53 五十鈴連盟
五十三
森は夜の闇に包まれ、夜行性の生物が動き出す時間。暗闇がより深い森の中であるが、ミラ達の周辺は気にならない程度に明るかった。ブルーとホワイトがランタンを灯し、加えてミラも無形術の明かりを生み出していたからだ。
「にしても、あれだ。召喚術と仙術の組み合わせなんて、あれだよな……えっと……」
「軍勢のダンブルフ、でしょ」
「そう、それだ。もしかしてミラさんは、あの英雄のファンなんじゃないか」
「それはわしの師匠じゃよ。同じ戦闘法なのも当然じゃろう」
五十鈴連盟の二人が、軽い気持ちで交わしていた談笑に、ミラも軽い気持ちで割って入る。
「それは面白いな。じゃあ僕は、七星のカグラが師匠って事で」
「なら私は、掌握のメイリンって事ね」
ブルーとホワイトは、そう言って笑い合うと、ミラは軽く嘲笑する様に肩を竦める。
「それは、言い過ぎじゃろう」
「手厳しいな」
「貴方は負けちゃってたからね」
二人には、ミラがダンブルフの弟子であると信じた様子は無い。ミラ自身も、それを特に気にするでもなく軽く笑い飛ばすと、中継キャンプに到着するまでの間に情報を収集する。ブルーとホワイトが答えてくれそうな、当たり障りの無い事だ。
幾つかの会話で得られた事、キメラクローゼンは最近、アルカイト王国周辺に出没している。その実体は掴めていないが、かなりの人数が存在している。対精霊用の特殊な武器を持っている。攫った精霊をどうするのかは不明。今回、メンバーを捕獲できた事はかなりの僥倖。ご褒美が貰えるかも、といったところだ。
中継キャンプは底が透き通って見えるほど澄んだ川の傍にあった。幾つかのランプが灯されており、大きな天幕が二つ並んでいるのが見える。その天幕は四本の木を支柱に利用している為、随分と立派で頑丈そうな印象があった。
「お、帰ってきた帰ってきた。っと、その二人はなんだ?」
二つの天幕に挟まれた空間には簡易的な竈が置かれ、それを囲むように六脚の椅子と三卓のテーブルが並ぶ。その一つに腰掛けて、肉を炙っていた男が気付き声を掛ける。
「まずこちら、恩人のミラさん。で、こいつはキメラの一人だ。ミラさんのお陰で捕らえる事に成功した」
「キメラだと!? すげぇじゃねぇか!」
勢い良く立ち上がった男は、とても元気そうな中年で、薄緑の頑丈そうな金属鎧を身に付け、腰には二本の直剣を佩びている。坊主頭で、口周りには無精髭、そして淡褐色の瞳だ。肌は浅黒く、見た目を更に上回る膂力を持つガリディアという人種族である。一見、強面だが、実直で面倒見が良さそうな人相をしていた。
男は、ブルーとホワイトの担いでいたキメラクローゼンの男の顔を窺うと、不可解そうな表情で二人を見上げる。
「随分と大人しいな。生きてんのか?」
「麻痺しているらしいわよ。彼女が言うには、深く蓄積させたみたいだから、早々解けないって」
「ほほー。そいつはすげぇ」
ホワイトの言葉を受けて、再びキメラクローゼンの男をじっと観察し、その麻痺具合に舌を巻くと、すっと立ち上がりミラと向かい合う。
「俺はレッドだ。偽名だがな。恩人って事らしいから、俺からも礼を言わせてもらう」
「ミラじゃ。縁あってそうなっただけじゃよ。それと主らに用事もあったので同行させてもらった」
レッドと名乗った男が手を差し出すと、ミラはそれに答える。力強く握られた手には、心の底から感謝するレッドの思いが篭っていた。
「俺達にって事は、五十鈴連盟にって事か。まあとにかく、早くこいつを隊長のところに運んじまおう。話はそれからでも、構わねぇか?」
「構わぬ」
ミラがそう答えると、レッドは「助かるぜ」と言いキメラの男を一瞥する。
「こいつは、報告がてらブルーと運ぶ。丁度、上等な肉が手に入って焼いてたところだからよ。ホワイト、ミラちゃんにご馳走でもしてやっといてくれ」
レッドは、そう言ってから竈の方を指差す。
