482 幽霊とは
四百八十二
調査員を総動員して謎の光が現れた地点を見張る事、十数分が経過した。
「……何も起きないな」
調査員の一人が、もどかしいといった顔でそう呟く。
事実、海は眠くなりそうになるほど静かで、程よい波が揺りかごのそれにすら思えてしまうほどに穏やかであった。
団員一号は[何もない事が、本当は幸せ]などというプラカードを手に安心顔だ。
「待っているだけでは、どうしようもないのかもしれないな」
少し考えてから、そんな言葉を口にしたのはアストロだった。
彼が言うに、もしかしたら光る目の出現には何かしらの条件があったのではないかという事だ。そしてそれは、ただ待っているだけではなく、こちらが何かした際のリアクションとして現れた可能性もあると彼は予想した。
「それが出現した時の状況を、もっと詳しく教えてくれないか?」
そのように続けたアストロ。条件を探るため、もう一度その光る目を観測するためには、そこに何かしらのヒントがあるかもしれないと。
「えっと、確か最初は──」
どれほど小さな可能性であろうと、今は貴重な手がかりだ。アノーテは、光の目を目撃した際の前後の状況について詳細に説明していく。
一回目は、船のへりから落ちそうになってしまった時だった。船が大きく揺れた際にバランスを崩したミラが大海原へと投げ出されたのを目撃し、助けに飛び出した時である。
そして二回目は、ミラとユズハが海中調査に向かおうとして船のへりに上がった時だった。
「なるほどな……」
話を聞き終えたアストロは納得したように呟くなり、そのままミラに真っすぐと目を向けた。彼はその話から、条件の一つとして有力な要素に気付いたのだ。
そう、ミラである。ミラが海に落ちるか入ろうとした時に限り、光の目が現れていた。調査員が海に飛び込んだ際には何もなかった事からして、誰でもではなく誰かが条件になっているのだと推察出来たわけだ。
またアストロの様子から、他の調査員達もその可能性を察したらしい。十分にあり得ると、ミラに視線が集まっていった。
「な……なんじゃろう?」
自分が原因だった場合、存外本人は直ぐに気づかないものだ。ミラもまた例に漏れずピンと来ていないまま、何事だろうと周りを見回しながら困惑する。
そんなミラに歩み寄ったマイカは、調査員達が思っている事をそのまま伝えた。
「もしかしたらだけど、あの光る目ってミラちゃんを狙っていたのかも?」
最初に見たのは不気味な光だけだったが、二回目の時は薄らとした人の手のようなものまで見えていた。そして事実、それら二度の現象をミラは一番に目撃している。
「なん……じゃと?」
引きずり込もうとしているように見えて不気味だった事を思い返したミラは、自分が狙われていた可能性を知り戦慄する。
とはいえ、正体不明の不気味な何かに狙われているとしたら、誰だって気味が悪くなるものだろう。
ファンタジーでも明瞭にならないオカルトといったら、少しばかり胸が躍るようなワクワク感がある。だが、その標的にされたとしたら心穏やかではいられないというものだ。
「よし、それじゃあ検証してみるか」
ただそんなミラの心情など、さっぱり考慮される事はなかった。アストロは検証と言うなり、光の目が現れた時と同じ状況を再現してみようと提案してきたではないか。予想通りならば、またミラが海に飛び込もうとしたところで同じように出てくるかもしれないと。
そして事前に調査機材を十分に準備して、その瞬間を余す事無く記録し精査しようというわけだ。
「……まあ、よいじゃろう」
本当に狙われているとしたら、出来る限り近づきたくないものである。けれどこのまま正体不明にしておくのも寝覚めが悪いというのが事実。
ゆえにミラは、その検証に付き合う事にした。趣味の集まりとはいえ、ここにいる者達は、もはや一般のそれを遥かに超えた力と能力を有している。ならば今ここで出来る限り解決してもらった方が安心というものだ。
「よーし、全部集めてこようか!」
「おー!」
ミラの承諾を得られたという事で、調査員全員が一気呵成に動き出した。方々に散っていくや否や調査用機材を持って戻り、迅速に設置していく。
「オッケーだ。いつでもいけるぞ」
それから数分もかからずに設置が完了したところで、全員が準備完了を告げた。後はミラの出番となったわけだ。
「ではミラさん、頼む」
装置を操作しながらアストロが合図を送る。ミラはそれに「うむ!」と答え、アンルティーネと共に船のへりへと歩み寄っていった。
