552 異空間の門
五百五十二
何となくネガティブさが増したが、空絶の指環についてはミラが持ったままでも問題はなさそうだ。
ただ、それ以上に素晴らしいものを贈ろうなど、型遅れなものとして挙げられたりするためミラの胸中は複雑である。
「──そうだね、まずは大陸全土を回ってみようか」
「はい、とっても楽しみです!」
と、なんならハネムーンがてらペアリング用の素材を二人で探すところから始めようかなんて言っては盛り上がり続けるアナスタシアとリーズレイン。
『えー、こほん。さて、リーズレインよ。目覚めて早々ではあるが、一つ用事を頼みたい』
悠久の時を越えて、再び巡り逢えた二人だ。ならば、ある程度いちゃいちゃが落ち着いてからと見計らっていた精霊王。だが一向にその気配がなく、それどころかこのままハネムーンにでも行ってしまいそうなため、半ば強引に用件を切り出した。
『……わかった。聞こう』
状況としては、二人の時間を邪魔されたような形だ。けれど精霊王の声から重要性を感じ取ったのだろう。続きはまた後でとアナスタシアに告げたリーズレインは、真摯な態度でそう応えた。
アナスタシアもまた途中ではあったものの、やはり相手が精霊王とあってか大人しく頷いていた。流石は精霊王だと、ミラも一安心だ。
『頼みたい事というのは、かの決戦に関係する事になるが、その土台を作る準備のためにだな──』
リーズレインが心配だったのも確かだが、彼にしかこなせない用事が沢山あるのもまた事実。その一つについて、精霊王は順を追って説明していった。
魔物を統べる神との決戦のために必要な神器。その反動を抑えるための安全装置。
だがもっとも重要な設置場所の霊脈が不活性状態で使えない。ゆえにこれを復旧させるため、ミラが涸れ果てたかつての聖域『彩霊の黄金樹海』を復活させるために動いている。
ミラと協力者達の尽力もあって地盤は完成した。だが管理者として据え置いている精霊は依代の状態。本体はわけあって精霊宮殿より出られない。
リーズレインの能力で、この精霊を復興中の聖域へと届けたい。そうすれば復興が更に加速する。
敵側にも動きがあるため、少しでも早く準備を整えたい。
と、精霊王はここに至るまでの流れを、ざっくりと話した。
『決戦、安全装置……あれか。そして精霊宮殿の制限にかかるほどの精霊……。なるほど、確かに僕の出番みたいだ。わかったよ精霊王様。何よりもミラさんが頑張っているというのなら、幾らでも協力しよう』
リーズレインは、快諾してくれた。
彼にとってアナスタシアという存在は、何よりも重かった。だからこそ彼女と引き合わせてくれたミラに対し、絶対的な恩義を抱いているようだ。ミラの力になるのならと、かなり前向な発言である。
なお今の言葉には幾らかミラを特別視しているような節があったため、アナスタシアの目に嫉妬の炎が浮かんだが、それも束の間。「何よりも、僕の全てを届けてくれた恩人だからね」という言葉と共にリーズレインが彼女を抱きしめれば、その嫉妬は感謝のそれに一変した。
「私に出来る事があれば、何でも言ってね!」
リーズレインのみならず、アナスタシアもまた前向きに協力する事を約束してくれた。
「う……うむ。何かあったら、そうさせてもらおう……」
一番の望みは、リーズレインが絡む話の時に凄まないでほしいといったものだが、きっとそれは難しいだろう。ゆえにミラは、さほど期待せず形式的な言葉を返すのだった。
リーズレインの協力をこぎつける事が出来た。更には作業手順なども確認して、それがあらかた終わったところだ──。
「ねぇ、私に出来る事はある? ……って、そういえば私って精霊になったんだよね? ……何の精霊になったんだろ?」
出来る事があれば協力すると言っていたアナスタシアは、実際かなりのやる気であった。そして何ならば今話し合っている件でも役に立てる事はないかと考えたところで、そんな疑問が浮かんだようだ。
思えば彼女には、半精霊がどうのと話したきりである。ただ自分自身についてとあってか、そこから純粋な精霊になった事までは何となく気づいている様子だ。
けれど精霊王が言うに、精霊としての力は無色。つまり本人ですらその力を何も感じられないため、はて何の精霊かと気になったわけだ。
『うむ、それはだな──』
この質問については、既に答えが出ている。よって精霊王が、先ほどミラにもした説明と同じ事を彼女にも伝えた。
いわく、精霊アナスタシアは無色の状態であると。
『無色……つまり私は、どんな精霊にもなれる奇跡の力を秘めているって事ね!』