「分かったわ!」
揚々と答えたホワイトに代わり、レッドは男を担ぐと、そのまま左側の天幕へと入っていった。
「それじゃあ折角だし、頂きましょうか。私も、さっきから気になっていたのよ」
そう言うとホワイトは、素早い身のこなしで竈に駆け寄ると、香ばしい匂いを漂わせる肉塊をごろりと裏返す。溢れ出た油が滴り、小気味良い音を上げると、ホワイトは待ち切れないとばかりにミラに手招きする。
「ほら早く。戻ってくるまでに食べ尽くすわよ」
「流石に、無理な気がするがのぅ」
やけに張り切っているホワイトに従い、ミラは竈の近くの椅子に腰掛ける。そして焼かれている肉を目にすると、食べ尽くすには大きすぎるだろうと苦笑した。
「貴女は、お肉嫌い?」
「いや、好きじゃが」
そういう問題ではないと思うミラだったが、ホワイトはまったく気にした様子も無く、ナイフを手にして肉を切り分けていく。
「はい、お代わりはまだまだあるわよ」
ミラの前のテーブルに肉の乗った皿を置くと、ホワイトは自らの分を取り幸せそうに頬張る。
「んまー!」
大きな肉を噛み締める毎に、両足をじたばたさせながら、声を上げるホワイト。その様子に、きゅるりとお腹が鳴ると、ミラも皿の肉にフォークを突き立てる。
その肉は噛み締めるほど味わいが口いっぱいに広がっていき、数回咀嚼するだけで、これぞ肉という充実感を十分に味わえる一品だった。その余りの上質な美味しさに、ミラも思わず「んまっ」と零すと、次から次へフォークを運ぶのだった。
「ところで貴女は、なんであんな場所にいたの?」
そう言いながら、ホワイトは最後の肉片を口に放り込む。ミラもそこそこ食べた方だが、八割方はホワイトの胃袋に収まっている。
「只の採取じゃよ。友人に頼まれて、採りに来たんじゃ」
「そうだったんだ。それはもう採り終わったの?」
「うむ、採取済みじゃよ」
ミラは、椅子の背もたれに身を預けながら、ホワイトと何て事のない会話を交わしていた。
「それにしても貴女って、見た目で判断できないって云われる術士の筆頭よね。召喚術士で、仙術が補助なのよね?」
ホワイトも仙術士であり、垣間見えたミラの実力に興味を持った。召喚術士と主張したミラだが、仙術の腕前も只者ではなかったからだ。
「まあ、そうじゃな。召喚術がメインじゃよ」
「その歳で内在センスを習得しているなんて、貴女って本当にすごいわね。召喚術も最近は余り聞かないけど、君ほどの使い手もいるんだ」
「まあ、色々あってのぅ。しかし、内在センスとはなんじゃ? その様なもの習得した覚えは無いんじゃが……」
話の流れから、当然の様に現れた"内在センス"という単語。だが、これにミラはまったく聞き覚えが無かった。そうなると、この三十年の内に発見された技能だとも思えるが、そもそも聞き覚えの無いものをいつ習得したというのだろうか。
ミラはまったく心当たりが無いものの一応記憶を辿ってみるが、やはり欠片すら見えてこない。
「あれれ、補助が仙術なのよね?」
「そうじゃが?」
「仙術の内在センスが覚醒したから補助にしたのよね?」
「……ぬ?」
「え……?」
二人の話は、まるでかみ合っていなかった。それは、そもそもの認識に大きな違いが存在していたからだ。
互いに見詰め合うと、首を傾げて沈黙。どこで間違っているのかを互いに思案する。
「まず、内在センスというものが何かを教えてくれぬか。それを聞けば、何がおかしいか分かりそうじゃ」
「そうね、そうしましょう」
頷いたホワイトは、内在センスとはどういったものなのかを一から説明した。
それは、ミラの習得しているセカンドクラスとは似て非なるものであり、ミラの予想通り三十年の内に開発された新技能であった。
内在センスとは、複数の術の才能を持つ者が、メインとして選んだ術以外の術を補助として覚醒させて扱うという技能だ。
