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55 再会

五十五



「では、世話になった」


「こちらこそだ」


「探し人が見つかると良いな」


 朝食も終わり片付けも済むと、ミラは情報と一晩の礼を述べる。シルバーは、それ以上の成果を与えてくれた事に感謝し、ブルーも頷き無事を願う。

 ミラは他の面々とも挨拶を交わすとペガサスを召喚し、ピュアラビットを抱いて颯爽と飛び立っていった。

 雷光を撒き散らして飛翔していく天馬の姿を見送りながら、ブルーとシルバーは勲章の事も含め、上手く協力を仰げれば決戦時の切り札になるのではと、そう考える。


(本部の連中……対応を間違えないでくれよ)


 そう心の底から祈るブルーだった。



 相変わらず堂々と聳えている御神木を背に、空を駆けること数時間。昼時を過ぎた頃、ミラはハンターズビレッジ唯一の宿で、遅めの昼食を摂っていた。鳥の香草焼きとチーズ、野菜を挟んだバーガーにハニーオレだ。ピュアラビットは、テーブルの上でぽりぽりと小気味良くニンジンを食べている。そんな姿を見つめながら、時折ミラは頬を緩ませる。


(この場所は……四季の森か。精霊の聖地を本陣にしているとは、中々に大物じゃのぅ)


 ミラはバーガーを頬張りながら、シルバーから受け取った地図をマップとして映し出し、五十鈴連盟の本拠地の場所を確認していた。

 四季の森とは、大陸の中央で交わる三つの山脈に囲まれた盆地に広がる森の事だ。そして、この森には、四季の精霊が棲むと云われている。故に精霊の森とも呼ばれており、四季に連なる精霊の眷属も多く集まっている場所だ。


(しかし、このまま向かうには遠いのぅ……)


 四季の森は、祈り子の森から遥か北側に位置しており、アイゼンファルドで移動したとしても数日は掛かる距離である。これから直行すれば、帰るのは随分と先になるだろう。ソウルハウルの情報の他、始祖の種子もある。五十鈴連盟についてもだ。

 考え込んだミラは、まず、報告に戻った方がいいだろうと結論させた。


「ところでアルフェイルは、もう旅立ったのか」


 マップを閉じると、ソースの付いた指先を一舐めして店主に語り掛ける。


「ええ、お嬢さんに負けた翌日に荷物を纏めて早々に。今まで見た事無いくらい楽し気な様子で出て行きましたよ」


 店主の言葉に「そうか」とだけ返すと、再会する日を楽しみにしながら、ミラはハニーオレを飲み干した。


「話し声が聞こえると思ったら、こんな時間にお客さんか。っと、よく見たら子供じゃないか、冒険者にでも世話を押し付けられたのか?」


「おや、帰ってきましたか」


 ミラが振り向くと、そこには身体よりも大きな袋を背負った青年が立っていた。その青年はミラと目が合うと優しげに微笑んで、店の奥へと進んでいく。


「前に話した私の息子で、ラトリです」


 その姿を目で追っていたミラに店主が言う。ハンターズビレッジで一泊した時に、店主から砦に行っている息子がいると聞いていた。ミラはその事を思い出すと、この青年がアルフェイルの次に強いという息子かと、興味深そうに視線を向ける。

 店主の息子ラトリは、簡素でありながら複数の革を合わせた軽鎧を身に着けており、腰には片手用の斧を帯びている。そのどれもが使い込まれており、所々に修繕した痕も見て取れた。そして能力値自体も、アルフェイルに勝るとも劣らない。


(言うだけの事はあるのぅ)


 そう思いながらラトリを観察していると、ふと目が合う。同時にラトリは少しだけ澄ました顔で、


「親父。どうやらこの子に惚れられたみたいなんだが、どうすればいい」


 そう真剣に店主に問い掛ける。


「馬鹿を言うでない。アルフェイルの次に強いと聞いていたので、気になっただけじゃ」


 ミラが勘違いを即座に否定すると、ラトリは一瞬呆けた後、その言葉にあった名前に反応を示す。


「今は……な。次は勝つ!」


 何やら煮え滾る思いでもあるのか、ラトリはそう宣言すると、筋肉を隆起させて荒ぶる。二人がどのような関係なのかは分からないミラだったが、その一言で何となくだが予想は出来たようだ。