今は精霊としての力はなく、出来る事は何もない。精霊とは言っても名ばかりの存在だ。つまりはそういう意味でもあったのだが、その点アナスタシアは、とても前向きだった。むしろ特別感すらあるなどと喜んでいる。
と、そうして嬉しそうにはしゃいだ後、何やら真剣な顔で考え込んだ彼女は次にとんでもない事を言い出した。
『それじゃあ私は、愛の精霊になります!』
悠久の時を越え、こうして真実の愛を結べた今、これはもはや愛の奇跡。ならば愛を司ってもいいのではと、それはもう至極真面目に言い切ったのだ。
ただ、そんなアナスタシアに対して、真っ向から異を唱える者がいた。
『いいえアナちゃん。それは難しいわ。愛の精霊たるもの、もっと沢山の愛を知っていなければいけないの。そう、愛は沢山あるの。いけないとわかっていても恋焦がれてしまう愛! そこにあるのが当たり前になりながら、静かに燃え続ける愛! 胸の奥に潜めたまま、明かす事の出来ない愛! 私には他に愛する人が……でもこの気持ちは何っていう愛に挟まれる愛! 他にも愛には、色々な形があるの。でも、アナちゃんが知っているのは一つだけよね? だからまだまだ愛を名乗るのは早いわ。むしろ、私こそが愛の精霊といっても過言ではないの!』
マーテルである。それはもう怒涛の勢いで、愛とは何たるかを存分に語り始めた。
とはいえ彼女の語る愛というのも、それはそれで偏りが酷い。少女漫画のようなラブロマンスを挙げたかと思えば、ドロドロな昼ドラの如き愛までも並べていく。
愛は愛でも、他者との関係性から生まれる色恋が彼女の中心というわけだ。
『いやいや、お主は植物の始祖精霊じゃろう』
そもそもマーテルは、始祖精霊というとびきりの存在だ。そんな立派な立場でありながら何を言っているのかと、呆れ気味なミラ。
『それなら、ただの愛の精霊はマーテル様に譲ります。代わりに私は、一途な愛の精霊になります!』
対するアナスタシアは、こちらもまた一歩も引く気配はなかった。それどころか更に攻めていく。愛は愛でも、一途な愛。これこそが自分に最も相応しいと胸を張って高らかに宣言したのだ。
(……まあ、そうじゃな。一点突破みたいなものじゃからな)
一途な愛。確かに、その通りだと心の中で頷くミラ。アナスタシアの愛は、リーズレインだけに捧げられたものだ。他にも多くの意味を含む愛に比べると、かなりの違いがある。
『むぅ……。違いますー、素敵な愛の精霊ですー』
ただの愛。その一言にむくれたマーテルは、どんな愛も素晴らしいと主張する。
けれどアナスタシアにとっては、もはやただの愛など、どうでもよさそうだ。
「そしていつか……いいえ、近いうちにでも、沢山の愛の結晶が生まれるんですね」
「ああ、そうだね。私達の愛で大陸をいっぱいにしようか」
と、隙あらば惚気話を始める二人。その内容は既に、一途な愛を育んでいく中で生まれる子供達にまで派生していた。
(未来を救うために色々とやっておるわけじゃが、ちょいと未来が心配になってきたのぅ……)
アナスタシアとリーズレイン。その間に子供が生まれたとしたら、いったいどのような子供になるのだろうか。
そのあたりの精霊事情については、定かではない。だが少なくとも、彼女くらいに一途な愛の精霊が沢山というのは、本気で勘弁してほしいと思うミラであった。
『またそうやって二人でー! いいんだけど、いいんだけどね。ずっとずっと、こうなる事を願っていたんだけど、なんか……もう、聞いてー!』
そんなマーテルの叫びが脳裏に響くも、こちらもこちらで面倒なため聞き流すミラであった。
『まずは現場を確認しよう。彩霊の黄金樹海の……中心地だった場所あたりでいいか?』
作業確認と二人の未来設計も一区切りついたところで、リーズレインが改めるように切り出した。
どうやらこれから直ぐに、聖域関連の作業を開始してくれるようだ。
その言葉に精霊王が、それでいいと答えたところだった。その僅かの後、ミラ達の目の前にある空間が突如として開いたのである。
それはまるで、そこにあった目に見えない扉を開いたかのような、静かで自然な現象だった。
それでいて扉の先に広がるのは、ここではない別の場所。見覚えのある景色。そう、彩霊の黄金樹海の跡地がそこに見えたのだ。御神木の苗木の様子も、しっかりと確認出来る。
「見る影もないな」
扉の先を見渡したリーズレインはミラと繋いでいた手を離し、さっさと扉を潜っていく。だがアナスタシアの手は引いたままで、彼女も直ぐに続いた。
(……こんなにいとも容易く!)