術の才能というのは、魔力の柔軟性を表しており、メインの術を選ぶという事は、魔力の形を決定するという事である。
そして魔力の形を決める方法は、初期の術や技能を習得する事でもあり、術の種類により方法も様々となっている。これは、才能が一つだけの者でも同じ事で、生まれたままの魔力の形では無形術しか使う事は出来ないのだ。
そうして魔力は固定されるが、これを一部変質させて元あった才能の術用に再構成する技能が、内在センスと呼ばれるものなのだ。魔力の一部を変換する為、メインの術の効果は僅かに下がるが、打てる手段が増える事で戦術の幅を広げる事が出来る。もちろん、魔力の一部である為、補助もまたメインよりは効果が劣る。
人気の組み合わせは、魔術をメインとし補助に聖術、またはその逆だという話だ。
ミラは、ホワイトの話を聞き終わると暫し考え込んだ。それは、ミラの習得しているセカンドクラスには、そういったデメリットが無いからだ。単純に、もう一つのクラス特性を得ている状態である。あえてデメリットを上げるならば、マナの管理が困難になる事だろう。
「ふむ、理解した。まあ、わしは仙術もそれなりに使えるという事じゃ」
「名称を知らずに習得したなんて、面白い事もあるものね」
「そういう事もあるじゃろう」
「かもしれないわね」
ホワイトはミラの答えに軽く頷くと、その魔法少女風の衣装をじろりと見つめる。その目には若干の羨望が浮かんでいたが、のんびりと森を眺めていたミラが気付く事は無かった。
天幕から、ブルーとレッドが戻ってくる。同時にレッドは竈に走り寄ると、何かを探す様にその周りを一巡りしてからホワイトを睨む。
「全部食いやがったな……」
「とても美味しかったわよ」
「うむ、驚きじゃった」
「そうか……そりゃ良かった……」
丹精込めて焼き上げた肉を一欠けらも口にする事無く、レッドは椅子に腰掛けてがっくりと項垂れる。
「ミラさん。ちょっといいか」
ブルーは天幕の傍から動かず、そのままミラへと声を掛ける。その声にミラが振り返ると、ブルーは手招きをする仕草で、天幕の入り口を開いた。
「拠点について、隊長が直接話したいそうだ」
「そうか。分かった」
ミラは頷き立ち上がると、ブルーに促されるまま天幕へ入っていく。その後ろではホワイトは隠しておいた肉をレッドの前に置いていた。レッドは、そんなホワイトに盛大に感謝すると、その肉を思い切り頬張る。ホワイトは、黒く微笑んだ。
ミラが中に入ると、すぐ正面に座していた大男が立ち上がり迎える。
天幕の中には簡素な寝具が三つに、椅子とテーブルが置かれ、武具を手入れする為の工具が角に寄せられていた。その近くの檻に似た箱の中には、キメラクローゼンの男が簀巻きのまま転がされており、薬を嗅がされたのか寝息を立てている。
ど真ん中に陣取りミラを一瞥した大男の背丈は、レッドよりも高い。だがその屈強そうな図体とは裏腹に、白い法衣を纏っていた。神の意匠が刻印されている、聖術士が好む服だ。
「私は五十鈴連盟のマルチカラーズ第五小隊を纏めているシルバーという。まずは、ブルーを助けてくれた事、感謝させて頂く。ありがとう」
低く、だが芯の通った声でそう言うと、大男は腰を曲げて深く感謝の意を示す。短く揃えられた金髪に、宝石が飾られたサークレット。彫りが深く渋い顔は、悟りを開いた僧の様でもあった。
「大した事はしておらん。そもそもあの男がわしと会っていなければ、ブルーとホワイトの二人が別行動をする事もなかったじゃろう。二対一ならば、二人の勝利は揺るがんかったはずじゃ」
助けたとはいえ、そもそもブルーが一人で戦う事になったのは自分のせいだと言うミラ。だが、それにブルーは首を横に振る。
「今回は勝利以上のものを得られた。キメラは不利だと分かると、すぐに逃走するからな。最初から二対一になってたら、きっと直ぐに逃げられていたはずだ。
