529 ドッキリと祝福
五百二十九
ミラがスタンバイした数瞬後。不意に夜空を四本の眩い光が切り裂いた。
街の四方より伸びるそれは、フローネに頼まれて仕掛けた術具より放たれているようだ。
そしてそれこそが、フローネのドッキリ作戦の始まりを告げる最初の演出だった。
その軌跡が目に見えるほどに輝く強烈な光は、まるでサーチライトのように夜空を照らしながら、そこにある何かを探すかのように動き回り始めた。
北の空、南の空、西の空、東の空。いったいあれは何の光なのだろうという民衆達の視線を集めながら飛び回る光の線。
「うむうむ、見ておる見ておる」
これから何が始まるのだろうか。そんなワクワク感が街全体に広まっていく中、ソロモンもまたどこか楽しそうな目でそれを追っていた。
それから十秒ほどの後、バラバラに空を照らしていた光が一斉に西の彼方へと向けられた。
その方向に何があるのか。全員の目が西の空へと吸い寄せられる。
そこに浮かぶのは、大きな雲。四本の光は、その雲に吸い込まれていくようにして消えた。だが代わりに、今度は四つの光の玉が雲の中より現れる。しかも光の玉は二つと二つに分かれ、そのまま南北側へと広がりながら街を囲うように移動し始めた。
ここがファンタジーの世界でなければ、あれはなんだUFOか、というような騒動になりそうな光景だ。また同時に、ワクワクする光景でもあった。
途中から動きに変化が起きた。街の上空辺りにまで到達すると、今度はかなりの速度で旋回を始めたのだ。
長い光の尾を残しながら、空に円を描くかのように飛び回る光の玉。しかも気づけば、四つだったそれが八つになっている。
加えて光の玉が残す光の尾が、徐々に長くなっていく。回れば回るほど、尾の方に頭が追い付いていき、次第に空には大きな光の輪が描かれていった。
実に不思議な航空ショーだ。そこらの術士や術具などでは到底再現など出来ないだろう。
「これまた、見事なものじゃな」
ミラもまたポポットワイズを介して地上側からその様子を眺め、精霊達の素晴らしいチームワークと、その張り切りぶりに感嘆する。
更に演出は、それだけで終わらない。八つの光の玉は、そこから螺旋を描きつつ再び西の空へと飛び去って行ったのだ。
なお、それをミラ側から見た場合、螺旋の光がこちらに向かってくるように見えるものだった。そして地上から見た場合は、まるで夜空に光の道が出来たようにも見えるものだった。
「お、おい、あれは!?」
光の道が続く先。そこに目を向けた者達が誰ともなくそれに気づき、口々に驚きの声を上げていく。
無数の星が輝く空。光に誘われ目を向けたその先、遠い空の上の方に浮かぶ雲。あらためて見れば、星空を覆い隠していたそこから大きな何かがずるりと出てきたではないか。
「さて、とうとうこの瞬間がやってきたのぅ!」
動き始めた天空島。光の螺旋を辿るように、ルナティックレイクの街へと接近していく。
ポポットワイズから見た空の光景は、幻想的ながらも同時に足が竦みそうになるものだった。
螺旋を描く八本の光で作られた空の道。それを散らしながら巨大な島が近づいているのだが、その際、島の一部が散った光に微かに照らされ輪郭が薄らと現れる。
瞬間的に見えるそれは、明らかに空にあっていいものではない。見るほどに、近づくほどにそう思える何か。理解の及ばない巨大な物体が迫ってきている。それが、地上から見て一番に感じた印象だ。
(思った以上の迫力じゃな!)
