50 小動物の楽園
五十
長老と会い、ソウルハウルが此処へ来た形跡は確認できた。それはつまり、資料の解読は正しかった事と、彼は神命光輝の聖杯を求めているという証明になる。この線を辿っていけば、いずれは必ず追いつけるだろう。
ミラは、長老に礼を述べるとその場を後にした。その際、大量の菓子を一番喜んでいた少女に、一つの木の実を土産にと手渡される。根を求めてやって来た者の供物から生った実の一つだという事だ。
一つの用事が完了し、ミラが次に向かうのは、友人からの頼みであるアイテム採取である。
目的地は御神木の場所から近いが、歩くと一時間は掛かる道程だ。当然の如くペガサスを呼び出したミラだが、ペガサスはずっと心配していた様で暫くの間、何度も何度も愛しそうにミラの頬を舐め続けた。
落ち着いたペガサスの背に乗り十分弱、霊域から一番近い湖の畔に降りる。森の中にぽっかりと空いたその場所は、数多くの花が咲き、小動物達のオアシスとなっていた。湖の傍にある小高い岩山からは小さな滝が流れ落ち、心地よい水音を響かせる。森の蒼い香りに花の甘さが交じり合い、ミラは時を忘れてその光景に見入っていた。
(こんなに華やかな場所じゃったかのぅ……)
ミラの記憶では、この場所はこれほど色彩に溢れてはいなかった。これも三十年の変化かと、ミラは時の偉大さを改めて実感する。
楽園といっても差し障り無い湖の畔で佇む、ミラとペガサス。そんな一人と一頭の下に、金の毛並みを持つリスに似たものが近づく。そして足元まで寄るとペガサスの身体を駆け上がり、その背で安心しきった様子でころりと寝そべった。するとそれが切っ掛けとなったのか、近場の小動物達が集まりだし、ペガサスに寄り添い始める。ミラはその光景に驚きながらも、クリスマスツリーの様に飾り付けられていくペガサスの姿に少しだけ笑顔を見せる。ペガサス自身にも迷惑そうな素振りは無く、堂々と小動物達を受け入れていた。
この現象の原因は、ペガサスが聖獣であるというのが挙げられる。動物達にしてみれば、その傍は最も安心で安全な聖域と化すのだ。
ミラは、そんなペガサスの背に青い子兎を見つける。それはピュアラビットといい、その毛は幸運のお守りとして有名だ。そして何より、つぶらな瞳に丸々とした身体が、とても可愛いらしい。アークアースオンライン可愛いランキングの総合部門で、常に一位を争うほどの愛くるしさである。
そしてミラは、ピュアラビットと直に会うのは初めてだった。とても警戒心が強く、基本的に斥候職が遠目で確認するのが限界なのだ。そんな、スクリーンショットでしか見た事の無いピュアラビットの可愛さに、ミラの目は釘付けとなっていた。
(実物がこれほどのものとは……。丸々もこもこじゃ……)
思わず伸ばしたミラの手が触れるその直前。近くに迫った少女の姿を目にしたピュアラビットは、怯える様にするりと飛び降り、ペガサスの足元に身を隠す。
「う……」
あからさまな拒絶に、ミラは手を伸ばしたまま硬直する。しかし、その直後ペガサスが嘶く。それは語り掛けるような小さな声。するとどうだろうか、一度は逃げたピュアラビットが、恐る恐るとだが再びミラの前に戻ってきたのだ。
「これは……、もしやお主が何か言ってくれたのか?」
ミラは、目の前で丸まった子兎からペガサスへと視線を向けると、ペガサスは褒めてくれと言わんばかりに頭を差し出す。
「良い子じゃのぅ」
そんなペガサスの頭を一撫ですると、ミラは視線をピュアラビットへと戻す。ぴょこんと突き出た青く長い耳が、周囲を探る様にぴくぴくと動く。その姿に、とうとう堪らなくなったミラは、青いまん丸に触れ、ふわふわの毛並みを存分に堪能する。
小さくても手に伝わる体温は温かく、確かな命がそこにはあった。
ミラは、出来るだけ驚かさない様にと優しく撫で続けていた。それが功を奏したのか、ピュアラビットはミラに悪意が無い事が分かると、自らその身をミラに預けるようにじゃれつきだす。その愛らしさは留まる事を知らず、ミラは優しく抱きかかえると夢中になって可愛がった。