最初は一対一。その後も僕は麻痺していて、ミラさんは見た目から対処できると判断されたんだろう。あれ程の実力だとは、僕も驚いたくらいだからな。だから今回、その誤算から捕獲できたのは大きい」
「ほう、そうじゃったのか」
ブルーの言うようにキメラクローゼンのメンバーは、その引き際が徹底されていた。故に今まで、捕らえられた事は一度も無かったのだ。
「お嬢さんのお陰で、貴重な情報源を得る事が出来た。それで、ブルーから聞いたのだが、我々の拠点に行きたいという事。理由を聞かせて頂いてもよろしいか?」
そう聞かれるのも当然の事だ。ミラも、正直にその理由を口にする。
「人を探しておるんじゃ。先日、カラナックの近くの森で式神と戯れる精霊と出会った。話によると、お主らの敵であるキメラクローゼンに襲われたところを、式神に助けられたのだと言う。
わしは、その式神の主を探しておるんじゃよ。ブルーと会い、キメラクローゼンと相対している組織がある事を知ってのぅ。もしや、と思ったんじゃ。お主らの仲間かもしれんとな。
式神の名はニャン丸という。心当たりはないか?」
ミラの話を聞くと、シルバーとブルーは記憶を辿るように思考を巡らせる。だが、二人は心当たりは無かったのか、唸る様に大きく息を吐くと、
「すまない。私は知らないな」
「僕もだ」
そう謝罪する。ミラとしても、とりあえず聞いてみただけで、それほど期待はしていなかった。「そうか」と短く頷くと、やはり拠点に行くのが早そうだと結論する。
「話を聞く限り、絶対とは言えないのだが、その式神の主は確かに私達の仲間である可能性は高いだろう。
さて……ブルーの進言通りとして、現場も見られているのだから、隠す事も出来ないだろう。お嬢さんを信頼して話そう。
まず、我々の所属するキメラ対策班は、一般的には極秘とされており、大きく分けて四つの組織から成り立つ。
我らの所属はマルチカラーズ隊。最も人数が多く、キメラクローゼンの動向の観察や精霊達の保全を主任務としている隊だ。
次に、ベレロフォン隊。これは、対キメラクローゼン特化の戦闘集団で、拠点からの要請により本拠地から各地へ派遣される。
そして各隊を繋ぐ情報統括員。各国に一人は居て、我々の得た情報を本拠地へと送っている。
最後に、ヒドゥンだ。隊を組まず個別に任に当たっている。単独行動が基本の為、個人の能力は突出しているという話だ。
お嬢さんの言うそいつが五十鈴連盟のメンバーだったとすれば、キメラ共を追い払うだけの式神を使える事からして、このヒドゥンの者である可能性が高いかもしれん」
シルバーはミラへの誠意の証としてもだが、キメラクローゼンとの戦いを目撃されているという事から、下手に隠して調べられるよりはいいだろうと五十鈴連盟に関する情報を開示し、そこで予想も口にした。シルバーの話から、ミラもその可能性は高いと考えると、いよいよもって良く知る者に訊く必要があると感じる。
「そうなると、拠点に行かなくてはどうにもならないな。ヒドゥンに関しては、上層部の極一部しか動向を把握していない。こちらから情報を求めても教えてはくれないだろう」
ブルーがそう言い、シルバーへと視線を向ける。強く、ミラを拠点に連れて行けるよう目で訴える。
「連れて行ってやりたいのは山々だが、今ここを離れるわけにもいかないだろう。消息を絶った仲間を探しに来る者がいるかもしれんからな」
「確かに……」
シルバーの言葉に、渋々引き下がるブルー。森にはまだ精霊がいる。例え仲間の捜索に来たのであろうと、もしも出会えば、キメラクローゼンの者ならば見逃す事はしないだろう。ミラも、それは理解できる。
「ふーむ、そうじゃな。そうなると、その男はどうするんじゃ。そ奴を拠点に連れて行くという事で、ついてきたんじゃが」
ミラが、檻の様な箱で眠りこけている男を視線で示す。ここに来た目的は、男を拠点に連れて行くに際し、同行可能かどうか隊長の指示を仰ぐ為のものだったはずだ。
