496 歴史は霧の彼方に
四百九十六
「魂が見えるようになるか。そんな不思議な効果まであったりするんだな」
まず初めに、神器が魂に及ぼす影響について素直に受け止めたのはアストロだ。これを所有するプレイヤーは存在せず、三神国にのみ存在が確認されている特別な存在。それが神器だ。
神の力を宿したランドルシア家の宝剣。それは伝説級か、それともアーティファクト級になるのか。その辺りだろうと考えていたアストロは、だからこそ急に飛び出てきた神器の可能性に少し興奮気味である。
「公表されていない神器……。なんだか、とんでもなくなってきた!」
かなり繊細で爆弾的な情報だ。それこそ慎重に取り扱う必要がありそうだが、好奇心の方が勝ったのだろう。マノンの表情は、すこぶる輝いていた。そしてその目は、是非とも確かめて見たいという色で染まっている。
なお、そんなマノンにそっと釘を刺すアストロ。今後の関係性が色々と複雑で面倒になりそうなため、この件についてはここだけの話にしておくようにと。
歴史調査大好きなマノンである。本来ならば己の欲望のまま、その辺りについて追及していたであろう。
けれど実際のところ、アストロのいう事は尤もであった。だからこそマノンは踏み止まる。それはもう不満そうな色を顔いっぱいに浮かべているが、越えてはいけないラインというのはしっかり心得ているようだ。
「マノン、絶対だからね」
「……う、わかった」
否、まだ何かしら企んでいたのだろう。けれどアノーテの言葉で、それも諦めたと思われる。興味で満ち溢れていたその顔は、途端にしぼんだ風船のように萎れていった。
「それにしても神器とか……。ランドルシア家って何者だったの?」
マノンはもう無害化したので問題はなさそうだ。それを確認したアノーテは根本的な部分について触れた。
彼女の言う通り、それは極めて興味深い謎である。
ここではない遠くの大陸に存在する国『グースバルト』の公爵家。それが今、日誌から把握出来ているランドルシア家の全てだ。
かつてヴェイグがいた『グースバルト』の強大さについては、日誌からおおよその予想は出来る。かなり多くの周辺国を動かしていた様子からして、こちらで言うところの三神国規模の影響力を有していそうだ。
そんな国にあり、家宝として神器を受け継いできたランドルシア家とは、どれほどの存在だったのか。また、こうして神器が持ち出されてしまった今、ランドルシア家はどうなっているのかという疑問も生まれた。
「思えば、あの箱に入っていた銃だとか、謎は幾つも残ったままじゃのぅ」
他にも一番最初の謎がそのままだったと、ミラが思い出したように挙げる。
遠い大陸からやってきたヴェイグ達が持っていた中で、最も特徴的なもの。『銃』だ。
きちんと年代測定をする必要はあるものの、ここまでの調査からして、ほぼ間違いなくヴェイグ達の持ち物であったと推測出来た。
この銃が沈んでいた海底にあった各種の手掛かり。それらを追った結果、ヴェイパーホロウのアジトが見つかり今に至る。
となれば、同じところにあったこの銃はヴェイグ達のものと言えるわけだ。
それはつまり三百年も前に銃が存在していたという証拠にもなる。だが、今ミラ達がいるこの大陸において、その歴史の中に銃の存在は一切登場していない。
よってその銃は、ヴェイグ達が大陸を越えて持ち込んだものである可能性が高い。
「『グースバルト』か……どんな場所なんだろうか。興味が尽きないな」
神器ばかりか、銃などというオーパーツまで所有していたヴェイグ・ランドルシア。
はたして彼はいったい、どのような国にいたというのか。そこでは、どのような技術が発達していたというのか。謎は深まるばかりであった。
「これで一先ずは、ゴールじゃな」
誰もいなくなった英雄の墓を見つめながら、ミラはそっと呟いた。
幽霊船の噂から始まった調査と少しばかりの冒険は、この瞬間をもって決着したと言ってもいいだろう。
海賊ヴェイパーホロウのアジト発見と、そこに留まっていた魂の解放。そして続いて現れた幽霊船の船員達が成仏していくところも見届けた。
更には船長ヴェイグが、その未練である娘ハルミレイアと再会出来た事。ここでもまた二人の魂が天ツ彼岸ノ社に還るのを見送った。
加えて、ハルミレイアと共に戦った傭兵団メンバー──つまりはヴェイパーホロウの孫世代だが、資料室にあった文献によると、軍として残るか一般市民となり、その後穏やかに過ごしたとの事だった。
