481 深海
四百八十一
「今のはセルキー? 何があったのー?」
「もしかして何か見つけた?」
と、ミラ達が騒いでいる事に気付いたようだ。マノンとマイカが何事だろうと駆け寄ってきた。
「何事ですにゃ!?」
ついでに船首で見張っていた団員一号も駆け付ける。というよりは、連れてこられていた。マイカに抱かれている状態での登場だ。
「それがねそれがね──!」
聞かれた事で先ほどの恐怖を思い出したのか。アノーテは怯えながらも何があったのかを説明した。沢山の光る目が海中から見上げていたのだと。
「幽霊船の出没海域で出会った、謎の光る目……。これはミステリー!」
「今までにない現象じゃん! 何かあるかも!?」
遭遇していない事もあってか話を聞いたマノンは、その顔にありったけの好奇心だけを浮かべた。マイカもまた、今まで空振りばかりだった調査に進展があったと興奮した様子である。
「海の底へと誘う目……! これはホラーの予感ですにゃ……」
団員一号はというと、あまりホラー系が得意ではないようだ。少し緊張気味な表情である。
対してマノン達は、いったいそれは何だったのか、どういうものだったのか。そう、やいのやいのと意見を交わし始めていた。
そしてミラは、その傍で海中を捜索する。訓練の成果もあって、それなりに範囲と精度が上がってきた《意識同調》。その視界共有を利用して、フィーが見ている光景をじっくりと観察する。
海面から差し込む昼の太陽によって、光が揺らめいて見える海中の世界。それでいて視線を下へ向けると、そこにはどこまでも続くかに見える深海の漆黒が広がっていた。一度沈むと二度と戻ってこれないと思わせる、不気味な漆黒だ。
だがセルキーのフィーにとっては、どんな海であろうと自由自在だ。周辺を泳ぎ回っては、海中一帯を調査していく。
「ふーむ……特にこれといって見当たらんのぅ」
何か怪しいものはないか。そう目を凝らして暫く探し回ったのだが、謎の光の正体は一切窺えず。また、何かしらの正体に繋がりそうなものも、さっぱり見つからなかった。
「うう……あれって何だったんだろう」
光る目の正体は不明のまま。ミラが海中の様子を伝えたところ、その原因がさっぱりわからなかった事から余計に不気味さが増したようだ。更に緊張感を膨らませた様子のアノーテ。ただ、好奇心も持ち合わせているためか、おっかなびっくりしながらも海面を覗き込んだりしていた。
「そこまではっきり見えたのなら、やっぱり何かありそうだけど……」
マノンもまたアノーテと共に海面を注視して怪しい光を探す。
目撃者が一人だったなら目の錯覚という可能性もある。だが二人で同じものを目撃したとなれば、確かに何かがあったという可能性が高まるというものだ。
「だね。とりあえず、二人がそう言うならこのまま無視出来る事じゃないね」
幽霊船が出没した海域で遭遇した、謎の現象。そしてそれは、これまでの調査で初めて起きた不可思議現象だったそうだ。マイカは遂に何かしらの手がかりが掴めるかもしれないと、どこか興奮気味である。
だからこそか、この近くにはまだ何かしらがあるはずだと言って、ごちゃごちゃと調査機器を運び始めた。
と、アノーテ達が色々と準備を始めた事もあってか、何だどうしたとユズハとアントワネットもやってくる。
そんな二人に団員一号が事情を説明すれば、更に考察が盛り上がっていった。
「──とすると、もっと深くだったりして?」
「──目撃されたのが船でしたから海面ばかり見てたけど、真実は深海にあったとか?」
意見を交わし合った結果、ユズハとアントワネットがその可能性も十分にありそうだと口にする。幽霊船という形に囚われ過ぎていたのかもしれないと。
船は海に浮かぶものだ。加えて、これまでの目撃証言である、霧の中に幽霊船が現れたというのも全ては海面での出来事。だから幽霊船もまた海に浮かんでいるものだという先入観が生まれてしまったのではないか。そんな推察に行き着いたわけだ。
「思えば、深海まではエコーも届かないからねぇ」
また、調査用機材の性能がそれなりに高かったのも、その考え方を隅に追いやってしまった原因かもしれないとマイカが続けた。
幽霊船調査隊で使っている装置の中には、周辺から海中まで探知出来るソナーもあるそうだ。その有効範囲は、半径三百メートル。水深は百メートルほどだという。