「ところで、なんでそれを気に掛けるんだ。もしかして、好きなタイプは強い男って事か! いいか良く聞け。前回は負けた……いや、ほんの少し油断したが、次は俺が勝つ。乗り換えるなら今だぞ」


 随分と見当違いな事を言い始めたラトリに、店主は苦笑しながらジョッキに注いだハニーワインを押し付ける様に渡す。


「ラトリ、少し落ち着きなさい。お嬢さんは術士なんだ。それで、その事に興味を持ったアルフェイル君と手合わせして、勝っているんだよ」


「な……嘘だろ……」


 その言葉にジョッキを傾ける手を止めると、ラトリはカウンター席に腰掛けている少女を、じっくりと見つめる。幼くも整った蟲惑的な顔立ち、天使の輪を頂くような艶やかな銀髪、そして短いスカートから覗く白く細い脚。そのどれもが、見た事も無いほどに美しい。だが、ラトリの知る戦闘狂のアルフェイルに勝る要素はそこからは見えてこない。


「術士か……。親父が嘘つくとも思えないしな……。あいつが前に負けたっていう仙術士といい、何かもう反則だな」


 見た目で実力の判断が出来ないのが術士である。アルフェイルの実力を体感した事のあるラトリは、これ程分からないものなのかと、ヤケクソ気味にハニーワインを呷った。


「ってかさ。さっきから気になってたんだが、まだ俺が酔ってなければ、そいつはピュアラビット……だよな?」


 ラトリは、ミラと同席している青い兎を観察する様に見つめる。小さな口でニンジンを一生懸命に齧る姿がとても可愛らしい。


「うむ、そうじゃよ」


 言いながらミラは、その青い毛並みをそっと撫でる。「やっぱりか」と目を輝かせたラトリだが、ミラと青兎の仲睦まじい様子から、最初に浮かんだ戦利品との交換という交渉を諦め「俺も撫でていいか?」と聞いた。ミラが頷いて答えると、暫くの間、餌を食べるピュアラビットの鑑賞会となるのだった。


「それにしても、今回の帰りはギリギリだったね。もうすぐ来る時間でしょう」


「ああ、今回はいつもより獲物が多くてさ。張り切りすぎちまった。まあその分、かなりの稼ぎになるはずだけどな」


 ラトリは、そう言って誇らしげに大きな荷物に手を乗せる。その中には砦を拠点として狩った獲物の毛皮や、牙や爪といった各種素材が詰められている。


「何が来るんじゃ?」


 ミラは店主の言葉にあった、来る時間というのが気になった。何が来るのだろうと。訊いてみると、その直後、やけに騒がしく賑わう音が表から聞こえ始めた。


「丁度来たようですね。見た方が早いかもしれません。とても賑やかで楽しいですよ」


 店主は優しく微笑みながら、もったいぶる様にそう促す。

 ラトリは、大きな荷物を肩に担ぎ直しながら、


「んじゃあ俺は、早速行ってくる」


 と言い、足早に店を飛び出していった。

 ミラは、ゆっくりと立ち上がると「何やら楽しそうじゃな」と呟き、ピュアラビットにはここで待っている様に言い付けラトリの後を追いかける。

 本日はハンターズビレッジで一ヶ月に一度、夜通し賑わう日だ。村の唯一である大通りには、複数の人だかりが出来ている。

 宿から出たミラは、その騒々しい光景を一望すると、一体何が来たのかを理解した。


(これは行商キャラバンか。なるほどのぅ。あ奴は戦利品をこのキャラバンに売る為に戻って来たという事か)


 幾つも並ぶ馬車から、数多くの商品が陳列された棚が運び出され、並べられていく。ミラはそれらを眺めながら、視線の先にラトリの姿を見つける。既に、荷物を広げて交渉を始めており、正面には商人と思しき上品な衣装を身に纏った男が、感心した様にその戦利品を確認していた。


