547 リーズレインの獣
五百四十七
精霊王は、獣から多くの情報を引き出す事に成功した。
そして得られた情報を統合した結果、驚きの事実が浮かび上がった。
アナスタシアが成仏しないまま長くここに留まり続けていたのは、この獣が原因だった。
『想いだけが先行し過ぎてしまったのだろうな。だからこそ制御もされぬ状態で残ってしまったわけだ』
リーズレインから零れ落ちた未練の結晶。獣という形になったそれが、想いの対象だったアナスタシアの魂を地上に縛り付けていた。
どこにもいかないよう、危険に近づかないよう、最も安全な己の傍に彼女をずっと閉じ込めていたというのが今の状態だった。
アナスタシアが成仏出来ない原因は、彼女の未練ではなくリーズレインの方にこそあったのだ。
『彼女はここにいるのに、彼は向こうで待っているなんて。ほんといつまでもすれ違ってばかりなんだから』
どれだけ迷惑をかけるのかと呆れつつも、仲睦まじい過去の両名を思ってか物悲しそうなマーテル。
『当時の憔悴しきった奴を思えば仕方がないと言えなくもないが、こればかりは肩を持てんな』
中でも特に一番面倒なのは、リーズレイン本人が認識していない点だと精霊王は続ける。無意識に零れ落ちた感情の欠片であるため、リーズレインは獣の存在自体を把握していないだろうと。
そう、ここにアナスタシアを引き留めていると知らないからこそ祭の境界などという場所を創り出し、そこで彼女が来るのをずっと待ち続けているのだ。
『うーむ……すれ違いにもほどがあるじゃろう』
しかも当時から今日までともなれば、それこそ途方もないくらいの年月を越えてまで地上に縛り続けているというのだから性質が悪い。
どれほどの愛情なのか、はたまた執念なのか。アナスタシアからしたら迷惑もいいところだろうと嘆息するミラ。
「まあ、これでほぼ任務は完了といってもよさそうじゃな」
「はい、後は彼女を解放するだけですね!」
ともあれ成仏出来ない原因は判明したと喜ぶミラとメルフィ。後はアナスタシアを縛っている獣を精霊王の力で引き剥がせば、ばっちりだ。彼女は無事に成仏し、祭の境界にてリーズレインとの再会を果たせるだろう。
そしてそれが刺激となってリーズレインが目覚めれば、ここにいる誰もが望む大団円である。
「……んん?」
まずはとっととアナスタシアを獣の呪縛から解き放とう。なんて思ったミラであったが、愛し合っていた二人の絆というのは実に計り難いものだった。
精霊王の力を引っ提げて、獣を引き剥がそうとしたところ。精霊王が空間に開けた穴の中、アナスタシアが閉じ込められていたそこを覗いてみると、どうしたものか。幽霊の彼女は実に穏やかな表情で獣と寄り添いあっていたのだ。
その様子からして、アナスタシアも獣がどのような存在なのかを理解しているようだった。それはもう愛おしそうに手を回し、しな垂れかかっている。
『なんと言うべきか……縛られているというより、むしろ縛り合っているようにも見えるのじゃが』
無意識に縛り付けてしまうほどに執着するリーズレインの愛の重さに、若干引き気味であったミラ。だが対するアナスタシアもまた、目の前のそれを見る限り相当に重そうだ。
地上に縛られているという苦悶が一切感じられないどころか、その重過ぎる愛を存分に享受して喜んですらいるようにも見受けられる。
『こんなにも強く思い合っていたのね。それなのに引き裂かれて……なんて可哀想なのでしょう』
愛が重いリーズレインと、愛が重いアナスタシア。このような関係であるためか、案外バランスはとれているのかもしれない。特にマーテル目線では、そんな関係が引き裂かれた事で悲恋度が高まったようだ。愛の重さではなく愛の深さに感涙している様子だった。
「……えっと、なんだか予想と違う感じがしますがどうしましょう?」
ひょいと覗き込んだメルフィも気づいたようだ。アナスタシアの姿が、囚われのそれにはまったく見えない事に。
「ちょいと方針の変更が必要かもしれんのぅ」
目標はアナスタシアを成仏させる事であり、そのための手段も見つける事が出来た。
精霊王の力を使い獣を引き剥がして浄化すれば、アナスタシアが成仏出来る。とても簡単な方法だ。けれど見た限りアナスタシアもまた獣に依存している傾向があった。ゆえに、それが最善というわけにもいかなくなってしまった。
今のまま獣を引き剥がしたとして、重い愛の矛先を失った彼女がどうなってしまうのか想像するのも恐ろしいくらいだ。
「やはりここは、直球勝負じゃな」
必要なのは、ここから円満に解決する方法。
そのためにやるべき事は、アナスタシアの理解を得る事だ。やはりこれが一番だろうとミラが提案したところ、精霊王もこれに同意した。またメルフィも、ここまできたら大鎌を使わないやり方でどうなるのか見届けたいと頷き答える。
