540 マティの成果
五百四十
「えっと、ところでどのようなご用件でしょうか!?」
応接室にまで通されたところ、マティが緊張の面持ちで、そう言った。
カグラの方からは、長老の種についてだというような話までは聞いているのだろう。表情は少し固く、どこか覚悟するかのような面持ちであった。
「ふむ、では用件を簡潔に伝えるとしよう──」
ミラは話を先延ばしにするのもなんだからと、今回ここに来た理由を簡単に説明した。世界の存亡にかかわる問題に対処するため、長老の種が必要になったのだと。
「そう、ですか……」
それが意味するところを察して俯くマティ。しかも、世界の存亡などという言葉まで飛び出してきたとあって、選択肢などないようなものだ。
長老の種はレジェンド級のお宝である。それを何の対価もなく貰っただけのマティは、だからこそその所有権を主張するような太々しさを持ち合わせていなかった。
「わかりました。……お返しします!」
その決断は彼女にとって断腸の思いであっただろう。表の森が出来たのも全ては長老の種があったからこそだと、先ほど彼女も言っていた。
きっと今後も、大いに助けとなるはずだ。それを返すというのだから、相当な覚悟である。
「うむ、そうか。決断してくれて嬉しいぞ。っと、それと決断ついでに少しばかり頼みもあるのじゃが、よいかのぅ──」
長老の種の返却に応じてくれたマティ。だがそれのみならず、ミラは続けて提案を口にした。それについて、手伝ってもらいたい事があるのだと。
そこからミラは、今回の一件についての詳細を語った。特には、そもそも何のために種が必要になったのかという点について深く触れていった。
「──というわけでのぅ。現在、三つの聖域は確保出来ておるのじゃが、最も重要な一ヶ所は、これから復興させなくてはいかんという状態にある」
将来的に訪れる危機。それを払うために必要な神器。そして神器を使うために必要な安全装置と、それを設置するための聖域。これらを一つずつ丁寧に伝えていく。
「──お主は知っておるじゃろうか。遥か昔、この一帯には『彩霊の黄金樹海』という大陸最大の聖域があったという事を。聞いたところによると、その頃はこの辺りも含め、とんでもない範囲が緑豊かな楽園であったそうじゃ」
ミラは、応接室の壁に貼られた大陸西部の地図に歩み寄るなり、その二割にも及ぶ範囲を指で示してみせた。以前に精霊王から聞かされて、ミラ自身も驚いた事がある聖域の規模だ。精霊王が統べていたというだけあって、とんでもない広大さである。
「こんなに広い聖域が……ここに?」
ただ緑が広がっているだけではない。それどころか楽園と呼ぶに相応しい聖域が、かつてはこの荒野に存在していた。今の大地の実情を知る者ほど、それは夢現な絵空事にしか思えなかっただろう。
だが精霊王と繋がりのあるミラが、かつて精霊王が統べていた聖域について語ったとなれば、その真実味は確かな現実感を持って響くというもの。
マティは驚くと共に、そんな楽園があった当時に思いを馳せ、それはどんなに素敵だったのだろうかと夢想する。
「さて、それでじゃな。わしの目的というのは、他でもない。長老の種を中心に据えて、この広大な聖域を現代に復活させようというものなのじゃよ」
長老の種が必要となった理由。それについて触れたミラは、マティの反応を確かめながら次の言葉を続けた。
「そんなわけでのぅ。頼みたいのは、その事についてじゃ。規模などは少々異なるが、最終的な部分についてはお主の目的とそこまで違わぬと思うてな。どうじゃろう。この大聖域の復興に、手を貸してはくれぬじゃろうか」
大陸の西部に広がる荒野に緑を取り戻したいという夢を持つマティ。対して今回の話は、そんな荒野に楽園のような聖域を復活させるというもの。そしてゆくゆくは、その聖域を中心として荒野に緑が広がっていってくれるであろう。
手段であったり規模であったりという部分は違うものの、ミラの目的とマティの夢の行き着く先は同じといってもいい。
「大陸最大……精霊王様の聖域……。そこに、私が……?」
ただ、流石に話が飛躍し過ぎたのか。いきなり大陸一の聖域を一緒に造ろうなどというお誘いは、あまりにも常識外れ過ぎたらしい。マティの理解が追い付いていないようだ。
実際のところマティは、生涯をかけても、その目標を達成出来るとは考えていなかった。ただ初めの一歩くらいになれたらというのが本来の心持だ。
後は誰かに夢を託し、いつか遠い未来にでも。それこそ、百年後か二百年後か。知る事のない未来に叶えば、くらいの思いであったのだ。
だがミラの誘いは、その先を行くもの。行き着く先は似ているが、そこまでの過程が基盤から何からまでが全部違っている。
ここに大陸一の聖域が出来れば、遠い未来と言わずとも、生きているうちにその一端くらいは見られるかもしれない。そして何よりも、夢を未来に託すのではなく、この場で荒野を緑溢れる大地にする夢を確定させてしまう事だって出来る。
