507 銀河
五百七
「んん? なんじゃここは。応接室か?」
謎の白い部屋。その右側の扉は鍵がかかっているようで開かなかった。よって次は左に来たのだが、その扉を開けるなりミラは顔を顰める。
どんな秘密が、どんな試練が、どんな興奮が待ち受けているのだろうかと期待していたら、よもや大きなテーブルとイスが置いてあるという実に当たり前感で満ちていたからだ。
先ほどのミステリアスな真っ白い部屋から打って変わり、来客の際にちょっと待ってもらうための応接室とでもいうのだろうか、あまりにも普通感に満ちた部屋がそこにはあった。
何か凄い謎の施設感が一気に薄れたと不満げなミラは、とっとと先に進もうと向かい側の扉に向かった。その時だ──。
『何かと思えば、遂にここまで到達する者が現れたのだね』
不意にそんな声がどこからともなく響いてきたではないか。
「なんじゃ!?」
その唐突ぶりに加え、はっきりと理解出来る何ものかの声という事もあって、ミラは驚くと同時に警戒を浮かべた。
古代地下都市の深部で手に入れた黒い金属片がきっかけであったため、無意識のうちにこの場所も古代の何かであると思っていたからだ。つまりは古代地下都市のように、今は誰もいない遺跡か施設か何かだと。
そんな心持ちだったところに響いた何者かの声。だからこそ余計に緊迫するというものだ。
『いやはや素晴らしい。あの意地悪な神様が用意した試練を乗り越えたわけだ。しかもこの場所にまで到達するとは、あまりにも見事。待っていた甲斐があるというものさ。いやぁ、長かった。たまに出かけたりもしたけど、もうだいたい散歩し尽くしたからね──』
しかも、完全にこちらを認識しているとわかる物言いであり、戸惑いすら浮かべ始めたミラにもお構いなしで満足そうに、それでいて愚痴めいた言葉を連ねていく。
「そう話されても、さっぱり要領を得ぬ。そもそもここは何なのか。そしてお主は何者なのか教えてはもらえぬか!?」
放っておいたら、まだまだ愚痴が続きそうだと思ったミラは、そのように声を上げた。相手の声がどこから聞こえてきているのかわからず、またこちらの声が届くのかどうかも不明だが、そう言わずにはいられなかったのだ。
『ああ、ごめんごめん。まあ、それもそうだ。きっとあの神様が残したヒントじゃあ、そもそも何もわからないか。よし、それじゃあ一つずつ答えていこう』
どうやら説明はしっかりしてくれるようだ。しかしそう言ってから暫くの間、沈黙が続いた。
色々と教えてくれるのではないのか。待ちきれなくなったミラが、どういうつもりかと確認しようとしたところ──。
「やっぱり、正体も何もわからないような人物が声だけで説明し始めてもさ、なんか信用ならないと思わない? だからまずは、その辺りをはっきりさせておこう」
そんな声が、これまでと違い正面の扉の奥から聞こえてきたではないか。
どうやら説明するために、わざわざそこまで来たようだ。次には「しかして、その正体は!?」などと自分自身で盛り上げつつ、扉をゆっくり開けてはちょっと戻して焦らす。
「……」
なんだか凄く面倒な相手のような気がする。そう直感しながらも、それなりに重要そうな人物の可能性が高いため、ミラは「おお、何者なんじゃ!?」と、そのノリに乗っかった。
「そーれーはー」
ミラの選択は間違いではなかったようだ。明らかにご機嫌になったとわかる。そして期待に応えてといった調子で扉がばーんと開け放たれて、「私だ!」と力強い声が響いた。
瞬間、ミラはその人物の姿を前にして目を見開いた。相手は、頭に悪魔のような角を持った女性だったからだ。
「おお、警戒しているねぇ。うんうん、正体不明の存在と出会ったなら、それも当然。様々な場面を乗り越えてきたとわかる、素晴らしい反応だ。でも大丈夫! もう、正体不明ではなくなるからね!」
一瞬、悪魔かと思い警戒したミラ。そんな心の内を見抜いたその女性は、それでいて見事だと満足そうに笑いながら自信満々に胸を張ってみせた。
そして、正体を知れば余裕で信頼を勝ち取れると確信した顔で言葉を続けた。
「私の名は、アンドロメダ! 天魔族のアンドロメダ、だ! 神様によって生み出され、この世界の未来を守るために活躍する、陰の功労者さ!」