と、ここまで調べ上げたのだから、噂の幽霊船の謎は完璧に解き明かしたと言っても過言ではないだろう。そしてその結末からして、もう近海に幽霊船が現れる事はないと思われる。
「ああ、スッキリ解決だ。しかし何というか、こう完結するとどことなく寂しい感じもするな」
追いかけ続けてきた幽霊船の謎。それらを解き明かし、三百年にも亘り彷徨っていた魂に安息を与える事が出来た。
これはきっと誰にでも出来るような事ではなかったはずだ。このチームだったからこそ成し得た偉業とすら言える。
ただ、それだけ夢中で追いかけたからこそ、達成感の中に哀愁が交じる。その感傷は長編小説のラストの読了感に近いのかもしれない。
「それじゃあ、また新しい噂を探さないとだね」
「私としては、噂の天空城とかいいと思う」
ただ、終わりがあれば始まりもある。本を読み終わったなら、また新たに読み始めればいいのだ。
次回も楽しみだとアノーテが笑うと、マノンが好奇心を漲らせながら次に追いかける噂について提案する。幽霊船と並び、前々から気になっていたと。
「ああ、それもいいな。天空城、実にロマンたっぷりだ!」
天空城といえば、幽霊船にも匹敵するロマンの塊だ。だからこそアストロはマノンの提案に乗り気で答える。しかも、それならばいよいよ幽霊船調査船を天空城調査飛空船に改修してしまおうかと言い始めたではないか。
「いやぁ……もっと他にもあるのではないかのぅ……? ほれ、黄金都市とかも聞いた事があるぞ」
天空城といえば、ミラにとっては既にその原因が特定出来ている案件だった。
犯人は、フローネ。犯人は、フローネである。だからこそ天空城調査について前向きに話すアストロ達に、それとなく別の噂を挙げてみせた。けれど候補の一つとされただけに終わり、天空城から気を逸らす事は出来そうにない。
それどころか「ミラさんは、天空城が気にならないのか?」と疑問を抱かれてしまった。わざわざ幽霊船調査に飛び入り参加するほどでありながら、なぜ天空城には乗り気でないのかと。
(このままでは大問題になるやもしれぬ……!)
アストロ達の調査力は、相当なものだ。本気で天空城を探し始めたとしたら、その発見は時間の問題かもしれない。
だが一番の問題は、それとは別のところにあった。
アストロ達が天空城を見つけ、それを造った犯人がフローネだと判明したところで今回は問題にならない。何といってもプレイヤー国家とずぶずぶな関係の日之本委員会だからだ。
バレたところで秘密にしてもらう事は容易く、他国の国土強奪といった犯行が表沙汰になる事は決してないだろう。
では何が問題なのかというと、現時点においてフローネがその存在を秘密にしている点だ。
そこに優秀な調査隊が近づいたらどうなってしまうのか。そんな事、もはや考えるまでもない。フローネの全力がアストロ達に襲い掛かる未来しかないのだ。
ただフローネは期限以内──限定不戦条約の期限が切れる前に戻ってくるという約束だ。
その時まで、残り一ヶ月と少々。調査船を改修するとなれば、そこそこ時間がかかるだろう。場合によっては、調査の手が天空城に近づく前にフローネが戻るかもしれない。
(一応、後で連絡を入れておいた方がよいかのぅ……)
ここで下手に誘導し、もしかして何か知っているのではなどと疑われては面倒だ。そこまでを瞬時に計算したミラは「それはもう──」と、天空城に黄金都市、どっちも気になって仕方がないという無難な答えを口にした。
「わかるー」
「うん、正直そっちも気になる」
「だな。いずれはどっちも見つけたいものだ!」
疑われずに済んだようだ。アノーテとマノン、そしてアストロは、その顔にロマンを浮かべながら空を仰いで思いを馳せる。
ミラもまた「う、うむ、そうじゃのぅ」と、倣うようにして空を見上げた。
青く透き通り、どこまでも続くように見える空。ちらりと目端に大きな雲が映るも、流石にこの広い空でそのような偶然などないだろうと、ミラはそっと目を逸らすのだった。
英雄の墓から戻ったミラ達は、カディーラに礼を言ってからカディアスマイト連合国を後にした。
途中、是非とも宝物庫を調べてハルミレイアの剣が神器かどうかを確認したいという衝動に駆られた一行。だがそこは、ぐっと堪えた。仲が良いとは言え、世の中には深く入り込まない方がいい時だってあるのだ。
(三神国以外にある神器……気になるのぅ!)