場合によっては恐怖すら覚えるような光景だ。ゆえに誰かしらが、これは大丈夫なのかと不安を口にする。だがそれらの声も直ぐに収まった。なぜなら、今年は特に凄いなという歓声が広がっていったからだ。
予めソロモンに打診しておいたお陰だ。ソロモンの仕掛けであると周知されているからこそ、国民達はそれを素晴らしい演出だと楽しんでいるのである。
だが今回は、そんなソロモンまでもビックリさせようという特別イベントである。これが何のための演出なのかまでは、ソロモンも把握してはいない。
この後、精霊王が現れると彼は思っているだろうが、その前にもう一つ。
待ちに待った瞬間に向けて、フローネ達の演出は佳境へと突入した。街の上空まであと二キロメートルほどというところで、再び四つのサーチライトが夜空を貫くと、一斉に街へ接近する影の正体を照らし出したのだ。
「嘘だろ……」
「おいおい、とんでもねぇなんてもんじゃねぇな……」
「浮いてる……の?」
遠い空、光の中に浮かぶ巨大なそれを目にした街の者全員がそんなまさかと息を呑んだ。
西の空、大きな月を背にして浮かぶ巨大な島。空を飛ぶ物体としては、きっと観測史上最大であろう規模を誇るフローネの天空島。
地上という一般的な場所から見たそれは、だからこそ余計に異質であり、それが近づいてくる様子は異常なまでの迫力に満ちていた。
これには流石に、周知されていても度肝を抜かれたようだ。誰もが、その超常的ともいえる光景を前に唖然とし、新年一発目にしては、もう今年一番くらいの仕掛けではないかと騒ぎ始めた。
だが、当然その程度では終わらない。その驚きも冷めやらぬうちに、畳みかけるようにして状況は進行する。
存分に天空島を見せつけ、存分に興味を惹きつけたところで、遂に真打の登場だ。
空に浮かんだ島から一筋の光が飛び出すと、急激な速度で接近し、ルナティックレイク上空にて停止した。
すると今度は天空島に向けられていた四本の光が、上空のその姿を照らし出す。
「あれは……人、なのか?」
小さく見えるその姿は、微かに人ではないかとわかる程度だった。しかし次の瞬間、空に大きな変化が表れる。先ほど描かれた光の円の中が霧がかり始めたのだ。
そして、その時がやってきた。その円を巨大なスクリーンとして、大きくフローネの姿が映し出されたのだ。
「女の子……?」
「もしかして、あの浮いている子か?」
「え? なんか凄い見覚えがあるような……」
光の演出と、天空島。驚きと興奮が続く中で突如として現れた少女。目まぐるしい状況の変化に翻弄されつつも、これは凄いと盛り上がる者達。
そんな彼ら彼女らは、フローネの姿を前にするなり一瞬の間沈黙する。不意に現れたあの少女は何者なのだろうかと。
だがそれも束の間。何よりもそこに登場したフローネは、誰もが知る服装をしていたからだ。
そう、賢者のローブである。アルカイト土産としても有名な賢者のローブ。そのオリジナルを身に纏い空に浮かぶのは、かの九賢者の肖像画とそっくりな少女。
更には先日、複数の九賢者が帰還したというニュースもあった。
ここまで揃えば、もしやまさか続けてと期待する声が上がり、だからこそ少女の正体に気づく者も次から次へと出てくる。
「え? ちょっと……えー!?」
そしてここには、誰よりも先に気づいた者がいた。そう、何といってもドッキリを仕掛ける対象だったソロモンだ。
精霊王がどのように降臨するのかと楽しみに待っていたソロモン。光の演出の後、天空島が登場した時など、よもやこれほどまで盛大にと、心なしか興奮した様子でもあった。
そして遂に降臨かといったところで、唐突なフローネの登場だ。
「なあ……あれって、フローネちゃんだよな?」
「あの感じからして、そうだろうな」
ソロモンのみならず、驚きを顔に浮かべたルミナリア。面倒な奴が来たと顔に出すのはソウルハウルだ。
「ここで登場するのか! これは凄いな! なんて壮大な演出だ。羨ましい!」
「あらあら、フローネちゃんね。また、あんな高い所に登っちゃって、もう」
