483 深海へ
四百八十三
「特に何も見えなかったー」
「俺もだー」
「それらしいのは確認出来なかったなぁ」
暫くして海面から顔を出した調査員達が、そのように報告した。海底からの光を念頭において光る目の辺りを注意深く確認したが、それらしい光は何も見えなかったというのだ。
「むぅ……おかしいのぅ」
しかし、光は依然として見えていた。《意識同調》でフィーの視界を共有すれば、その光は確かにまだそこにあるのだ。
それなのに何故調査員には、それが見えないのか。この違いはなんなのか。
「……あ、もしかするともしかするやもしれんぞ!」
調査員が残念そうに海から上がってきたところで、ミラは、とある可能性に気付き声を上げる。
それは、フィーだからこそ見えたという可能性だ。
ミラが行っている《意識同調》には、少し特殊な効果があった。それは、同じ見るという事でも、自身の目ではなく同調相手の目が基準となる点だ。
つまりその光は、セルキーであるフィーには見えるが人間では見えないものなのかもしれない。
「──というわけじゃ。何やらちょいと特殊な感じがせぬか?」
そのあたりを踏まえて説明したミラは、不敵に微笑んでみせた。
例えば猫など、動物は人間には見えないようなものが見えているかのような反応をする事がある。今回は猫の代わりに、セルキーのフィーがそれと同じ事をしているわけだ。しかも《意識同調》で実際に見えているところまで確認済みである。
これはもう、人間の常識を超えた領域といっても過言ではないだろう。そして、だからこそ決定的な証拠は何一つない幽霊という存在に繋がる一手かもしれない。
「するな……超常現象の気配が!」
「いいね、いいよ。こういう謎に迫っていく感じが堪らないんだ!」
ミラの言葉に可能性を見出したようだ。アストロ達は、ここにきて一層盛り上がり始めた。
とはいえ光が伸びてきている先は、深い海の底の方。現時点では調査のしようがないところであるため、手の出しようがないと誰もがもどかしそうに海面を睨む。
「まあ予定通りに、潜って調べるしかなさそうじゃな」
そのように呟きながら「よろしく頼むぞ」とミラが言えば、詳しく説明せずとも調査員達はアンルティーネの役目を把握したようだ。皆の視線がアンルティーネに集中した。
「なんだか、期待が重いんですけど……」
船のへりにて大人しくしていたアンルティーネは、急に突き刺さってきた重圧に苦笑する。それほどまでに調査員達の想いは熱烈だったからだ。
とはいえ、その期待も仕方がない。これまで何の進展もなかった幽霊船調査に光が差し込んだのだから。そしてその謎を解明する糸口は深海にあり、そこに行くための手段はアンルティーネが握っている。となれば、一身に集まるのも当然というものだ。
「では、光の先を見てくるとしようか」
そう口にしながら船のへりに立ったミラ。最初はユズハと一緒に行く予定だったが、広域を調べるのではなく光の発信源を見に行くだけになったため、後はそのままアンルティーネと海にダイブするだけだ。
そして海中のフィーと合流し、そのまま潜っていけばいい。
「おおぅ!?」
と、そう簡単に考えていたミラは次の瞬間に海面を見て思わず甲板に舞い戻った。
いざ海中に飛び込もうとした矢先、光る目のあたりに再び蠢く人の手が出現したからだ。しかも無数に出てきたそれは、はっきりとミラを狙うように伸びていた。
そのあまりの不気味さを前にして堪らず身を引いたミラ。
それと共に、皆があっと声を上げた。どうやら、海面の光る目と蠢く手が幻のように消えたそうだ。
やはりその出現には、ミラが関係しているとみて間違いない。その反応を目にした全員が確信を得た。
「念のため、私が行こうか?」
ふとアノーテが、そんな言葉を口にした。いわく、あの目と手が何をしてくるのかわからないので、ミラはこれ以上近づかない方がいいのではないかという事だ。
「確かに、それがいいかもしれないな」
アストロも、その言葉に同意する。どれだけ実力があろうと、相手は特別な調査機器でも検出出来ないような存在だ。それに狙われているとわかった状態でそこに飛び込んでいくのは危険だろうというのが彼の意見だった。
「ふーむ……」
とはいえ、深海には何があるのかわからない。幽霊のみならず、海には危険がいっぱいなのだ。もしもアンルティーネでは対処出来ないような事になったら、アノーテの命が危険に晒される。
