546 獣と鎌
五百四十六
今リーズレインが永い眠りについている理由は、生前のアナスタシアが直接関係している。そう今一度過去の出来事を交えて語るマーテル。
アナスタシアには、幽霊として留まるほどの強い未練が残っている。そしてその未練は、リーズレインについてで間違いない。だからこそ、その未練を生んだ感情──愛がリーズレインの目覚めのきっかけになるかもしれない。
『──そう、彼女の愛こそが、リーズレイン君を目覚めさせるカギになるのよ!』
もはや答えは一択。リーズレインは、アナスタシアの愛の力によって目覚めるのだと力説したマーテルは、だからこそアナスタシアの感情を切除してしまうなんてもってのほか。
ゆえに取るべき手段は、愛を秘めたアナスタシアを、ここに連れてくる事である。それが絶対に間違いない唯一の方法であるとマーテルは力説した。
「なるほど、わかりました。では、これを使わずに連れてくる方法を考えないとですね!」
マーテルが並べたそれっぽい理由がメルフィの胸に届いたのか。はたまた始祖精霊という威光でごり押しただけかはわからないが、その考えを変える事が出来たようだ。大鎌を下ろしたメルフィは、ではどうすればいいでしょうかと両目に期待を浮かべる。
説得出来て良かったと安心したのも束の間。さあ素晴らしい妙案をと待ち構えるメルフィの視線。
問題は、ここからだった。そもそもアナスタシアについては、まだ何も確認が出来ていない状態である。
今はまだ、それっぽい心霊写真が撮れたという理由で来ただけの事。しかも六年以上前の写真だ。まだその場にアナスタシアの幽霊が留まっているかも未確認。未練がどうこうという事だって憶測でしかない。
現時点において、アナスタシアの幽霊を成仏させるにはどうしたらいいのかという前に、どれもこれも完全に未確定なのだ。
ゆえに現状は、アナスタシアが大鎌で叩き斬られるという未来を回避出来る可能性が上がった程度のものだった。
「と、とにかくアナスタシアを捜しに行くべきじゃな。方法については、状態を確認してからでも遅くはないじゃろう!」
とりあえず成仏させる方法については後回しにして、アナスタシアを発見するのが先決だと提案するミラ。
本当にリーズレインの事が未練なのか、それともまったく別に理由があるのか。その辺りについてすら、今どれだけ考えたところでわかりようもない。
ただ本人の幽霊に会えれば、ある程度の方向性は見えてくるかもしれない。
「そうですね。まずは対象の確認が先決ですね!」
それもそうだと同意したメルフィは、手にした大鎌を一振りした。するとどうだ。目の前の空間に切れ込みのような穴が開き、その先にはミラが元居た神殿跡が見えるではないか。
どうやらメルフィは、祭の境界と現世をこのように繋ぐ事が出来るようだ。
「では行きましょう!」
そんな言葉と共に穴を潜っていくメルフィ。そしてミラもまた「ファンタジーじゃのぅ」などと呟きながら、その穴より地上へと帰還するのだった。
「さて、どうやって捜したものか」
心霊写真が撮影された六年ほど前まではここにアナスタシアがいた。彼女が没した当時からいたのだとすれば、たった六年程度でどこかに行ってしまう事もなさそうだが、はたして。
だがどちらにせよ、幽霊を見つける方法など見当もつかないミラは、陽光に照らされる神殿跡を見回しながら、ここからが問題だと唸る。
と、そうしてダウジングでも試してみようなんて思った矢先の事──。
「あ、これは確かに。とってもわかり辛いですが、あちらの方に反応がありますね」
この数瞬の間で、メルフィがアナスタシアらしき幽霊の居場所を特定していた。
見るとメルフィは、何やらお盆のようなものを手にしている。液体で満たされたその表面には、三つの波紋が浮かぶ。
それがどういうものなのかと問うてみたところ、メルフィは魂の検出器だと答えた。
なんでもその波紋は、近くにある魂を検知した時にのみ表面に浮かぶそうだ。
一つはミラの分、もう一つはメルフィの分。だがお盆には、更に一つ小さな波紋が残っている。つまり、この周辺の近くには魂を持つ生物か、はたまた幽霊が存在しているというわけだ。
「こちらですね」
その道具は方向も判断出来るらしい。メルフィは、お盆を見ながら迷う事無く歩き出した。
「ふむ、ついていこう」
幽霊まで探知出来るなんて、流石は死神の道具だ。そう納得したミラは、全てメルフィに任せて後に続いた。
「ここですね」
お盆を頼りに進んだ先は、神殿跡の奥深く。ただの瓦礫になる前は、きっと立派な礼拝堂でもあったのだろうという地点でメルフィは立ち止まった。
お盆の反応によると、丁度数メートル先に魂が存在しているという。見た限り動物だなんだといった類は見受けられない。よって目の前のそれは、器を持たぬ魂。つまりは、幽霊の類で間違いないだろうとメルフィは断言した。
場所が特定出来たという事でお盆をしまうと、次にメルフィはハンドベルのようなものを取り出す。
