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48 剣士

四十八



 ソロモンと別れたミラは、歩きながら次の目的地までの距離をマップで確認していた。そして、その様子を柱の影から窺っている侍女が一人。リリィだ。彼女は、魔導ローブセットの感想を聞きたいが為に、いつもの倍の速度で仕事を終わらせ時間を捻出し、ソロモンとの話が終わる頃合を見計らって今の位置で待機していたのだ。


(ああ、コートの靡き具合は計算通りですね。時折覗く太腿がとても素晴らしいです。スカートの丈も長過ぎず短過ぎず、程よく押し上げられて、絶え間なくふわふわと揺れる角度。計算通りですね)


 リリィは、動く事によって変化する魔導ローブセットの具合を隈なく観察していた。しかし、それが長く続くはずもない。異質な雰囲気を醸し出しているリリィは周囲から注目されており、その周囲の視線の先を追ったミラに見つかってしまったからだ。


「何をしておるんじゃ」


「……えー……経過観察、でしょうか?」


 訝しむミラに見据えられながら柱の影から姿を現したリリィは、誤魔化そうとしたのか不可解なポーズで不可解な答えを返す。


「なんじゃそれは」


「そんな事よりもです! もうじきお昼の時間ですよね。ご一緒に如何でしょう。その際に、服の感想も聞かせて頂ければ」


「そういえば、そんな事言っておったのぅ。分かった、行くとしよう」


 ミラは、マップを閉じると時刻を確認する。丁度、正午を少し過ぎたあたりだ。ミラが頷くと、リリィは更に追求される前にと、急いで侍女区画へとミラを案内するのだった。



(なぜ、こんなに集まって居るんじゃ……)


 侍女区画の食堂。ミラは、十人を超える侍女達に取り囲まれていた。


「動きに問題などありませんか?」


「サイズに不都合はございませんでしたか?」


「裏生地は肌触りを重視したのですが、如何でしょう?」


 次々に繰り出される質問の数々に昼食どころではなく、甘い香り漂うフルーツの色彩豊かなフレンチトーストを前に、お預け状態のミラ。一蹴する事も出来ず、一つずつ答えていった結果、昼食が終わったのは食堂に着いてから一時間が少し過ぎた頃だった。

 食後、ミラはカフェオレを喉に流し込みながら、ほっと一息吐く。侍女達の大部分は仕事に戻っており、今はこの時間の仕事も終わらせてしまっているリリィが居るだけだ。

 リリィの妹はアルカイト学園に通っている事や、父は三神国防衛戦で亡くなったという話を交わし、リリィという人物について知る機会にもなった。


「そういえばじゃな、賢者代行のアマラッテと会ったんじゃが、この服を気に入ったみたいでのぅ」


「あら、アマラッテ様がですか!」


 カフェオレの入っていたカップをテーブルに置きながら、ミラは思い出したようにアマラッテの事を口にする。そんなぼんやりとしたミラとはうって変わって、リリィは驚いた様に、それ以上に嬉しそうにミラへ詰め寄った。


「うむ……。それで是非、一着誂えて欲しいという事を伝えてくれと頼まれてのぅ。どうじゃろうか」


「もちろんです。アマラッテ様も前々からっ……と、ええとですね。私達でよろしければ是非、受けさせていただきます!」


 突如リリィ目の色が怪しく輝いたが、それはほんの一瞬。即座に真面目そうな表情に戻ると、意気揚々と受諾する。リリィ達にとって、アマラッテは基本無表情な為、気になっていたものの二の足を踏んでいる状態だったのだ。しかし今、ミラから確定的な情報が齎された。正式な許可を得たリリィ達を止めるものはもう何も無い。


「ふむ、そうか。では、わしからそう伝えておく」


「よろしいのですか? では、出来れば寸法を隅々ま……正確に測りたいので、都合の良い時間を教えてくださいと、お伝え下さい」


「分かった」


 ミラは、立ち上がると最後に礼を言って食堂を後にする。そしてリリィは、早速とばかりにアマラッテ用の衣装について会議をする為、関係者達の下へと走るのだった。



(あのワゴンを経験した後では、少し気が重いのぅ……)


 アルカイト城門前の広場。背後にそそり立つ壁と、上級区と城を隔てる小さな林の間。ミラは、毛皮のコートを取り出しながら晴天の空を見上げ、ガルーダワゴンの快適な空の旅を思い出す。