空を存分に使うばかりか、常識感が狂いそうになる天空島を引っ提げての登場とあって、そのド派手さを心底羨むラストラーダ。対してアルテシアはというと、その帰還を喜ぶも、すぐ高いところに居たがるフローネに内心ハラハラだ。
「あれ、フーたん師匠ヨ! フーたん師匠ー!」
それが誰かわかるなり、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶのはメイリンだ。
フーたん師匠。色々あってそのような呼び方に落ち着いた件についてはまたいずれとして、それはもう嬉しそうにはしゃぐメイリンは、その勢いのままに空へと駆け出──……そうとして、
そのまま床に落ちた。
(あの位置からでも察するとは、やはりとんでもないのぅ)
ポポットワイズを介して皆の反応を確認していたミラは、不自然なメイリンの挙動を見やるなり、その原因を直ぐに察していた。
フローネだ。気づいたメイリンが何かしら動くとわかっていたのだろう。だが演出中に乱入されては面倒という事で、こうして先制して拘束したわけだ。
天空島造りなどと趣味に没頭していながらも、術の冴えには更に磨きがかかっているようである。
「お待たせ、皆。九賢者フローネ、ここに帰還したよ!」
街中を見回して反応を確かめたフローネは、それに満足するなり、次にはこれでもかとポーズを決めながら宣言を口にした。
精霊達が協力しているからだろう、その声は街の全体へと響く。そしてスクリーンには、威風堂々と胸を張り不敵にほほ笑むフローネの姿が映し出される。
この二つが合わさった事で、より現実感が増し、その実感が皆の中で一気に膨れ上がっていった。
「まさか……まさかフローネ様までも!」
「九賢者様が、またお戻りに!」
「おお神よ。なんと素晴らしきお導きを」
感動に打ち震える者。英雄の帰還に興奮する者。新年早々の奇跡に感謝する者。ルナティックレイクの街は次の瞬間、拍手喝采に包まれていた。
「よしよし、驚いとる驚いとる。あのソロモンも流石にこれにはドッキリしたようじゃな!」
空に浮かぶ天空島。満を持して登場したフローネ。演出もなかなかに効果的だったようで、国民達は大賑わいだ。街のあちらこちらでフローネコールが上がっている。
そんな中、ミラはポポットワイズを介して、しっかりとソロモンが驚く瞬間を確認していた。
フローネの口から、帰還したという言葉が出た直後の事。ソロモンは驚くと同時、それはもう嬉しそうに笑っていた。一瞬ではあったが、それこそ心の底からというような喜びを、その顔に浮かべたのだ。
フローネの狙いは、ソロモンがひっくり返るくらいにびっくりさせる事であった。けれど今回は、びっくりよりもフローネが帰ってきてくれたという喜びの方が勝ってしまったようだ。
(狙い通りとはいかんかったが、それでも珍しい一瞬を見る事が出来たのぅ。まったく、あんなに嬉しそうにしおって)
ともあれ、ドッキリは成功したと言ってもよさそうだ。ソロモンのみならず、ルミナリア達もフローネの帰還宣言に対して相応に驚いた様子である。
それでいて、中でも特に反応が大きかったのは、軍属の者達だったりした。
国防の要となる九賢者において、最強との呼び声高いフローネが正式に帰還する事となった。
もはやアルカイト王国の守りは盤石といっても過言ではない。ゆえに、それらに携わる者として喜びもまたひとしおなのだろう。アルカイト王国の平和が更に盤石になったと。
だからこその歓喜であるが、その中の一部。古くから国に仕えている者達は、喜びの中に不安めいた色を浮かべていた。以前にフローネが巻き起こした色々な騒動を知っているからだろう。
また、あの頃が戻ってくる。しかも天空島を引っ提げてきた今回の登場ぶりからして、当時よりもずっとパワーアップしての帰還だ。
明日から、どうなっていくのだろう、どうなってしまうのだろう。そんな感情が入り交じった顔を浮かべながら、彼らは思考を停止させていた。
「さーて、いよいよわしらの出番じゃな!」