それはもうこれでもかというくらいにキメながら名乗った謎の女性──アンドロメダ。一見するとノリの良い近所のお姉さん然としている。ただ、それでいて整った目鼻立ちのため、子供時代に彼女が近所にいたら、きっと初恋の相手になっていたかもしれない。
アンドロメダは、そんなお姉さんだった。
中でも特徴的なのは、やはり頭にある二本の黒い角だろう。だが、もう一つ目を惹くところがあった。
それは、宝石の如く輝いているように見える髪だ。床に届くほど長いその髪は純白でありながら、光を受けて虹色に煌めくのである。
雰囲気的には、近所のお姉さん。しかし、只者ではないと感じられる特徴も持つ天魔族のアンドロメダ。
対してミラはというと、そんな彼女の正体を知って──というよりは、どことなく胡散臭い詐欺師にでも出遭ったかのような面持ちでアンドロメダを見つめていた。
「……あれ? もしかしてあんまり驚いてない? ほら、天魔族さんだよ? なんかこう歴史関係の何かで伝わってない? 偉大なる存在とか、世界の安定に尽力した素晴らしき英雄達とか!」
「いや、何というか、色々とあれでどう反応してよいのかと思うてな──」
一番最初にミラの頭に浮かんだ事。それは驚きや疑問などよりもまず、『銀河?』であり、続き『天魔……といえば迷宮?』というものだった。ゆえに天魔族と言われても、あまりピンと来ていなかった。むしろ悪魔っぽく見えたが違ったという点の方が驚き度が高いくらいである。
加えて、特別そうに見えなかったのには理由があった。それはアンドロメダの服装だ。何やら特別そうなコートを羽織っているが、その中はショートパンツにティーシャツという、完全な部屋着スタイルだった。
ごろごろしていたらミラという来客があったので、適当にコートを羽織り出てきた、といった感じにしか見えなかったのだ。
そのため余計に掴み辛いとあって、ミラは更に「して、教えてもらえると助かるのじゃが」と続けた。
「……まあ、うん。陰の功労者だからね。そりゃあ歴史に残ったりはしていないか、うん。そういう反応も仕方がないよね……」
そう言いつつも期待はあったのだろう。誠に遺憾であり残念でもあると落ち込んだ様子のアンドロメダ。
だが彼女は、なかなかに打たれ強かった。
「では、説明しよう!」
ぱちんと両手を打つなり、そんな事を口にしたアンドロメダは、次に「何よりもまずは、私についてだ!」と言い出した。
この場所はどういう場所なのか。なぜここに転移させられたのか。黒い金属片と共に受け取ったメッセージには、どのような意味があるのか。
教えてもらいたい謎は沢山あったが、それらは後回しのようだ。アンドロメダは何よりもまずは自身のアイデンティティを最優先にして、天魔族に関係するあれこれを詳しく語り出した。
用意された椅子に座ると共に始まった怒涛の説明。
アンドロメダが言うに天魔族の歴史は、遥か太古にまで遡るそうだ。
まずは全ての始まり。多くの神々の尽力によって混沌としていた世界に秩序が齎された頃、神様によって地上に遣わされた存在。それが天魔族だという。
「その頃の私達の主な役目っていうのが、まあ点検みたいなものだったわけ。あの時代の神って、結構大雑把だったりしたから。混沌の種が残っていないかどうか、隅から隅まで確認したの──」
それはもう大変だったと自慢気味に話したアンドロメダは、続けてとんでもない世界の謎を事も無げに口にした。
天魔族が世界の点検をし始めてから幾らかの時が過ぎた時期。何と世界に秩序をもたらした神々が空に還って行ったというではないか。
しかもよくよく聞いてみれば、その神々というのは今大陸中に名を広めている三神とは、まったく違う存在らしいのだ。
「──今いる三神は、一通り落ち着いてからやってきた神だね。未来になったら登場する人間の秩序を整えるために遣わされたって聞いたかな」
遠い昔過ぎるためか、記憶も相当に朧気のようだ。ゆえにところどころで考え込むが、それでも思い出しては言葉を続け、次から次へととんでもない神話が飛び出してくる。
特に三神についてのくだりは、まるで人間という存在が生まれるべくして生まれたかのような内容だ。初めから人間を中心とした世界を見据えているかのような人間に都合のいい神話である。
「ほー、そうじゃったのかぁ」
とんでもない話が飛び出すも、ミラはというと、もう既に話についていけなくなっていた。