なおマーテルは、『愛し合った二人が行き着く先は、やっぱり幸せじゃなくちゃね』と、全力で支援する構えだ。
「さて、後はどうやって意思疎通するかじゃが……」
理解を得るためには、まず彼女に情報を伝えなくてはいけない。ただアナスタシアを説得するための話題は十分なほどにある。特に精霊王とマーテルだけが知っている内容も加えれば、成功間違いなしというものだ。
けれども幽霊とコミュニケーションをとるには、どうしたらいいのかという根本的な部分がわかっていないのが現状だ。
「それでしたら、私が間に立ちましょう」
そう提案したのはメルフィだった。死神という側面もある彼女は、ある程度の会話も出来るようだ。
それは素晴らしい。では、早速メルフィを介して説得しよう──と思った矢先だった。
「あの、さっきから何なんですか? 私と彼の邪魔をしないでほしいんですけど?」
不意にミラでもメルフィでもない、第三者の声が直ぐ傍から聞こえてきたのである。
いったい誰の声かと慌てて振り向いたミラは「え……?」と、その姿を前に言葉を失う。なぜならばそこには、獣と寄り添い合うアナスタシアがいたからだ。
「ねぇ、聞いてる? 静かにしてほしいの」
しかも明確にこちらを認識しているのみならず、明らかに彼女の言葉とわかる声までもが聞こえてきた。
「うむ、わかった。静かにしよう。じゃがその前に聞いてはくれぬか──」
幽霊の声が聞こえる。いったい何がどうなっているのかは不明だが、それでも会話が成り立つというのなら、今はこれほど都合の良い事はない。
これはチャンスだと、ミラは彼女の理解を得るための言葉を一気に並べていった。
「──する……成仏する! 成仏したい! 成仏させて! どうすれば成仏出来るの!?」
ここに来るまでは、アナスタシアの未練がどういったものなのか、それをどうやったら晴らせるのか、穏やかに成仏させられるだろうかと悩んでいた。
だがそれらの問題は、全て解決しそうだ。説得が、あっさりと成功したからだ。
何といっても彼女自身が今もまだリーズレインへの愛に溢れたままであったのが成功の秘訣だった。精霊王達が知るリーズレインの現状をアナスタシアに伝えるだけで全て解決したのだ。
アナスタシアの死を悲観したリーズレインは、成仏した者達が行き着く先に祭の境界という場所を創り出した。そして貴女と再会出来る日をずっと待っている。
そう伝えただけでアナスタシアの愛が今以上に燃え上がった。
更に、悲しみに暮れたリーズレインは今、永い眠りについているが、もしかしたら強い愛で結ばれた貴女ならば彼を目覚めさせる事が出来るかもしれない。とも付け加えたところ、アナスタシアの選択肢は成仏一択。
どうすれば彼の許に、どうすれば一秒でも早く成仏出来るのかと鬼気迫る勢いで詰め寄ってくるほどに逝く気で漲っている。
「話す! 話すから憑りつかないでくれぬじゃろうか──」
アナスタシアに迫られるのみならず、強く掴まれたミラは、謎の倦怠感に苛まれつつ答える。そのために、そこにいる獣──リーズレインの未練の結晶を引き剥がしてもよいかと。
これほど未練もなくすっぱりと成仏する気になったアナスタシアだが、それでも一向にその気配がないのは、やはり獣が彼女を地上に縛ったままだからだ。
アナスタシアを護るという想いが強過ぎて、成仏する事すらも拒絶してしまっている。だが精霊王の力を借りれば、その呪縛から解放する事が出来るとミラは続けた。
「まあ! だからこの子は、私のところに来てくれたのね!」
成仏出来ない理由と聞いても一切驚いた様子のないアナスタシア。それどころか無意識にこんな存在を残してしまうほど強く想ってくれていたのだと知り、余計に嬉しそうである。
ただ次の瞬間、悲しそうな感情を顔に浮かべて獣を抱きしめた。
「私が解放されたら、この子はどうなるの?」
獣にも依存気味だった彼女だ。その後が気になるのも当然というもの。
「その点は、後々じゃな。目覚めたリーズレイン殿とお主とで決めるとよい」
獣が原因と判明した直後は、そのまま元の精霊力に戻してしまう予定だった。けれど現状の依存状態を鑑みたところで、マーテルが提案したのだ。今はまだ繋がりを切り離すだけにしておいたほうがいいだろうと。
アナスタシアにとって長い年月を共にしてきた獣の存在は、やはり大きいはずだ。ゆえに当事者同士で決めてもらうのが、この場合は一番と判断したわけである。
「わかりました。それなら、大丈夫ね!」
アナスタシアも理解してくれたようだ。さあいつでもどうぞと両手を組んで祈るように目を瞑った。
『ではミラ殿』
『うむ』
ミラは精霊王の指示に従い、アナスタシアと獣の繋がりを切り離す作業を始める。