そうして皆の注目が集まる中で、ミラがそのへりに立──とうとしたところだ。
「あ、待ってミラちゃん!」
何かに気付いたような慌てた声で、アノーテがストップをかけたのだ。
「な、なんじゃ!?」
もしや、もう何かが出てきたのか、突如として危険が迫って来たのかと、ミラは慌ててその場から下がり振り返った。
その直後である。「皆、ちょっと待ってて!」などという言葉と共に駆け寄ってきたアノーテに手を引かれて、そのまま強引に船室の方へと連れていかれてしまったではないか。
「何事じゃー!?」
これから検証を始めるのではないのか。急にどうしたのかと慌てるミラ。だがアノーテは緊急であるといった様相で、そのままずんずん進んでいく。そこには有無を言わさぬ真剣さが垣間見えた。
よってミラは抵抗せず、手を引かれるまま連行されていった。
ミラがアノーテに連れてこられたのは、甲板から一番近い距離にある女子用トイレであった。
いったいここに何の用事があるのか。海に潜る前に用を足しておいた方がいいとでもいうのか。そうミラが戸惑っていたところ「急にごめんね」と一言置いてから、アノーテが目にした緊急性を話してくれた。
いわく、今のミラの服装で船のへりに立つとスカートの中が見えてしまう、との事だった。
実際にミニスカートのまま船のへりにたったらどうなるのかというと、スカートの裾が皆の目線よりも上にくるため、その懸念は現実になるとみて間違いなかった。
「──さっき、黒いタイツみたいなのを手にしていたけど、まだ履いてないよね。じゃあさ、もしかして今のスカートの下って直なんじゃない?」
ミラのスカート下の状態について、そう予想するアノーテ。事実、それは大正解であった。
途中からごたごたして人も集まってきたため、ミラは黒タイツを履くタイミングを逸していた。加えて、光る目の騒動で場が盛り上がったため一時的に寒さまで忘れていたほどだ。
「確かに、その通りじゃった!」
その事を指摘されてようやく気付いたミラ。以前に注意するよう教えてもらい、更にはそれ用にスパッツなどまで色々用意したものの、やはりまだ習慣化はしていない。しかも今回は、寒いから履こうとしていた次第である。まだまだ自覚足らずな状態だ。
「じゃあ、それ今履いちゃって。ミラちゃんは気づいていないみたいだけど、あの瞬間に十人以上はミラちゃんのスカートを凝視してたから。あれ、完全にチラリを狙ってたよ。ほんと、男って変態ばかりだから気を付けてね」
何と、あの時に彼女が慌てていたのは、そんな理由もあったからのようだ。それはもう呆れたように告げるアノーテ。ただその呆れは、ミラのスカートの中を狙う変態に向けられたものなのか、それとも無防備過ぎるミラに向けられたものなのか、またはどちらもなのかは判断の付かないところだった。
男の変態さぶりにも困ったものだ。自分の事を棚に上げて、やれやれと肩を竦めたミラは、アノーテの忠告通りに取り出した黒タイツをその場で履いた。
「これでバッチリじゃな! 面倒かけてすまんかった。ありがとう、アノーテや」
少し忘れていた寒さも吹き飛び、ほんのりとした温かさが下半身を包み込んでくれる。これならば防寒に加え、パンチラパンモロ対策も万全というものだ。
「どういたしまして。でも、これからはしっかり注意しないと駄目だからね」
「う……うむ。善処しよう……」
元プレイヤーという事もあり、現代では男だった立場の元プレイヤーの意識不足について幾らか理解があるようだ。アノーテは、どこか先輩風を吹かせながら優しく忠告してくれた。
なお、素直に頷き返すミラだったが、やはり自信がないのか言葉とは裏腹に目は泳ぎっぱなしである。
「いやはや、すまんかった」
アノーテと甲板に戻るなり、そんな言葉を口にするミラ。
何をどうしていたのかといった顔をしていた者達は、ミラの変化──黒タイツの有無に気付き、どことなく納得したような表情を浮かべる。中には変化に気付かず首を傾げたままの者もいたが大した問題ではない。
「では、再開するとしよう。準備はよいか?」
ミラは、すまんすまんと口だけ動かしながら船のへりの前に立って振り返る。そしてそこで、アノーテが教えてくれた一部の男達の幾らかを目の当たりにした。
彼女の目は確かだったようだ。注意深く見回すと、黒タイツの存在を相当に邪魔と思っていそうな者達が複数いた。それら全員は、これでもかと落胆した様子である。
(……何というか、ちょいと楽しいのぅ!)