その時、ペガサスが大きく嘶く。同時に、ミラの胸できゅぅきゅぅと鳴いていたピュアラビットは急に飛び降りると、ペガサスの前で何か許しを請うように地に伏せ、服従の姿勢を見せた。
「……今度は何と言ったんじゃ……」
状況を理解できないミラは、首を傾げるばかりだ。
「どうしたんじゃ、ペガサスよ」
そう言い鬣を撫で付けるミラ。ペガサスは、首を回すとミラの胸元に顔を押し付け始めた。
(うーむ。分からぬ)
手元のペガサスを撫でながら、ミラは視線を巡らせる。目に映る子兎は未だに伏せた状態のまま、きゅうきゅうと鳴いていた。
もう一度、青いもこもこを堪能したかったミラだが、このままでは終わりが無いのも確かである。いつまでもピュアラビットと戯れられる自信がミラにはあるが、ここには目的があって来たのだ。流石に小動物達と遊び続けているわけにもいかないだろう。ミラは若干、心苦しさを感じながらも、背に乗った動物達を下ろしペガサスを送還した。するとどういう訳か、動物達が今度はミラの周辺に集まり始める。
ミラがペガサスのボスだと認識された為だ。
迷宮入り口の小高い岩山に向かって歩くと、ミラの後をちょこちょこと追い掛ける。
「ついてくるでない、これから危険な場所に行くのじゃからな」
言ったところで理解出来るはずもなく、一番行動的な黄金リスはミラの肩で完全に緩みきった状態でいる。ピュアラビットもつぶらな瞳で抱っこをせがむ。
どちらにせよ、このままでは迷宮に入れない。そこで誘惑に必死で耐えながらミラは、
【召喚術:ケット・シー】
ネゴシエーター役としての適任者を呼び出す事にした。空中に小さな魔法陣が現れると、ぽんっと音を立てて手品師の様な格好をした子猫が飛び出した。
くるりと宙で三回転すると、両足を揃えて着地。どこからともなく取り出したプラカードには10.0の数字。更に消える直前に魔法陣が紙吹雪を吐き出し、一層凝った演出を見せる。
「呼ばれて飛び出て、にゃにゃにゃにゃーん。お久し振りにゃので、凝ってみましたにゃ。団長、点数は如何ほどにゃ」
「六点じゃな」
「にゃんですとーー!」
リアクションを取りながらケット・シーが裏返したプラカードには、驚愕を表現する効果線が描かれていた。その芸の細かさに、ミラは思わずクスリと息を漏らす。
猫の妖精ケット・シー。上級でない召喚術の中で、言葉を話せる数少ない存在だ。その能力は、総じて直接的な戦闘には向かないものだが、斥候としては優秀で、動物達からも情報を収集できるという特技を持つ。つまりは、動物との会話が出来るという事だ。
「にゃんと! 団長が女の子になってるにゃ! これは見事だにゃ、十点満点にゃー」
ミラを見上げたケット・シーは、10.0と書かれたプラカードを両手で振り回しながら、にゃんにゃんと飛び跳ねる。周囲では、そんなケット・シーの登場から、小動物達が警戒気味に距離を空けていた。
「どいつもこいつも軽く流すのぅ……、まあどうでもよい。団員一号よ、少し頼まれてくれぬか」
「にゃんにゃりとー!」
両脚を揃え起立の姿勢で敬礼するケット・シー。後ろに回した手に持つプラカードには [びしぃっ!] と効果音が書かれている。
「ここの動物達に、これから行く場所は危険なのでついて来ない様にと伝えてほしいんじゃが、出来るか?」
「命に懸けて、成し遂げてみせますにゃ」
ファイティングポーズを取るケット・シーのプラカードには [天地神明に懸けて] の文字。「にゃにゃにゃにゃにゃー」と声を上げて小動物達のど真ん中に飛び込むと「にゃにゃにゃん」と、話し始める団員一号。
暫くして通じたのか、渋々といった具合で、小動物達が解散してく。最後にケット・シーは、ミラの身体をよじ登ると肩に居る黄金リスにも話し掛ける。納得したのか飛び降りた黄金リスは、真っ直ぐ近くの木に登っていった。