「……あれ?」
だが、手にしたベルをリンリンと鳴らしてから数秒後にメルフィが困惑の色を浮かべた。
彼女が言うに、そのベルは隠れていようと何だろうと幽霊の姿を暴き出すという霊視のベルだそうだ。
どれほど大物の幽霊であっても、その力を前に隠れ続けるなど出来ない。それほど強力な道具との事だが、リンリンリンリンと幾ら鳴らしてもミラ達の前に変化はなかった。
「おかしいですね……」
再びお盆を取り出して確認し直し、方向や力加減なども変えつつ何度もベルを鳴らすメルフィ。
お盆の反応から間違いなくそこにいるはずとの事だが、ミラの目にはその地点を中心にして何かの儀式でもしているようにしか見えなかった。
『ん? ……これは!』
こんな事は今までに一度もなかったとメルフィが困惑していたところ、ミラの脳裏に精霊王の声が響いた。
『ミラ殿、メルフィの言う場所に近づき、両手を向けてくれ』
何でもその辺りをじっくり探ってみたところ、空間の歪みのようなものが感じ取れたそうだ。しかも、その歪みの根幹には微かにリーズレインの気配があったという。
精霊王は言う。リーズレインの影響によるものならば、鈴の音が届かない事も十分にあり得ると。そして自分がどうにか出来るかもしれないとも続ける。
『うむ、わかった』
アナスタシアの幽霊らしき反応の近くに来てみたら、リーズレインに関係する歪みが見つかった。これはもう偶然などではないだろう。
ミラは「精霊王殿が何かに気づいたようじゃ」と告げてメルフィを下がらせると、その怪しい中心地に両手を向けた。
徐々に徐々に精霊王の力が流れ込み、やがて奔流となってミラの身体を巡り始める。
(これまでで、一番のエネルギーじゃな……!)
その全身に精霊王の加護紋が浮かび上がると、精霊王の力が溢れ出していく。
これまでにも幾度か精霊王の力を借りていたが、今回はそれらの比ではない。目の前の歪みに干渉するには、それほどまでの力が必要なようだ。
ミラは弾き飛ばされそうになる身体を必死に抑えつつ、両手を維持し続ける。
「精霊王様のお力がこんなにも! これほどの規模で発現させられるとは素晴らしい親和性ですね!」
その様子を前にして何やらメルフィが称賛しているが、今のミラは制御に精一杯でそれどころではなかった。
ただ続けるほどに少しずつコツを掴み始めたミラは、精霊王の意図するように手を動かして、遂に歪みの根幹にまで到達した。
直後、目の前の空間に穴が開く。先ほどメルフィが切り開いた状態とは違い、それこそ無理矢理にガラスを割ってこじ開けたような穴であるが、その場所に反応があったというのは正しかった。
見ると穴の中には、心霊写真に写っていた女性の姿が──アナスタシアの幽霊の姿があったのだ。
「おお、まったく同じじゃ。間違いない!」
どことなく戸惑ったようにこちらを見上げる女性の姿。見比べれば写真と同一人物だと、よりはっきり確信出来る。更には精霊王とマーテルも、正しく本人であると断言した。
やはりアナスタシアは、ここにいたのだ。
「いらっしゃいましたか!? この方がアナスタシアさんですか!?」
これで何かしら進展があれば。そう期待していたところで顔を覗かせたメルフィが、アナスタシアを見やりながら嬉しそうに声を上げる。
その直後であった──。
いったい何がどうしたというのか、突如として空間の穴が黒く染まったかと思えば、鳥とも犬ともいえない正体不明な謎の獣がそこから飛び出してきたのだ。
しかもそれだけでは終わらない。明らかな敵意をむき出しにした獣は、そのままメルフィに襲い掛かっていった。
「ええ!? これは何ものですかー!?」
喜んだのも束の間。わけもわからないまま燃え滾るような敵意を向けられたメルフィは、大鎌を手に応戦しつつも戸惑っていた。
それでいて獣の牙を的確に受け流しては、容赦なく蹴り飛ばす。死神を兼業するだけあって、その実力も相当なようだ。メイリンの技の冴えとも思しきほどの見事な返しである。
とはいえ相手も、そこらの獣とは格が違った。直撃を受けてなお、傷を負った様子は微塵もない。だが警戒を高めたのか、また直ぐに飛び掛かってくる事はなかった。
両者、じりじりと距離を保ちつつの睨み合いが始まる。
「何やら急に蚊帳の外になってしもうたが……」
不思議と獣はメルフィのみに敵意を向けており、ミラに対しては警戒すらしている様子もなかった。
なぜだかはわからないが、ともあれメルフィのためにも獣を制圧してしまうのが優先だろう。
と、そう思い召喚術を行使しようとしたところ。
「あれ、この感じって?」
緊迫する中で不意にメルフィが、困惑気味に呟いた。そして同時にミラもまた「む……確かにこれは」と、その獣から漂ってくる気配のようなものに気づき注目する。
『それは、リーズレインの力の欠片であろう。いや……随分と変質してしまっているようであるからな。更にそこから剥がれ落ちた願望や未練の類が形を成したものというべきか』