「状況も状況だ。向こうに連絡して、護送の人員を送らせる。キメラの奴を捕まえたんだ、きっと飛んでくるだろう」
「なるほどのぅ。それはいつ頃の予定じゃ?」
「ここまでとなると、三、四日はかかるだろう」
「そうか」
明日ならば、その護送に同行するという手も考えられたが、流石にこの場でそれだけの時間を浪費するわけにもいかない。そこでミラは、もう一つの方法を提案する。
「ならば、場所を教えてくれぬか。直に一人で赴こう」
場所さえ分かれば、自分だけで行ける。だが、拠点となると最初にブルーが言ったように重要な場所だ。おいそれと教える事は出来ないだろう。どちらかといえば、同行するよりもペガサスに乗って行く方が早いのだが、ミラもそれを分かっていたからこそ、今まで言わなかったのだ。しかし、現状動けないのならば、もう一人で行くしかないだろう。
「うーむ……。話してみたところ、ブルーの言う様にお嬢さんは信頼しても良いと思える。だがこればかりは、それだけでは話せんのだ。私が信頼していても、感情だけでどうにかなるものでもなくてな」
隊長という責任のある立場だからこそ、感情だけでは済ます事の出来ないものもある。仲間を救い大きな借りもあるミラに対し、シルバーは葛藤しながらもそう答えた。
「まあ、そうじゃのぅ」
シルバーの言う事は理解できるものだ。むしろ、隊を率いる者ならばそう答えるだろう。だが折角出会えた手掛かりだ。ミラは、他に方法はないかと思案する。
「これだけの手柄をあげられたのも、ミラさんのお陰だ。何かないのか、隊長」
もどかしい様子に、ブルーはシルバーに食い下がる。彼は、是が非でも恩人に酬いたかった。
「そうだな……、何か信頼に足る証明があればいいんだが……。私の感情抜きで、向こうの者達がお嬢さんを信頼できる確固たる証拠が……」
確固たる証拠。それはつまりミラという人物の信頼性を、誰が見ても分かるように実体化したもの。
考え込んでいるミラの姿が、落ち込んでいる様に見えて悩んだシルバーは、僅かな可能性のある案を搾り出す様に呟く。すると、その言葉を聞いたミラは、ソロモンから受け取ったあるものを思い出す。
「そうじゃ。これは証明に使えぬか?」
そう言って取り出したのは、一枚の金属板。アルカイト王国の国章と9の数字、指輪の模様が刻まれた白銀に輝く勲章だった。
「勲章か……、拝見しても?」
「うむ、構わぬ」
裏側に刻印された魔法陣を一目見て、それを何かの勲章だと判断したシルバーは、断りを入れてからそれを受け取った。
「…………っ!」
途端にシルバーの表情が一変する。目を見開き、表と裏を交互に何度も何度も見直すと、それが本物である事を確認する。
「初めて見たな……」
「どうじゃ、使えぬか?」
感嘆したように零すシルバーに、ミラは問い掛ける。驚愕を通り越したシルバーは、どうにかその言葉に反応すると、大きく頷いた。
「ああ、もちろんだ。むしろこんなものを出されたら断れんだろう。アルカイト王国を敵に回すのは御免なのでな」
シルバーは丁寧な手つきで勲章を返す。大袈裟な事を言うシルバーにミラは首を傾げながらも、しっかりと証明として使える事を知り安堵した。
「拠点ではなく、本拠地の場所を教える。それと紹介状も書こう。これが今出来る精一杯だな」
「ほう、本拠地をか。本当に良いのか?」
「もちろんだ。むしろ只の拠点では確実に情報が得られるとは言えんからな。これだけの証明を出されたら、本拠地を教える他無いだろう」
拠点ではなく、本拠地。つまりは五十鈴連盟の全てが集う場所という事だ。更に紹介状まで付く。そうなると思っていたよりも多くの情報を得る事が出来るだろう。その結果に満足すると、ミラは勲章を一瞥してからアイテムボックスに戻した。
(まあまあ、効果があるようじゃな。早速役に立ったわい)