聖域というのは、それだけの可能性を秘めているのだ。それが大陸一ともなったら、なおさらである。
「わしだけでは色々と足りぬところもあるじゃろう。けれど二人ならば出来る事も増えるというものよ。ちなみにウズメの許可は既に得ておるぞ。じゃからよいな、マティよ。一緒に聖域復興じゃ!」
衝撃を受けるマティを前に、ミラは更に勧誘の声をかける。
これまでに何度も挑戦してきた聖域復興計画だが、今回の件は、かなりの大仕事だ。ゆえに協力者を求めるミラは、マティに目をつけていた。彼女ならば人格知識共に問題はない。よってミラは今回の作戦に、初めから半ば強引ながらも彼女を巻き込んでしまうつもりだった。
「えっと、えっと……」
ミラが頼りにしているぞと肩を叩けば、マティはようやく我に返った。しかし事の大きさと重大さに、決断を躊躇っている様子だ。
「やろうよ、マティちゃん!」
「うん、いけるって!」
「私達もいるんだから大丈夫だよ!」
興味があったのか、心配だったからか。どうやら扉の前で話を聞いていたようだ。精霊トリオが、そんな言葉と共に飛び込んできた。
「皆……!」
驚いたように振り返るマティ。するとどうだ。その三人の顔を目にするなり、彼女の顔にやる気が溢れてきた。マティにとって、この三人の言葉は特に響いたようだ。
「うん、やる! 頑張るよ!」
頼もしい仲間の後押しもあってか、その目に決意を宿したマティは、そう力強く答える。
「あ、でもちょっと今は種じゃなくなっているんですが、それでも大丈夫ですかね?」
はっきりとした強い意志の籠った顔をしたのも束の間。マティは、少しだけ戸惑い気味にそう続けた。
長老の種は、もう種ではない。その言葉の意味は間もなく判明した。
再び地上に戻り、その足で共に森の中心部へと向かう。ちなみに精霊トリオも一緒だ。
荒れ果てた大地の只中。緑の溢れる森の中央。そこにはミラの背丈の倍は超えるくらいの木が──長老の若木が佇んでいた。
そう、種はもう若木にまで成長していたのだ。
マティに渡した時はまだ種だったが、あれから色々と工夫して発芽に成功。そこからこうして、若いながらも立派な木にまで育て上げる事が出来たのだと、精霊トリオがマティの功績を讃える。
「いやはや、立派なものじゃのぅ」
御神木に生った種という事もあってか、若木ながらも既に威厳に溢れている。かの御神木を盆栽にしたらこういう感じだろうか、などと思い浮かぶような迫力だ。
『ええ、これは見事なものね! 特に神格化までに至った子の種なんて、そう簡単に芽は出ないのに、ここまで育てるなんて素晴らしいわ!』
御神木の若木。小さくとも雄々しい姿に感心していると、頭の中に嬉しそうなマーテルの声が響いた。
何となく難しそうに思っていたが、やはりその印象通りに、かの種は育成難度が超絶級だったらしい。だからこそマーテルは、ここまで育てたマティと精霊トリオに対して更に好印象を抱いたようだ。
「しかしまた、既に神々しい感じじゃな。この辺り一帯に不思議な気配が満ちておる」
御神木の若木とあってか、やはり普通ではない。祈り子の森でも感じた事のある不思議な感覚がここには漂っていた。どこか厳かで、思わず手を合わせてしまいたくなるような神々しさだ。
「あ、そうだよね。なんかそんな雰囲気あるよね」
マティもその気配には気づいていたようだ。同意するように頷く。また、そこから更に「で、実はね──」と神妙な面持ちで言葉を続けた。
マティが言うに、その不思議な気配は発芽した瞬間から漂い始めたそうだ。
そして、その影響はとんでもないものだったという。
精霊トリオと協力して耕し整えた、荒野の大地の一部。最初は三メートル四方程度しかなかったそこに長老の種を植え、遂に発芽して喜んだ次の日だ。
まるでその目覚めに呼応するかのように、保管してあった色々な種が次々と勝手に芽を出していったそうだ。
「あの時はびっくりしたよー」
「マティちゃんの驚きようといったらもうね」
「すっごく頑張った事だけは覚えているなぁ」
マティのみならず、その時は精霊トリオも相当に慌てたようだ。持参してきた土や肥料でその日のうちに栽培地を整え、大急ぎで発芽した種を蒔いたという。
するとどうだ。あれよあれよと成長していき、数日で栽培地をも越えて周囲の荒れ果てた大地にまで根を伸ばしていったそうだ。
そこから更に数ヶ月。あっという間にこれほどまでの森が、この大地に広がったとの事だった。
「でも、ここから先が問題だったの──」
その時は、荒れ果てた大地であっても根差すという、その可能性に感動したという。
初動という点においては、この長老の種に秘められていた力によって一気に整った形だ。けれど、今は整っているだけであり、現状維持から先の段階に進めていないらしい。
色々と調査した結果、この森が広がっている範囲というのが、そのまま若木が持つ不思議な力の及ぶ範囲であった。
そして現時点では、この範囲を更に拡大する方法が見つかっていないそうだ。