とにもかくにも、フローネのドッキリは大成功。ソロモンの珍しい顔に加え、沢山の驚きを生み出す事が出来た。ルナティックレイクの街は今、フローネが仕掛けた作戦によって楽しさに包まれている。
いってみれば、もうこれが今日のクライマックスかというくらいな盛り上がりだ。
しかし、まだ終わらない。ここから更にもう一段、精霊王直々の続ドッキリ作戦が残っているのだから。
『精霊王殿、準備は良いじゃろうか?』
『いつでも大丈夫だ。今か今かと待っていたぞ』
聞けば、やる気に満ちた精霊王の声が返ってきた。
ミラは天空城にて多くの精霊達が待機するそこに立ち、皆と手を繋いだ。そして精霊王の作戦開始の合図が皆へと伝わるなり、次のドッキリショーの開幕だ。
精霊王とマーテルが演出を考えた、続ドッキリ作戦。それはフローネの登場を越えるくらいにド派手なものであった。なんといっても動員された精霊の数が違ったからだ。
天空島の仲間達で協力し合ったフローネ。対して精霊王は、天空島に加え周辺各地からも精霊達を呼び集め、今回の作戦の協力者としていたのだ。
流石は精霊王というべきか。一声かければ誰もが是非にと加わっていき、気付けば千にも及ぶ精霊達が大集合していた。なお、ミラが契約している精霊達も、こぞって参加中だ。
そんな精霊達が力を合わせたらどうなるかというと、もはや人の常識など軽く超えていった。
夜が昼になり、炎が躍り、雨は舞い、風が歌うと緑も笑う。
「……これだけ集まると、こんな事になるのじゃな」
異常に異常が重なって、もはや天災めいた状況だが、それでもまだ終わらない。虹が空を覆い尽くせば、その七色が粒子となって飛び回り、そこに模様を描き始める。
作戦自体は幾らか聞いていたミラ。だが言葉で聞いただけと、その目で見るのとでは、やはり迫力から何から全てが違う。
精霊の力というのは、これほどなのか。理解していたつもりでいたが、まだまだその深さは計り知れないものだった。とんでもなさを改めて実感したミラは、そんな精霊達と知り合えた事、そして精霊王と出会えた事に感謝しながら彼らの演出を見守った。
空に描き出される虹色の文様。地上にてそれを目にした者の一人が、それこそ祈るような面持ちで両手を胸に添えていた。
「おお、なんという事か。あれは誓いの盟印……!」
その人物とは、司祭であった。ルナティックレイクの街に存在する三神教会。その全権を預かる立場にある彼は、空に浮かぶ文様の意味を知っていた。
誓いの盟印。それは重大な約束事をする際に用いられるという、特別な印。しかも、三神に認められた存在でなければ用いるどころか、それを記す事すら出来ないという、極めて神聖な印であった。
その意味するところは、正式に神に誓うというもの。ゆえに現在知られる誓約の儀において、最も重いとされるものだ。
「いったい誰が……いや、どなたがこれを」
空いっぱいに浮かぶ文様を見つめながら、同時に困惑する司祭。なぜなら今では、ロア・ロガスティア大聖堂の教皇と三神国の将軍のみがこれを用いる事を許されているからだ。
だが三神将が国から出るはずはなく、教皇は年末年始の祭事で大忙しの時期。ゆえに他国の年越し祭りなどに参加するわけがない。
ならばいったい、空にこれほどの印を記したのは何者なのか。果たして、これから何が誓われるというのか。
もしや、まさか。唯一、浮かんだ可能性に奮える心を抑えつつ、司祭は固唾を呑んで空に注目した。
「いやはや、とんでもなかったのぅ。しかも何やらあの文様といい、実にそれらしさで溢れておるな!」
精霊達が魅せた圧倒的な演出の後、空に残ったのは虹色に煌めく文様。その意味するところまでは知らないミラだが、何となく威厳に満ちた背景だと納得顔であった。
『では、いよいよじゃな』
『ああ、いよいよだ。さあ始めようか、ミラ殿』
精霊達による演出も佳境を迎え、遂に現場は整った。全ての準備が完了し、ここに精霊王が降臨する舞台が完成したのだ。
天空城の天辺に立ったミラは、次の瞬間、その全身に精霊王の加護紋を浮かべた。そしてひと際輝きを増していき、遂にそれが最高潮にまで達した時だ。