それは絶対に避けたいとして難色を示すミラ。
だがアストロ及び、調査員達の考えは一致しているようだ。出来るならば、ここはアノーテに代わった方がいいのではと口々に同意していった。
「多分、その方が安心だと思うよ。私が狙われている様子はないし、上位の魔獣が出てきても逃げるだけならどうにでもなるしね!」
心配するミラに、アノーテは自信満々で告げる。しかもそれは安心させるためなどではなく、本当に有言実行出来るだけの力があるのだろう。他の調査員達も、アノーテなら巨大な渦潮の中からでも笑って戻ってこられるだろうと太鼓判を押す。
何だかんだでアノーテもまた、皆にそう言わしめるだけの凄腕であるようだ。
「ふむ、わかった。では、そうするとしようか」
ミラの心には、九賢者として──最強の召喚術士と呼ばれていたからこその責任感があった。だからこそ色々な困難を引き受けようと考えてしまう傾向にある。
けれどここにいる者達は、そこらの冒険者達とはわけが違う。最新式の装備で身を固めるばかりか、腕も確かな精鋭揃いだ。だからこそ、心配など全てが杞憂だった。
「じゃが、このままでは少し不安なのでな──」
とはいえ心配性という性分は変わらず、変えようもない。よってミラは同意する代わりに保険をかけると告げて召喚術を発動した。
まず一つは、アノーテを対象とした武装召喚だ。ちょっとやそっとの衝撃ではびくともしないホーリーフレームで、彼女の身を守る。
それだけでは終わらない。追加でウンディーネも喚んで深海調査メンバーに加えた。
「うむ、これで完璧じゃろう!」
アンルティーネとウンディーネ。水の精霊二人による鉄壁ともいえる布陣だ。ウンディーネはアンルティーネのように特殊な精霊魔法は使えないが、ミラが育てたという事もあって戦闘面でいえば大きく勝っている。もしも海中で戦闘になった場合は、その力を存分に発揮する事だろう。
「うわ、凄い。なにこれ軽ーい!」
至れり尽くせりだと喜ぶアノーテは、特に武装召喚に驚いていた。
ホーリーナイトの頑丈さと召喚術特有の防護を併せ持ち、鉄壁ともいえる防御力を誇りながら、そこらの軽量鎧よりもずっと軽い。それが武装召喚だ。
しかもパワーアシスト機能によって身体が軽くなったかのような感覚まであるのだから、アノーテの驚きようといったら相当であった。
「これも召喚術か? 面白い事が出来るもんだな」
アストロもまた初めて見るためか、随分と興味を抱いたようだ。アノーテのそれをじっと観察するように見つめる。
そして見つめ過ぎた結果、アノーテから蹴りを喰らわせられてひっくり返ったのだった。
再びミラが船のへりに立ったところで、また光る目が現れた。《意識同調》で確認すれば、先ほどと変わらず海の底の方から光が伸びてきているとわかる。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってくるわね!」
予定通りに調査を開始して問題はなさそうだ。ミラが合図を出すと、アノーテとアンルティーネは一言告げてから海にダイブしていった。更にウンディーネもそこに続く。
念のために、光る目から幾らか離れたところに着水した三人。そんなアノーテ達にフィーも合流する。海中探索を趣味としているフィーがいれば、より何かを見つけやすいはずだ。
それからアノーテ達は暫く様子を窺った後に、いよいよ潜行を始めた。光が見えるフィーを案内役として、アンルティーネの特別な精霊魔法で楽々と深海に向かっていく。
「さて、それではよろしく頼むぞ」
「任せておきなさいな」
光る目が消えてしまわないように、アノーテ達が何かを見つけるまでは船のへりで待機していなければいけないミラ。
だが当然ともいえるだろうか。深海調査の様子も気になるため、船のへりに腰かけたミラは、そのまま《意識同調》で調査の様子を見守るつもりだった。
その際、光る目が痺れを切らして何かしてこないとも限らない。そういった不測の事態に備えて、アントワネットに何か起きたら甲板に引き戻してくれと頼んだわけだ。
アントワネットは頷き答えるなり、そのままミラの腰に手を回して構えた。これならいつでも大丈夫だとの事だ。
