503 再びの海へ
五百三
「おお! これは見事なものじゃのぅ」
存分に風呂を堪能し終えたミラは、更衣室に戻るなりセーラー服にマナを注いで乾燥機能を起動した。
するとどうだ。セーラー服が瞬く間に乾燥していったではないか。しかもそれだけに留まらない。不思議な温かさに包み込まれたかと思えば、全身までしっかりと乾いていたのだ。
この機能が部屋着などについていたら革命的かもしれないと、未来の展望を想像するミラ。
風呂からあがったら、そのまま服を着るだけでよくなるからだ。いちいちタオルなどで丹念に体を拭く必要もなくなるのである。
面倒が省けていい。ミラは、どうにかこの乾燥機能がついた普通の部屋着を作ってもらえないだろうかと考えながら、立ち止まる事なく更衣室を後にする。湯上り直後とは思えないくらいの手間いらずだった。
「とりあえずは、飯じゃな」
自室へ戻る途中にて幾らかの研究員達とすれ違いつつ、いつも通りの調子で階段を上がり、次の予定を決めていくミラ。
まずは、食堂で受け取った厚切りの極上ステーキを堪能しよう。そして色々と忘れないうちに実験予定ノートにメモしておこう。
そう決めた通り、部屋に戻ってからミラは極上ステーキをじっくり味わった後は、ゆったりと過ごした。
と、そうして眠くなってきた頃、トイレにて気づく。
「あ、そういえば脱いだままじゃった……」
そう、下着の着け忘れだ。風呂に入る前に脱いだままであった。セーラー服の乾燥機能に感動するあまり、もう更衣室でする事はないと短絡的思考に陥った結果である。
そんな今の状況を把握したミラは、姿見を前にどの程度の角度だと危険なのかを確認する。
その結果、少しスカート丈の短いセーラー服とはいえ、角度には幾らか余裕があると把握出来た。これならば不自然なほど下から覗かなければ見えるはずなどない。
ノーパンでうろついていたなどと噂を広められたら堪ったものではないとするミラは、ひとまず胸を撫で下ろしてから忘れないうちにパンツを穿く。ただブラを着け直すのは困難だと早々に諦め、床に就いた。
次の日。目を覚ましたミラは、むくりと起き上がるなり思わぬほどの寝起きの良さに驚いていた。
「とんでもなく充実しておるのじゃが……」
目覚めた直後の、どこかぼんやりと眠い感覚などどこへやら。ミラは二度寝など考えられないほどに頭が冴えわたっているのを恐ろしいまでに実感出来ていた。
これほど爽快な朝を迎えたのは、初めてだ。そう感動しながら、ではいったい何がどうしてこれほどまでに爽快なのかと考える。
頭が冴えわたっているせいもあって、見当は直ぐについた。
セーラー服だ。このオペミトラン特製のセーラー服は寝心地まで抜群であり、しかも睡眠をサポートするような効果まで秘めていたのだろう。
ここまで至れり尽くせりな性能となれば、むしろ脱いだ後の反動が気になってしまうほどである。
「……飯にするとしようか!」
もしや、それこそがオペミトランの狙いだろうか。この快適さこそが罠なのではないか。そこに気づいたミラは、今日限りで決別するから問題ないと思い直し食堂に向かった。
「ミラさん。こっちが空いているぞ」
賑わう食堂にて、朝のオススメメニューであるトンカツホットサンドを注文したミラ。
と、それから空いている席を探していたところで、おいでおいでと手を振るアストロの姿があった。
「おはよう、ミラさん」
「うむ、おはよう」
丁度いいと歩み寄ったミラは、そう朝の挨拶を交わす。そしてミラが座るところを見計らうようにして、アストロがとある話題を口にした。
「早速だが、例の年代分析が終わってね──」
そんな前置きから始まったのは、海底で発見された銃についてであった。
ヴェイパーホロウが所有していたと思われる銃だが、彼らが活躍していたのは三百年ほど前の事。その歴史には、まだ銃というものは登場していなかった。
ゆえに、まずは年代の特定にかけたわけだが、どうやら今朝方にその結果が出たそうだ。
アストロが言うに、やはりその銃が製造されたのは、三百年ほど前で間違いなかったという事だった。
「──よってヴェイグ達がいた大陸には、既に三百年も前に銃が存在していたとみてよさそうだ。そしてそれから三百年後の今、いったい海の向こうはどうなっているのか、どれほどの文明に発展しているのか。まったく興味は尽きないな!」
まだ見ぬ世界を夢想してアストロは笑う。そしてミラもまた、「銃が作れるくらいじゃからな。機械仕掛けで歩く城くらいあるやもしれぬぞ」とロマンを掲げ大いに夢を広げていく。
