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52 対抗組織

五十二



 手早く下着だけ身に付けてから、カバンとタオルを片付けたミラは、迷う事無く森の中へと飛び込んだ。

 見た目から判断すれば、怪しい男は斥候の技を修めているであろう事が予想されるので、ミラは気取られない様に、森の木々に姿を完全に隠しながら、目でなく生体感知のみで追跡していく。途中でアイテムボックスから、魔導ローブセットを取り出し纏う。賢者のローブもあったが、魔導ローブセットを選んだあたり、本人も結構気に入っている様子だ。

 生体感知は、森に棲む多くの動物達を捉えている。感知範囲ぎりぎりに大きな反応がちらほらと現れ、ミラが振り返ると、その反応はすっと遠のく。上空を小さな反応が風切り音と共に横切る。人の気配を感じ、逃げる様に遠ざかっていく反応もある。

 そんな無数の鼓動の中から一つだけに集中し、ミラは感知範囲ぎりぎりの距離から、男の後を追う。

 身を潜めながら改めて森を見渡すと、空からは見えなかった様々な動植物がミラの視界一杯に溢れていた。回復薬の素材として重宝される草、見た目は綺麗だが矢毒の原料として使われる木の実、一際頑丈で防具などに利用される樹木。素材の宝庫であるファンタジーの森の中、ミラは小動物達の音に自分の足音を紛れ込ませながら、木々の間を縫う様に身を滑らせる。

 どこかへ一直線に向かう男を追跡し始めてどれ程か、不自然なくらい静寂に包まれた湖が行く先に現れる。天魔迷宮の出口があった湖より一回り小さく、湖面には紫色の花が幾つも浮かび、どことなく森厳とした雰囲気に満ちていた。

 男が湖に近づいて行くのを、ミラは木に身を潜ませたまま、顔だけを覗かせて注視する。


(あれは……精霊か)


 薄暗い湖の中心近く、そこには確かに精霊が居た。見た目は随分と幼く、まだ歳若い精霊だという事が窺える。全身を覆うほどの青く透き通る髪に、僅かに光る透き通った薄い衣を身に纏っている。それは、何も着ていないのと大差は無く、少し前のミラと何ら遜色無い姿だった。

 その精霊の少女は、紫の花を足場にして飛び跳ね、遊びに興じていた。無数の蝶が舞う中、小さな精霊はそれに手を伸ばしては、楽しそうに笑う。

 すると男が突然身を伏せる。それは、視界を遮る木々が開ける丁度手前。小さな草むらと森の境目だ。


(あやつ……何をするつもりじゃ!)


 その不穏な行動に、得も云われぬ不安を感じたミラは、男に声を掛けようとした。だが、少し遅かった。生体感知ぎりぎりの距離だった為、ミラが声の届く範囲に近づくより早く男は行動に出た。低姿勢のまま腰の短剣を逆手に構え、男が精霊に向かって走り出したのだ。


「くっ……間に合わぬか!」


 ミラは【縮地】で距離を詰めるも湖までは届かず、男の短剣は既に精霊の背に突き立てられる直前。

 甲高い音が、湖の静寂を切り裂いた。

 思わず視線を逸らし苦悶に表情を歪めるミラ。だが、恐る恐る向けたその目で見えたものは、身体を貫かれ断末魔を上げた幼い精霊、ではなかった。

 逃げ惑う蝶の中に、怪しく光る紋様の浮かぶ短剣が舞う。男と精霊の間には、その短剣を弾いた薙刀が差し込まれており、次の瞬間その刃先が揺らめき、一息に鋭く雷光のように閃いた。

 男は、その一閃を咄嗟に抜いた黒い短剣でどうにか受け流すと、その勢いのまま湖の畔を転がり勢いを殺す。刃先を掠められたのか、覆面が草むらに落ちる。

 突然の衝撃音に振り返った精霊の少女は驚き、慌てて湖中へと逃げ込んていった。


(何者じゃ……?)


