傾げた。
見れば見るほど、わかってくる。ここにあるのは荘厳で神聖な煌びやかさとは違うものだと。では何かというと、それは成金感だ。いうなれば今ミラの頭に浮かんでいるのは、高級品ばかりで着飾った贅沢三昧の神官に遭遇したかのような感覚である。
「おっと、どうやらお気に召さなかった感じか?」
「そのようだね」
「ほら、だから言ったでしょう」
と、ミラが得も言われぬそんな感情を抱いた直後の事だ。不意に何者かの声が、辺り一帯から響いてきたではないか。
その声は、随分と軽快なものだった。けれど、場所が場所である。自ずとその声の主が何者なのかがわかるというもの。
「今の声は……!」
いよいよこの時がきたかと、ミラはただならぬ緊張感を抱きながら周囲を見回して三柱の姿を探した。
すると次の瞬間だ。鈴の音のような音が響いたかと思えば、目の前に見える何もかもが一変していた。
「なんと!?」
先ほどまでは豪華絢爛に輝いていた部屋だったはずが、瞬きする間もなく一転して、今は飾りの少ない大人しい雰囲気の部屋に変わっていたのだ。
改めて見直してみると、今度は礼拝堂のような大部屋だとわかる。しかも簡素ではあるものの質素とは違う。何より絢爛ではないが作り手の想いが滲むような装飾がところどころに施されている。
まるで技術の到達点を目指すかのような迫力が、そこには無数に散りばめられていた。
すると今度は成金感が形を潜め、そこかしこから神々しさが溢れ出している。
「おお……これはとんでもないのぅ……」
そして更に大部屋の奥に目を向けたミラは、これまでにはあり得なかった光景を前に息を呑んだ。
ミラの視界に映ったのは、部屋の奥に佇む三体の像だった。そして何よりも、その姿は見間違えるはずもない。各国の教会で何度も目にした事のある、三神を模った神像だ。
だが今回ミラが目にしている光景には、これまで見てきた全てと比べて大きく違う点が存在していた。
「こう目の当たりにすると、やはり特別感があるのぅ」
グリムダートには、正義の神。アリスファリウスには、慈愛の女神。オズシュタインには、勇気の神。
三神教の教会というのは、大陸中に存在している。しかも地下だったり塔だったり、場合によってはビル中だったりとバリエーションも豊かだ。
ただ一つだけ、絶対的な共通点があった。それは教会に据えられる神像は一柱のみで、大陸の位置により決まっているというものだ。
なお地域ごとに違うというのは、派閥がどうこうといった内部事情とは関係がない。単純に守護する地を分けたというだけの話だ。
そしてこれは、三神教の総本山である、ロア・ロガスティア大聖堂でも同じだ。アリスファリウスに存在するそこに据えられているのは、慈愛の女神の神像のみ。正義の神と勇気の神は、そのシンボルだけが刻まれているという状態だ。
そういった事情もあって、三柱の神像が並んでいる事など地上ではあり得ない事だった。だからこそミラが目にしているそれは、きっと教皇すらも見た事のない光景であろう。
「ありがたや、ありがたや」
その奇跡を前にしたミラは、思わず手を合わせて拝んでいた。流石は神域、流石は三神が住まうところ。そのご利益といったら如何ほどかなどと打算的な想いも抱きつつ、まるで導かれるように神像の前へと歩み寄っていく。
「よくきた」
「ようこそ、いらっしゃい」
「貴女がミラさんね。初めまして」
神像の前に着くと共に、その者──三神がどこからともなくミラの前に降り立った。
筋骨隆々で逞しさに満ちているのが、正義の神。
スッキリした目鼻立ちで笑顔を浮かべているのが、勇気の神。
すらりとした高身長で柔らかな微笑みを湛えているのが、慈愛の女神。
共に神像とよく似た容姿をしている事もあって、一目で直ぐに三神そのものであるとわかる。
「う、うむ。はい。お初にお目にかかります。ミラと申します」
礼儀作法は多々あれど、正真正銘の神を前にした時の礼儀作法などわかるはずもないミラは、強張りながらも精一杯に頭を下げた。
「おお、随分と丁寧だな。感心感心。とはいえ、そう硬くなる必要はないぞ」
「そうそう、畏まらないでいいよ。これから運命を共にする戦友になるんだからな」
「ええ。そんなに気を張っていたら疲れてしまうでしょう」
とりあえず一番確実であろうお辞儀から入ってみたところ、どうやら悪くない選択だったようだ。それどころか硬過ぎるので、もっと砕けた感じでもいいという許しまで得られた。
「そ、それでは……お言葉に甘えさせてもらうとしよう」
礼儀作法がさほど得意ではないミラは、それを喜んで受け入れる。とはいえ相手が大物どころか神である事については変わらないため、一瞬で切り替えられるはずもない。ミラは、ぎこちなく応じながら顔を上げた。
すると同時に、三神の姿が目に映る。その表情は、至って穏やかだ。
こうして改めて前にすると、神そのものである三柱だが姿形は人のそれと大きな違いはない。実際は大きい精霊王と違い、特別にとんでもない要素というのは見受けられなかった。
「さて、まずは出逢いを祝してといこうか」