「──しかしまさか幽霊船が、外海を知るきっかけになるとはなぁ。何があるかわからないものだ」
どこにどんな因果が転がっているかわからない。あれこれと語り合ったところでアストロがしみじみと、そう呟いた。
と、その言葉を耳にしたミラは不意に悪寒と共に昨日の出来事を思い出し、その件について恐る恐るアストロに尋ねた。いつの間にか胸ポケットに入っていた、あの心霊写真を回収してもらった後、何かおかしな事は起きなかったかと。
「ああ、それはもうかなり興味深い現象だったからね、昨日は部屋に持ち帰って遅くまで写真を見張っていたんだ──」
そう、どこかおどろおどろしく前置きしたアストロは、けれど一呼吸置いてからため息交じりに続ける。「けれど、特にこれといった変化は起きなかったよ」と。
「またいつの間にかミラさんのポケットに瞬間移動している事も期待して、何度か目を離したりミラさんの部屋の前に置いたりとかしてみたんだがね。この通り、何も変わらずだ」
いったいどういった現象が起きる事を期待していたのか。アストロは残念そうな顔をすると共に、服のポケットから一枚の写真を取り出した。そしてその写真をじっと見つめてから、この通りだとミラの方に向ける。
「そんな期待せんでよい──ひぃっ……!」
本当にそうなっていたらどうするんだと憤慨したミラは直後、その写真に写るどす黒い目のような何かを見た。けれどそれは錯覚だったのか、思わず息を呑んだ直前に消えていた。
「いちいち見せんでよい! それよりもまあ、あれじゃ。一応、今度教会などに行ってみるのもよいかもしれぬぞ。先日にのぅ、幽霊について精霊王殿に聞いてみたのじゃが、その手の話については神の領分じゃと言っておった。もしかしたら何かわかるやもしれん」
見えた目は、まるで自分を威嚇しているかのようであった。そこでミラは、昨日団員一号が言っていた事を思い出す。写真に写る何かは、アストロを気に入っているのかもしれないという話を。
だが、その何かがどういう感情で彼を気に入っているのかはわからない。ゆえに一度、専門家に見てもらった方がいいのではという提案だ。
「精霊王さんが、そんな事を? でも教会か。……よし、何かが掴めるとしたら面白そうだ。今度行ってみる事にしよう」
アストロにとっては、恐怖よりも興味の方が勝るらしい。心霊写真を大切そうにポケットにしまいながら笑って答えた。
「っと、精霊王さんといえば、ちょっと聞いてみたい事があるんだけど、聞けたりするかい?」
心霊写真について一区切りがついた矢先の事。丁度いいといった口調で、アストロがそんな言葉を口にした。
はてさて、改まってどういった話だろうか。ミラは「ちょいと様子を伺ってみよう」と答えるなり、精霊王に話を繋いだ。
『なんでも聞いてくれて構わないぞ!』
精霊王からの答えは、どんとこいだった。それどころか、わざわざ精霊王指名という事で、いったいどんな内容なのか興味津々ですらある。
その事をアストロに伝えたところ、彼は「それはありがたい!」と喜んで、精霊王への質問を切り出した。
「精霊王さんの力……というより影響力のある範囲は、どのくらいなのだろうか──」
アストロが精霊王に聞いてみたいといった内容。それは今しがた大いに語り合っていた外海への興味からくるものであった。
外の大陸へと視野を広げていくにあたり、アストロはその辺りが気になったそうだ。
神にすら匹敵する力を持つ精霊王。ではその精霊王が管理している範囲は、どのくらいなのかと。
この大陸のみならず、ここから遠く離れた大陸……果てはこの星全ての精霊達を統率しているというのならば、外海がどのようになっているのかも知っているのでは。と、アストロはそう考えたわけだ。
「あー、その事についてじゃったか」
実際のところ精霊王の存在を知るほどに、それほどまでの絶大な力を持っていそうな印象を受ける。だが、真実は違っていた。そしてその真実については、以前にミラも精霊王に直接聞いた事だ。
精霊王にとって、また精霊王が統括する精霊達にとっては、アース大陸とアーク大陸のある、この地域こそが世界の全てであったのだ。そして、それを常識として認識していた。
実に不思議な事だと精霊王がしみじみ呟けば、マーテルもまた同意を示す。
「──どうやら直接話してくれるそうじゃぞ」
同じく外海の世界に興味を抱く者同士。面白い話し合いが出来そうだと言い出した精霊王。その意を伝えながらミラが左手を差し出したところ、アストロは喜んでその手を握った。
