553 大陸一の始まり
五百五十三
「あ、すっごい。もう何でも出来そう!」
ようやく精霊宮殿から出られたリーシャは御神木とのリンクを正式に完了し、その感覚をそう表現した。
これまでは仮の姿と仮の契約といった状態であったため、御神木を通して霊脈の力を使えるといっても制限があった。けれど今回で本契約となり、正真正銘な聖域の守護者の座に就いた事で、そういった制限もなくなったわけだ。
ゆえに霊脈の力を如何様にも利用出来るようになったリーシャは、その溢れる万能感に浸っている様子だった。
「さあ、御照覧あれ。これが私の真の力!」
早く使ってみたかったのだろう。リーシャは、怪しく微笑みながら両手を振るった。
するとどうだ。ある程度に成長していた御神木が、そこから更にむくりむくりと大きくなっていったではないか。
そして瞬く間に、高さ百メートルを超える大樹にまで成長すると、今度はその幹に変化が表れた。幹の中ほど、地上から五十メートルほどの位置に、ぽかりと洞が開いたのだ。
ふわりと飛び上がったリーシャは、その洞の中にするりと飛び込んでいった。
「専用のお部屋が欲しかったの!」
次にひょっこり顔を覗かせたリーシャは、そう言って屈託なく笑った。
聖域の守護者として莫大な力を得た彼女だが、その力を使って一番最初にした事は理想の居室作りだったわけだ。
彼女自身の性分か、その見た目が影響しているのか。気ままな猫のようなマイペースさである。ただ、その様子からして、大きな力に溺れて振り回されるような事はなさそうだ。
「御神木が家か……確かによいのぅ!」
そしていずれは、大陸一にまで成長した聖域をその特等席から見回しながら集まる聖獣霊獣を眺め、そして召喚契約を結べれば最高だ。と、そんな未来の事まで考えるミラ。
むしろリーシャよりもミラに注意すべきかもしれない。
ともあれ、少々特殊な精霊であるリーシャだったが、守護者として問題なく力を使えるようだ。
これならばもう聖域については、彼女とマティ達に任せてしまっても大丈夫だろう。
「では、後の事はよろしく頼む」
「はーい、お任せあーれ!」
御神木の洞からくるりと下りてきたリーシャは、自信満々といった笑みを浮かべながら答えた。なんとも軽い調子ではあるが、不思議と問題なしと思わせる何かがそこにはあった。
「……ところで先ほどじゃな。ちょいと精霊王殿に聞いたのじゃが、何やら会いたい人間がいるそうじゃのぅ。よければ、それが誰か聞かせてはもらえぬか? もしかしたら捜せたりするかもしれぬのでな」
別れ際、ふとリーシャの望みを思い出したミラは、少々お節介かと思いつつも、少しでも力になれればと考えてそんな提案を口にした。
何だかんだで人脈は、それなりのものだ。国王ソロモンに加え、大陸全土に拠点を持つ組織のトップであるカグラもいる。更には大規模ギルドの団長セロという伝手もある。
名前でも分かれば、幾らでも捜しようはありそうだ。
と、大船に乗ったつもりで任せてみろといった気概のミラであったが、続くリーシャの返事に言葉を詰まらせた。
「うん、そうなの! でも、また会いたいなって気持ちばかりがあるだけで、名前も顔も思い出せないんだ……。精霊王様が言うには、沢山の記憶だったりがごちゃ混ぜになっちゃっているからだって」
リーシャは以前、キメラクローゼンの非道な研究によって沢山の精霊達と融合させられていた。
その件の被害者達は全て精霊王によって無事に救出され天に送られたわけだが、当時の後遺症とでもいうべきか。記憶の方に幾らかの影響が出ているようだ。
「あ、でもね、雰囲気とか気配なんかは何となく覚えているの。だからきっとその人に会えたら直ぐにわかるはず!」
大変な状態だが、リーシャの目には希望が燦然と輝いていた。そしていつか会えた時は、大きく変わった自分に驚いてもらい、そして大きく成長した聖域を沢山見て楽しんでもらうんだと、朗らかな笑顔で告げるリーシャであった。
時間はかかるだろうが、きっと彼女がいれば大陸一の聖域復興も夢ではないだろう。そして霊脈の活性化については、このように有望な提供先が出来上がったとあって、そう遠くないうちに達成出来るはずだ。
頃合いを見計らい再調査した後、安全装置を設置すれば決戦準備が一つ整う事となる。
なお、設置場所については既に確保済みだ。
「ここをスタート地点にするのはどうだろう。そしてゴールは、大聖域として復活を遂げたここだ。きっと立派な聖域になっているはずだが、僕らはそんな聖域に負けないくらいの思い出を沢山作ろう」