ミラはというと、その現象を前に歓喜していた。
別の空間に繋がる、目の前の扉。空間転移という人知を超えた現象を、それこそ息をするかの如く簡単に発現したその力は、正に異空間の始祖精霊リーズレインの御業そのものだ。
「これは期待が高まるのぅ!」
リーズレインの協力を得られれば、このように転移し放題になるかもしれない。ミラはそんな未来を夢見ながら、興奮と共に扉へと飛び込んでいった。
「え、え!? ま、待ってくださーい!」
さりげなく残されたメルフィだが、まだ目的は果たせていないとあって直ぐに皆の後を追いかけた。
「あー、ミラさんおかえりなさい! と、お客さんだ! ようこそようこそー」
聖域跡地の中心地。御神木の苗木の傍には、依代リーシャがいた。
ミラ達に気づき直ぐ駆け付けた彼女は、リーズレインとアナスタシア、メルフィらを見回しながら嬉しそうに微笑む。初対面でありながらも、まったく人見知りする様子はない。
きっと元々のリーシャも、このくらい人懐っこい性格だったのだろう。
「なるほど。聞いた通り、かなり混ざっている。しかし依代の状態で、この力か。誤作動するのも無理はない」
聖域復興のキーパーソンとなるリーシャ。そんな彼女の様子、そして状態を確認したリーズレインは納得したように呟く。始祖精霊ともあってか、見ただけで今のリーシャの力を計れるようだ。
「あー、リーシャよ。こちらが異空間の始祖精霊であるリーズレイン殿じゃよ。そしてその恋人……──運命で結ばれた唯一無二の伴侶であるアナスタシアさんと、祭の境界というところの管理人のメルフィ殿じゃ」
「おー! 初めまして、リーシャです! この度はよろしくお願いします!」
ミラがそのように三名を紹介したところ、興味津々といった目をしていたリーシャは嬉しそうに笑いながら一名ずつ手を握って挨拶する。
「よろしくね!」
リーズレインのみならず全員に愛想がいいためか、敵対はしなさそうだと判断したようだ。素直に挨拶を返すアナスタシア。
「どうもです」
対して、ここまで社交的な相手と出会ったのは初めてなのだろう、メルフィは少し戸惑いがちだ。
依代リーシャは、「お友達が増えたよー!」と喜んでいる。どうやら彼女にしてみると、挨拶を交わしたらもうお友達のようだ。
なお、マティと精霊トリオはどうしているかと聞いたところ、今はぐっすり就寝中との事だった。何でも今朝方までずっと夜通し作業をしていたらしい。今は昼の真っ只中だが、まだ起きる気配はないという。
よほど頑張ったのだろう。その仕事ぶりは、見るとよくわかった。ミラがここを発った時に比べ、薄らとした緑が大きく広がっているのだ。荒れた大地でも植物が育ちやすいよう、基盤を整えたわけだ。
「ふむ、ならばわざわざ起こす事もないじゃろうな」
これから始める事は、リーシャの本体を精霊宮殿からここに移すだけだ。言ってみればマティ達がおらずとも完結出来る作業である。ゆえに、お疲れな彼女達を起こす必要はない。
しかも、目が覚めたらいつの間にか依代リーシャが本体に入れ替わっているとなれば、きっと驚くはずだ。
それもまた面白いとほくそ笑んだミラは、こっそり作業してしまおうと決める。
と、そうして顔合わせも済んだところで作業は直ぐに始まった。既に手順だなんだといったあたりは確認が済んでいるため、ここから先は難しいものではない。
「さて……だいたいこのくらいか。それじゃあ繋ぐよ」
何かを計るようにリーシャを見つめた後、リーズレインは、それこそそこにあった扉を開けるくらいの感覚で空間を繋いでみせた。何もなかったその場所と、かの精霊宮殿が繋がったのだ。
ただ目の前に開いた門は、ここに来るために通ったそれとは随分と違うものであった。
まず、大きさは見上げるほどに大きい。それのみならず、一番の特徴がその縁取りだ。切れ込みのようだった先ほどとは別物で、今回は重々しく黒いエネルギー体でしっかりと縁取られているのである。
それこそ別格感すらある仰々しさだ。と、なぜこれほど違うのか気軽に聞いてみたところ、それは安全のためだとリーズレインは答えた。
これから門を通るのは、精霊宮殿の制限が自動で働いてしまうほどに強力な力を持った精霊となる。それなりの余裕をもたせてはいるが、いざという時に空間が裂けてしまわぬよう補強したのが、この門だそうだ。
なお空間が裂けると、次元断層によって結構きつめな災害が起きるとの事だった。
「そう言われると、ちょいと緊張してきたのぅ……」