ミラの身体より閃光が放たれ空の舞台にまで到達すると、そこに虚像を映し出した。人と似た、けれども人とは存在そのものが違うとはっきりわかる神々しさを宿す、その姿を。
「あれは……? あの方は……」
「何だろう、この感じ。もしかして……?」
精霊宮に閉じこもってから幾星霜。もはやその姿を知る人間など、この地上には存在しない時代となった今。
けれど、空に現れた精霊王を目にした者達の心には、なぜだかそうではないのかという感情が浮かんでいた。
見た事はない。感じた事もない。けれど目にした瞬間、その存在が誰なのかという不思議な予感が湧き上がる。その感覚に誰もが戸惑い、誰もが驚き、誰もが期待を抱いた。
それはきっと記憶ではなく魂が、かの存在を知っているからだろう。
『じっくり準備が出来た分、効果も十分のようだな』
『ええ、とっても懐かしい気配が満ちていくのがわかりますね』
どうやら精霊王が何かしら仕掛けたようだ。国民達の反応を満足そうに見つめると、マーテルは嬉しそうに答えた。
その言葉には、どういった意味が含まれていたのだろうか。気になったミラであったが、今はそれに触れている時ではない。
遂に、本番だ。精霊王の降臨という奇跡に続き、祝いの言葉が贈られる時がやってきた。
『愛する眷属達よ。素晴らしい演目であった。そして人の王よ。我の舞台を用意してくれた事、感謝するぞ』
まず初めに、感謝の言葉を口にした精霊王。
するとどうだ。ここに集まった精霊達といったら、それこそはしゃぐように喜んだ。中でもある程度若い精霊達といったら尚更だ。
ただその際、数も数であるため若干夜空にノイズのような影響を与えてしまったのだが、そこはご愛敬というもの。
後々、上級精霊達に叱られる事が確定したが、やはり喜びが勝るのだろう、天空城は歓喜の声で溢れ返っていく。
(おお、よいぞよいぞ! 二重のドッキリでソロモンも慌て気味じゃな!)
続きミラはソロモンの様子を確認するなり、したり顔でほくそ笑んだ。
実はフローネの帰還ドッキリでしたという状況に、してやられたと苦笑しつつも嬉しそうにしていたソロモン。
だが、それだけで終わらないどころか、初めに話していた通り精霊王ドッキリがそのまま続いた事で、もはや何事かといった戸惑いすら浮かべていた。
精霊王が云々は、フローネのそれを隠すための方便だった。そんな可能性が高まり、こうも騙すとはなかなかやるじゃないかと思っていた矢先のこれだ。
精霊王と繋がりのあるミラであるため、このドッキリも本当である可能性は十分にあった。
だが問題は、タイミングだ。流石のソロモンも、フローネの件について触れる間もなく精霊王が登場するとは予想していなかったのだろう。急遽用意したフローネ歓迎の言葉を呑み込み空を見上げ、これらが終わった後が大変そうだと苦笑していた。
『──新年を迎える汝らに、祝福を』
これまでに感じてきた世の中の情勢。また、以前より信仰心が薄れてきている事への懸念などを簡潔に語った精霊王は、今後に期待すると言葉にしてから、そう祝福を贈った。
それと同時に、キラキラとした光の粒が雪のように街へと舞い落ちていく。祝福が光になって──というわけではなく、それもまた精霊達による演出なのだが、本当に特別な祝福が与えられたかのような光景がそこに生まれた。
「精霊王様……」
「ありがたや、ありがたや」
言葉のみならず、視覚でも感じられた精霊王の祝福。その演出効果は抜群であり、国民達は光を浴びながら空に祈りを捧げ始めた。
信仰心が薄れてきているのは事実だが、とはいえ信仰を失ったというわけではない。しかも今回、こうして三神とも繋がりのある精霊王自らが言葉にしたとあって、薄れたそれを再燃させるには十分な効果があったようだ。
「おお、なんと……精霊王様が直々に祝福の言葉を下さるとは!」
中でも特に反応が大きかったのは、やはり司祭だった。
以前、家具精霊などを見分けるための感覚を得るために与えられた、僅かな邂逅。その時に体感した信仰の喜び。今回はそれ以上だと天を仰ぎ跪く彼は、その目に涙を溢れさせながら歓喜で打ち震えていた。