 精霊の無事を確認したミラは、即座に木の陰に身を寄せ状況を観察する。

 そこに現れたのは、神主の様な衣装の男だった。髪は黒く赤と紫の衣冠を纏い、その手には五亡星が刻印された薙刀が握られている。前髪には黄色い組紐が結ばれており、衣冠の男が湖の上に降り立てば、ゆらりと眼前で揺れる。


「キメラクローゼンだな。色々と聞かせてもらおうか」


「そう言うお前は五十鈴連盟か……。こんな場所までご苦労な事だ」


 会話がミラの耳へも届く。湖の上に佇む男と、黒い短剣を構える男。一定の距離を保ったまま睨み合う二人の張り詰めた気配は、両者ともかなりの実力である事を感じさせるものだ。


(キメラクローゼン。やはりそうじゃったか。しかし、あの男は誰じゃ。イスズレンメイとか言われておったな。見たところ、敵対しておるようじゃが)


 ミラが、二人について考えを巡らせている時、二人の男が同時に飛び出した。湖面を駆ける衣冠の男が、不意に身を屈めその足場に触れる。


 【式符術:蛟】


 男の手には式符。急激に湖の水を吸い上げると、飛沫を散らしながら渦巻き、蛇を模っていく。衣冠の男は、右に曲線を描く様に疾走し、水の蛇は左の曲線を描く。左右から仕掛ける布陣である。

 短剣の男は視線を巡らせ両者を一瞥すると、懐から小瓶を取り出し待ち構える。

 衣冠の男の薙刀が振り抜かれると、短剣とかち合い火花を散らす。同時に、短剣の男は逆の手に隠した小瓶を背後へ放り投げた。それは死角から襲い掛かる【蛟】に触れた途端、爆散して砂の瀑布を生み出し、轟音を響かせる。


「地精の小瓶か!」


 その一撃で蛟は消し飛ばされ元の式符に還されると、ひらりと地面に落ちる。衣冠の男は僅かに悔しげな表情を浮かべ、その現象を起こしたアイテムを推察する。

 短剣の男の背後では、水気を奪われ土砂に成り果てた式神が雨の様に降り注ぎ地へと還っていく。短剣の男はそれを確認する事無く一足で懐に潜り込むと、勢いを乗せて致命の一撃を狙う。


「五十鈴連盟には陰陽術士が多いと聞いてな。対策をしておくのは当然だろう!」


 痺れる様な強烈な痛みが、その切っ先を遮った衣冠の男の左腕を突き抜ける。だが男は痛みに口元を歪めるも、その手にしていた式符を起動させた。


 【星符術:木之三式・八卦魂】


 術により式符から噴出した魔力が、短剣の男の左腕に纏わり付く。直後、男は忌々しそうに衣冠の男を睨み付けると、大きく飛び退いた。すると腕に絡みついた魔力が霧散していく。


「面倒な奴だ……」


 陰陽術の一つである八卦魂。これは、自身の受けた痛みを相手にも与えるという効果を持つ。対象との距離が近ければ近いほどその効果は高くなる性質の為、短剣の男の様に距離を空ければ逃れる事は可能だ。余程、陰陽術に関しての知が深い事を窺わせる。

 素早く後ろへと飛んだ短剣の男だが術による影響は大きく、激痛に冷や汗を滲ませ、その腕を庇う様に抑えた。だがそれは、ほんの一瞬。突如見舞われた痛みに、身体が無意識に反応してしまっただけ。

 しかし衣冠の男は、その一瞬の隙に狙いを定めていた。


 【星符術:水之三式・双写水】


 素早く印を組んだ衣冠の男。短剣の男は即座に相手を睨んだが、術の基点であり媒体となる式符がその手には無かった。しかし突如として背筋に悪寒が走る。得体の知れない何かが近くで蠢いている気配に、神経を集中させる。

 術が発動したのは確か。短剣の男は何かに責め立てられる様に、その場から離れようとしたその時。


「これは……蛟の式符か!」


 短剣の男は、背後から唐突に現れた衣冠の男に組み伏せられると、そのまま正面にも立っている衣冠の男を睨み付ける。

 自由を封じられた男を、衣冠の男は心情を顔に出さず無言で見つめる。


(どうにか、捕らえられたか……)


 キメラクローゼンの実働員は精霊にも匹敵するだけの実力を持つ。男は、その服装からして諜報部隊であると予想できるだろう。そして実力はかなりのものであった。

 衣冠の男は、最初から捕縛を前提として動いていた。蛟は囮。目的は、式符を相手に悟られない様に設置する事。【双写水】は、水の分身を作り出す術であり、相応の質量を持つ為、組み伏せられれば抜け出すのは容易ではない。

 衣冠の男も、それを分かった上でこの手段を講じた。それほどまでにキメラクローゼンという組織は謎が多く、危険を冒してでも情報を得る必要があったのだ。

 結果、短剣の男の足元近くに潜ませた式符は、術の発動により水の分身を生み出し、敵の自由を奪う。

 衣冠の男は腕に重傷を負いつつも、敵の動きを封じる事に成功した。はずだった。

 衣冠の男は、湖の方へと意識を向ける。そこに精霊の気配は無く、逃げ切れたのだと確認した時、鈍い音を立てて草むらに転がった薙刀を目にする。


「これは……麻痺毒か……」


「ご名答」


 全身に痺れが走る中、膝を付き声を絞り出す衣冠の男。その表情は、麻痺の為か若干引き攣っており、胡乱に宙を見つめている。そして遂には集中力が途切れ、発動中の術が霧散してしまう。