そんな言葉と共に酒を並べ始めた正義の神。その姿はまるで、何かしらの理由をつけて飲みたがるおっさんのそれに近いものがあった。
事実、勇気の神と慈愛の神は、また始まったといった顔だ。
「神様に誘われたのなら断れんのぅ!」
とはいえ、そういうノリは嫌いではないミラ。またそこに人間味のようなものを感じたからこそというべきか。少し緊張感も和らぎ、その誘いに喜んで同意した。
なんとなく友好を深めるためという意味合いで始まった酒の席。これぞ酒の力というものか。そこで何気ない会話を交わし、お互いのあれこれを知りつつ打ち解けていったミラと三神。
ただ、そうして挨拶がてらの雑談が過ぎたところから、さりげなくとんでもない情報の共有が始まった。
それはちょっとした会話の中で、ミラがふと気になっていた件について質問をした時だ。
「──ああ、それは世界を保護するための処置だ。もしも我々が決戦に敗れた場合、大陸全土がアレの瘴気に汚染される事になる。その境界は、それを外界へ流出させないためのものだ」
外海に出ようとすると謎の白い霧に阻まれ、気付けば戻されていた。日之本委員会のアストロに聞いた件について聞いたところ返ってきた答えが、それだった。
「なんと……」
なんとなくはぐらかされるかと思っていたミラだが、正義の神は何も包み隠さずに答えてくれた。そしてそれは冗談でも何でもなく真実であると、残りの二柱の反応から見てもわかる。
しかもそれだけではない。この先に待つ決戦が、如何に重大な決戦なのかについても触れられた。
正義の神が言うに、もしも敗北した場合は創造神によって最終手段が適用されるそうだ。
その手段とは、大陸の消滅。汚染された全てを世界から切除するというのである。そのための境界線でもあるわけだ。
「そのような事が……」
もしも力及ばず敗北したとしたら、未来はない。負けてしまったら、未来を若者に託すだとか、勝てる戦士を育てるだとかいう余裕はないそうだ。
むしろ今のこの期間こそが、未来に託し育てていた期間であったという。
「そうしてようやくここまでたどり着いたのが、ミラ、君なんだよ」
神からしても、それは途方もない時間だったのだろう。ミラを見やる勇気の神の目は、とても感慨深そうだった。
(責任重大だとは思うたが、これほどとは……)
世界の命運がかかっている。これまでは、そんな漠然としたイメージだけだったが、結末が明瞭になった事でその印象もがらりと変わった。
ミラ達が負けるという事は、即ち今を過ごしている場所が消滅するという事。
多くの仲間達。これまでに出会ってきた者達。そしてマリアナ。大切な皆が生きるこの世界が全て失われてしまう。
そんな最悪の未来を知ったミラは、改めてその重責を実感する。押し潰されそうになるほどの重責だ。
「ここで奮い立つか。いい顔だ」
だが、それを知ったミラの様子を前にして、正義の神は感心よりも驚嘆したように笑った。
そう、ミラは押し潰されてなどいなかった。むしろその顔には力強い覚悟を秘めた不敵な笑みが浮かんでいたからだ。
「こうなってしまったのなら仕方がないという開き直りもあるのじゃが、やはり何よりもわしには心強い仲間達がおるからのぅ。きっとなんとかなるという思いの方が強いのじゃよ」
ソロモンを始め、頼れる仲間は沢山いる。加えて、共に精進してきた召喚仲間も猛者揃い。また決戦のために精霊王やマーテルにリーズレイン、アンドロメダと三神までも控えているときた。
しかも今手にしている神器を始め、長い長い年月をかけて準備が進められていたという話である。
負ける要素などどこにもないと、ミラは自信満々に胸を張って答えた。
「ええ、その通り!」
そこまで言い切ったミラに三神も触発されたのか。慈愛の女神もまた同じように微笑みながら「完全勝利を目指しますよ!」と、こちらもまた清々しいまでに大見栄を切ってみせた。
「……ところで他にも気になる事があるのじゃが──」
決戦への意気込みとやる気。そして一致団結。互いに言葉と心を交わし合い、決戦に向けての闘志を高めていったミラと三神。
そんな中、ミラはふと思った。酒の勢いとはいえ、かなり踏み込んだ内容になってきたからこそ、他にも色々と教えて貰えそうではないかと。
「もう俺達は、運命共同体みたいなものさ。ここに来るまでの間にも、色々気になる事があっただろう? 何でも聞いてみるといい。まあ答えられるのは、当然俺達が知っている範囲だけどさ」
するとミラの考えを見通してか、勇気の神がそんな言葉を告げた。むしろこれから世界の秘密を共有する間柄になるのだから必要な情報があれば幾らでも提供すると、そう約束してくれた。
何と言う事でしょう!!!
先週、ドラえもんチャンネルが日曜日で終わったしまったわけですが、
ドラえもんの映画タイムは、まだ終わっていませんでした!
ファミリーチャンネルの方でも映画がやっていたのです!
つまり、シャトレーゼでドラ焼きを買ってドラえもん映画を楽しむという望みは、まだ断たれていないという事!!!
全種、制覇してみちゃおうかな。かな。