『では、人の子らよ。またいずれ──と言う前にもう一つ。とても大切な儀を、ここで執り行わせてもらおうか』
祝福の言葉も贈り、これで世紀の瞬間も終わりかといったところだ。精霊王は、ここからが重要だといった雰囲気で、そう切り出した。
精霊王が直々に新年を祝ってくれた。これだけでも歴史に残るような出来事だ。それでありながら、更にここから大切な儀が行われるという。
この言葉を受けて、いったい何が始まるのだろうと楽しみな反応をみせる国民達。
対して今度は司祭のみならず、それなりの立場にある重役連中が慌てだした。
精霊王が執り行う大切な儀ともなれば、それこそ、ロア・ロガスティア大聖堂や彩霊の黄金樹海といった特別な場所で実施されるのが当たり前。それが重役達の認識だった。
だからこそ精霊王に相応しい場を整えなければと動き出そうとし、だが何が出来るのかと焦ったわけだ。
「……いえ、もう準備は出来ているのですね。いったい、どのような儀を……」
慌てふためいた司祭だが、数秒の後に落ち着きを取り戻し再び空を見上げた。
そこには精霊王の御姿のみならず、虹色に輝く誓いの盟印があった。そう、司祭達が用意するまでもなく、既に場は空に整えられていたのである。
新年を祝う言葉に、誓いの盟印は不要。だからこそ、空に広がるそれが次の舞台の場だとわかった。
『さあ、フローネ殿』
その言葉と共に、フローネが再び空に戻った。そして大きく映る精霊王の前に立ち両手を組み、祈るようなポーズをとる。
『この度、我はフローネ殿が所有する、天空に浮かぶ島を見せてもらい感銘を受けた。なぜならばここでは、人も精霊も関係なく多様な種族が手を取り合い仲睦まじく暮らしていたからだ。最近、我は夢を抱くようになった。精霊と人の共存共栄が果たされた世界という夢だ。そして、ここでは一足先にそれが実現していたのだ──』
その言葉に嘘偽りはなく、精霊王の声には喜びが交じっていた。
人と精霊が共に暮らす。両者の関係性は友好だが種族の違いというのは、やはり大きい。同じ場所で過ごすとなったら、その辺りが決定的な問題になるのが現状だ。
だが、それでも工夫し歩み寄り、ある程度の形になっているのが、この天空島に造られた街である。
それがどれだけ難しい事か、どのような違いがあるのか。互いに無理をせず、自然体のまま共存出来る生活。それらを直ぐに実現するのは困難だ。
けれど、確かな可能性がここにはある。そのように力説する精霊王。
『──この素晴らしい街が広まっていく事を望む。そしていつかきっと世界中にと願いを込めて、祝福と共に名を贈ろう。『祝福の街』。我ら精霊と人との未来を託す、始まりの街である』
精霊と人の共存共栄。その望みは、ミラと共に様々な地を巡り、多くの文化に触れてきたからこそ生まれたものだった。そして今の精霊王の新たな目標となったのだ。
初めは、この天空島を精霊王公認にして細かい事は有耶無耶にしようなどという理由で決まった祝福の儀。だがそこには形だけではない、精霊王の確かな想いも込められていた。
宣言と共に、空に浮かんだ誓いの盟印が光り輝き天空島の上空へと集束していく。そして次に大きな輪を作り、精霊王の祝福が降り注いだ。
その様子は、それこそ正に天使の輪を戴くが如くであり、フローネの趣味が詰まった天空島が聖域に近い何かへと至った瞬間でもあった。
『ぇ……っと……。精霊王様よりの、祝福……ありがたく……えー……と、あ、シン・ベネディクスの名を後世へと繋いでいけるように、今後とも……ん−? ……うん! 皆と仲良く頑張ります!』
一応は精霊王が取り仕切る正式な儀という事で色々な口上のやり取りがあったわけだが、やはりフローネには少々難易度が高かったようだ。最後にはその全てをひっくるめて、皆と仲良く頑張りますという言葉一つに集束させてしまっていた。
(あの娘っ子が! カンペも渡しておいたじゃろうに……もしや失くしたか、どこかに忘れてきたりしておらんじゃろうな!?)