「お……」


 その時、ミラは商人の隣に覚えのある人物を見つけた。思わず駆け出すと、馬車内に指示を出しているその者の背後から声を掛ける。


「セロではないか。奇遇じゃな」


 赤い長髪が特徴的な長身の男。その者は、鎮魂都市カラナックで出会ったギルド、エカルラートカリヨンの団長セロであった。

 背後から名前を呼ばれ振り返った赤髪の青年は、そこに居た可愛らしい少女の姿を確認すると、途端に笑顔を咲かせる。


「ミラさんではないですか。本当に奇遇ですね」


 セロは驚きながらも嬉しそうに答えるとその直後、後ろの馬車が激しく揺れる。


「ミラちゃん!?」


 声と共に馬車から飛び出したのはフリッカだった。だが続いて顔を見せたエメラに取り押さえられ、その魔の手がミラに届く事は無い。


「相変わらずじゃな」


「ミラちゃん、久し振り。ちょっと待っててね」


 エメラは顔だけ向けて挨拶すると、馬車内へと戻り何かをした後、再び顔を覗かせる。


「こんな所で会えるなんて思わなかったよ」


「わしもじゃ。他にも来とるのか?」


 嬉しそうに声を弾ませるエメラに、微笑み返しながら周囲に視線を向けるミラ。その目に映るのは、活気のある商人達と、販売している商品を購入しに来た村人。そしてラトリの様に戦利品を並べて交渉する狩人達だ。


「ゼフが来てるよ。今は離れたところに居るけど」


「ほう、そうじゃったか」


 離れたところと聞いて、ミラは少し遠くを一望するも、それらしい姿が見えないので即座に諦め視線を戻す。すると馬車から、再度フリッカがふらりと姿を見せた。


「ミラちゃんが居る……やっぱり夢じゃなかったようね」


 かつて執心した少女の姿を確認すると、フリッカはエメラを警戒しながら平静を保ちつつ近づいていく。


「ミラちゃん、ぎゅってしていい?」


「拒否する」


 被り気味なミラの返答にフリッカは両手を広げたまま静止すると、そのまま力無く崩れ落ちる。セロは「すいません」と謝りエメラは苦笑しながら、フリッカを馬車内へ放り込んだ。


「して、お主等は何しに来たんじゃ?」


 一連の流れを終えてミラがそう問い掛けると、セロはラトリと交渉している商人を示しながら、


「私達は、護衛として彼に雇われているところでして、このまま大陸西のオズシュタイン領内まで行く予定です」


 そう言い、ちらりと窺う様な視線を向けた商人の男に小さく手を振り、目の前の少女は全く心配無い人物であると伝える。

 

「なるほど、商隊の護衛か。冒険者らしくて良いのぅ!」


 そのどこか覚えのある仕事内容に、ミラは僅かに興奮してセロを見上げる。その感情に心当たりのあるセロも「そうでしょう」と楽しそうに笑い返す。


「ところで、ミラさんも何か用事でここへ?」


「うむ、知り合いに頼まれてのぅ。今は、その帰りじゃ」


「そうでしたか。あの日は地下墓地の最深部に用事だったんですよね。今回は、どこだったんでしょうか」


「長老と天魔じゃよ。おっと、内容は秘密じゃからな」


 賢者ダンブルフの弟子という事から、ミラの動向は気になっており、セロは探るような言葉を口にする。とはいえ、それには何の他意も無く、単純な興味からくるものだ。ミラも場所は隠す必要が無いと判断し答えるが、その国家機密である目的までは伏せる。