これを各所にばら撒いて船影を探すのだが、中途半端に海中も調べられるためか十分にカバー出来ている気でいたと、これまでを振り返る。
「ソナー範囲より更に深くに真実があった……って事なら、今まで何も見つからなかったのも納得」
海面を見つめたマノンは、そう口にしたところで難しそうな表情を浮かべるなり、手にしていた調査機材をその場に置いた。ただそれは設置したというよりも、本当にただ置いただけといった模様だ。
「あ、とすると、今のままじゃ無理か……。頑張っても水深二百メートルまでが限界だから目標がもっと深いところにあったら、どうにもならないじゃん」
マイカもまた、そこに気付いた。
いわく、幽霊船調査隊が持つ調査機材の中に、数百メートルも潜れるようなものはないらしい。たとえフィーが調査機材を持っていったとしても、水圧でダメになってしまうわけだ。
つまりこれまで以上の深海を調査するには、今の機材だけではどうにもならないという意味でもあった。
「でも、ようやく見つけた可能性なんだし、どうにかならないかなぁ」
幽霊船の出没海域にて、初めて遭遇した異常現象。加えて、これまで行ってこなかった深海調査にこそ可能性がありそうだとわかった。この事からアノーテ達は何か方法はないかと案を出し合った。
「うーん、やっぱり深海調査となると専用の装備を作るところからになりそうだねぇ」
「そこまで専門的な機材は数も少ないし。ほとんど海底探検隊にもっていかれてるから予備もなさそう」
話し合った結果マイカとアノーテは、今の状態ではどうしようもないと結論付けた。
話を聞くところによると、深海でも使える調査機材自体は開発されているようだ。ただ、それらを専門で使っているチームがあるため、余ってはなさそうだとの事である。
こちらでも使うには新たに製造する必要があり、十分な数を用意するには一週間ほどかかるらしい。
(海底探検隊……じゃと!? と、待て待て。今はこちらの問題の方が先じゃな……!)
途中、ロマン溢れる言葉が飛び出した事で一瞬そちらに気持ちを持っていかれそうになるミラ。だが、すんでのところでどうにか堪え切る事に成功する。
「ふーむ、そういう事ならば一つ、わしの奥の手を見せるとしようか」
流石に一週間も待っていたら、今何かあったとしても、戻って来た時にはどこかへ行ってしまっているかもしれない。同じところに留まっていてくれる保証はない。
いっその事、全てをフィーに任せてしまうという手も。そんな完全に頼り切った案も出始めたところで、ミラは満を持してふんぞり返りながら告げた。
フィーに任せるのも悪くはないが、流石のフィーでも真っ暗な深海になってしまったら視界の確保は困難だ。《意識同調》による調査も難しいだろう。加えてミラ自身、何が重要な調査対象かを把握していないため、うっかり見落とす事もあり得た。
だが、それらの問題を解決する手段が、もう一つある。それがミラの言う奥の手だ。
「そんな手が!?」
「え!? お願いします!」
ここにきての発言に驚くアントワネットと、期待を顔いっぱいに浮かべるユズハ。
と言っても、難しい事ではない。ただ深海に潜るにあたって、ミラには最適解ともいえる仲間がいただけの事だ。
「これが召喚術の可能性というものじゃよ!」
これこそが本当の召喚術士だと、ミラは高らかに叫びながら召喚術を行使した。
【召喚術:アンルティーネ】
ミラのマナが魔法陣を作り出すと、そこから水が一気に吹き上がる。それと同時に団員一号が《キャット・サーチライト》を輝かせれば見事に空へ虹がかかった。
アンルティーネがこの場に降り立つと共に、団員一号も誇らしげに胸を張っていた。
「話は精霊王様が実況していたので把握しているわ。深海へ潜るのよね? 私に任せなさい!」
登場するなりアンルティーネは、そう勇ましく言い切った。精霊王が見ている事に加え、今回は彼女の独擅場という事もあってか相当に得意げな様子だ。
なお水の精霊は水で繋がっていれば、かなりの広範囲を見る事が出来るという能力を有している。けれど聞いたところ、見るだけであって真っ暗な深海は見通せないとの事だった。
ゆえに今回は潜るのだ。
「水の精霊さん! とするともしかして……?」
そんなアンルティーネの姿に希望を見出すマノン。続きアノーテ達もまたミラが言わんとしている事に気付いたのか、「なるほどぉ」「そういうわけか!」と、そこに可能性を見出し始めていく。