しかも、元々が荒れ果てた荒野であるため、もしもこのまま不思議な力がなくなってしまったら、この森も枯れ果ててしまうという懸念もある。
よって今は、精霊達と力を合わせて今の範囲の土壌だけでもと、改善を試みている最中との事だ。
「ふむ……」
実際のところ、この森はどういった状態なのだろうか。そういう事は専門家に聞くのが一番早いだろうと、ミラはマティになんと言ってやるべきかをマーテルに問うた。
『そうくるかなって思って、もう解析は済んでいるわよ!』
結果は、直ぐに返ってきた。マーテルとしても、この森には興味津々であり、同時に心配でもあったようだ。ミラを通じて色々と情報を集め、現状については概ね把握出来たという。
まず一つは、マティの調査通り、ここまで森が広がったのは若木が持っていた力によるもの。
だが続けてマーテルが言うに、その力はもう、ほとんど使い果たした状態であった。
『きっと、彼女の想いに応えようとしたのかもしれないわね』
いわく、神格化した樹木の種を始め特殊な力を持つ植物は、時に人の心などに感応する事があるそうだ。
そして発芽した御神木の種は本来、その力を自身の成長に使い、深い深い大地の底にまで根を伸ばすものだという。そして水脈などを探り当て、そこから十分な水分と栄養を得られるようになってから、ようやく影響範囲を周囲に広げていく。
だが、そこまでになるには数十年単位の時間が必要だった。
だからこそマティの夢に感応した長老の種は、根を深くには伸ばさなかった。彼女が夢見るそれを見せるため、発芽して直ぐに成長範囲を周囲へと広げた。それがマーテルの読み解いた現状だ。
『それはつまり、このままでは今以上の成長は難しいというわけじゃろうか』
『ええ、そういう事になるかしらね』
地面の深くにまで根が届いていれば、この荒れ果てた大地よりも更にずっと底の方、水脈のある地層にまで根が届いていれば、きっとどこまでも成長し続けていただろう。
しかし現時点では、ほぼ全ての力がこの大地に広がっている。現状維持という点においていえば、このまま続けられるだろう。だが成長を考慮するなら、更に周囲の環境を整えるなどして、持続的な栄養の供給を確立しなければ難しいとの事だ。しかも、それを行うとしたら数百年にも及ぶ作業になるというのが、マーテルの言葉だ。
「専門家の話によるとじゃな──」
現状、停滞気味だったというマティ達に対し、ミラはマーテルの言葉を、ほぼそのままに伝えた。
「数百年かぁ。このままいっても私がそれを見る事は出来なかったんだね。でも、よかった。このままだと枯れる未来しかないって言われなくて。一応、私達の努力に意味はあったんだ」
荒野の全てを緑溢れる大地に。今のままでは、それが叶う時にマティはいない。それでもマティは、可能性が未来に繋がっていると知り嬉しそうだった。
「一応などと何を言うておる。意味どころか、お主のお陰で、この大陸の未来が明るくなったというても過言ではないのじゃぞ──」
研究が思うように進んでいなかったためか弱気気味なマティ。そんな彼女に、でかしたといった顔で告げるミラ。
今の彼女には、この森だけが研究の全てであり、その成果だ。だが、ここには大陸の未来にかかわるものがある。
そう、長老の若木だ。神格化した御神木の種にもなると、マーテルの力を以てしても発芽させるのは困難極まっていたところ。しかしマティ達のお陰で、それは既に若木にまで成長している。
つまりこれから始まる聖域復興計画で一番の難関が、既に突破されている状態というわけだ。これをマティ達のお手柄と言わずになんと言おう。
「そ……そうかな? えへへ」
その点についてミラが称賛すると、マティの表情は一変。照れたように、だが調子に乗ったように笑った。
先週、久しぶりに体調を崩してしまいました(ここから先、ちょっと汚い話になります
日曜日に出かける用事があったのですが、その二日後から急に下痢の日が続いたのです!
明らかに調子がおかしい。たまーにある、ちょっとお腹を冷やし過ぎた状態とはまた違うと、そう直感しました。
そして思ったのです。もしや二日前に出かけたのが原因だろうかと。
いよいよ、流行りのアレに罹ってしまったのではないかと……!
ネットで調べてみると、新型は二日目から発症する場合もあるとの事。
そして症状に、下痢もありました。
なんてこった、十分にありえるじゃないか!
という事で、意を決して病院に行ってきました。
何やら今は、インフルエンザも流行っているそうですね。
なのでそちらも合わせて一緒に抗原検査? なるものをしてもらいました。
そして検査結果を見せてもらいました。「こことここにラインが出たら陽性です」とのお言葉。
完膚なきまでに陰性でした。
じゃあ、この下痢はいったい!!???
「胃腸炎ですね。お腹の風邪です」
お腹の風邪でした。
処方してもらったお薬で、もうお腹も元気いっぱいです。
追伸
下痢の時は、水分補給が重要だそうです。
そしてポカリやOS-1がいいと薬剤師さんが言っていました。
ポカリ凄い。