 開放された短剣の男は、愉悦に歪んだ瞳で相手を見下ろしながら短剣を順手に持ち替えた。


「すぐに終わらせてやる」


 そう言うと、手馴れた作業の様に、滑らかな一動作で短剣が突き出された。光すら飲み込むほどに黒く塗り潰された刃は、しかし直前で純白の盾に行く手を阻まれ、甲高い金属音を響かせる。


「なん……だと!?」


 驚愕に瞳を染めた刹那、短剣の男は真後ろに感じた微かな気配に振り返る。だが、それに意味は無かった。顔を向けるより早く、その身体は激しい衝撃に貫かれ空高く弾き飛ばされたからだ。


「どうやら麻痺のようじゃな。少し待っておれよ」


 衣冠の男の視界を遮った白い盾が消えると、そこには黒を基調としたワンピースとコートを纏った銀髪の少女が立っていた。衝撃波の名残で大きく翻る衣装を気にする事無く、その少女は男の様子を確認するとそう告げる。

 優勢から一転、衣冠の男が追い込まれている戦況にミラが割り込んだのだ。

 神主の様な男の素性も、五十鈴連盟というのが、どういうものなのかもミラは知らない。だが、精霊を狙い襲うキメラクローゼンは、ミラにとって憎むべき敵であるのは確かだ。ならば、どちらの方に付くかは明白だろう。


「君……は……」


 衣冠の男が言葉を紡ぐ前に、ミラはその姿を消した。その数瞬後、男の視界外でくぐもった呻き声と爆音が轟く。

 草むらに黒い短剣が突き刺さる。その傍では、短剣を持っていた男がミラに手首を掴まれたまま、その手を焼かれた苦痛に歯を食いしばっていた。


「くそ……、召喚術士じゃなかったのか。なんでここにいやがる」


 花の咲き乱れる湖で出会った少女を睨み付けながら、男が忌々しげに呟く。


「お主こそ、ここで何をしておったんじゃ。村に帰ると聞いた気がするがのぅ」


「少し、迷っただけだ!」


 何もかもを察したかのような表情のミラに、男は声を荒げると、腕の焼ける痛みを堪えミラを力任せに振り解き、そのまま遠くも近くもない距離で向かい合った。男は、道具袋がミラの死角になるように身体を傾けると、中から切り札の小瓶を取り出し、手の内に隠す。


「どちらにせよ、穏やかではないのぅ。少し話を聞かせてほしいんじゃがな」


「話す程の事は無い。それに……、話す必要も無い」


 男の瞳が暗く、そして鈍くミラを見据える。そこには明らかな殺意が込められていた。だがミラは、その視線を真っ向から見返すと、【縮地】で彼我の距離を一気に詰める。

 敵対者が目前で掻き消えると、男は即座に全方位に闘気を張り巡らせた。特殊な歩法による神出鬼没な仙術士との戦い方である。

 キメラクローゼンの男は幾つか見た術から、ミラを仙術士だと断定した。それもかなりの実力者であるとも。術士の中で最も警戒ランクの低い召喚術士であると謀られ、出会った時から既に術中だったのかと、男は苦笑する。更にミラを五十鈴連盟の一人であると認識し、確実に処理する為の手段を講じる。

 男の手中に握られているのは、雷精痺痛の小瓶。割れば、その周辺全ての生物の運動系の神経を狂わせるという代物だ。この場で割れば、自身も影響を受けるが、男はこの為に麻痺と雷に対する装備で身を固めていた。それにより影響は最小限に抑えられ、巻き添えにした相手よりも先に動けるようになる算段だ。

 男は小瓶を握った手に割れる寸前の力を込めると、直後、ミラが現れたのは男の正面。鋭く突き出された拳は暴風を纏い、荒れ狂う風刃は無慈悲に対象を切り裂いていく。

 だが、男は耐えた。端から千切れてしまいそうな四肢を必死に食い止め、衝撃で取り落としそうになりながらも、男は掌の小瓶を握り潰す事に成功する。


「俺の、勝ちだ……!」


 勝利を確信した男は周囲に散る電光の中、頬を流れる血を含みながらも口端を吊り上げて不敵に笑う。そして小瓶の効果により全身を這い回る痺れと、痙攣に似た筋肉の収縮に支配され後ろに倒れ込んだ。