始祖精霊ですら慎重に用意をしているこの作業。そしてリーズレインが最後に言葉を濁した災害。ただ精霊宮殿からリーシャを連れ出すだけのはずが、実は想像以上に危険な事だった。
いったいリーシャの本体は、どうなっているというのか。可愛らしい依代バージョンと違い、なんだかとんでもなく恐ろしい何かになっているのではないか。
ようやく危険性を把握したミラは、そんな予感に戦々恐々しながらも、しっかりと空絶の指環を確認し、事の成り行きをじっと見据えた。
「それじゃ、いくね!」
その言葉を最後に、依代リーシャが元の人形に戻った。
そして暫くの後、門の表面が揺らぎ始める。リーシャの力の影響によるものだそうだ。
「幾らか余裕を持たせたが、際どいところだったな。まあ、問題はない」
門の状態を注視していたリーズレインが、そんな言葉を呟いた次の瞬間だ。門から眩い光が噴き出して、ミラは堪らずに目を細める。
そして、少しして光が収まったところで目を開くと、そこにはリーシャ本体の姿があった。
「これまた、なんとも……」
精霊宮殿から、この地上に降り立ったリーシャ。
その姿は猫のようでいて、猫ではないもの。ケット・シーに近い感じもするが違う存在。言うなれば、二足歩行の猫タイプなマスコットといった姿であった。
全体的に白く、手や足の先は桜色。まるっとした目は可愛らしく、ふわふわとした毛並みは、きっと触り心地も抜群だろう。全体的に細身だが、その毛並みもあって丸っこい印象となっている。
そして大きさは、一般的な人間よりも少し大きい程度だ。いっそ、依代リーシャよりも可愛らしくすらあった。
(これは、カグラには見せられぬな……!)
新生リーシャを目の当たりにしたミラは、そう直感する。これは間違いなく、カグラが狂う案件であると。
大の猫好きなカグラは、当然とでも言うべきか、猫モチーフ関係についても多大な興味を示す傾向にある。
そんなカグラが、この明らかに猫モチーフなマスコット的リーシャと出会ってしまったりでもしたら、もう大変だ。
「わわ! 何と言いますか、とっても可愛らしいですね!」
と、リーシャ本体を前にして一番に声を上げたのはメルフィだった。
そして彼女の言葉通り、リーシャから受ける第一印象は正にそれ──可愛いであった。
「でしょー?」
満更でもないのか、自信があるのか。そう言われたリーシャもまた、ご満悦な様子である。
(よもや、こうくるとはのぅ……)
しかもその姿は、ミラですら可愛いと確信するほどだった。つまりカグラが見たら、リーシャがとんでもない事になってしまう事が確定というわけだ。
精霊王がごちゃ混ぜになってしまっていた精霊達を丁寧に整えて造った身体。精霊宮殿の制限が誤作動してしまうほどに莫大な力。
それらの情報から、ミラはリーシャ本体が、どれほど雄々しいのだろうか、どれほど猛々しいのだろうか、どれほど物々しいのだろうかと想像していた。
だが実際のリーシャ本体は、元々のキメラだった状態とは正反対ときたものだ。
『何やら凄い変わりようじゃが──』
これほど変化させられるのなら、他にも色々と出来たはずだ。けれど、何故にこんな可愛らしい姿になったのか。
その件についてそっと精霊王に問い合わせてみたところ、これは核となったリーシャ自身が望んだ姿との事だった。
リーシャの想いとイメージが非常に強く残っていたため、身体の形成はかなり楽に進んだという。
何やら精霊王が言うに、リーシャにはいつか会いたい人物がいるそうだ。そして今の姿を見せて思いっきりびっくりさせてあげたいのだと、彼女は以前にそう言っていたらしい。
『驚かせる、のぅ……』
はて、その相手は誰なのだろう。そしてこの可愛さで、何をどう驚かせるというのだろうか。
ともあれ、あのような非道な組織の被害者でありながら、そのような気持ちが出てくるなど、なんて優しく温かみのある精霊だろうか。
きっとリーシャは、根っからのお人好しなのだろう。人懐っこい笑顔と態度に、そんな芯の通った気概を垣間見たミラであった。
なんだかあっという間に十二月も残り半分。
なのに……
気温がおかしい!!??
いつもならばっちり防寒の冬服なはずが、あら不思議!
こたつもガンガン強なのに、切っちゃうタイミングまであるという今日この頃。
いったい何がどうなっているというのか……。
そしてこれが原因で、野菜などに何か影響が出てしまわないかどうか。
過ごすだけなら楽ですが、そこが気になってしまいます。
常用している、白菜、タマネギ、にんじん、ニラあたりは特に!!!!!!