とはいえ興味は多大にある。ミラはふと、ワーズランベールの力を借りてこっそり確認してみようかなどと考えるも、流石にそれはと渋々諦めた。
そうして幽霊船調査船に戻ったら、研究所に向けて出港だ。
幽霊船の謎を解明した調査員一行の表情といったら、それはもう皆一様に満足げであった。そこにミラ達がカディアスマイト連合国で得られたハルミレイアの情報や英雄の墓での出来事を告げたところ、更に盛り上がる。
ファンタジーでもわからないオカルトは、だからこそ追求のし甲斐があると。
他にも研究所に戻り誰かに話すのが楽しみだと息巻いている者もいた。
なお、この幽霊船調査は任務などではなく、ここにいる者達が勝手に趣味でやっているだけであるため、報告書などという類のものは一切存在しなかった。
それでいてアストロは、ノートを広げてそこに今回の出来事を全て記録していく。
「──で、突然光る目が現れたって事だったな」
「うむ。あの瞬間は肝が冷えたのぅ……」
その思い出ノートを作るにあたり、同じテーブルにはミラ達のチームが同席していた。
いや、どちらかというと、今回の調査について語り合っていたミラ達の輪の中に、これは丁度いいとアストロが潜り込んだのが今の状態だ。
そして気づけば、いつの間にか思い出ノート作りのための情報を出し合う形になっていたわけである。
「しかし、こいつには驚いた。やっぱり、どっからどう見ても銃だよなぁ……」
出来事を書き記していくアストロは、調査の中で見つかったそれを取り出すなりテーブルに置いて、じっくりと観察する。
そんなアストロに釣られるようにして、ミラ達もまたその目を銃に向けた。
一見すると、フリントロック式の銃に似た形状をしたそれには、グリップ部分にヴェイパーホロウのジョリーロジャーが刻まれている。
これを見つけた場所と現状の結果からして、ヴェイグ達の持ち物であったと判断出来る。
「って事は、やっぱり海の向こうには三百年も前から銃があったって事になるわけかな」
アノーテが改めるようにして、その点に触れた。
歴史上、ミラ達が冒険してきた大陸に銃の歴史は存在しない。となれば銃があると考えられるのは、ヴェイグ達がいた大陸だ。海を渡ってくるにあたり、あちら側から持ち込んだとしか考えられないからだ。
「そういえば、あの海賊船。日記には何かの実験船だって書いてあったけど、昨日、幽霊船としてその全容が見られた時に──」
続き、まだはっきり解明出来ていない部分をマノンが挙げる。
それは、ヴェイグ達が乗っていた船の事だ。
幽霊船として現れたヴェイグ達の船は、全員がその姿を確認していた。まごう事無く海賊船であると誰もが感じていたところ、マノンはそういった海賊船らしい部分以外を観察していたという。
「──多分、あれは煙突」
一見するならば、大型の帆船。だが船の後方部に実験船らしい痕跡が残っていたと、マノンは自信満々に語った。
いわく、帆に隠れ気味であり、そこまで高くないため目立たないが、その形状からして煙突以外には考えられないという。
「あら? 煙突があるって、もしかして……?」
アントワネットは、そこから一つの可能性に気づいたようだ。加えてユズハやアノーテも、その実験船が何を実験するためのものであったのかについて思い至り息を呑む。
「前に蒸気機関が云々と話したが、まさにその通りだったというわけじゃな?」