 だが男の身体は秒毎に末端から開放されていく。その回復速度は特化しているが故に、誰よりも早く自由を取り戻せる。それが男の必勝パターンだ。

 しかし、男の麻痺が解け切るより前に、痺れは激痛へと変じた。


「ぐ……ああ……あああっ!」


 耐え切れない程の痛みに腹の奥から苦痛の声を漏らす。そして、細くて白い脚で両手を左右に伸ばされる。開いた男の右手は、ガラスの欠片が無数に刺さり血に染まっていた。


「やはり、何か隠しておったか」


 仁王立ちするミラの足は、男の両腕を抑える様に踏みつける。何かを手の中で砕いた痕跡の残る男の右手を確認するその瞳孔は、黄金に輝いていた。

 それは魔眼だ。【仙瞳術:痺命之魔視】により男は完全に呪縛され、その生死すらも掌握される事となる。


「なぜだ……なぜお前は動ける……」


 男は、ほぼ真下からミラを見上げながら、真っ先に疑問を口にする。

 雷精痺痛の小瓶の効果は、確実に少女を巻き込んだはずだった。それは、自らの様に特化した武具に身を包んでいても抗えるものではない。だったら何故。

 恨みがましく睨み付ける男に、まるで意に介さない様子の少女は、右手の甲を翳す様に見せる。眼下へと向けられたその手の甲は暗く陰るが、それを目にした男は悔しげに、だが納得したからか、どこか諦め気味に笑う。


「ハハ……! 加護……ってか。冗談じゃねぇぜ……」


 男の目に映ったもの、それは影の中で仄かに輝く羽。マリアナから与えられた絆、妖精の加護の紋章だ。

 妖精の加護には、妖精個人により無数の恩恵が存在する。そしてそれは、絆の強さで効果を増していくという特徴があった。

 マリアナの加護は、状態異常に対する耐性だ。そしてミラに与えられた加護は、状態異常の完全耐性にまで達している。雷精痺痛の小瓶は、かなり上位に位置する麻痺誘発アイテムだが、それですら効果が無いのだから、これを切り札にしていた男にとって、それこそ冗談ではない事であろう。

 ミラは、この加護があったからこそ、相手の手の内を探る事無く正面からぶつかったのだ。


「誰かは知らないが、助かった。ありがとう」


 麻痺が解けた衣冠の男が、若干覚束ない足取りでミラへと歩み寄る。


「気にするでない。お主は、こ奴をキメラクローゼンと呼んでおったな。ならば術士として、わしも捨て置けんのでな」


 そう言い、ミラは足元の男から衣冠の男へと視線を移す。その目は既に魔眼から透きとおるような青色に戻っていた。


「ぬ……そ奴は何者じゃ? この男はお主をイスズレンメイと呼んでおったが、その者もお主の仲間か?」


 ミラの目に衣冠の男の他に、もう一人、付添う様にして肩を貸す白い山伏装束の女性が映った。長い金髪と青い瞳のその女性は、どことなく衣装には合わない貴族の様な雰囲気を纏っている。


「ああ、仲間だ。聞いた通り、僕は五十鈴連盟所属で、ブルーだ」


「同じく、ホワイトよ」


「恩人に本名ではなく偽名で失礼とは思うが、事情があるので察してくれると助かる」


 男はブルーと名乗り、女はホワイトと名乗る。対外用として使うコードネームの様なものだろうと、ミラは特に気にする事は無く、


「わしは、ミラじゃ」


 そう名乗り、視線を眼下へと移す。ミラの足元に転がった、魔眼によって装備品の耐性を圧倒的に上回る麻痺を蓄積させられたキメラクローゼンの男は、虚ろな瞳でミラのスカートの中を見上げていた。


「して、こ奴はどうする?」


 ミラは軽く頭を蹴飛ばすと、ブルーとホワイトに向き直り問う。


「よければ、我々に引き取らせてくれないか。拠点に連れ帰って、色々と聞き出したい」


 ブルーがそう申し出ると、ミラは少しだけ考える素振りを見せてから、口を開く。


「拠点か。それならば、わしも連れて行ってもらえんかのぅ」


 キメラクローゼンに対抗する組織、五十鈴連盟。古代神殿ネブラポリスの帰りに出会った、精霊を護っていた式神のニャン丸。もしかしたら、この二つは関係があるかもしれない。ミラはそう考えた。