色々な想いが重なる状況だが、一応は天空島が国際問題に発展しないためというのが第一の目的である。よって、公の場面ではそれ相応のポーズやしきたりというものも重要だ。
それでいて、フローネの適当さときたらこれである。これでもかと恭しく演出し、おいそれと立ち入れない場所のような印象を植え付けるつもりであったミラ。そうすれば各国から土地をちょろまかしていたと知られるリスクが減ると考えたからだ。
だからこその演出でもあった。
ただ、そんなミラの懸念は、それこそ杞憂といった程度のものだったようだ。
ミラからしてみれば、ちょっとした知恵袋的存在になっている精霊王だが、やはりその威厳と威光は圧倒的なのだ。
フローネが返す口上など、さほど問題にはならず、それよりも精霊王が街に名を贈ったという、その事実の方が国民達の注目を集めていた。
「精霊王様が祝福した街……って、今まであったか?」
「空を飛ぶ島と、精霊王様が祝福した街……」
むしろ事の重要性は、一般国民の方がよほど感じていた。そして、それを超える勢いなのが司祭達である。
「精霊王様が目指す、理想の街……なんと神々しいのだろう」
「おお……祝福の街、シン・ベネディクス。 よもや、その誕生の瞬間に立ち会えるなんて!」
精霊王が祝福し、名を与えた街。そのような出来事など歴史に一度も登場していない。ゆえに今日のこの出来事は、それこそ遠い未来まで語り継がれる事となる歴史的瞬間でもあった。
「これは、大成功といっても過言ではないじゃろうな!」
フローネの帰還と、精霊王の新年祝い。そこから更に祝福の街誕生と、ビッグニュースが三つも重なった結果、ルナティックレイクの街は新年早々大賑わい──というよりは若干手が付けられそうにないくらいの大騒ぎとなっていた。
そんな街の反応と、もう一つ。唖然とした様子のソロモンをしかと確認したミラは、その手応えを感じて勝利を確信する。
流石のソロモンも、ドッキリ二連発から続いて祝福の街の誕生までは想定外だったのだろう。何やら唖然としたまま、もうどうにでも好きにしてといった顔をしていた。
いつもどこかに余裕を浮かべていたソロモンの、とっても珍しい表情である。
「え!? そんな顔してたの!? やったね大勝利!」
戻って来たフローネにその事を伝えたところ、彼女は結果に満足したのか、それはもう子供っぽい笑顔を浮かべて喜んだ。それから直ぐ天空島の仲間達の許へと駆けていき、共に作戦の成功を祝う。
この日のため、ただ皆を驚かせたいというだけの単純な動機から始まったフローネのドッキリ計画。準備に長い年月をかけた末に実行となったそれは、彼女のみならず仲間達にとっても満足のいく結果となったようだ。一丸となって、その成功を喜んでいた。
『いずれは大陸中……いや、世界中にあのような光景が広がってくれたらいいのだが』
『そうね、きっといつか、それが普通になってくれたら嬉しいわね。そして種族を超えた愛が生まれ、それが未来へと繋がっていくの! 素敵ね!』
フローネと精霊達のみならず、多種多様な種族が集まって喜びを分かち合っている。そんな光景を前に精霊王がしみじみと呟けば、マーテルは新たなロマンスの可能性が広がるとはしゃぐ。
どのような可能性が広がろうとも、マーテルにとっての一番は愛のようだ。
そんな相変わらずのマーテルに呆れるミラと精霊王。だが、それもまた一つの正解かもしれないと、ここの住民達を見回しながら思うのだった。
チートデイ用の豚バラですが、
以前までは、フライパンで焼くのがメインの調理法でした。
ケチャップだったり焼肉のタレだったりと味付けはその日の気分で様々ですが、基本はフライパン調理一択でした。
そして作り過ぎた時などは、アルミホイルなどに包んで冷凍保存し、また次のチートデイ用にするのです。
と、そうして最近、ふと気づきました。
不思議と、焼いたばかりの当日よりも、冷凍した分を焼き直した時の方が何か美味しい気がすると!!!
そこで何が違うのかを考えました。
そして思い至りました!
それは、オーブントースターです!
唐揚げしかり、とっておいた焼肉しかり。いつも温め直す際は、オーブントースターを使っておりました。
そしてわかったのです。
美味しくなった理由は、オーブントースターによる炙り効果ではないかと!!!
という事で、以前に買ったトースターパンを使って焼肉を試してみました。
豚バラと調味料を入れて、オーブントースターで焼いてみたのです!
するとどうでしょう。フライパンで焼くよりも香ばしい仕上がりに!!!!
オーブントースターには、まだまだ多くの可能性が秘められているのかもしれません!!!