「わしのが完成するまでの辛抱じゃな」


 自分に言い聞かせる様に呟くと、ミラは召喚術の基点を前方に定める。


 【召喚術:ペガサス】


 正面に出現した青い魔法陣は空へと上り何条もの雷を降らせると、繰り返し輝く閃光と共に純白の姿を現していく。そして最後に砕け散った魔法陣の欠片が翼を成すと、雷の運び手、天馬ペガサスが地上に降り立つ。

 ペガサスは純白の翼を折り畳み小さく嘶くと、ミラと目が合った途端に、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「ぬ……?」


 例外もあるが、基本的にロザリオの召喚陣を利用しない召喚体は言葉を発しない。それ以前に言葉があっても、何か伝えたい事があるならば、それはまず態度に表れるものだ。


「久し振りじゃな、元気にしとったか?」


 ミラはペガサスに歩み寄ると、顔を覗き込むようにして語りかけるが、当のペガサスはまたもや視線を逸らす様に逆へと首を回す。

 そこに言葉は無かったがミラは、そんなペガサスの態度に心当たりがあった。どことなく妹が怒った時に似ているのだ。


「怒って、おるのか?」


 もしかしたらと思い問い掛ける。するとペガサスは、不機嫌そうにミラへと顔を向けて睨みつけた。その目には、会えなかった寂しさと、長い間放っておかれた苛立ちが浮かんでいる。

 全てを理解できないまでも、ミラはペガサスの様子から、怒っている事は間違いないだろう事を察する。


(甘えん坊じゃったからな……、三十年も連絡しなければ当然かもしれんのぅ……)


「すまんかった。言い訳になるが、わしは三十年の間、この世界には居なかったんじゃ。来たのはつい最近でのぅ。連絡も出来ず、本当にすまんかった」


 そう真摯に謝罪を述べるミラ。すると次の瞬間、その小さな身体を衝撃が襲う。ペガサスが、頭から突っ込んだのだ。ミラはそのまま押し倒されると、ペガサスは泣く様に喉の奥を鳴らしながら、その胸に顔を摺り寄せる。悲しみに暮れていた瞳を細めると、大粒の涙が溢れ出し、ゆっくりとミラの胸元を濡らしていった。突然の事で慌てたミラだったが、ペガサスも寂しがってくれていたのかと、少しこそばゆい気持ちになりながら、その首に腕を回し、愛しそうにそっと鬣を撫でつけた。



 そろそろ落ち着いた頃合かと判断したミラは、身体を起こしてペガサスと向かい合う。


「お主に頼みがあるんじゃが、わしを乗せて飛んではくれぬか」


 ミラがそう口にした瞬間、ペガサスは瞳を爛々と見開くと、即座にミラの前で屈み込んだ。そしてミラの腰の辺りを口先で押すと、早く乗ってと急かす。


「おお、乗せてくれるか。良い子じゃのぅ」


 素直に乗せてくれる様子にミラはその頭を優しく撫でると、毛皮のコートを羽織りペガサスの背に跨った。ペガサスはミラの温もりを噛みしめる様に背で感じると、ゆっくりと立ち上がり大きく翼を広げる。そして準備は出来たと言わんばかりに首を回し、目的地を仰ぐ。


「ではペガサスよ。あっちの方向へと飛んでくれ」


 ミラは、柔らかい鬣を撫でながら、祈り子の森のある西南西方向を指し示す。ペガサスは了承の意で大きく嘶き、広げた翼を上下に羽ばたかせ徐々に加速していく。軽快な蹄の音と、風を打ち付ける響きが最高潮に達した時、ミラは大きな重力を感じながら一息に上空へと舞い上がる。アイゼンファルドの時とは違い、足元に遮る物は無い為、今まで居た真下の城門前の広場が良く見える。


「良いぞ良いぞ。これもまた快適じゃ」


 気になっていた寒さも、毛皮のコートのお陰で問題の無い状態に落ち着いている。特に眼下の景色を堪能できるのは大きい。アイゼンファルドは身体が大きい分、下が見え辛かったのだ。

 ペガサスは、とても機嫌良さそうに天を駆ける。通った軌跡には、そんな気持ちを表すかのように帯電した微粒子が小さく弾け、日の高い時間にも関わらず光の川を作り出していた。