「うむ、そのもしかしてじゃよ!」
精霊ごとに得意分野などが異なっており、水の精霊といっても能力は多種多様。水の精霊だからといっても、それぞれ出来る事と出来ない事があった。
だがこの場面でミラが召喚した事には当然意味があるというもの。そう、アンルティーネの能力は水圧調整といった部分に特化しているのだ。よって深海であろうと彼女がいればどこまででも潜っていけるのである。
「とはいえ安全面などを考えると、連れていくのはもう一人くらいが限界なのじゃが、一番調査の腕前がよいのは誰じゃろうか?」
アンルティーネの力を借りれば、どのような深海にだって行き放題だ。
けれど制限も存在した。潜水するための空間には限りがあり、その広さがせいぜい二人分であった。ゆえに深海調査に行けるのは、ミラともう一人だけとなる。
「──調査というと彼……ううん、この中なら私かな!」
ミラの問いから少しばかりの間と沈黙が流れた後に、マイカが名乗りを上げた。
その言葉からして、彼女こそがこのチームで一番の調査員のようだ。よって、「ふむ、そうか──」とマイカに決定しようとしたところだった。
「そういう事なら私かもしれない。カメラ係りの私なら、写真を撮って現場の情報を皆と共有出来るわ。少人数でしかいけないとしたら、現場写真も大切でしょ?」
「あの、あの……! 私は、マナエコーの無形秘術が使えます。直接深海にいければ、不穏なマナを察知出来るかと」
アノーテとユズハもまた、深海調査にやる気のようだ。そのようにアピールし始めた。なお、マノンとアントワネットは、もどかしそうに口を結ぶだけだった。主張出来るだけの何かがないようだ。
「よし、では行くとしようか」
「はい!」
深海への同行員として、最終的にミラはユズハを選んだ。その決定要因はマナエコーという珍しい無形秘術を会得している事ではある。
無形秘術。まだミラも会得出来ていない特別な術であり、だからこそ興味もまた尽きないというもの。それを近くで見る事で無形秘術の特徴や法則、コツといったものを把握出来ないかと考えたわけだ。
また未知の幽霊船調査において、その効果が有用そうだという確かな理由もあっての抜擢だ。
「では、頼む。アンルティーネ殿」
「よろしくお願いします!」
「お任せあれ!」
いざ、深海へ。そう意気込んで船のへりに上がったミラとユズハ。それに答えたアンルティーネは、これでもかとやる気を漲らせる。なお団員一号は、いざという時のため甲板に誰か残っていた方がいいだろうと主張したため、この場で待機だ。
そうして準備も終わり、いよいよ海に飛び込もうとした時だった──。
「おおぅ!?」
「え!?」
「あらっ!」
まさかのそれが、再び現れたのだ。
そう、海中から覗く光る目だ。先ほど、あれほど調べて痕跡の一つも見つからなかったそれが、急にここでまた出てきたのである。
「皆!」
何だかんだで場慣れしているのだろう。驚いたのも束の間、それを目にしたユズハが即座に観測装置の稼働を要請する。
アノーテ達の行動もまた迅速だった。状況を把握するなり装置を起動していく。
「これまた……やはり不気味じゃのぅ。しかも何やらパワーアップしておらぬか……?」
「にゃんとも恐ろしげですにゃぁ……」
アノーテ達が大急ぎで観測を始める中、ミラはその場に立ったまま海面を見つめていた。団員一号も怖いもの見たさか、ちらりと覗く。
最初の時と同じように現れた目のような光。だが今度は、それだけではなかった。あろう事か、薄らと人の手のようなものまでもが海面から突き出ているように見えるのだ。
その様子は、まるで触れたものを海中へと引きずり込もうとしているかのようである。
「……しかもこれは、どういう状態じゃ?」
加えて不思議なのは、その見え方だ。
こうして海面からははっきりと窺えるのだが、海中にいるフィーに《意識同調》して見てみると、あるはずのそこに何もないではないか。
いくらファンタジーといえど、これほど不可解な存在は見た事が無い。目に見えている目の前のそれは、これまでにない未知の存在なのだろうか。
たとえば船幽霊のように海へと引きずり込まれたところで、アンルティーネがいるため溺れる事はない。つまり、何があろうと安全だ。
けれど、あまりにも不気味で不可解な状況を前にして、ミラは思わず身をひっこめて甲板へと戻った。
