528 新年
五百二十八
時折届く団員一号の救援要請に対して、健闘を祈るとだけ伝える事数回。カグラの愛情表現が止まる事を知らぬ中、遂にその時がやってきた。
そう、年明けだ。一年が過ぎ去り、また新たな一年が始まる区切りの刻。国によって色々と過ごし方が違うそうだが、いつ頃からかアルカイト王国では夜通し騒ぐのが通例となっていったそうだ。
そのため、天空城から見渡せるルナティックレイクの街は零時であっても明るく、遠目からでも騒がしく見えた。
中でも特に目立つのは、王城だ。ライトアップされた王城はカウントダウンと共に色を変えていき新年を迎えたその瞬間、真っ白に輝いた。
「よし、バッチリじゃな。これも日々の訓練のたまものじゃのぅ!」
ルナティックレイク上空にて旋回待機していたポポットワイズと《意識同調》したミラは、毎日しっかり訓練していてよかったと自分で自分を称賛する。
習得したばかりの頃は範囲も狭かったが、今では五キロメートル先でも《意識同調》する事が出来る。本家のカグラに比べればまだまだだが、着実に伸びているのは確かだ。
「お、出てきおったぞ」
その視界を通してアルカイト城のテラスに出てきたソロモン達の姿を確認したミラは、さてもうじきだとほくそ笑む。
なお、そこにはカグラの腕に抱かれている団員一号の姿もあった。今回ばかりは災難だったと労ったのも束の間。はてカグラから貰ったのだろうか、チューブ状の何かをペロペロしながら何ともご満悦な顔をしていた。
二重の理由で、ソロモンの反応の確認が出来るかどうか心配だ。
ただ、だからこそ、こうしてポポットワイズに出動を頼んだのは大正解だったかもしれない。
『さあ、年明けだ。去年は、とても多くの事があった。皆も、多くの経験をしただろう。嬉しい事も辛い事も、沢山あったはずだ。だがどちらにしても、これから始まるのは真っ白な一年。そして来年の今頃には、きっと沢山の色で染まっているだろう。その時、私はどのような気持ちでここに立っているのか。今から楽しみだが、今日のこの日が生涯最高と言っても過言ではないから、少し不安でもある。はたして、かつての仲間達がこれだけ帰ってきてくれた去年を超えられるのかどうかと、ね──』
街の各所に設置されたスクリーンには、テラスの様子が映し出されている。更にソロモンの言葉がスピーカーを通して町中に流れた。
その姿と声には国王としての威厳と共に、無事に新年を迎えられた安堵感が込められていた。ただ途中から徐々に喜びが勝ってきたのか、少し堅苦しさが解けていって、代わりに弾むような歓喜の色が交じり始めていく。
何といっても、三十年という時を経て、ソウルハウル、カグラ、ラストラーダ、アルテシア、メイリンと、かつての仲間達が帰ってきたのだ。更に公にはなっていないが、ダンブルフもである。
そうして迎えた新年だ。ソロモンにしてみても、やはり特別な年明けであったのだろう。友人との再会を喜ぶあまり、王様としてのポーズが崩れかけていた。
瞬間、取り繕うようにはにかむソロモン。ただその見た目も相まって、すっかり少年の顔となったその姿は、一部の者達を大いに熱狂させていた。
珍しいソロモンの表情が映し出されたと、スクリーンの前で黄色い声が上がる。
王様でありながらも、どことなくアイドル感のあるソロモン。九賢者どころか自分すらも商材にする。それはこの三十年の間、なりふり構わず国を維持し続けてきた彼の歴史でもあった。
『──さて、そんな特別な一年だったのだ。私だけでは、物足りないだろう? 折角だ、我が友人達からも言葉を送ってもらうとしようか』
団員一号から報告のあった通り、ソロモンに続き九賢者帰還組の新年の挨拶が始まるようだ。
国民も英雄達の声を期待していたのか、待ってましたと盛り上がる。
『声援ありがとう! 皆の声が俺達の力になる! こうして無事に戻り再びこの場に立てたのも、待っていてくれた皆と、この国を守ってくれた総……ソロモン王のお陰だ──!』
一番手は、こういうシチュエーションが大好きなラストラーダだ。それはもう暑苦しいほど感情たっぷりに語り始めた。
長い間留守にしていた自分を、温かく迎えてくれた事。新しい孤児院と子供達を快く受け入れてくれた事。そして何よりも、大切な友を支え続けてくれた事を感謝の言葉に代えて、ラストラーダは『新年おめでとう、そしてありがとう!』と叫んだ。
と、そのようにラストラーダから始まった九賢者の挨拶。
暑苦しくも国民達には好評のようで、町中から拍手が鳴り響いてくる。その反応にラストラーダも満足げだ。