「拠点に……か。僕としては、命の恩人でもあるしそうしたいところだが、生憎と下っ端でね。約束は出来ない。だけど、拠点に戻る前に中継キャンプに立ち寄るので、そこで隊長に出来る限り君の事を伝え掛け合う。それで、どうだろう」

 

 恩はあるが、出会ったばかりの者を、重要な拠点に突然連れて行く訳にはいかない。ブルーは、眉間に皺を寄せながらそう言うと、出来うる限りは協力すると進言する。


「それでいいじゃろう」


 ミラも、組織ならばその辺りはしょうがない事だろうと理解を示し、足元の男を二人に引き渡した。

 五十鈴連盟の二人の手際は大したもので、全面に紋様が描かれた布で男を数十秒で簀巻きにすると、棒に通して肩に担ぐ。この布の紋様は封の刻印というもので、これで包むと能力を十分の一に抑える事が出来るという、護送や捕獲用のアイテムである。


 湖を離れた一行は、中継キャンプを目指して茂みを掻き分け進む。ミラは、その途中でふと思った事を口にした。


「そういえば、ホワイトというたか。不意に現れた様に思えたが、お主は今までどこに居たんじゃ」


 そう聞いたミラに二人はつい笑い合い、少し前の出来事を話し始める。


「僕達、五十鈴連盟は基本二人一組で行動している。この男には数日前から目を付け、ずっと後を追っていてね。そしたら今日、この男が君と会って何か話している場面にでくわした。気取られない様に遠くから見張っていたので、話の内容は聞き取れなかった。それで君はキメラの仲間かと考え、やむなく二手に分かれる事にしたんだ」


「ブルーはこの男の後を、私は貴女の後をつけていたの。でもどういう訳か、一定距離以上に近づこうとすると、貴女振り返るし。勘が良いのかと思ったけど、貴女も仙術士だったのね。生体感知で私の気配に気付いたのかしら。大体の範囲が分かってからは、距離を置いて追いかけてたのよ。だから、何が起きているのか察するのが遅れたわ」


 やれやれ徒労だったと肩を竦めるブルーに、頬を膨らませて不貞腐れるホワイト。吊るされた男は、そんな前からつけられてたのかと、虚ろな瞳を更に遠くへと霞ませた。


「ところで貴女、生体感知の範囲もそうだけど、かなりの仙術士みたいね」


 視線だけを向けて、ホワイトは興味深そうにミラの姿を一望する。ミラの服は、流行りの魔法少女風で見事に揃えられており、山伏の如き自身の衣装の可愛気の無さに、更に不貞腐れる。


「いや、召喚術士なんじゃがな!」


 どことない既視感を覚えながらも、主張するミラ。ホワイトが「あら?」と首を傾げる中、ブルーは「何の冗談だ?」と笑う。あれだけの仙術を見せられれば、そう思うのも仕方の無い事だろう。

 ミラはいつかの二の舞にするまいと、正面にダークナイトを召喚して見せる。だが、ミラのその召喚には予備動作が無い。故にブルーとホワイトには、黒い騎士の魔物が突然姿を現した様に映り、日々の鍛錬を垣間見せるほど瞬時に警戒の構えを取った。そして結果、当たり前に地面に落とされた男が憎らしげに呻き声を上げる。


「あー……そやつはダークナイトじゃ。わしの召喚術じゃよ」


 召喚後に、これが証拠だと言おうとしていたミラは、二人の余りに早い対応にタイミングを逸して、後付する様に告げる。ダークナイトは、当然だとばかりにミラの隣で控え、その言葉を証明した。


「まったく……驚かさないでくれよ」


「ほんと、そういう事は先に言ってほしかったわ」


 二人は恐ろしげな威圧感を放つダークナイトから距離を取って構えを解く。


「ぬぅ……すまん……」


 召喚術士だって言ったのに、という言葉を飲み込んで、ミラは不貞腐れながら謝罪した。

 だが、この中で一番の被害者はキメラクローゼンの男であろう。落とされた場所は丁度虫の巣の上で、抵抗できない状態のまま大量の虫に集られていたのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 泣き面に蜂と言うか、泣き面に虫(_’
[一言] 読み返してみると幾つも見落としがあったねぇ。 で、気付いたんだけど、召喚獣達にとっては召喚主は召喚主でしかなく、性別や見た目は問題じゃなかったね。 ・・・アイゼンファルドは違ったか。 あれだ…
[一言] 事案5:少女に踏みつけられながらスカートの中を見上げる男。 って、そろそろ止めよう。切りが無い。(´・ω・)
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