「はい。とても素敵だと思います!」
と、聖域での用事が一通り済んだところだった。こうしてちょっと区切りがつくと、直ぐにいちゃこらし始めるリーズレインとアナスタシア。
その内容は、これからの予定についてのようだ。二人を引き離す障害が一切なくなった今、大手を振ってハネムーンに出発しようなどという話をしていた。
悠久の時を越えて、遂に結ばれたアナスタシアとリーズレインだ。その門出を祝いたい気持ちもあるが、それはそれ。
「あ、あの……」
そんな二人を相手に、恐る恐る声をかけるのはメルフィだった。
そう、彼女にはまだリーズレインにお願いしなくてはいけない大事な用事が残っているのだ。このままハネムーンに行かれたら、たまったものではない。
「……ああ、そうだった。確かメルフィ君も僕の力を借りたいって話だったね」
まずは、どこを目指そうか。海にしようか山にしようか。そう盛り上がり始めたところで振り向いたリーズレインは、深刻そうな顔をしたメルフィを見やり少しだけ考え、思い出したようにそう答えた。
「は、はい。よろしくお願いします!」
一つ目の用事は、無事に完了した。よって次の用事の始まりだ。
ではそれは、どういった内容か。ミラに並ぶ恩人として認識しているようで、リーズレインはメルフィに真摯な態度で向かい合った。
そんな彼に、メルフィが頼み事を伝える。手狭になった祭の境界を今より広げてはくれないかと。
「──ああ、今はそういう場所として使われていたのか。彼女が見つかった今、あの場所はもう不要だけど……うん、わかった。そういう事なら今後も考えて、うんと広くしておこう」
祭の境界は、輪廻に還るアナスタシアに、もう一度だけ会おうとして創り出した場所。だが今は神の思惑で別の用途に使われている。勝手な話ではあるものの、それについてリーズレインは機嫌を害する事はなく、むしろ寛容だった。
拡張を請け負うのみならず、自由に使う事まで正式に許可する。
「ありがとうございます」
これでようやく職場環境が改善されると喜ぶメルフィ。
と、その間のアナスタシアはというと、思いのほか大人しくしていた。
彼女にとって特別になるハネムーンの話をしていた途中に、メルフィが割って入ったような形だ。
だが、ハネムーンの話までしていた事で正妻として確固たる自覚が芽生えたのか。はたまた、その内容が愛だの恋だのとは無関係な内容だったためか。アナスタシアは毅然とした佇まいで、メルフィの事を温かく見守っていた。
復興中の聖域でやるべき事は終わった。これから暫くはリーシャに頑張ってもらい、霊脈の活性化を待つだけだ。
そうして引き続きよろしくとリーシャに頼んだ後、ミラ達は再び祭の境界に戻って来た。
「今は時代ごとに分けているのですが──」
「それなら階層も増やした方がいいかもしれないね──」
戻って直ぐにリーズレインとメルフィの打ち合わせが始まった。ただ拡張するだけのみならず、今後は記憶の保管場所として本格的に運用していくために便利なあれこれも追加していこうと、かなりの大改装をするつもりのようだ。
リーズレインは、メルフィが希望する以上の答えを返していく。
「ねぇ、ミラさん」
と、言わば仕事の話で忙しくする彼を静かに見つめていたアナスタシアが不意に声を掛けてきた。
「な、なんじゃ?」
二人の仲が良さそうだなどと嫉妬の炎を燃やし始めたのではないか。そう少し警戒するミラだったが、どうやら本当に落ち着いたようだ。
「私を見つけてくれて、ありがとう。こんなに幸せな気持ちになったのは初めてかも」
そう言ってアナスタシアは、朗らかに微笑んだのだ。
「あー、いや、礼を言われるような事ではない。そもそもわしの目的は、リーズレイン殿を目覚めさせる事じゃったからな」
アナスタシアを捜して見つけた事についても、全てはリーズレインのためだった。そう、素直に明かすミラ。
「それってつまり、私とリーズレイン様の愛を信じてくれたって事よね。それがね、何よりも嬉しいの」
アナスタシアのためではなかったというミラの言葉。けれど彼女は、なぜか余計に喜んでいた。
それが乙女心というものなのだろうか。定かではないが、彼女が喜んでいるのならそれに越した事はない。
「そういえばミラさんも、リーズレイン様に何かお願いがあるの?」
リーズレインを目覚めさせる事。そして精霊宮殿にいるリーシャを聖域跡地に運ぶ事。これらの目標は達成したが、ミラにはまだ目的があった。だからこそ、こうして再び祭の境界にまでついてきたわけだが、そんな様子と態度だったからこそ、他にもまだあると察したようだ。アナスタシアは窺うように聞いてきた。
