500 心霊写真
五百
アストロに案内されたのは、『ライブラリー』という表札がかけられた部屋だった。何でもここには試し撮りなども含め、画像技術総合研究開発部──画像研で撮影した全ての写真が保管されているそうだ。
「これまた、とんでもない量じゃのぅ」
その部屋を目にして、まず一番に浮かんだ感想が量に対する驚きだった。
それというのも、隣の開発室と同じくらい──三十メートル四方はあるだろうその部屋は、僅かな通路を残し見える範囲の全てが棚で埋まっていたのだ。その棚全てに写真が収められているとしたら、いったい何万枚……何十万枚の写真があるのだろうか。
そう感じてしまうほどに圧巻の光景だったが、アストロの後に続いて奥にまで入っていくと、またガラリと様子が変わった。
「なんと……ここも凄いのぅ!」
沢山並べられた棚の壁の、その先。入り口からは見えないそこにあったのは、見事な写真展だった。
本格的なギャラリーのように入口と出口が決められ導線が作られており、大小さまざまな写真がどうだとばかりに展示されている。
「お、もしかして気になったか? ここには私達で厳選した中でも、特にいい写真を並べているんだ」
アストロが言うに、このギャラリーにある写真は大陸各地で撮影されたものだそうだ。
新しいカメラが完成したら、試験なども兼ねて様々な環境を巡り、数千枚と撮影するらしい。そしてそれだけ撮れば、時に奇跡の一枚が出てくるもの。
そういった写真を、折角なので飾ってしまおうと考え作ったのが、このギャラリーとの事だ。
「ちょいと見ただけでも、確かに見事なものばかりじゃな」
奇跡の一枚。その言葉は大げさでもなんでもなかった。目に映る写真の全てが、息を呑むほどに引き込まれる魅力に満ちている。
風景一つとっても、それはただの風景写真に収まらない。澄んだ湖の奥に見えるのは、鮮やかに煌めく森と、その森を覆ってしまうほどに大きな御神木。距離感が狂いそうになる光景を捉えた一枚は、ファンタジーの壮大さを大いに見せつけてくれた。
他にも入り口から見える範囲には、相当な望遠で撮影したと思しきユニコーンの写真や、沢山の飛空船が空を行き交っている写真、魔獣と激戦を繰り広げている写真など。興味をそそられるものが目白押しだ。
そして目的の心霊写真は、そんな写真展の奥にある隔離されたスペースに安置されているという。
(いやはや、どの写真もよい出来栄えじゃな──と……ん? この光景は何やら見覚えが)
飛空船の甲板から撮られた街、巨大な陸橋を走る大陸鉄道の雄姿、騎士達が列を成す軍事パレード。アストロの後に続きながら通りがけに飾られた写真を眺めていたミラは、その途中、とある一枚を目にしたところで既視感を覚えた。
はて、これはどこであっただろうかと。
その写真に写されていたのは、どこかの街の風景。実に上品そうな街並みでありながら、そこを行き交う人々の顔──主に男達の顔には、これより戦場に赴くかのような気迫が見て取れる。
いったいどの街の風景だったか。そう少し考えたところで写真の奥に写る特徴的な建物を見つけたミラは、なるほどあそこかとほくそ笑んだ。
その建物とは、小ぶりながらも立派な城。それでいて、国王がいるわけではない場所。
そう、そこは以前にイラ・ムエルテの最高幹部、ユーグストを捕まえにいったミディトリアの街にある花街特区だったのだ。
わざわざ写真を撮るために行ったのか。それとも、もしくは。そんな野暮な事を考えながら他の写真も楽しみつつ、ミラはその一角に足を踏み入れていった。
「おおぅ!? なにやら急にぞくりときたのじゃが……」
気温が変わったわけではない。けれど不思議な寒気が背筋を走り、ぶるりと震えたミラは壁の写真から正面に視線を移した。
「いやいやいや……こんなにあるとは聞いておらんぞ……」
隔離されているといっても、そのまま地続きで堂々と展示されていたのは、数十にも及ぶ心霊写真の数々であった。
