531 多忙な年始
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五百三十一
アルカイト王国の元日は、朝から早々に年越し祭りの続きかというくらいの騒がしさで始まった。特に今年は、いつも以上に国民達が活発的だ。
それというのも、遠方の空に浮く島が見えるからであろう。
フローネの帰還と精霊王の祝福。年明けと共に舞い降りてきた一大ニュースが夢ではなかったという証だ。新年と共に祝えや騒げやとなるのも当然の流れといえた。まるで初日の出を拝むかのように天空島を見晴らしている。
「表向きは、ただの冒険者のはずが……なぜこうも行事に駆り出されておるのじゃろうか……」
そんな新年の朝。ミラは王城の会議室にて、新年一発目の会議が始まるのを待っていた。
色々と動きやすいよう、ミラの立場はアルカイト王国を拠点とする冒険者という事になっている。
そんな一介の冒険者が国の行事の裏方を手伝ったり、会議に出席したり、侍女達に捧げられたりと、おおよそ冒険者とは思えないくらいの活動ぶりだ。
なおその際に、各所ではソロモン王の友人やダンブルフの弟子という設定を活かしてミラの存在を周知させている。特に九賢者の弟子という部分は効果的のようで、今はまだそこまで大きな問題は出てきていない。
ただ、便利に動ける立場もあってか、なかなかの忙しさだ。ゆえに、ここまで用事を詰め込まれてはマリアナとゆったり過ごせない。ミラは不満を吐き出しながら、黒蜜きなこオレをぐいっと呷る。
「そりゃあ、表向きだからだろ」
そんなミラの愚痴に、もっともな言葉を返すルミナリア。
そもそもが、冒険者ではなく九賢者だ。公には出来ないが九賢者という裏の顔があるのだから、その職務を全うするのは義務というもの。
そのようにルミナリアが続けたところ、「当然だな」とソウルハウルが強く同意を示した。
自分も面倒だが、こうして出てきている。だからこそ同じ九賢者のダンブルフがサボろうなんて許すはずがないといった目だ。
「ぐぬぬ……」
ごもっともである。今は、ミラの姿になったためダンブルフである事を隠しているだけ。根本については何も変わっていないのだから、九賢者としてこういう場に出席するのは道理。
また、それと同時に国家を支える重役でもある。ゆえに出来る限り貢献するのが役目というものだ。
「まあ……仕方がないのぅ」
それもそうだ。大変だが、この国はここにいる仲間達と共に興したかけがえのない宝物であると、一先ずは納得するミラ。
「しかし……行事の手伝いに加えて、精霊女王としても色々仕事を詰め込まれたのじゃが」
ただミラの不満は、他にもあった。今日の予定が、あまりにも多忙であったからだ。
朝起きて、リリィに今日のスケジュールを聞かされたミラは、その詰め込まれっぷりにもう一度眠りかけたくらいだ。
「そりゃあ、表向きだからだろ」
ミラの不満を一刀両断にするルミナリア。
冒険者としてのミラの顔、精霊女王などと呼ばれる所以もあってか、術士組合経由で多くの指名依頼が舞い込んでいるとの事だった。
その一番の要因は、やはり年明けの精霊王降臨であろう。精霊王と交流出来るという唯一の立場だからこそ、その辺りについて色々と話を聞きたいという者達が、こぞって指名依頼を申し込んでいるというわけだ。
しかも本来、それは本人が取捨選択するものだが、今回はソロモンの指示を受けたスレイマンが代わりに選んで受理したという事だ。今回の件はかなりの大事に発展する事が予想出来るため、話を通しておいた方がいい団体だとか、今後のためにも説明が必要な組織だとかがあるらしい。
その結果、九賢者として、ダンブルフの弟子として、更には精霊女王としての仕事が山積みとなったわけである。
「解せぬ……」
公務のみならず、本来は自営業的な冒険者稼業までもソロモンにコントロールされている。そこに一抹の不安を抱きながら、会議の開始時間ぴったりにやってきたソロモンを睨むミラであった。
年明けからは怒涛の日々であった。
多くの公務で駆け巡るソロモンと九賢者達に負けず劣らず、ミラもまた忙しく過ごしていた。
九賢者として今出来る分の公務を遂行し、ダンブルフの弟子として幾らかの行事に携わる。
ただ、この数日は冒険者としての活動が特に忙しく、また緊張の連続であったため、ミラの心労は留まるところを知らない。
なんといっても三神国の外交官やロア・ロガスティア大聖堂からの特使を相手に、今回の件で色々と話し合いの場が設けられたからだ。