「任務完了ですにゃ」
「うむ、ご苦労」
三回転半捻りでミラの肩から跳躍したケット・シーは、頭から着地すると、ふらつく足取りで再び敬礼のポーズを取る。ミラは、労いの言葉を掛けてから、その子猫を抱き上げた。しょうがないとはいえ小動物達が行ってしまい寂しくなったので、その代用だ。
「くすぐったいですにゃーん」
そう言いながらも、嬉しそうに手足をバタつかせるケット・シー。プラカードには [もっと!] の文字が輝く。
ミラは、子猫の喉を撫でながら小高い岩山の方へと歩き出した。
天魔迷宮プライマルフォレストは、湖に隣接する岩山に入った亀裂の奥にある。ミラは、頭にケット・シーを乗せたまま、その亀裂へと進入していく。
入るとすぐに急な下り坂となっており、幅は大人がぎりぎり通れる程度。剥き出しの岩肌は、冷たく足音を木霊させる。
入り口は遠く、滝の音も微かに響く程度まで入り込むと、もう光は届かない。しかし、ミラの進む道は明るく照らされていた。それはケット・シーのお陰だ。<キャット・サーチライト>という技能で、目から照明代わりの光を放っているのだ。頭の上に居る為、ミラが振り向くと自動でそちらを照らす仕様である。
「怪しいにゃー、とても怪しい術が仕掛けてありますにゃー」
十分以上は降り続け、次第に下り坂が緩やかになると、やがて水平な通路に変わる。その道の先を、ケット・シーが睨んで声を上げた。蛍光の様に光る無数の紋章が、前方の岩肌にびっしりと刻まれていたのだ。
「ふむ……これが、ここの結界という事じゃな」
足元には堂々と『天魔迷宮プライマルフォレスト 管理、冒険者総合組合カラナック支部』と書かれていた。ミラは、頭のケット・シーの背を撫でながら呟くと、レオニールから受け取った禁域の通行証を取り出す。
「ほう……これは……」
「にゃにゃにゃ、術の気配が薄れましたにゃー」
ミラが、通行証を手にした瞬間、その通行証が光り始めると同時に、岩肌に刻まれた紋章の手前部分が、薄っすらと色を失ったのだ。ミラには、どういった仕組みか見当は付かないが、仕掛けといった類に敏感なケット・シーの言葉からも、これで通行可能になったのだろうと察する事が出来る。
ミラが一歩ずつ進んでいくと、その歩みと同じ速度で前方の紋章が薄くなっていく。同時に、通り過ぎた紋章は色を取り戻す。
ケット・シーが照らす結界の通路を更に進む事、十分強。進行方向に小さな光が見え始めてきた。
そこから更に進む事暫く、通路が終わりミラは大きな空間に出ると、そこには小さいながらも鬱蒼とした密林が広がっていた。
陽光に似た光が帯状に差し込んでいるが、上方に太陽は無く天井は暗い。ただ無骨な岩肌から無数の蔦が垂れ下がっているだけだ。そして光は、その蔦の先端から降り注いでいた。
光を受ける緑葉は瑞々しく、名も知らぬ花々は力いっぱいに咲き乱れている。見上げるほどに高く太い樹木が視界に広がり、長い時間、暗く狭い岩の通路を抜けてきた誰もが息を呑むほどの雄大さを見せ付けていた。
「団長、我々は遂に秘境を発見したんですにゃー」
頭から飛び降りて「にゃっほー」と密林に向けて叫ぶケット・シー。山ではない、もちろん、秘境でもない。
「ここまでご苦労じゃったな」
通行証をアイテムボックスに戻したミラは、そう声を掛け送還しようと手を翳す。
「まだ見ぬ冒険が、待っているのにゃー」
悲しげな声を響かせ、ケット・シーは平伏し懇願の姿勢を取った。プラカードには [そんにゃ、ゴム体にゃー] と、秘境を目の前にお預けされそうなケット・シーの悲痛の叫びが記されていた。更にその誤字具合からして、無念の度合いが窺えるというものだろう。
「しょうのない奴じゃのぅ……」
送還を嫌がるという新しい反応に、こういう事もあるのかと感心しながら、ミラは翳した手を下ろす。
「団長は話の分かるお方にゃー。一生付き纏いますにゃ」