ミラもまた、その答えに行き着いた。
それは、ヴェイグの日誌を確認していた際の事。ボイラーのようなものがあるのではないかと予想したが、三百年前の事だからどうだろうかという理由で一度は流れた仮説だった。
けれど今回、実物と同じだと思われる幽霊船を確認出来た事で、その仮説が真実味を帯びてきたわけだ。
「うん、そう。蒸気船としての運用は難しそうだけど、その実験船だったとするならむしろ納得」
マノンはあの幽霊船出現の騒ぎの中で、冷静に分析していた。その結果、ヴェイグ達が利用していたのはボイラーで間違いないだろうと結論付けたようだ。
通常の帆船には必要がなく、それでいて蒸気機関においては必須となる煙突の存在。それこそが何よりの証拠であると。
「三百年も前に存在していた銃と蒸気機関か……。これは、熱いな!」
その考察も思い出ノートに記したアストロは、にんまりと笑いながらロマンだと叫んだ。
謎の白い霧に阻まれ、先を見る事すら叶わない外海の世界。それでいて三百年前には、その外海からやってきたと思われる者達がいた。
そしてその者達──海賊ヴェイパーホロウの船と持ち物には、あちら側の技術の一端を推測するための要素が残されていた。
それからミラ達は、ヴェイグ達がいた大陸の今という話題で盛り上がる。
三百年で、技術はどれだけ進化しているか。神器を持ち出されたランドルシア家はどうなっているか。ヴェイグ達の事は歴史に残っているのか。
そして、いつか行けるようになったりするのか。
他にも多く語り合い、遥か遠くにある大地に思いを馳せる。
「しかしまた何がどう繋がっておるのか、わからんものじゃのぅ」
外海にある大陸についてなど、幽霊船の調査をしていなければ、その一端にも触れられず、ここまで気にする事もなかっただろう。
何とも不思議な因縁があるものだとミラがしみじみ呟けば、アストロ達も確かにその通りだと頷く。
「いつかさ、外海に出られるようになったら皆で確かめに行きたいね」
そうした中、ふとアノーテがそのような事を口にした。
現時点において外海との繋がりを阻む白い霧をどうにかする手段は、まったくの皆無。その可能性すらまだ見えぬ状況であり、アノーテの言葉はそれこそ夢物語のように現実性のないものだった。
「うむ、そうじゃな」
「ああ、是非ともヴェイグ船長の故郷を見てみたいものだ」
「どんな歴史があるか、興味ある」
「是非、行きたいです!」
「いいわよ、いいわよ。また皆で行きましょう!」
それでいてミラ達は、一も二もなく答えた。
日誌で知ったヴェイグ達の物語。そこに登場した、まだ見ぬ世界。これに興味を持たない者など、この船には乗っていなかった。
つい最近、グッズにサインを書く機会がありました。
そして書きながら思ったのです。
さっぱり上手くならないな……と。
もともと、そういった才能があるわけでもない自分が考えたものですからね。他の方々のように洒落た感じではないため、どうしようと限界はあるわけですが……
そろそろさらりと書けてもいいくらいに書き続けているにもかかわらず、毎回緊張と共に四苦八苦しながら書き認めております。
中でも特にタペストリーは初めてで、布にペン先がひっかかったりして大慌てでした。
はたして、どなたの手に渡るのか……。
と、以上。ぱっとしないサインですが、色々頑張りましたという言い訳でした!!!
 