一目でそれとわかるものもあれば、パッと見ただけでは何がどうおかしいのかわからないようなものまで。そこには多種多様な心霊写真が並べられていた。しかも遊び心とでもいうのか、わかりやすさ順になっているようだ。
間違い探しか何かの派生形かなと思うような展示の仕方だが、そこはやはり心霊写真。他とは違う点があった。
それは、空気である。明らかに、この周辺だけ空気感が別物なのだ。
「お、ミラさんも感じたか? そうなんだ。こういう写真が撮れるたび、ここに並べていたんだが、いつの頃からか……この場所にくると不思議な寒気がするようになってね──」
アストロは語った。最初は研究のためというよりは珍しいものが撮れたからという理由で、心霊写真をここに置いていたと。
だが、それを見た仲間達が真似をして、不可解な写真が撮れた時には、それらをここに並べ始めたという。
その結果、心霊写真がこの一角に集中し、気付けばこの場に足を踏み入れるたび寒気に襲われるようになったそうだ。
「──そこで今回の件だが。なんと、あの日幽霊船が現れた時に起きた空間の揺らぎが、今ここで観測出来るそれと似ているんだ。もしかしたら、もしかするかもしれない!」
そう興奮したように話すアストロだが、ミラはその言葉を聞くなり後ずさった。
それはつまり、ここでも同じような現象が──幽霊が現れるという意味なのではないかと悟ったからだ。
そのようにミラが警戒している間にも、アストロは楽しげに話し続けていた。ハルミレイアとオルターバの霊が出てきた時も観測出来ていたら、もっと正確な数値を割り出せただとか、はっきり目に見えていたあの時に写真を撮っていたらどのように写ったのだろうかだとか。
アストロの顔は、瞬く間に熱血調査員から病的な研究者のそれへと変わり始めていく。
「ふむ、そうかそうか。では、そろそろ十分なのでな。戻ると──」
これ以上ここにいて何かあっては堪ったものではない。そのうち祟られるのではないだろうか。そんな印象を抱きながら、とっととその場から離れようとした時だ。
「──おっと、そういえば幽霊調査のきっかけになった写真を見たいと言っていたね!」
色々と歴史を語っていた中で、それを思い出したようだ。アストロは並べられた心霊写真の一枚をぴっと剥がして「ほら、この写真だ!」と差し出してきた。
「……ふむ」
今すぐ立ち去りたいものの、その写真は気になると立ち止まったミラは、差し出されたそれを受け取りはせずにそのまま覗き込んだ。
「……雰囲気、抜群じゃのぅ」
その写真は、どこかの遺跡のような場所で撮影されたもののようだ。写真の中で楽しそうに笑うアストロの背後に広がっているのは、人造物だとわかる程度に残る柱など。相当に古そうな遺跡にみえる。
「なんだかわくわくする遺跡だろ? それで記念撮影も兼ねて撮ってみたら、まあ写ったわけだ」
そんな背景に溶け込むようにして佇んでいるのが、この一枚が心霊写真となった所以。薄らと消えかけているような姿で、どこか遠くを見ている女性がアストロの後ろに存在していたのだ。
写り方からして、明らかに生きている人ではない。そして精霊などの特徴も見られない。また何よりもアストロが、その時その場には誰もいなかったと断言した。
いわく、この写真を撮る前に好奇心の赴くまま遺跡を一通り調査していたという。そして最後に撮影したのが、この写真だそうだ。
ただ人がいたのみならず、どこかに隠れていても先に見つけていた。ゆえにこの写真に写る女性は、この写真でしか認識出来ない存在だった。そのようにアストロは熱く語った。
「そうなると、確かにオカルトじゃのぅ……」
余計な可能性のない状況で写り込んだ女性。これは確かに疑いようのない心霊写真だと、ミラが感心しながらそこに写る女性を見つめる。
その時だ──。