「では少し待っててくれ。すぐに用意する」
そう言うと、シルバーは大きな鞄から書類と封筒を取り出し、紹介状を書き始めた。
「ふう、良かった。一応、恩返しは出来たって事か」
「なんじゃ、そのような事気にせんでも良かったんじゃがのぅ」
「僕の気持ちの問題だな。あのままでは落ち着かない」
「苦労しそうな性格じゃな」
「良く言われる」
そう冗談めかして肩を竦めるブルー。
それから二人は、シルバーが紹介状を書いている間、適当に語らい合うのだった。
「地図に場所を記しておいた。それとこっちが紹介状だ」
「助かる。ありがとう」
ミラは礼を述べてシルバーから地図と紹介状を受け取る。
「お嬢さんの様に若い者も、精霊を大切に思っていてくれると知れて良かった。こうして会えたのも精霊の導き。共に精霊達を守っていこうではないか」
「なんなら五十鈴連盟に入るのもいいんじゃないか。僕は歓迎する」
「まあ、考えておこう」
簡単に言葉を交わすと、ミラは少しだけ微笑んで天幕を後にした。
少女の姿が見えなくなると、ブルーはシルバーに向き直り気になった事を口にする。
「ところで隊長。今更言うのもなんだが、あそこまで詳しく僕達の事を話して良かったのか? しかも本拠地まで」
ブルーのその言葉にシルバーは少しだけ苦笑すると、出した書類を鞄に片付けながら答える。
「キメラと争っている現場を見られたんだ。下手に隠し立てするより、誠意を見せて仲間に取り込む方が良いだろう。精霊の為に行動したあのお嬢さんは十分にその素質はあると思える。それとお前も見ただろう、あの勲章は少し特殊なものだ。私も直接見るのは初めてなのだが、刻印されたアルカイト王国の国章、塔を表す9の数字、そしてソロモン王の象徴である指輪の紋章。これが全て揃っているのは大勲位九塔輪旗下章というものだけだ。
簡単に言うならば、この持ち主の身分はアルカイト王国のソロモン王が保証し、その名の下に権限を有する者である、という事を表す勲章だ」
「うあ……」
それはつまり国王直属である事を意味し、この勲章を持つ者に逆らうという事は、ソロモン王に逆らう事と同義であるという意味も持つ。
「お嬢さんはアルカイト、というよりソロモン王と直接話せる立場にあるのだろう。故に今回の話は、間違いなくソロモン王にも伝わる」
「僕達の存在は、公には秘匿されているもの。そこまで分かっていながら、何故ミラさんに口止めしなかったんだ?」
「今まで成し遂げられなかった、キメラの一人を捕らえられた功績は、それだけに大きい影響が出るという事だ。キメラの男がどれだけ強情で口が固くとも、総帥に掛かれば洗いざらい吐露するだろう。そうなれば、今の関係は大きく動く。我々もこのままではいられなくなるだろうな。味方は多いに越した事はないが、信頼できるとなれば随分と限られるだろう。
知っての通りアルカイトは術士の国。我々の実態を知れば、きっと味方になってくれるはずだ。……少なくとも、あのお嬢さんは、な」
シルバーは、今回の功績にそれだけの価値があると確信していた。その結果、キメラクローゼンとの状況に変化が出る事も。攫った精霊をどうしているのか、それを指示している者は誰か、国が背後にあるのか。どれかが判明すれば相手にも変化が出るだろう。もしかすると、より強硬になるかもしれない。そうなった場合、国との連携は必要不可欠となるだろう。シルバーはその手始めとしてアルカイトを選んだ。いや、選ばざるを得なかった。ミラの持つ勲章を前にして偽証する事は、有力な味方となりそうな国を自ら手放す様なものだ。誠実でなければいけない。なので本拠地を教え、紹介状を認めたのだ。
そう語り、静かに闘志を滾らせるシルバーに、現状の鼬ごっこを良く思っていなかったブルーは力強く頷き、箱の中で眠るキメラクローゼンの男を睨みつけた。
 