するとどうだ──。
「あ、消えちゃった」
「んー……観測出来なかったー」
海面を見つめていたユズハと、調査機器をそちらへ向けようとしていたマノンが残念そうに呟いた。
どうやらミラが甲板に戻ったところで、その光もまた幻のように消えてしまったようだ。
「凄いなぁ、本当に出た」
「うわぁ……なんかやばそうなの見ちゃった。本物だよね今の。本物だよね? 幻覚とかじゃないよね?」
アントワネットは、感心しつつ痕跡でもないかと探る。その隣ではマイカがアノーテ達に何度も確認していた。全員が今のを見ていたかと。
アノーテ達は明らかに尋常なものではなかったと震えつつも、それ以上の興奮状態になり始めていた。
これまでに何度も不発に終わった幽霊船調査。だが今回は、いつもとは大きく違う現象に遭遇出来た。調査に進展があったと、それはもう大喜びだ。
「どうしたどうした? なんかあったのか?」
アノーテ達が大いに騒いでいた事もあってか、他の調査員達もミラ達の動きに気付いたようだ。もしや何か見つけたのかと、期待した目で集まってきた。
「あ、実はね──!」
そんな仲間達を前にして自慢げな笑みを浮かべたアノーテは、これまでの出来事を皆に話して聞かせた。
「──で、さっき消えちゃったってわけ。でも二度ある事は三度あるでしょ? だから、また出てきてもおかしくないと思うの!」
幽霊船の出現地点にて遭遇した、謎の光る目。しかもそれは二度現れており、チームの皆が目撃した。こんな事は今までで一度もなかった。もしかしたら幽霊船調査の進展に繋がるかもしれない。
明らかに尋常なものではなかったと戦々恐々しながらも力説したアノーテは、まだまだこれで終わりとは限らないだろうと話を締めくくった。
「全員見たっていうなら、信憑性も高いな」
「可能性はありそうだ!」
大抵の物語では、目の錯覚だとか幻でも見たのだろうといった程度で片付けられてしまうような話だ。
けれど、今は違う。ここにいるのは、全力でそれを追い求めている者達ばかりだからだ。何だかんだと余計な問答など全てすっ飛ばして、全員がアノーテの言葉を前提に動き出した。
「流石の手際の良さじゃのぅ……」
もしかしたらまた出てくるかもしれないと、調査機器を設置して観測を始めた調査員達。しかも何人かは、その不可解な海に飛び込んでいったではないか。とんでもない度胸である。
それはアノーテが話し終えてから二分もかかっていないほどの迅速さであった。
その卓越したコンビネーションに舌を巻きながら、ミラもミラで自分に出来る事を行う。《意識同調》で交互にフィーとポポットの視界を共有し、海中と空から徹底的に海を見張った。
なお先ほどの事もあってか海に潜るのはお預けになったため、アンルティーネはもどかしそうに海原を睨んでいた。そして隣では団員一号が、「海の神よ鎮まり給えー、ですにゃ」と、意味のなさそうな祈祷を捧げていた。
まだまだ当分は先だろうな、なんて思っていました。
しかし、興味という思いは募る一方。
そして何よりも、以前にスペシャルティなやつを頂き味わい、その違いを知ってしまったのが、きっとそれを早める要因となったのでしょう……。
えー、先日
遂にインスタントではなく、ドリップなコーヒーに手を出してしまいました!
なお、思った以上に早く手を出しましたが、まだ段階は順番に踏んでおります。
まずは、ドリップパックからです!
ぱっとコップにのせてお湯を注ぐだけで淹れられる便利なやつです!
いやはや、なんといいますか。やはりインスタントとは違いますね。
色々と飲んでて思いましたがインスタントコーヒーには、何と言えばいいのか……
後味にインスタントコーヒー感? みたいなのがありますよね。
だいたい共通して、味というか何というか……なんかこう独特のインスタントっぽさ的な何がか感じられるんです。
しかし、ドリップにはそれがない!
なんとなく、コーヒーを知った気になれる瞬間です。
思えば、スタバのインスタントにも、このインスタント感がないんですよね。
流石、高いだけはあると思ったものです。
この次の段階は……豆から、になるわけですね。
いよいよそこまでは、まだまだ先だとは思いますが……
いずれ、カルディとかでいい感じのブレンドとかを選んでいる日がくるのでしょうか……。
なんだか未来の自分、オシャレな感じがする!!!