ちなみに、その主な内容は天空島についてだ。
本来ならば島主のフローネに話が回りそうなものだが、精霊王関係とあって自ずとミラの方に巡ってきた次第である。
「詳細に決めておいたとはいえ、何度も同じ事を説明していると途中でごっちゃになって間違えそうになるのぅ」
「今はまだ爆弾満載状態なんだから、そこだけはちゃんと頼むからね」
「わかっておる、わかっておる」
今日もようやく精霊女王としての仕事が完了した。ミラは常備スイーツを目当てにソロモンの執務室にやってくるなり、ここ数日ことさら豪華なそれを堪能しつつ、今日はどれだけ大変だったかと愚痴る。
ソロモンも慣れたもので、書類作業を進めながらミラの愚痴に付き合っていた。
「そういえば、いよいよ明日じゃったか? いやはや、そっちの準備も実に大変じゃったのぅ」
「しょうがないでしょ、急に帰ってくるんだから。事前に言ってくれていれば、もっと余裕をもって用意出来たのに」
明日行われる一番のイベントは、何といってもフローネの帰還セレモニーだ。
ドッキリから数日での突貫ともあって妥協も多いが、それでもアルカイト王国の存在を際立たせるには十分なだけの仕込みは完了したとの事である。
ただ、もっと準備期間が長ければ相応に派手で威厳のあるパレードに仕上げられ、ゲストも呼んで、より多くの集客を見込めたのにと残念がるソロモン。
「そんな事をしたら、フローネに恨まれるじゃろう。流石にそっちの方が面倒じゃ」
対してミラは、いっさい悪びれた様子もなく、事前にバラせるはずがないと断言する。自身もドッキリを楽しみにしてたという点には一切触れず、ただメリットとデメリットを考えた結果、協力を選んだだけであると。
「まあ、それでどこか壊されても迷惑だしね。そうするしかないか」
予定を台無しにされたら、フローネが何をするか。間違いなくろくでもない事になると知るソロモンは、ミラの言い分を仕方がないとして、この件を完了とした。
「それでその結果が、あのドッキリってわけか。まったく、彼女も彼女なら君も君だね」
「大成功じゃったろう?」
「ああ、まったく大成功だったよ」
秘密裏のまま進められた年末年始ドッキリ。見事に驚かされたと呆れたように告げるソロモンは、それでいて少し楽しげに笑っていた。
フローネの帰還セレモニー当日は、まずソロモンが正式にフローネの帰国を宣言するところから始まった。
突然の登場で国民達を大いに驚かしてから一週間ほど。年末年始のあれやこれやで、そのままになってしまっていたが、ようやくこうして大々的に発表出来る事となった。
ある程度の日数を要したのは、突然過ぎたからだ。だがどうにか体裁を整える事は出来た。この日のために多くの話し合いの場が設けられ、辻褄合わせや体面を考えた物語を盛大にでっちあげた。
そして今日が、そんな努力の末の集大成となったのである。
「──という皆の願いを聞き入れて造り出されたのが、あの天空に浮かぶ島というわけだ」
帰還と共にフローネが持ってきた天空島。これもまた、極めて高い注目を集めている。ゆえに、そちらの分も創作済みだ。
天空島の関係者一同に加えて精霊王とマーテルも参加した話し合い。天空島という存在や処遇、今後などを考慮した結果、それは人間の事をもっとよく知りたいという精霊達の望みが形になったものとする事に決まった。
精霊達の願いを聞き、フローネが協力してこの天空島を造ったというような流れだ。
ようするに、あくまでも精霊達が主導であり、アルカイト王国の将軍位であるフローネは、ただ人類の善き隣人たる精霊に協力していただけという形に収めたわけだ。
これは、軍事利用する気など毛頭ないと周知させるための言い訳。精霊達が造り上げ、精霊王からも認められたようなこの場所が、軍事にかかわるわけがないと内外に示すのが目的だ。
ただ実際は、軍事利用どころか、ただのドッキリ目的で造られたというのが真実だったりする。
(流石のソロモンも、だいぶ困っておったからのぅ。あんなとんでもないものを、それだけの理由で本当に造ってしまうのじゃから)
フローネの人となりをよく知る人物達からしたら、きっと納得してくれるだろう。実際、ニルヴァーナに伝えたところアルマからは、同情的な言葉が返ってきたものだ。
けれど、気心の知れた友人と言えるほどの交友関係がない国が相手となったら、そうもいかない。それをそのまま説明したところで、そんな馬鹿な事があるかと一蹴されるのがオチだ。