「そこは、付いて行くではないのか……」
「そうとも、言いますにゃ」
ケット・シーは [誠心誠意] と書かれたプラカードを高く放り投げてから飛び上がり、宙で一回転。着地した時その衣装は、冒険隊らしいものに変わっていた。最後に、落ちてきたプラカードを頭でキャッチすると、そこには [準備完了、だが無念] とあり、ダイイングメッセージの様に、ケット・シーの傍らに転がるのだった。
「さて……行くとするかのぅ」
ミラは軽く周囲を見回すと、手近な蔓から子供くらいの大きさがある葉を千切り取る。そして、その葉を手にしたまま、広場の脇へと歩き出した。
「放置は、手厳しいですにゃー」
ムクリと勢い良く起き上がったケット・シーは、慌ててミラの後を追い掛けて行く。
密林を背に岩壁の方を向いて立つミラとケット・シー。その目の前には、大きな亀裂と、更に深くへと続く坂道があった。そしてここが、天魔迷宮プライマルフォレストの入り口だ。
その坂は急勾配で、硝子の様に表面は滑らか。なので一度下りれば登る事は不可能である。これは、天魔迷宮と呼ばれるダンジョン全ての共通点で、入り口と出口は別となっているのだ。
ミラはケット・シーを肩に乗せると、その頭を叩き坂道を照らさせる。
「お先、真っ暗ですにゃ」
爛々と光を放つ目を向け、ケット・シーは肩の上で楽しそうに足をパタパタとさせていた。プラカードは持っていない。両手で、ミラにしっかりとしがみ付いているのだ。これから、どうするのかを機敏に察して。
ミラは、しゃがみ込むと千切った葉を尻に敷く。
(いつ来ても、わくわくするのぅ)
言うなれば、この先は長い長いスライダーの様なものだ。ミラは少し楽しげに微笑むと、尻を引き摺るように腰を前に前にと動かし、坂の一歩手前で停止する。
「いざ!」
「冒険の始まりですにゃ!」
両足で地面を蹴り、ミラは一気に急斜面へと飛び出した。
良く滑る坂道で、あっという間に加速していく中、予想以上の体感速度に若干引き攣り気味のミラ。
(ゲームの頃は楽しかったんじゃが……、現実となるとこれは……)
全身に吹き付ける風圧、曲線を描く曲がり角と、弾き飛ばされそうになる遠心力。単調だが問答無用で迫り通り過ぎていくそのどれもが、内面的な恐怖を煽る。特に、暗闇のせいで先の方まで見通せない状況が、更に拍車を掛けていた。
「団長、ちびりそうですにゃー!」
「我慢せい!」
絶叫マシン宛らのスライダーは、右に左にと幾度も曲がりくねっており、その都度ケット・シーが悲鳴を上げる。そのお陰かどうか、ミラはどうにか平静を保てていた。
そして下り始めて五分ほどが経過した頃、前方にゴールの光が見え出す。
体感的には長い長い坂道が終わると、ミラ達は突然光の中に放り出されていた。軽い浮遊感の中、ミラは眩しさに目を細める。放物線を描く軌道から、やがて重力に引かれ緩やかに下降を始めると、軽い衝撃と共に地面に不時着する。
「ぶにゃん!」
尻餅を着く様な姿勢で着地したミラだったが、そこには先客が居た。ミラの肩から滑り落ちたケット・シーだ。
「おっと、すまん。大丈夫じゃったか?」
「大丈夫ですにゃー。女の子の団長は軽かったですにゃー」
ミラが飛び退くと、ケット・シーはよろよろと立ち上がり、ぴょんぴょんと大丈夫アピールをして答える。そして、どこからともなく取り出されたプラカードには [女の尻に敷かれるのも男の甲斐性] と書かれていた。
一人と一匹が改めて周囲に視線を向けると、そこは先程の密林の比ではなく、深い緑に覆われた空間には、密林と同じ様な光が天井から降り注ぐ。照らし出された景色には、異様にうねった木が張り巡らされており、それは遥か遠くまで続いていた。
ミラとケット・シーが着地したのは、そんな木で出来た足場の一つだ。後方には天高くまで岩壁がそそり立ち、絡まるように縦横無尽に伸びる木には、無数の蔓が巻き付いている。遠くからは、何らかの鳴き声が響き、意識せずとも感じる程に空気は澄み切っていた。