けれどそこには、色恋沙汰を警戒する色はない。単純に、ここまでしてくれた事に対する興味のようだ。
「……まあ、そうじゃな。わしとしては、やはりあの異空間の能力が気になって仕方がないところじゃのぅ。わしの仲間にも、転移で遠くに移動出来る者がおるのじゃがな──」
リーズレインの事については、非常に敏感そうな彼女の事だ。だからこそミラは、何もかも包み隠さず正直に答えた。
それはもう、転移の手段を持つ仲間が羨ましかったと。そしてリーズレインの力を借りる事が出来れば、それも可能になるかもしれないと精霊王から教えてもらったとも話す。
「そっか……ミラさんの願いは、そっちの方だったんだね! それなら私からも一緒にお願いしてあげる!」
「なんと!? それはありがたい!」
言ってみるものだと、彼女の申し出に喜ぶミラ。惚れた弱みとも相まって、リーズレインは何かとアナスタシアには甘そうだ。だからこそ彼女の口添えがあれば色々と優遇してくれそうである。
「──と、ちょいと気になったのじゃが、『そっちの方』とはどういう意味じゃろうか? そっちではない方というのがあるような言い方じゃったが……」
直後にミラは、彼女の言葉に気になる言い回しがあったと気づき、その点を挙げた。ミラとしては、最初から最後まで転移についてが望みであったため、他の可能性というのをまったく考えていなかった。
だが、どうやら他にもリーズレインだからこそというような何かがあったようだ。
「あ……。んー、まあ精霊王様もいるし、ミラさんならいいかな。あのね、リーズレイン様が支配する異空間って幾つもあるんだけど──」
少しだけ失言だったというような表情を浮かべたアナスタシアだったが、直ぐに開き直り、そっちの方──人間がリーズレインに望む定番の願いについて教えてくれた。
なんでも異空間の精霊という名に相応しく、リーズレインは祭の境界以外にも、多くの特殊な異空間を創造しているそうだ。
そしてその一つに、とんでもないお宝がざくざく眠っている秘宝空間があるという。
それもあってか、リーズレインに近づく人間のほとんどが、そのお宝の噂を聞きつけた善人面の欲深いものばかりだったらしい。
「──それでうんざりしているところをいつも見てきたの。で、その都度私に甘えてきてくださるのが可愛かったりもしたんだけど、やっぱりリーズレイン様の心を傷つけるのは許せないよね。だからミラさんのお願い事がそれ以外で安心したし、ちょっとびっくりもしたかな」
これまでに見てきた中で秘宝空間の事を一言も出さなかった人間はミラが初めてだったと、それはもう驚いたように語るアナスタシア。
アナスタシアが言うに、その秘宝空間という場所には金銀財宝のみならず、神器級の術具や武具に加え、禁忌に触れるものまでもが保管されているようだ。
(なんという……)
正に秘宝だ。むしろそんな話を聞かされたら、いったいどんなお宝があるのか是非とも見てみたくなってしまうところである。
「人間とは欲深い生き物じゃからのぅ。まあわしは、その辺りが術やら魔法やらに向いておるだけに過ぎぬが」
だがミラは、そこで湧き出す欲望をぐっと堪えた。このタイミングで気になるから見てみたいなどと言い出せば、きっとアナスタシアに、そこらの人間と同じだったかなどと思われ兼ねない。
事実、大差はないミラであるが、こういう時に格好つけたがるのもまた人間というものなのだ。
「たまーにいるよね、そういう人。そういえば巫女見習いだった頃、そんな神官さんがいたなぁ。究極の奇跡がどうたらとか──」
そんなやり取りをきっかけに、アナスタシアが過去のあれこれを懐かしむように話し始めた。当時の風習や生活基準に文明などが窺える内容で、ミラもまた興味深く聞いていた。
と、そんな話をしている間にメルフィ達の話し合いも終わったようだ。いよいよリーズレインによる空間の拡張が始まった。
するとこれまで、つらつらと当時を語っていたアナスタシアの口が途端に止まり、その目は作業中のリーズレインの背に向けられる。働く彼の背にうっとりなアナスタシアであった。
今日はクリスマスですね。
つまり、いつもよりもちょっと贅沢なものを食べてもいい日です!
クリスマス、いかがお過ごしですか。
この大義名分を掲げ、美味しいもの食べちゃってますか!?
自分は食べちゃってます!
ナイス、クリスマス!
いつもよりも特別感のあるチートデイ。
それこそが、クリスマスの醍醐味ってやつですよね!!!!
イエーイ!