けれど、それも当然か。話の始まりが神話級の創世記にまで遡ったのだ。もはや完全に一般常識の埒外である。
理解出来た事といえば、三神という存在の前に多くの神々がいたという事。そして天魔族と名乗る彼女が、そんな創世の時代から存在していたと主張している事くらいなものだ。
「ああ、それと還って行った神々が力の欠片を残していったんだけど、その一つにこの大陸が干渉した結果、生まれたのが精霊王だよ」
頭の中で整理を試みようとミラが必死になっている中で、更なる爆弾を投下してくるアンドロメダ。
「なんじゃと!?」
それは身近な精霊王の話とあってか、ミラは特に反応を示した。だが現時点では精霊ネットワークが遮断されているため、精霊王本人に確認する事は出来ない。念のために幾度か呼びかけてみるも、やはりこの場所からでは言葉が届かないようだった。
「ん? 何かリンクを辿ろうとしているね?」
と、ミラが精霊ネットワークの繋がりを探していたところだ。何とアンドロメダが、心の内での行動を見抜いてきたではないか。しかも「……お、なるほど。君は精霊王の加護まで得ていたのか。凄いね」と、精霊王との繋がりにまで気づいた様子だ。
「ただ、すまないね。この場所は少し特殊なんだ。ある方法以外では、行き来のみならず交信だなんだといったやり取りは一切出来ないんだよ。だから不安になるかもしれないけど、誓って私が君に何かする事はないから安心して。それに多分、ここはきっと世界で一番安全な場所だから心配しなくて大丈夫だよ」
勘付くなりアンドロメダは、何の問題もないと笑い飛ばすような口調でそう告げた。
やはり精霊王達の声が届かなくなったのは、この場所に原因があったようだ。それを把握したミラは、更に召喚術も使えそうにないと気づいた。それもまた行き来になるためか、制限されているようだ。
ともあれ、やはりそうだったかと納得したミラは同時に腹をくくり、「ふむ、承知した」と頷いてみせた。
「こういう状況を知ると色々騒ぐ人がいるって聞いていたからあれこれ用意していたんだけど……君には必要なさそうだ。安心したよ」
人によっては不安に陥るような状況だが、至って堂々とした態度のミラ。そんなミラの様子を目の当たりにしたアンドロメダは、朗らかに微笑んでいた。
その言葉を受けたミラは、直後に緊張感を漂わせた。状況からして、確かに彼女の言う事も十分にあり得た。現状はどこかよくわからない場所に閉じ込められたようなものだ。騒ぐ者もいるだろう。
だが、そんな時のために『あれこれ用意』していたという。いったい、騒いだらどんな目に遭わされる事になったのだろうか。
「ちなみにじゃが、騒いだらどうなっておったのじゃろうか?」
念のためにといった面持ちで、そう問いかけたミラ。するとアンドロメダは「ああ、それはね──」と、予定していた内容を教えてくれた。
驚くべきその内容は、ご馳走でもてなし、施設を自由に思う存分見学させ、快適なリラクゼーションルームで寛いでもらい、最後にはお土産に凄いお宝があるよと言って、どれが欲しいか選んでもらう。というような内容だった。
「なん……じゃと!?」
むしろゴネ得である。恥も外聞もかなぐり捨ててゴネまくった方がよかったと思えるくらいの歓待ぶりだ。
それを知ったミラは、大物ぶって腹をくくるんじゃなかったと天を仰ぎ、「お宝……」と呟いた。
「えっと、まあ。後でお土産選んでくれていいから、さ」
よほど顔に出ていたのだろう、というよりはもう口に出ていたからだろう。ミラを憐れと思ったのか、アンドロメダは優しくそう言ってくれた。
「おお、絶対じゃからな!」
ミラは途端に笑顔を咲かせて、絶対に約束だと喜ぶのだった。
という事でして、
からあげ、届きました!!!
からあげ……からあげ?
からあげになる前のお肉が届きました!
生!?
なぜこうなったのかと確認してみたところ、
リストには生肉と書いてあるものもあったので、書いていないものを選んだのですが……
「こんな状態でお届けします」みたいな画像をよくよく見ると生肉だとわかるという……。
まさかそんなところに落とし穴があるなんて!
次からは端から端まで徹底的に確認してから注文する事にします……。
一人暮らしで揚げ物は、なかなかハードルが高い……。
味付きチキンソテー、美味しかったです。