『あっ!』
「おおぅ!?」
突如脳内に響いたマーテルの声。ただそれは、いつも以上に唐突なタイミングであったためか思わず声を上げて驚くミラ。
「なんだ、どうした?」
脈絡のないミラの声だ。何事かとアストロが反応するのは当然の事。ただミラが「いや何、急に頭の中に声が響いたものでな」と口にしたところ、「もしかして、精霊王さんが何かに気付いたのか!?」と、何やら余計な期待を抱いてしまった様子だ。
「いや……今回はどうじゃろうな」
聞こえたのは、マーテルの声である。こんな何でもなさそうな心霊写真でも、また愛だなんだと言い出す可能性があった。よってミラは期待するなといった顔で答えてから、何事かとマーテルに問うた。
『えっと、驚かせちゃってごめんなさいね。ちょっとその女の子が、あの子にそっくりだったから。彼が愛した、あの子に……』
先ほどの声は、それこそ本人にとっても思わず発してしまった声であったのだろう。少し照れたように謝罪から始めたマーテルは、やはり愛だなんだと言い出した。
けれど今回のそれは、どうにもいつもと違う。その話に触れたマーテルの声には、これまでと違って沈痛な思いが秘められていたからだ。
それはきっと、マーテルが言う『あの子』というのが原因なのだろうと考えられる。
ではいったい誰なのか。興味を抱いたミラは、じっくり観察するように心霊写真をのぞき込む。そして、この女性がどうしたのか聞いてみようとしたところだ──。
『なるほど、これは……! 確かに似ている……というよりは、そっくりだ』
続けて驚く精霊王の声が頭に響いてきたではないか。どうやらマーテルの言葉を受けて、精霊王もまた同じ人物を思い浮かべたようだ。しかも似ているどころではなく、本人そのものなのではないかと、心底驚いた様子である。
いったいこれはどういう事か。ここに見えるのは、本人なのか。そのように思案し始めた精霊王とマーテル。そこにミラが最も気になる疑問を挟んだ。『ところで、あの子とはどの子なのじゃろうか?』と。
『──おっと、すまない。そうであったな』
『そうね、そうよね』
この写真というのに写っているのは、あの場所だろうか。いつの場面なのだろうか。これが本当に幽霊だとしたら。そのような言葉を交わしていた精霊王とマーテルは、アストロに詳しい事を聞いてほしいと告げてから、そのそっくりだという女性の事について教えてくれた。
『なんと……こんな形で目にする事になるとはのぅ……』
心霊写真に写る女性。精霊王とマーテルから聞いた、そっくりだという人物の名は、『アナスタシア』。彼女は、かつて三神に仕える巫女として存在し、また異空間の始祖精霊リーズレインが心より愛した女性でもあった。
それを知ったミラは、リーズレイン所縁の品である空絶の指環をそっと見やる。マーテルと精霊王から託され右手の指に嵌めていた指環だ。
リーズレインが永い眠りにつく前に残したというそれには、彼の無念と、大切なものを護りたいという願いが秘められているという。
ゆえにミラは、リーズレインを眠りから目覚めさせるため、空絶の指環の力を活用する事で幾らかの刺激になればという理由でそれを預かっていた。
これまでの間に幾らかその力を使ってきたが、現時点では特にこれといった反応はない。護るためというよりは、容赦なく範囲攻撃するための運用なども交じっていたからだろうか。
ともあれリーズレインについては、これといった進捗がない状況。そんなところにふと飛び込んできたのが今回の心霊写真だ。
「のぅ、アストロや。一先ず、この写真をいつどこで撮影したのか聞いてもよいか?」
本物か、それとも似ているだけか。そして幽霊なのか、別の存在なのか。そういった細かい部分を判断する前に、まず精霊王とマーテルが気にしているその点についてミラは質問した。
「ああ、この写真は──」