その姿を目にしたミラは、いたずらな感情を抱き胸の中でほくそ笑んだ。黒タイツの有無で翻弄される男達の何と憐れな事かと。
なお、煩悩にまみれた男達の野望を食い止める事に成功したからか、アノーテはどこか誇らしげであった。
「さて──」
もうパンツは見えないぞ残念だったなといった態度で、ミラはアンルティーネと共に堂々と船のへりに上がった。
さあ、検証開始だ。準備した機材を構えて海面に注目する調査員達。ただ一部は何やら、これはこれでまた悪くないとミラの黒タイツをチラ見していたりする。男の変態度を侮ってはいけないのだ。
とはいえ検証は始まっている。誰もが何か起きる事を期待し進展を見守っていた。
不思議の探求、謎の追跡、真相の解明、魅惑の聖域。幾つもの思惑が交差する中で、それは起きた。アストロが提示した条件が的中したのか、またもや海面に光の目が現れたのだ。
ぼんやりとした光だが、それでいて一目見ただけで発光生物の類とは違うとわかる。なぜなら波などによる海面の揺れの中にあっても、そこにぴたりと止まり続けたままであるからだ。
止まったまま、何かを狙っているかのように、こちらをじっと見つめてくる。それがここに現れた光の目だ。
「おお……本当に出おったぞ」
どれだけ待とうと何もなかった海面。それが船のへりに立っただけで、また変化が起きた。
驚きが広がりつつも、今だ急げと素早く観測が始まる。そんな中でミラは、もしかしたらそれに狙われているかもしれないという推測も思い返し、緊張の面持ちで海面を見据えた。
若干引け腰ながらも、ここから降りたら光る目も消えてしまうかもしれないと考え踏み止まる。ミラは、いざという時に動けるよう警戒しつつ、調査の進展を見守った。
「これはどういう事だ……?」
「おい、予備を出してくれ」
「なんだ、はっきり見えているのに──」
調査員達があれやこれやと機材を駆使して光る目の正体を探るも、何やら様子がおかしい。観測すればするほど、全体に動揺が広がっていったのだ。
ある調査員が言う。どの装置にも反応がないと。
また別の調査員が騒ぐ。はっきりと目に見えているはずなのに、どういうわけか魔導カメラには何も映らないと。
「……これまた、本格的に怪しくなってきたのぅ」
そう呟いて、ぶるりと震えるミラ。ここにいる全員が確かにその目で捉えているはずなのに、観測調査専用の装置には一切の反応がないときた。
ファンタジーな世界ならば、幽霊だなんだといったものが存在する事も十分にあり得るだろうと思っていたミラ。そしてファンタジーだからこそ、それは数ある現象の一つであり、確かに存在するものとして確立されていると考えていた。
けれど実際に現れた幽霊と思しき存在は、ファンタジーの技術と要素をふんだんに活用した観測装置をもってしても捉える事が出来なかった。
では、目の前に現れた光る目の正体は何なのか。この世界にあるものならば、たいていは観測出来る装置でも正体不明なんてものが存在するというのか。
実に不可解な現象を前に、ただとりあえず団員一号は戦々恐々としていた。
『ところで精霊王殿。幽霊とは、どういったものになるのじゃろうか?』
まさかの状況を前にしたミラは、ここで裏技を使った。この世界の事象に詳しい精霊王の知恵袋だ。神様とも知り合いな精霊王である。ならば幽霊なんて朝飯前であろう。
と、そんな感覚で問うたのだが、返ってきたのは思わぬ答えだった。
『む? これほどの規模で専門的に調査をしているくらいなのだから知っていると思っていたが……そうではないのか?』
精霊王は、あれれと驚いたような反応の後、おやおやもしかしてと窺うような態度で続けた。
『う……』
わざわざ幽霊船調査のチームに入り、意気揚々とその影を追っておきながら、実際にそれを前にしたところで実は幽霊について何も知らないという事実が判明した。精霊王から見たらそのような状況だ。
だが、続けてそこでもう一つの事実が明らかとなった。
『流石に我とて、人間についてはそこまで詳しくはない。人間の幽霊という存在がどういうものなのかまでは、把握していないな。むしろその辺りは人間の事なのだから、人間の方が詳しいだろう?』
そのように精霊王ならば幽霊についても知っているだろうという考えが、完全に打ち砕かれたのである。
少し詳しく聞いてみると、精霊と人間とでは存在の基盤が違うため、死後についても異なるそうだ。