少しばかり落ち着かないが、まあ仕方がない。そう納得する事にしたミラは《意識同調》でフィーの視界を共有し、海底調査の様子を確認した。
見えてきたのは、フィーの見る光景。海の中の景色が広がっている。
幽霊船だなんだといった都合など、海の世界には関係ないのだろう。そこには多くの海洋生物達の姿があった。
「うわっ、凄い! あれって雲鯨でしょ! 初めて見たー!」
まだ太陽の光が届く深度であるため、海中の様子もわかりやすい。中でも特に大型の生物は目立つ事もあり、アノーテは興奮気味だ。
だが、そこから更に深く潜行していくほどに、周囲は暗くなっていく。
それでいてフィーの視界は良好。セルキーは、光の届かない深海であろうとはっきり見通せる目を持っているからだ。
しかし人の目しか持たぬアノーテには、もうぼんやりと見えるか見えないかといった状態だった。
「なんか……急に大きな口とかが現れそうで、結構怖いね……」
何かがあれば、フィーとアンルティーネ、ウンディーネがいち早く気づくため、不意打ちを受けるような事はあり得ない。
だが、やはり何も見えないというのは、それだけで不安になるものだ。浅かった時のはしゃぎようはどこへやら。アノーテの顔には緊張が浮かんでいた。
「明かりとか点けてもいいかな?」
「はい、大丈夫ですよー」
暗い海を照らしても、せいぜい十数メートルの範囲が見える程度。さらに深い闇が周りに広がっている事を思い知るだけだが、光がある安心感というのは何にも代えがたいものだ。
アノーテはアンルティーネの許可を貰うと、明かりの術具を取り出して海底の方を照らした。
光は、まったく届かない。向かう深海は、真っ暗なままだった。
(随分と深いのぅ)
フィーの視界でも、まだ海底は見えていない。幽霊船調査隊が用意した観測装置の有効範囲を超えたが、まだまだ先は長そうだ。
アノーテ達は、更にずっと深くまで潜っていく。周囲はもう僅かな日の光も届いておらず、漆黒に覆われていた。
それでいて未だ海底に到達する気配はない。思っていたよりもずっと深そうだ。
(むぅ……そろそろ距離が限界じゃのぅ)
アノーテ達が深度二千メートルを越えたところだった。
カグラに教えてもらった《意識同調》。特訓の成果もあって相当に接続距離を伸ばしてはいたが、それでもまだまだ本家には大きく劣る。
そのためもあってか、いよいよフィーとの距離がその限界を越えそうだった。これ以上は、フィーの視界を共有した観測が出来なくなってしまうという事だ。
とはいえ、ミラにはまだ向こう側の様子を知る方法がある。
それは、精霊王ネットワークだ。現場にいるアンルティーネとウンディーネの様子を精霊王に教えてもらうという形である。そうすれば《意識同調》が途切れても問題はなく、いざという時は精霊王ネットワークを介してマナを送り、ウンディーネに大技を使ってもらうなんて運用も可能だ。
「──と、海王イルカに見送られながら潜行を続けておる。まだまだ海底までは遠いようじゃな」
加えて精霊王からの報告をミラがアストロ達に伝える。調査員達もまた深海の様子が気になるのか、ミラの定期報告に一喜一憂していた。
アノーテ達の深海調査は順調に進んでいる。途中に多少の魔物はいたものの、ウンディーネを警戒して逃げていくか、軽く蹴散らされていた。
加えて、海中におけるアンルティーネの索敵能力は群を抜いて秀逸だった。半径にして二キロメートルもの範囲に存在する全ての危険生物を把握出来たのだ。遭遇したら厄介になる生物などを危なげなく回避して安全に潜行していけた。
また、フィーも問題なく光を辿れているようだとの事だ。
先日、前々からずっと気になっていたお肉を買ったんです。
それは、A5和牛の切れ端を詰め合わせたようなパックです!
そう、A5です!
それでいて普通に売っているお肉に比べ、なんとお値段1/3!!
煮込み専用とあったので、カレーにしてみました!!
どうやら、煮込み1時間程度では足りないような感じのお肉だったようです……。
食べる事は出来ますが、思ったより柔らかくないという結果に。
それこそ寸胴鍋とかで何時間も煮込まなければいけない、そんな切れ端でした……。
ただ、お肉の旨味は存分に出ているため、カレー自体はとても美味しく仕上がりました!!!
いつか、ちゃんとしたA5のお肉でも作ってみたいものです。