それどころか、これほどのものを造っておいて軍事利用しないなど、他所の国家からしたら理解出来ない話だろう。だからこそ何を企んでいるのかと余計に疑われる事になり兼ねない。
ゆえに、そんな馬鹿な事だからこそ、あえて偽りのエピソードが必要となったのである。
そして精霊が造り精霊王にも祝福されたとなれば、これを軍事に利用するなどあり得ないと、わかりやすい理由を作ったわけだ。
ちなみに、これらの件については天空島の者達の全員が承諾済みとなっている。この島が争いの火種にならぬよう、そして自分達を救ってくれたフローネのためにと、率先して役目を受け入れてくれた。
(しかし、ノリのよい者達ばかりじゃったな。まさか秘密結社みたいで面白いなどという声が上がるとは思わなんだ。結果、フローネが天空島の主という座から離れたが、このたび就任した新島主を陰で操る裏ボスとして君臨する事になったからのぅ。言ってみれば、外交用の顔役が出来ただけじゃな。……ふむ、じゃがまあ、あの娘っ子のままよりは、ずっとよいかもしれんか)
情報操作は功を奏し、天空島は精霊達が管理する場所として認知され、軍事とは離れた存在だとわかってもらえた。
加えて天空島は、このままアルカイト王国に属するとも発表する。よって今後は国境を越える事は出来ないというルールが制定され、アルカイト王国内の空を漂う事が伝えられた。
「──見ての通り、空の上だ。ゆえに安全面の問題から暫くは交流も難しいと言っておこう」
アルカイト王国の街と認定はしたが、そこにソロモンは一つ制限を設けた。当分の間は国の方で交流を限定するというものだ。
その際にソロモンは安全面を理由としたが、真実は以前に話した通り。天空島に溢れる大自然が、そこらの国からちょろまかしてきたものだとバレないようにするためだ。
ゆえに準備が整うまでは、その入出を全て国が管理するとしたわけだ。
精霊王が祝福した街という事で、観光を楽しみにしていた者もいたのだろう。不満の声も上がりはしたが、場所が場所である。ある程度は納得もしてくれたようだ。
(しかしまあ、こうして改めて見ると……とんでもない光景じゃな)
正式に発表されたフローネの帰還。そして天空島の今後。これからアルカイト王国が大きく変わっていきそうな予感に沸き立つ住民達。
どうやら工作は上手くいった様子だと一安心したミラは、ふと遠くに視線を投げかける。
冬晴れの空に浮かぶのは、異質にしか見えない大きな島。だが、だからこそ今こうして眺める光景は特別感に満ちていた。
(観光名所……か。なくもない、のかもしれぬのぅ)
今後、天空島はアルカイト王国の領空を一定の順路で飛び回る予定だ。そしてソロモンは時間表や予定表などを作り、この天空島を──精霊王に祝福された街を抱く神聖な島を拝める場所を特別に用意して、観光名所にしようなんて事を企んでいた。
今日は、ここで見える。明日は、そっちで見える。そのように決めておけば、天空島を目当てに来た観光客達が、それを追ってアルカイト王国を満遍なく巡りお金を落としていってくれるという寸法だ。
精霊王の威光すらも利用するつもりなソロモン。なんとも罰当たりなと苦笑するミラであったが、精霊王とマーテルは既に承知済みであり、存外乗り気でもあった。
なぜなら、それらで得た観光料の一部を、精霊と人が共存する街実現の資金にすると約束しているからだ。
(あの空に浮かぶ島を始まりとして、いずれは地上にも、か。そしていつか、それが当たり前になったなら。はたしてその時、わしが見ているこの光景はどのようになっておるのか、今から楽しみじゃな)
寒さが染みるような午後の街。活気に沸く国民達の声を感じながら、ミラはこの先に待っているであろう輝かしい未来に思いを馳せるのだった。
シャトレーゼ祭りも終わったという事で、久しぶりに体重計に乗りました。
祭り前と比べて、大きな増減はなしでした!
あれだけスイーツを堪能しても現状維持!
と、そこでふと考えました。
実はシャトレーゼには、糖質カット系なシリーズみたいなのもあるのです。
つまり次の可能性として……
シャトレーゼ糖質カット祭りというのもアリなのかもしれないのではないだろうかと、そう思ったわけです!!!!
まだまだ続くよ、シャトレーゼ。
流石に連続というわけにもいかないので、あるとしたら季節を跨いでからですね。
今からワクワクです!