なお、精霊達の王という事もあってか、精霊の死後であったり精霊の幽霊であったりといった存在に関しては熟知していた精霊王。だからこそ、人間でありながら人間の死後について把握出来ていないのかと驚いたそうだ。
「どれも駄目だ」
「うわぁ、まじかぁ、うわぁ……」
そのようにミラが精霊王と話している間にも、調査員達は必死に観測しようと試していた。けれど、どれもこれといった成果は得られず、用意した機材のほとんどが役に立たなかったと判明していく。
現代においてもさっぱり解明出来ていない幽霊の類は、この世界においてもまだ解明には程遠いようだ。
ただ、そうしてどうしようもないといった空気が漂い始めたところで、一組の調査班が「何か聞こえるぞ!」と声を上げた。
瞬間、一縷の望みがといった勢いで調査員達がそちらに殺到していく。けれどミラは、その場を動いたら光る目が消えるかもしれないため、何があったのか何が聞こえたのかと遠くから窺う事しか出来なかった。
すると、そんな時だ。
「む!?」
海中を見張っていたフィーが、何かに気付いたようなのだ。
どれどれ何があったのか。ミラは《意識同調》によってフィーの視界を共有し、それを確認してみた。
「これは──……!」
目の前に広がるのは、どこまでも続く暗い海。フィーは今、深海の方を見つめているようだ。
では深海の何を見ているのだろうかと注目すれば、明らかに不自然なそれが視界の中心にあった。
光だ。何やら深海の方から仄かな光の線が伸びてきているのだ。しかもそれが到達する先こそが、丁度光る目が出現している地点だった。
(状況からして、何かしらの関係があるのは間違いなさそうじゃな!)
真っ暗闇な海の底から上ってくる光。現時点では正体不明だが、その光の発生源と光る目には関係がありそうだ。そうミラが確信していると、謎の音の確認が済んだのか、皆がぞろぞろと戻って来た。
「して、何が聞こえたんじゃ?」
海底からの光の事もあるが、ミラは何だかんだで気になっていた音の詳細についてアノーテに問うた。
「んー、何て言うのかな──」
対してアノーテの答えは、よくわからないというものだった。
海の中とは思えない、不可解な音が聞こえたのは確かだそうだ。けれどそれが何の音なのか、どこから聞こえてきているのか、何を意味しているのかといった部分までは、まったく探れなかったという。
ただ、海の中にある自然音とはまったく別の音であるため、これからチームを編成して本格的に解析を行っていく事になったようだ。
「ふむ……そうじゃったか。して、もしかしたらそれとも関係があるやもしれぬのじゃがな──」
謎の音について聞き終えたミラは、そのまま海底からの光について話した。そしてそれが、光る目が現れている部分と一直線に繋がっていたと伝える。
「光の線? どういう事だろ。視認出来るくらいの光なら、他にも誰か見ていると思うんだけど」
アノーテが最初に浮かべたのは疑問だった。
光る目を調査する際には、何人かの調査員もまた海に潜って近辺を隈なく調べていたからだ。仄かな光とはいえ目で確認出来るものならば、血眼になって情報を探す調査員がそれを見落とすはずがないと。
だが、もしもだってあり得るとして、アノーテは調査員の一人に声をかけた。そして海底からの光について話し始めると、何だどうしたとばかりに他の調査員達も集まってくる。
そうして説明が終わり確認してみてほしいとアノーテが頼めば、調査員達が一斉に動き始めた。
何かの進展に繋がるかもしれないとして、果敢に海へと飛び込んでいったのだ。
ドリップコーヒー……。
何度か淹れているのですが、ふと思った事があります。
これは、どうするのが正解なのだろうかと。
とりあえずパッケージの裏に書いてある通り、少量のお湯で20秒くらい蒸らしてから淹れるようにしています。
と、この時
お湯の注ぎ方って、どうなんですかね……。
そのまま真ん中に注いでいるとへこんできて、なんだかその部分だけ抽出されて、その周りが抽出されずに残ってしまうような感覚があるのです。
とりあえず今は小刻みにじょぼじょぼと回しながら注いでみたりしているのですが、はたして正解はどうなのか……。
難しい……。
かといって、コーヒーを飲むようになったのは電気ポットを買ったから。
なので専用のものを買うとなるとまた違ってきてしまうんですよね……。
とりあえず目指すところは、電気ポットで出来る限界……ですかね!
なんといってもこの電気ポットには、給湯にドリップモードがあるのですから!