「新天地にゃ。秘境の奥で新天地を発見したんだにゃー」
ケット・シーは辺りを見回し感無量といった体で感動を言葉にする。そして [ケット・シー探検隊] と書かれたプラカードを地面に突き立て、ようとしたが地面の木は硬く、パタンと音を立てて倒れる。物悲しそうに、その倒れたプラカードを見詰める団員一号。
(さて、幾つ見つけられるかのぅ……)
ミラは適当に手近な場所を探ってから、目的のものが無い事を確認すると歩き出した。ミラが動き出すとケット・シーはすぐに走り寄り、警戒するように目配せしながら追従する。
視界全体に溢れる、幾重にも続く木の道を飛び移りながら探す事暫く、ミラは葉の裏に隠れる様に落ちていた目的のアイテムを見つける事が出来た。
深い緑色で脈動するかのように光を放つ、掌で包み込める程度の大きさの種。ソロモンに採取を頼まれた、始祖の種子だ。
「ようやっと、一つか……」
始祖の種子を拾い上げたミラは、溜息混じりに呟くと視線を上げて、再び周囲を見渡した。
天魔迷宮プライマルフォレスト。原初の森という意味を持つ場所だが、厳密にはここは森ではない。全ての樹木の祖、ゴフェル樹の無数に枝分かれしたほんの一部でしかないのだ。
つまりは目に見える全てがゴフェル樹であり、この場全てに始祖の種子が落ちている可能性があるという事である。だがそれは、採取場所が特定できないという意味でもあり、かつては多くのプレイヤーが足元を凝視しながら闊歩していたものだ。
ミラは、そんな当時の事も思い出しながら、始祖の種子を手に小さく溜息を吐く。
「団長、それが幾つも必要なんですにゃ?」
ミラの肩によじ登り、その手の中にある種子を指し示しながら、ケット・シーが問う。ミラは、肩からちょこんと頭を出したケット・シーの毛並みを堪能すると、
「あと九個ほどじゃな。闇雲に探さねばならんので、骨が折れるわい」
そう愚痴を零す。だが、転機はその時だった。ケット・シーは、ミラの腕を伝い降り、手の中の始祖の種子の匂いを嗅いだり舐めたりすると、ぴょこんと飛び降りて周囲を探るように見回す。
「あっちに、同じ気配がありますにゃ!」
ケット・シーは言いながら、自信満々に数本先の枝を手で指し示す。しかしその動作とは対照的に、口から舌を出して目を潤ませている。団員一号の持つプラカードには [味は ×] とだけ書かれていた。
「ほう……もしや分かるのか?」
「とても特徴的な種ですにゃ。小生の、類稀にゃる常軌を逸した達人にゃみの鋭い感覚があれば、容易い事ですにゃ!」
まん丸肉球でサムズアップして答えるケット・シー。瞳は鋭く自信に満ちているが、舌はまだ出したままだ。
「ふむ、素晴らしいぞ、団員一号よ」
ミラは、早速とばかりにケット・シーを抱き上げると<空闊歩>で指し示された方へと空を駆けていく。
「この近くですにゃー」
ミラの胸元で声を上げるケット・シーは、足元に伸びる枝の先へと視線を向ける。そしてその言葉通りに、ミラは枝先の蔓が絡まったところで、始祖の種子を見つけた。
今までケット・シーといえば、斥候として偵察をさせていた程度だった。しかし、まさかこの様な特技があるとは思ってもいなかったミラは、また明らかになった新しい現実に喜び、ケット・シーを両手で掲げながら次を問う。
「次は、どっちじゃ!?」
「うー……にゃー……、! あっちですにゃ!」
ミラの手の中で、きょろきょろと視線を巡らせると、ケット・シーの類稀なる常軌を逸した達人並の鋭い感覚が、新しい反応を捉え、キャット・サーチライトが、嗅ぎつけた方向を示す。
「良し、でかした!」
予想以上に楽に集められそうだと、新発見との相乗効果で気分が絶好調まで持ち上がったミラは、ケット・シーの愛らしさも手伝ってか、何度も何度もその子猫の体中を撫で回し褒めちぎった。