『えっと、こうして新しい年を皆と一緒に迎えられた事を嬉しく思います。皆、ありがとね。これからも頑張っていくから、よろしく』
ラストラーダの暑苦しさをそっと受け流しつつ、静かに挨拶を口にしたのはカグラだ。昔の彼女は、こういった舞台が苦手だった。けれど五十鈴連盟を運営するにあたり、色々と鍛えられたのだろう。大人しめながらも、キリリとした態度で告げる。
ただ完全に、というわけでもなさそうだ。団員一号の防護が、じわじわと削られている。抱きしめるその腕には、かなり力が入っているようだった。
なお、九賢者帰還が発表されてから一ヶ月弱ほどでありながら、既にファンクラブに似た何かが出来上がっていた。大きなメインスクリーン前には、それっぽい集団が幾つもある。
その中の一つ、何かしらのネコグッズを持つ集団が特に激しく声援を上げる。
カグラのファン集団だ。まだまだ出来たばかりでありながら、既にルミナリアのそれの規模に迫るほど勢力を広げているというのだから、カグラの人気ぶりといったら相当だ。
「外面だけは、完璧じゃからのぅ……」
外面。非の打ちどころがないくらいの黒髪美少女であるカグラ。しかもこうして公の場に出る際は、しっかり大人しめな公務モードだ。
この部分だけを切り取って判断するならば、それはもう素晴らしいまでの正統派ヒロイン。これほど人気が出るのも、まあそれなりには納得出来るというものだ。
だが本人と親交のある者からしたら、何よりも猫狂いである彼女の一面を知る者からしたら、まず一番に疑問が浮かぶであろう。それほどまでの人気ぶりだった。
『新年の挨拶って言われてもな。俺に気の利いた言葉とか期待されても困るんだが。まあ今年は、ある程度は守ってやれるよう色々用意はしているから、そこは安心しておけ。以上だ』
マイクの前に立たされたソウルハウルは、暫し考えた末に、そんな言葉を口にした。
ある程度は守ってやれる。それには、今行われている研究が関係していた。ソウルハウルと魔導工学研究所によって、新型プロティアンドールの開発が行われているのだ。
死霊術と魔導工学の融合。ゴーレムを応用した鎧を纏う魔導人形。更にはゴーレム兵装のみならず小型の偵察ゴーレムまでも操り、人里近くを警備して回る。二十四時間年中無休の頼もしい警備兵だ。
「まったく、相変わらずのツンデレぶりじゃな」
その完成までにはもう暫くかかりそうであり、かなり大変な研究だという話だが、何とこれを提案したのはソウルハウルの方からだったりする。
何かにつけて面倒そうな顔をする彼であるが、仕方がないと言いながら手を貸し、助けを求められれば応えてくれる。それがソウルハウルだ。
ただ、その事を本人の前で言うと反発し、不貞腐れて意地でも手を貸してくれなくなるので、これに触れる者は仲間内に一人もいなかった。
『こうして沢山の方々と新年を迎えられた事、とても嬉しく思います。これまで留守にしてしまっていた分、沢山貢献出来るように頑張っていきますね。……あ、そうそう。それとルナライト孤児院では、今後保育学校としても運営していけるように調整しているの。子供達の事は私が責任をもって面倒を見させて頂きますから、どしどしお子さんを預けて下さ──』
優しく柔らかな声で新年の挨拶と、今年の抱負を語ったアルテシア。更にそこから続けて口にしたのは、現在進行中の保育学校新設計画についてだ。
だがその途中、ラストラーダが華麗にアルテシアを引っ込めるなり、素早くソロモンが『──保育学校の計画は進行しているが、彼女自身は何かと多忙だ。教壇に立つ事は、そう多くないだろう』と訂正する。そして、『けれど孤児院には彼女が認めた優秀な教師陣が揃っている。運営が始まったら是非、利用してほしい』と、代わりにソロモンがアルテシアの挨拶を締めくくった。
「流石のアルテシアさんじゃのぅ……」
ミラは、相変わらずどころか更に膨れ上がっているアルテシアの子煩悩ぶりを前に苦笑する。
大人しそうでありながら、こういった時は隙あらばと仕掛けてくるアルテシア。だが九賢者の公務と孤児院のみならず、保育学校まで受け持つとなれば身体が持たないだろう。そしてそのツケは、間違いなく公務の方に出る。
ラストラーダとソロモンの迅速な対応は、それがわかっているからこそであるわけだ。
『……んーっと、新年、明けましておめでとうヨ。今年は……えーっと。今年は……──そうネ! 今年も沢山沢山修練に励んでいくつもりヨ! だからいつでもどこでも、我こそはという対戦相手を募集して──』