その際、獣の抵抗も覚悟していたが、アナスタシアが心の底から成仏したがっているためか、その邪魔までするつもりはないようだ。それとも、こうして誰かが彼女を迎えにくる日を待っていたのだろうか。引き離されていくのを大人しく待っていた。
「……成仏する気配はないのぅ」
アナスタシアを地上に縛り付けていた獣との繋がりは絶たれた。もうこれで彼女は自由であり、未練もなにもなければ、とうに成仏してもよさそうな状態になった。そして獣もまた向こうに連れて行けるよう、メルフィが抱えている。
だがアナスタシアには、幾ら経っても一向に成仏する気配も兆候もなにもなかった。
「どうすればリーズレイン様のお傍にいけるの!? どうすれば成仏出来るの!? これで逝けるって言ったでしょ!?」
「いやいや、問題は解決しておるからもう大丈夫のはずじゃ! ……が、とりあえず憑りつかないでくれんかのぅ──」
堪らず掴みかかってくるアナスタシアに慌てるミラは、先ほど以上の倦怠感にぐったりと項垂れる。
『おお、これは! なるほどな、そういうわけだったか!』
と、このままでは先に呪い殺されてしまうのではという恐怖が忍び寄ってきたところだ。謎は全て解けたと言わんばかりな精霊王の声が頭の中に響いた。
『何かわかったのなら、なるべく早めに頼めるじゃろうか……』
幽霊は恐ろしい。何となくはわかっていた事実を実際に体感しながら、なるべく急ぎでと促すミラ。
精霊王は得意げに語ろうとしていたのだろうが、現状を把握してくれたようだ。簡潔に状況を教えてくれた。
いわく、今のアナスタシアは、半分精霊化しているとの事だ。
先ほど接触した時にも精霊力を感じたが、それはあくまでも獣と繋がりがあった状態だったために、その力が流れ込んでいたのだろうと思ったらしい。
けれど繋がりを完全に切り離した今も、こうして触れているアナスタシアからは変わらずに精霊の力が感じられる。
その理由は、ただ一つ。幽霊の彼女が精霊寄りの存在になっているからだという。
『とてもとても長い時を、その獣と共に過ごしていたわけだからな。精霊と共にいる野生の動物などが精霊化する事もあるように、どうやら幽霊という存在も精霊の力に感化されやすいのかもしれないな』
半精霊。今のアナスタシアが成仏出来ないのは、それが原因だと精霊王は断言した。
幽霊でありながら半分は精霊になっているからこそ、魂は精霊部分の生に寄っている。つまりアナスタシアは、半精霊として生きている事になるわけだ。
『いやはや、何と言うべきか……そんな事があるのじゃな』
精霊化という現象については、幾らか把握していた。それどころかミラの管理する聖域に、精霊化した動物もいたりする。だが人間が──しかも幽霊が精霊化するなんて聞いた事がないと驚き、また感心するミラ。
そしてもう一つ。なぜ今回は幽霊の声を聞く事が出来たのかという謎も、それで説明がつくそうだ。
精霊関係については、何かと万能な精霊王の加護である。アナスタシアが半精霊化していた事でその力が働き、彼女の声がミラの耳にまで届いたわけだ。
『最近色々とオカルトに遭遇しておったから何かが目覚めてしまったのかとも思うたが、そうではなかったのか』
幽霊船やら心霊写真やらと、オカルトが身近にあったこの頃。一度そちらに触れた事で色々と覚醒するなどという話もあるが、どうやら今回は精霊関係というだけのようだ。
霊能力者という、ちょっと特別感のある力を得たわけではなくがっかりしたような。けれどオカルトに巻き込まれず安心したような、不思議な感情を抱くミラ。
なお、幽霊の精霊化についてはマーテルも初耳なようで、人間の幽霊の精霊化に驚きつつも喜んでいた。『つまりこれで、種族の差までなくなったわけよね!』と。
「よし、精霊王殿が原因を教えてくれたのでな。話すからもう放してはくれぬか……」
押し寄せてくる脱力感。脚をガクガクと震わせながら、いよいよ立っている事すら厳しくなってきたミラは、そうアナスタシアに懇願する。
「精霊王様が!? わかりました、聞きましょう!」
精霊王という名詞は効果覿面だ。股間の脱力具合も際どいところだったが、どうにかこうにか締め直せたミラは、少し回避の余地分だけ距離を空けてから原因を語った。
最近、ふと思ったんです。
通常日用の野菜多めなご飯の具は、そこそこ充実してきた今日この頃ですが……
チートデイが、ずっと前からまったく進化していないなと!!!!
今も昔も、チートデイといえば肉を焼く! だけでした。
基本は豚で、いつぞやは牛肉を食べた時もあります。ふるさと納税に手を出してみた時のですね。
あれは、極上の一時でした!
とはいえ、最近は豚祭りです。
ケチャップ炒めだったりなんだったりと色々な味付けで堪能していました。
基本、そればかりでした。
気づけばチートデイが一番シンプル!!!!
でもそれで十分美味しい!
肉って凄い!!