 ミラは、ペガサスの首に腕を回すと、秒単位で小さくなっていくルナティックレイクを一望する。その目には、学園以外の五行機構も映り、次に見学する時は、そのどれかに行ってみようかと予定を立て始めるのだった。



 大きな山脈を越えて、時折マップを確認し方向を微修正しながら空を行く事、数時間。乗り慣れていない故に、股が痛くなってきたミラは、上空から見つけた村に降り立ち、小さな食堂で一心地ついていた。


(ふーむ。このペースじゃと、目的地に着くのは夜中になりそうじゃな)


 疎らな客に混じったミラは、その整い過ぎた容姿故に大分目立っていた。だが上級冒険者の証として知られる腕輪をしている為、話し掛ける勇気のある男は居ない。遠巻きに観賞するだけに留まっている。主要都市から離れ、有名なダンジョンも狩場も近くに無いこの村に、上級冒険者が来る事は大変珍しい事なのだ。

 ミラは、この場までの距離と残りの道程をマップに照らし合わせながら、簡単に移動時間を計算していた。

 結果として、目的地への到着は午後十時を回ってしまうという解が導かれる。夜の森ともなれば視界は、ほぼ暗闇に染められるだろう。そうなれば、痕跡を見逃す可能性もある。そして、そもそもそんな時間までミラに働く気は無かった。

 時折ミックスベリーオレを傾けつつ、マップで森の近くの適当な位置にある宿泊地を探す。


(丁度良い所にあるのぅ、ここまで行ければ十分じゃろう)


 現在地点から、ペガサスで約二時間の位置。祈り子の森に程近い場所に、その村はあった。

 祈り子の森は、とても広大で、最終的な目的地である御神木は、森に入ってから更に深くまで分け入った場所にある。日が変わるのは確実だ。

 三十分の休憩を挟んだミラは、支払いと、ついでにお手洗いも済ませてから村を後にした。田舎とも云える小さな村だからだろうかトイレは汲み取り式で、底の弁が開いた瞬間、ミラは地下墓地の事を微かに思い出す事になった。


 再び空を行くミラは、地平線に日が沈んでいくのを眺めつつ、次第に輝き始める星の海に感嘆の声を漏らしていた。

 それから暫くの後、風が吹けば生き物の様に蠢く漆黒の森の手前、そこに淡く無数に輝く人工の光を見つける。本日の宿を探そうと定めた、村の篝火だ。

 光を目印に、下降していくペガサス。近くの草むらに降り立つと、ペガサスを労ってから送還する。

 村というには大きく、街というには小さなその場所の名をマップで確認すると、ハンターズビレッジとあった。

 この村に宿は一軒だけで、ミラがその扉を開くと、軽快な鈴の音と共に「いらっしゃいませ!」と快活な男の声が響く。

 そこは食堂を兼ねている定番の経営形態の宿で、賑わう店内からは繁盛している事が窺えた。客層は、身に付けているものから判断すると冒険者がほとんどだろう。その内の数人が食事の手を一瞬止めて、反射的に来客者へ振り返る。

 興味深そうに向けられる視線の中、ミラは足早にカウンターまで向かう。この店の店主は、最初に掛けられた挨拶とは裏腹に、線が細く家庭的な主夫という印象であった。


「これはまた珍しいお客さんですね。お仲間は何人ですか。食事だけ、それとも宿泊ですか?」


 ミラは空いているカウンター席に腰を下ろすと、


「宿泊で頼む。あと食事もじゃ。どちらも一人分でよい」


「へぇ、一人か。お嬢さんは、一人でこんな辺鄙な所まで来れるんだ。って事は……術士かな。ほんとに術士は面白いな」


 ミラの言葉に、隣に座っていた青年が興味深々に目を向けると、感心気味に声を掛ける。

 その青年は、背中に大剣を背負っていた。それに見合うだけの膂力を秘めた肉体は黒い革のコートに覆われている。それなりに整った顔には、気の良さそうな笑顔が浮かんでいる。


「あ、いきなりごめん。俺は、アルフェイルっていうんだ。見ての通り剣士なんだが、術士って憧れててさ」


 自己紹介をしつつも、アルフェイルは心底、羨ましそうにミラを見詰めている。彼は、冒険中に何人もの術士と出会い、その都度声を掛けていたのだ。


「そうだ、何術士か聞いてもいいかい?」


 アルフェイルは尚も笑顔のまま、ミラに問い掛ける。馴れ馴れしげだが屈託の無い表情に、ミラは好感を持つと、少し誇らしげに胸を反らす。


「召喚術士じゃ!」


 その答えに、周囲の冒険者達の声が止まる。そして、哀れみと悲壮を備えた視線が向けられた。そんな周囲の反応に、ミラはしょぼくれた様に背筋を丸めると、召喚術復興はまだまだ先かと溜息を吐く。