「天魔ですか。中々許可が下りないと聞いていましたが」


 セロも深くは追求する事は無く、それよりも禁域指定されている天魔迷宮が目的地の一つだと聞いて、少し驚きの声を上げる。


「その知り合いが色々と手を回したようじゃ。わしに面倒事を押し付ける為にのぅ」


「それはまた、随分な方みたいですね。とはいえ、ミラさんはあの九賢者のお弟子さんですから、そこから考えれば……想像はつきますね」


 ミラを動かしている人物をほぼ確信している様子のセロは、そう言った後「大変そうですね」と付け加える。ミラはそれに無言で頷くと、大きく溜息を吐いた。

 そんな二人の傍に商人の男が歩み寄る。


「話の途中すまんが、少しばかり交渉が長引きそうだ。悪いが護衛の者達に、休憩は各自任意でとる様にと伝えてくれないか」


 そうセロに言伝を頼む。ラトリの持ち込んだ戦利品の量と質が上等であると確認したので、話を詰める必要があると判断したのだ。


「分かりました。伝えておきましょう」


「すまないね」


 セロが了承すると、商人はラトリを馬車の一つへと案内していった。より詳細に質を見極め交渉する為だ。


「どうやら私達は、これから休憩のようです。折角会えたのですから、ミラさんも一緒にどうでしょうか」


 セロは、女性ならば卒倒しそうな程に輝く笑顔で誘う。ミラが「そうじゃな──」と言い掛けた時、またも馬車から人影が飛び出す。


「賛成! 沢山お話ししましょう。タクト君のその後の事とかもありますし!」


「まあ、構わんが……」


 タクトを引き合いに出す姑息なフリッカ。どちらにしろ、また話したいと思っていた面々なので了承するつもりだったミラは、必死なフリッカに哀れみすら感じながら答えるのだった。



 休憩場所として選んだのは、ピュアラビットを待たせているので、先程までミラが居た宿だ。セロが護衛仲間に休憩を伝える間、先に宿へと戻って来たミラ。早々に、ピュアラビットが飛びついて出迎えると、ミラは青兎を抱き上げて席へ着く。


「ミラちゃん、その仔は……」


「可愛いじゃろう」


 ミラに抱きしめられているピュアラビットに、嫉妬半分、羨望半分で「ずるい……」と零してフリッカはテーブルに突っ伏した。

 暫くしてから復帰したフリッカは、ミラに促されるままタクトのその後について語った。

 話の内容からミラが帰った後も、エカルラートカリヨンの面々が何かと気遣ってくれている事が分かる。


「そういう訳でして、エカルラートカリヨン見習いとして私が責任を持つという方向で、祖父の方には納得してもらいました。私達の信条としましても、聖術士の方は居れば居るだけ救える人が増えますから、大歓迎です」


「ふむ、そうか……。何やら、やるだけやって押し付ける形になってしもうたが、ありがとう。タクトをよろしく頼む」


 フリッカの話から、タクトの現状を大体把握できたミラ。タクトの事はフリッカが中心で面倒を見ており、子供の頃に使っていた教材をそのまま渡して基礎から勉強させているようだ。

 タクトは、仲間を助け癒す事が出来る聖術士を目指すと決め、今はエカルラートカリヨンの見習いとして日々を過ごしているという。

 ミラは懐かしむように、タクトの屈託の無い笑顔を思い出しながら相槌を打ち、最後に頭を下げた。

 フリッカが、そんな良いお姉さん風を吹かせるミラに限界突破しそうだった時、セロとエメラ、そしてゼフが顔を見せる。


「うわっ、本当にミラちゃんじゃん。しかも前より可愛くなってる」


 ゼフは綺麗に結われ整えられた銀髪と、より洗練されたデザインの服を纏うミラに素直な感想を漏らす。だが同時に、女性二人に鋭い視線を射かけられた。


「やっぱり、治ってなかったのね……」


「私のミラちゃんを、そういう目で見るのは止めて下さいますか」


 二人の棘だらけの言葉に「そういう意味じゃない……」と地に伏せるゼフ。セロが「確かに、ミラさんは前よりも可愛くなってますね」と同意するも、ゼフに向けられた嫌疑がセロに向かう事は無かった。その事実に、ゼフは一層項垂れる。


 互いに久し振りだと挨拶を交わし、エカルラートカリヨンの面々は少し遅めの昼食を摂る。その間、雑談を交えながらピュアラビットの事で盛り上がった。その毛が幸運のお守りであると知っていたゼフは、どうにか一本でもとミラを拝む。対してミラは、手櫛で抜けたらと言ってから、優しくピュアラビットの毛を、その細い指先で梳いていく。