アストロは、直ぐに詳細を教えてくれた。何でもはっきりとした心霊写真が撮れた場所については、詳細な調査を行っているそうだ。このアナスタシアが写り込んだ場所についても詳しく把握しており、更には時期も六年と三ヶ月前で間違いないと断言する。
『大陸中央の北。山脈の合間にある神殿跡か』
『間違いないわ。あの子の亡骸が見つかった神殿ね……』
アストロに教えてもらった地点を地図で確認したところ、正しくアナスタシアと所縁のある場所だと精霊王達が証言する。
遥か過去に起きた、魔物を統べる神との戦い。その大戦の被害は甚大で、アナスタシアもまた彼女が仕える三神の神殿にて、護衛の騎士と共に亡くなっていた。
そう、アストロが調査し写真を撮ったというその神殿跡こそが、アナスタシアのいた神殿であったのだ。
『とすると、この写真の女性は……』
そんな場所で撮影した写真を今一度じっくり確認しながら、ミラはその答えに行き着く。もはやここまで状況が一致するならば、もうこの女性こそリーズレインが愛したアナスタシア本人で間違いないだろうと。
『本人、であろうな』
『ええ、きっと』
精霊王とマーテルもまた、これが幽霊を捉えたものであるならば、その可能性は高いと同意する。
(まさか、こんなところで、このような出会いがあるとはのぅ……)
最初は、ただ興味本位で心霊写真を見せてもらいに来ただけだった。けれど、そこに写った者に心当たりがあるとしたら事情が変わるというものだ。
特に今回の場合は更に複雑であり、以前に話を聞いていたからこそ余計にどうにかしてあげたいという感情が湧いてくる。精霊王達──精霊達の問題はミラにとっても、もう無関心ではいられない事になっているからだ。
『よし。用事が済んだら次の目的地は、ここじゃな。もし成仏出来ずに残っているのだとしたら、放ってはおけぬ』
ミラは、その感情に従い次の目標を定める。異空間の始祖精霊リーズレインの想い人であるアナスタシアの幽霊を成仏させようと。
『ありがとう、ミラさん。きっと彼も喜ぶわ』
『感謝するぞ、ミラ殿。それにもしかしたら、目覚めのための一助になるかもしれない』
と、そのようにミラが決意し、精霊王達もそれに同意していたところ──。
「それでどうなったんだ? なんて話しているんだ? この写真に何か凄い事が隠されていたりしたのか?」
気づくとその目を好奇心に染めていたアストロが、ミラの目の前にまで迫っていた。そして「そろそろ、何かこう話してくれてもいいと思うんだが!」と続けて更に迫った。
とはいえ、それも仕方がない。何か気になるような事を言ったきり、ミラは黙ったままなのだ。特に自身で撮影した心霊写真がきっかけとなれば、むしろ話に交ぜてくれと主張してもいいくらいである。
「おっと、すまんかったすまんかった──」
アストロの反応も当然だ。そう理解するミラは、「ふむ、どの辺りから話したものかのぅ」と呟きながら精霊王に、実際どの辺りまでなら大丈夫だろうか確認して、その写真に写る女性について説明した。
さてさて、ふるさと納税とはどのような感じになるのだろうか幾つか試したわけですが……
遂に来ました、返礼品が!!!
人生初となる返礼品。
それは……
ねぎとろです!!!!
こちらは、静岡県の方にふるさと納税した分になりますね。
ささっと解凍してご飯の上にのせるだけで、あっという間にねぎとろ丼の完成です!!!
これがまた美味しい!
ただ……
届いたねぎとろは、14パック。
対して賞味期限は、22日まで。
現在、二食分消費済み。
はい、毎日ねぎとろ丼でも期限までには間に合いませんね!
まあ冷凍ですし、あくまでも賞味期限ですし、多少過ぎたところで大きくは変わらないですよね!
と、ふるさと納税済みの分は、四つ。
いつ届くのか。今から楽しみでなりません!
なお残り4つ分はそこそこ賞味期限長めなやつなので、ゆっくり楽しもうと思います!