 そんな中、一人だけ違う反応を見せた者がいた。


「ここまで一人で来れるくらいだ、召喚術ってすごいんだな!」


 アルフェイルはより一層、憧れを深めた瞳でミラを賞賛する。その言葉の通り、祈り子の森に隣接するこのハンターズビレッジは、新米冒険者が一人で来れるような場所では決して無いのだ。

 店内の冒険者達もアルフェイルの一言でその事に気付くと、総じて驚きの声を上げた。


「アルフェイル君、それよりもまず先にお嬢さんの注文を聞かせて貰ってもいいかな。お腹が空いているだろう」


「ああっと、そうだな。すまなかった」


 周囲が盛り上がり始める中、このままでは話が終わらないと悟った店主は、頃合を計ってミラに料理メニューを差し出す。ミラはそれを「すまんのぅ」と言い受け取ると、鶏肉の香草焼きセットとハニーオレを注文した。


 アルフェイルは、本当に術士が好きな様だった。日常でも役に立つ無形術の便利さを熱く語り、少しでも術士の気分を味わいたいと、術の代用として所持していた数多くの術具を、嬉々として説明し始める。


 各種の術を秘めた術具は、主に起動術具と呼ばれている。回数制限があるが、マナを持たない者でも利用できる為、冒険者の間でとても重宝されているものだ。

 上級は無理だが、下級までならば大抵の術の起動術具は開発されている。しかし召喚術と陰陽術の式神、そして死霊術は下級であろうと起動術具は無く、その事にアルフェイルは大いに嘆いていた。

 ミラの注文した料理が出来上がった後、アルフェイルの興味は、使い手も少なく起動術具も無い召喚術に向けられる。確かな実力者が扱う召喚術を是非見てみたいと。

 年下の少女に、何度も何度も「見せてくれ!」と懇願し頭を下げる青年。そんな姿に始めから居た冒険者達は苦笑する。だが途中からその光景を目にした者は、少女の何を見たいんだと、青年の変態的にも取れる言動に顔を顰めるのだった。



 夕飯を終えたミラはアルフェイルと共に、ハンターズビレッジにある訓練広場という所に来ていた。暗い夜の闇の中、アルフェイルが持っていた術具の光が明るく周囲を照らしている。この場所は冒険者や狩人の自己鍛錬用として用意されたのだと、アルフェイルが説明する。そしてここならば、存分に召喚術を使えるだろうと。


「まあ、そこまで興味があるのならば見せてやろう」


 もったいぶるように言いながらも、ミラは召喚術を認められて上機嫌だ。だがそれを表には出さず、至って平静に召喚術を行使すると、いつもと変わらぬ威圧感を纏った黒騎士が、正面に浮かんだ魔法陣から姿を現す。


「おおお! これが召喚か! 黒いな、強そうだ!」


 アルフェイルは初めて見る召喚術に高揚すると黒騎士を正面に見据えて、その姿に全身を奮わせる。すると即座にミラへと振り返り、


「一戦、手合わせ願えないか!?」


 そう言い、期待に満ちた瞳を向ける。アルフェイルの表情は、おやつを目の前にした犬の如く輝いており、拒否した時どれだけ落ち込むかが手に取る様に分かる程だった。


「まあ、いいじゃろう」


 そう答えると、飛び跳ねて喜ぶアルフェイル。ミラは、そんなはしゃぐ青年をじっと見詰め、どれほどの実力かを確認する。

 読み取れたのは、剣士としての能力値は一級だが、魔力が一般人以下であるという事だ。これでは術に対する抵抗力に、かなりの不安があるだろう。

 後は剣士として、能力値を生かせる技術があるかだ。

 アルフェイルが黒騎士から十数歩離れて剣を抜く。その刀身は銀色に輝き、微かに冷気を帯びている。そしてミラの目には、その剣に宿る精霊の力が見て取れた。


(ほう……氷の精霊剣か)