『初めまして、アストロ殿。我も外の世界については興味が尽きない。折角だ、そのあたりを篤と話し合おうではないか!』
「これは凄い……! ええっと、初めまして精霊王様。よろしくお願いします」
脳裏に響いてくる精霊王の声。その感覚に驚くも、アストロの中では興味の方が勝ったのだろう。早速ですがと、精霊王の答えを求める。
そうして精霊王とアストロの交信が始まった。頭の中で話が出来ると教えたところ、アストロの言葉が次から次に溢れていく。
まず初めに語られたのは、先ほどの質問についてだ。精霊王は海の向こう側について、そもそも把握していなかったという件である。
『──つまり、この地域一帯を司っている、という感じになるのでしょうか。精霊の世界というのも、まだまだわからない事がいっぱいありそうだ』
その影響は世界全体ではなく、一部地域という局地的なもの。様々な文献などに残る精霊王の逸話を知っていれば思いもよらなかった真実に驚くところだが、アストロはむしろ納得がいったという様子であった。
そこから更に認識している地域の事であったり、精霊達の詳細な役割であったり、あり得そうな可能性であったりといった事を語り合い始めた。
話が長くなりそうだ。そう感じたミラは、二人を置いて食事を始める。手は繋いだままであるため食べにくいが、今日のメニューはトンカツホットサンド。片手だけでも簡単に食べる事が出来た。
『──とすると、別の大陸にはやっぱり他に精霊王と呼ばれるか、それに近い存在がいそうですね』
『ああ、そうでなければ、きっと世界を維持出来ないであろうな』
ミラが食後の一杯を堪能していたところで、精霊王とアストロの会話は一つの着地点に降り立った。
それは、外海にある別の大陸にもきっと精霊達が住んでおり、精霊王と同じような立場の存在もまたいるはずだ、というものである。
アース大陸とアーク大陸。その環境、そして在り様からして、別の大陸も根本から違うような世界にはなっていないだろうとアストロは考え、精霊王もまたそれに同意した形だ。
ただ普通に考えれば、同じ惑星にある大陸だ。当然ともいえるような内容だが、この世界についてはまだわからない事が多く、加えて魔法などという要素もある。だからこそアストロは、その最低限の部分をしっかりと固めておきたかったようだ。
「ありがとうございます、精霊王様。そして、ミラさんもありがとう。お陰で、色々と捗りそうだ!」
精霊王と話が出来た事で、仮説が形ある土台に仕上がった。アストロは、とても満足げな顔でそう告げる。対して精霊王もまた、『実に有意義であったな!』と、こちらもまたご満悦だった。
そうして話も一段落したところ、アストロがすっかり冷めきった朝食に手を付けようとした矢先に、それはやってきた。
「あ、いたいたアストロさん! あ、ミラさんも! 丁度良かった大変なんです。ついさっき、また幽霊船が出たっていう報告が入ってきたんですよ!」
その者は、共に幽霊船調査船に乗っていた一人だった。廊下から顔を覗かせた彼はアストロの姿を見つけるなり慌てた様子で駆けてきて、そんな言葉を口にしたのだ。
「なんだって!? いや、待て。しかし幽霊船はあの日に成仏していっただろう。我々が見送ったあれは、つまりそういう事だったはずだ。だとしたら、その報告はそれよりも前に目撃されたものが今更に届いただけの気もするが、その辺りはどうなんだ?」
ヴェイグ達の幽霊船が消えていった場面において、精霊王が、天ツ彼岸ノ社に還って行くヴェイパーホロウ達の魂を見届けてもいる。
その状況からして、また幽霊船が出現するなど考え辛い。だからこそアストロは、報告が遅れてやってきただけという可能性に触れた。
しかし、報告しに来た彼が続けた言葉は、衝撃的なものだった。
「いえ、つい今朝方の目撃証言です!」
なんと目撃されたのが、今から数時間ほど前だというのだ。
これに対してはアストロのみならず、ミラもまた、いったいどういう事だと驚いた。
「何だってまた……」
「成仏しきれておらんかったのじゃろうか……」
何が原因なのだろうかと考える二人。するとそこで「実は、その点なんですが──」と、もう一つの重要な情報が男の口から語られた。
いわく、報告にあった幽霊船は、どうにもこれまで目撃されてきたヴェイパーホロウの船とは違うものである可能性が高いと。
「違う船、じゃと?」
「つまり、俺達が見届けたヴェイパーホロウの船以外の幽霊船が新たに出現したってわけか!?」
他の誰かにしてみれば、幽霊船は幽霊船だろう。だがヴェイパーホロウの歴史に触れたミラ達にとって、今回発見されたそれは今までとはまったくの別物であった。