 運が良かったのか、全員に青い幸運の毛が行き渡る事になり、それにはタクトも含まれた。


「帰ったら、私が責任もって渡しておきますね」


 フリッカは、ピュアラビットの毛を受け取りながら、ミラの手をさりげなく握る事に成功する。幾つかの困難を経て習得したフリッカの妙技は、徐々に研ぎ澄まされ始めていた。


「そういえば、お主等、西に行くと言うておったな。そうなると祈り子の森を抜けるという事じゃな?」


 ハンターズビレッジから大陸西のオズシュタインを目指すならば、祈り子の森を抜ける以外は、途方も無く迂回する事になる。ならば森を抜けるのが遥かに効率的だろう。だが今、祈り子の森には不穏な輩が出現する可能性があるのだ。


「ええ、そうですね。明日の朝には出立して、数日をかけて森を抜ける予定です。……森に何かあるのですか?」


 セロは今後の予定を簡潔に答えると、分かり切った様な事をわざわざ聞いたミラの意を問う。


「エメラ達から、古代神殿の帰りに出会った風の精霊について聞いておるか?」


「聞いています。キメラクローゼンについてですね。その件に関しては、組合から幾つか情報も得ていますよ」


「ほう、そうじゃったか。ならば話は早い」


 ソロモンに精霊襲撃について話した時、Aランク以上の冒険者には協力を仰ぐ為に情報が開示されていると聞いていた。つまり、セロはAランク以上であるという事。だがそれに関してミラは別段驚く事は無く頷く。それだけの実力はあるだろうと、その物腰から判断できるからだ。


「そのキメラクローゼンの一人と昨日、森の中で出会ったんじゃが、同時にその対抗組織である連中にも会ってのぅ。

 一先ずキメラの方は捕らえて、そ奴等に預けてきたんじゃが……。その捕虜の引渡しに時間が掛かるらしいんじゃ。もしかすると、キメラの連中がその仲間を助けに森へ紛れ込むかもしれん。物騒な奴等じゃったから、忠告しておこうと思ってのぅ」


「なるほど、そういう事でしたか。なんとも驚く内容ばかりですが、確かに警戒はしておいた方がいいかもしれませんね。ありがとうございます、ミラさん」


 精霊と相対せるだけの武力と非道性を持つキメラクローゼン。そのような者がどこかに潜んでいる可能性があるとなれば、警戒するに越した事は無い。セロは、そう礼を言うと商人に得た情報を話し、商隊内にも怪しい人物が居ないかどうか調べてみようかと思案する。

 セロは、ハーブティを口にすると、眉根を下げて一つ息を吐き出した。


「お返しにと、私も有益な情報をお伝えしたいところなんですが……、ミラさんから窺った日付に関してはまだ何も掴めていない状態でして」


「それは別に構わん。すぐに出てくるとも思っておらんしな」


 ミラから受け取った日付を元に、ギルド所属の斥候数人を調査に動かしたセロだったが、まだ有益な情報は入ってきていなかった。ミラとしても、そう早く新しい手掛かりが見つかるとも思ってはいないので、気にする様子も無く三杯目のハニーオレを傾ける。

 だが偶然にも会えて、今後の道程に関する有益な情報まで貰ったのだ。セロとしては、何かを返したいところだった。そこで、ふと思い付き、


「ところでミラさんは、ファンタジーの定番というのはお好きですか?」


 そう切り出した。ミラはまだこの世界へ降り立って日が浅い。ならば、自身が心躍った事で喜んでもらえるかもしれないと考えたのだ。


「好きでなければ、ここには居なかったじゃろうな」


 つまりは、このゲームを遊んでいなかっただろうという事だ。魔法のある世界に惚れたからこそ今がある。だがそれは、ミラとセロ共通の認識。その事を知らないエメラ達は時折出てくる、こういったセロの言葉に首を傾げるばかりであった。


「それは良かった。では代わりといってはなんですが、噂話を三つほど」


「ほう……噂話か。それは楽しそうじゃな」


 ファンタジーの定番ときて噂話となれば、期待は弥が上にも盛り上がるというものである。

 セロは真剣に、しかしどこか子供っぽい表情で、一つ目の噂話を語り出した。

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