 アルフェイルが、その剣を軽く構えると、今までとは明らかに違う張り詰めた気配を纏い始める。戦闘用に気持ちを切り替えた事が、ミラにも伝わる。その落差もだが、それ以上にアルフェイルが放つ威圧感は、確認した能力値以上の実力を窺わせるものだった。


「能ある鷹はなんとやら、じゃのぅ」


「お嬢さんこそ、これを感じ取れて眉一つ動かさないなんて、底が見えないにも程がある」


 二人は軽く笑い合う。それからミラは、その場を離れ適当な壁に背を預ける。アルフェイルは数度、大きく息を吸い込むと剣を両手で握り締めた。


「では、始めるかのぅ」


 ミラがそう言うと、黒騎士がその手にした大剣を天高く放り投げる。だが、次の瞬間には小さく浮かんだ魔法陣から新しい大剣が現れ、黒騎士はそれを手に取ると、切っ先をアルフェイルへ向けて構えた。

 宙を舞う大剣が頂点に達し、落下を始める。鋭く風を切り音をたてて回転する大剣は、徐々に高度を下げていく。

 光の届かない空から、大剣が姿を現す。

 術具の照明に照らされる中、黒い軌跡を残して大剣は地面に深く突き刺さった。

 それを合図にアルフェイルが姿勢を低くして疾駆する。閃く銀の刃は脇に構えられ、瞬く間に距離を詰めると、跳ね上げられた氷刃は黒騎士の胴へと吸い込まれていく。

 開始早々からの先制。その速度は正しく一級であった。それ故、黒騎士は完全に後手に回る事となるが、アルフェイルの剣は黒い刃に阻まれ、本体へは届かない。


(実力も確かじゃな……。確実にエメラよりは上じゃろう。何よりも早い。そこはダークナイトより上かもしれんのぅ)


 ミラは、その立ち位置から客観的にアルフェイルの実力を測っていた。ダークナイトの力をどこまで発揮させればいいかを探っているのだ。

 黒騎士はアルフェイルの剣を防いだまま、大剣を強引に振るう。その強烈な膂力にアルフェイルも抗いきれず、宙へ吹き飛ばされる。


「強い、これは強い!」


 アルフェイルは、高揚を抑え切れずに叫ぶ。地面を踏みしめ勢いを殺しながら、その表情は鬼気として嬉々と輝いていた。

 再び、剣が打ち合う音が轟く。アルフェイルが体勢を整えた直後、黒騎士の大剣が振り下ろされたのだ。その衝撃は、アルフェイルも滅多に経験するものではなく、苦悶と共に声が漏れる。だがその時、アルフェイルの口元に笑みが浮かんだ。

 それはほんの数瞬。大剣の運動エネルギーを全て受け止め切る前に、アルフェイルは刃先を滑らせると、無防備になった黒騎士の胴を鋭く薙ぎ払った。

 戸惑いの無い動きから繰り出された一閃は、黒騎士を深く切り裂き、両手から放たれた剣速は激しい衝撃となりその身を大きく弾き飛ばす。


「お嬢さん、こんなもんじゃないはずだ。頼む、本気でやらせてくれ!」


 修羅の如き風貌で佇むアルフェイルは、ミラに背を向けたまま声を上げる。その言葉の通り、ダークナイトは全力では無かった。現実となった今、本物の生死が掛かっている。相手の正確な実力が計り切れていない状況で、ミラは下手に全力を出すわけにはいかなかったからだ。


「お主は最近、全力を出して負けた事があるか?」


 ミラは、最終判断の為にそう訊いた。アルフェイルはその問いに、首を横に振って答える。


「最近だと無いな。五年ほど前に負けたきりか」


 ミラはアルフェイルの背中を見詰めたまま、一つ理解した。その男は強者に餓えているという事に。アルフェイルの言動からして、今回の様に勝負を挑む事は多々あっただろう。そしてその都度勝利してきた。それでも、自分の力に満足せず強者を探しているのだ。その飽くなき向上心は、ミラにも少し覚えがある。

 彼は、純粋に上を見て手を伸ばし続けていたのだ。


「試す様な事をしてすまんかった。代わりに、五年振りを経験すると良い」


「それは……楽しみだ!」


 ミラの言葉にアルフェイルは口角を上げると、気迫に呼応するかのように剣を氷霧が覆い始めた。

明けまして、おめでとうですよぅ

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[一言] 事案2:銀髪の少女、馬に押し倒される。 事案3:青年剣士、少女術師に「見せてくれ!」と懇願。
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