ではいったい、その幽霊船の正体は何なのか。どのような理由で出てきたのか。このタイミングで現れたのは何故か。
まさかの報告で大いに興味を惹かれた様子のミラとアストロ。そこから更に男が補足する。なんと新たに現れた幽霊船の特徴を分析したところ、それに一致する海賊船が候補に浮かび上がったというのだ。
その船を駆る海賊の名は、『グライオス』。かつて、ヴェイパーホロウのライバルとされていた海賊との事だ。
「長い間、海を彷徨っていたヴェイパーホロウが成仏して早々に現れた、そのライバルの幽霊船、か。これは因果めいた何かがありそうじゃないか! よーし、幽霊船調査隊出発だー!」
突如飛び込んできた大ニュース。もはや食事どころではない。アストロは冷めきった朝食をそのままアイテムボックスに突っ込むなり立ち上がって叫ぶ。
するとどうだ。食堂にも数人ほど幽霊船調査隊のメンバーがいたようで、その者達が鬨の声を上げて飛び出していったではないか。
「ヴェイパーホロウのライバル、グライオスか。ふむ、これまた面白くなりそうじゃな!」
新たな冒険の幕開けだ。どんな秘密が隠されているのか。そしてどんなお宝が眠っているのか。これはもう行くしかないと、アストロに続いて勢いよく立ち上がったミラ。
すると、その直後だ。肩にそっと手が置かれるなり、ミラはそのまま力づくで着席させられた。
「何じゃいったい!?」
何をするのかと、ミラはふくれっ面で振り返った。そして直後に目を見開き息を呑み押し黙る。なぜならそこに、据わった目をしたミケがいたからだ。
「今日はこれから調整のために色々あるって言っておいたはずなんだが、いったいどこに行こうとしているんだい? それにさ、前回私も行きたい気持ちをぐっと我慢して君の装備作りに専念していたんだ。そしたらどうだい、まさか解決したなんていうじゃないか。それを聞いた私の気持ちがわかるかい? ねぇ、わかるかい? そしてまた、新たな幽霊船だって? 私としてはね、今の君みたいに直ぐにでも飛び出したい気持ちで一杯さ。けれど私には、一度請け負った仕事を完璧にこなすっていう矜持がある。だから当然、今回もお留守番さ。これでまた解決の現場に立ち会えなかったら堪ったものじゃないと思いながらも、私は完璧な仕事をするために居残るわけだ。そしてそのためには、この後すぐにその服に記録されたデータを基に、色々と君の身体を調べなきゃいけない。この意味、わかるよね?」
淡々と饒舌に、それでいて節々から感じ取れるのは脅迫か呪詛紛いの言葉の数々。加えてミケの手は、徐々にミラの肩を締め上げていく。
彼女の中では、どれだけの感情が渦巻いているというのか。ただ何よりもはっきりしているのは、もうこのままミラが同行出来る可能性はなくなったという事だろう。
「で……では行ってくる。ミラさんも頑張ってな!」
ミケが睨むのは、ミラのみではなかった。それはもう大手を振って調査に出かけられるアストロ達に対してもだ。
よってアストロと報告に来た男は、そんなミケの目から逃れるように食堂を飛び出していく。先ほどまでは調査仲間として、また一緒に調査に出発するものとして話していた二人が、あっという間に他人行儀だ。
「それじゃあ、開発室に行こうか」
「……うむ」
幽霊船調査に行きたいとは、もう口が裂けても言えなくなったミラは、ミケの言葉に素直に頷くのだった。
いつだったか健康のために飲む用として、りんご酢を買った事がありましたね。
しかし実際に試してみて、こんなん飲めるかと諦めてから数ヶ月。
そのまま放置しておくのももったいないと、ちょくちょく料理に使っていたりんご酢を、先日遂に使い切りました!!!
ほとんど、野菜炒めを作る時に使いました。
そして不思議と、慣れてきたからなのでしょうか。徐々に一回の使用量が増えていくという現象が!
飲むのは無理でしたが、そもそも酢は調味料。料理との相性は抜群でしたね!
と、そのようにしてようやく使い切る事の出来たりんご酢ですが……。
はてさて、もう身体が酢を求めてしまっているのでしょうか。酢の可能性というものに期待してしまっているのでしょうか。
先日、純玄米黒酢というのを買ってしまいました。
こちらも説明書きに飲み方などが書いてありますが、それはもうどうでもいいんです。
今回は、料理前提で買いました!!
早速、野菜卵丼を作る際に使ってみようと思います!
黒酢とりんご酢……いったいどんな違いがあるのか、それもまた楽しみですね。