『その状態から考えると、無意識に残していってしまったのかもしれないわね』
精霊王とマーテルは、より明確にそれを感じ取っていた。それどころか、その獣の正体についても察しているようだ。
と、そんな精霊王達の声を聞いている間に獣がメルフィに再び攻撃を仕掛けていった。
感じられた気配、そして精霊王とマーテルの言う通り、その獣はリーズレインの力を秘めた存在であった。
「メルフィ殿、武器を捨てよと精霊王殿が言うておるぞー!」
その本質を見抜いた精霊王による助言を、大声でメルフィに伝えるミラ。そのような声を出しても、獣はミラに見向きもしない。ただひたすらにメルフィを──というよりは、メルフィが持つ大鎌を見据えている。
獣は、それがどういうものなのか察しているようだ。
獣は、リーズレインの願望や未練といった心から生まれ落ちた存在であるという。
その本質、というより存在の全てが、アナスタシアを護る事のみを目的としている。そして現状をみるに、それは彼女が幽霊であろうとも変わらない。
対してメルフィが持つ大鎌は、幽霊の感情を刈り取って無理矢理に成仏させるという代物だ。効率的とはいえど、幽霊側からしたら堪ったものではないだろう。
だからこそ獣はメルフィに──彼女が持つ大鎌を警戒して襲い掛かった。
「──と、言われましてもー!」
ゆえに大鎌を手放して、それを使う意図はないと示せば獣は止まる。それが精霊王の出した答えなのだが、如何せん敵意むき出しで襲ってくる獣と熾烈な攻防を繰り広げている最中に唯一の得物を手放すなど、直ぐに決断出来るはずもない。
そこでミラは、少し手を貸した。メルフィと獣の間にホーリーナイトを召喚して、一時的な間を作ったのだ。
「ほれ、あとはそれを使えばよいじゃろう」
タイミングはばっちりだ。塔盾に衝突した獣が大きく怯む。この瞬間に武器を捨てて害意はない事を示せばいいと促すミラ。加えて武器を手放すのが不安ならば代わりの武器を持てばいいと、ホーリーナイトが手にしていた剣を──聖剣サンクティアを地面に突き立てた。
「なんか凄い剣……! わかりました!」
メルフィは一目見て特別だとわかるサンクティアを手にして、これなら大丈夫だと大鎌を手放した。そして機敏な仕草で立ち上がる獣を見据え、さあどうくるかと構える。
唸り声を上げる獣は、妨害に入ったホーリーナイトから距離を置くも襲い掛かる様子はなかった。それどころかサンクティアを握りしめるメルフィに対しても、態度が一変。むき出しだった敵意は形を潜めていく。
「あ……」
やはり獣が警戒していたのは、大鎌のようだ。地面に転がる大鎌を咥えた獣は、何やら器用に両足で地面を掘り、そこに大鎌をぽいっと捨てて埋めてしまった。
「私の大事な相棒なのですが……」
「まあ、事が済んだら掘り返すとしようか」
今は仕方がない。それさえなければ獣と争わずに済むのだから、アナスタシアの件が完了してから回収すればいいだけの話だ。何よりも埋められていれば、万が一にもアナスタシアにそれが使われる事もない。
これで安心して存分にアナスタシアを成仏させる方法を探る事が出来そうだ。ミラは、さあここからが本番だと気合を入れて獣に歩み寄っていった。
アナスタシアを害する意思や要素がなければ、獣は実に大人しいものだ。直ぐ傍にまで近づいても噛みつかれはせず、そればかりか撫でるのも許された。
『よし、ミラ殿。そのまま暫く触れていてくれ』
『うむ、承知した』
その獣は、リーズレインの力──つまり精霊力から生じた存在である。そのため精霊王の力を以てすれば、そこから情報を読み取る事だって造作のないとの事。
何といっても獣がアナスタシアの未練について記憶している可能性がある。それがわかれば、リーズレインの覚醒に繋がるかもしれないわけだ。
ミラは獣に撫でるように触れながら、精霊王が全ての情報を読み解いていくのを待った。
ご飯のおかずとして色々と試している今日この頃。
野菜たっぷりを合言葉に、色々と作ってきたものです。味付けを変えるだけですが。
と、そうして過ごし続ける事、数ヶ月。最近ふと思いました。
そういえば、最近は鍋をしていないなと。
ダイエット生活の始まりは、野菜たっぷり鍋でした。
そこからご飯を中心とした食生活に変えたところで、めっきり鍋の出番がなくなったものです。
ご飯に合うおかずを追求するために。
ですが思いました。
っていうか、鍋とご飯って相性いいじゃん!!!!
と。
鍋の〆にご飯をぶちこんだりとか、ありますよね。
そうなんです。合わないはずがないんです!!!!
という事で、久しぶりに以前の鍋を作りました。
当然、ごま豆乳鍋です。
そして速攻でご飯を投入。
〆ではありません。もう最初からです。そのための鍋ですからね!
美味しい!!!
やはり鍋とご飯の相性は抜群でした。
色々と彷徨い続けた結果、こうして原点に帰ってきたわけですね。
そして今度は、ご飯に合う鍋の素探しが始まる……!!!!!