何となくわかる通り、こういった挨拶の類は苦手なメイリン。今回もまた何となくで話し始めたのだが、その途中から調子が変わった。結局年が変わろうとも、やる事は何もかわらないという結論に至ったからだろう。
だが流石に、九賢者が一般から対戦相手を募集するのは認められなかった。すぐさまルミナリアが止めに入ると、『──対戦相手の募集はしていないけど、銀の連塔の塔員採用試験の前期応募申し込みは一月いっぱいまでだから、我こそはという方は、どしどし応募してね』
そのような宣伝を挟みつつ退場していくルミナリアとメイリン。ミラはそれらの様子を眺めながら、向こう側も大変だなと笑い、こちら側でよかったと安堵した。
なお、ルミナリアが言っていた採用試験だが、これは大陸屈指といっても過言ではないほどの難度を誇る。合格者が一人もいなかったなんて事が当たり前とすらされるような試験であるのだ。
ゆえに、それを突破した塔の研究者達は、エリート中のエリートとされているわけだ。
ただ試験内容において『常識』についてはあまり言及されていないからか、集まるのは曲者揃いばかりである。
はたして今年は合格者が出るのか。出るとしたら、どんな人物か。ミラは実験相手──否、研究仲間が来てくれないかなと願いながら、召喚術の未来に思いを馳せるのだった。
『それでは最後に、もう一つ。皆に特別な贈り物があるんだ──』
九賢者達の新年の挨拶も終わったところで再びテラス中央に立ったソロモンは、その言葉と共に大げさな身振り手振りで空を指し示して見せた。
特別な贈り物。かの精霊王より賜る、新年を祝う言葉。それを目にし、また耳にした者達は、いったいどんな反応を示すだろうか。そう期待して悪戯っ子な目をするソロモンだが、その前に大きなサプライズが残っている。
「いよいよ、じゃな!」
何だ何だと空に注目する民衆。いったいどんな贈り物なのかと、楽しげな皆の声が方々で上がる。
ミラはポポットワイズを介して、その様子を確認しながら、とうとうその瞬間が迫ってきたと、こちらもまた緊張気味に状況を見守っていた。
王城の一角より、一つの光が尾を伴って空高くへと上がる。そして遥か上空にて光の花となり、夜を華々しく彩った。
とてもとても大きな花火だ。それこそルナティックレイクがすっぽり入ってしまうのではないかというくらいの規模であり、その一発だけでも十分に圧倒されてしまうほどの迫力があった。
だが花火は更に続く。二発、三発と打ち上がっては、光の粒が空いっぱいに広がる。
空気が澄み切った冬の星空は、より鮮明に輝いている。そこに光の粒が交じれば、まさに星降る夜の完成だ。無数の星が流れ落ちてくるような光景に、国民達もまた感嘆と歓喜で大盛り上がりである。
これは実に素晴らしい年明けだ。今までとは違う新しい年になると思わせてくれる。流石はソロモン王、なんて豪快で繊細な贈り物なのだろう。
輝かしい光と、身体の芯にまで響いてくる轟音。これこそ新たな年明けを祝い、アルカイト王国の躍進を願う号砲だと歓喜する国民達。
「お、そろそろじゃな!」
だがその花火は、ただの幕開けに過ぎない。合計にして三十四発の花火が打ち上げ終わると共に、空も人も静まり返った。
その時だ。アルカイト城を照らす光が、ここで緑に変わったのである。
白から緑。そう、ドッキリ作戦開始のための合図だ。
「さて、どうなるか」
ドッキリについての打ち合わせは行ったが、ミラが関わったのはタイミングや周辺への配慮などについてのみ。内容については、全てフローネ達と精霊王、マーテルらで仕上げたものとなっている。
よってミラは、どのような演出でフローネが登場するかまでは知らなかった。
あのフローネである。さぞ、趣向を凝らした演出をしているのだろう。と、その点も楽しみだが、やはり仕掛ける相手であるソロモンがどのように反応するかが、とても楽しみだった。
ミラは、ソロモンが良く見える位置にまでポポットワイズに移動してもらい、決定的瞬間を待った。
さて、6月の30日が過ぎました。
いったい何の日かといいますと……
そう、引っ越し記念日です!
2019年の6月30日。この日に今の新居へと引っ越してきたわけですね。
あれからもう4年。早いものです。
という事でして、そんな4周年を記念して、引っ越し当日と同じものを食べようというのが、この引っ越し記念日です!
あの日自分が食べた夕食は、
王将の天津飯と餃子でした!!
そして、その日にテレビで放送していた「君の名は」を観ながら食べましたねぇ。
今でもあの日の事は覚えています。
という事でして、今年も食べました!!
満足!
 




