47 次の任務
四十七
首都ルナティックレイク上空。城を囲む城壁には空高くまでを覆う障壁が張られているので、敷地内には直接入れない。なので、ミラとクレオスの乗ったワゴンを運ぶガルーダは、アルカイト城の城門前広場に降り立つ。
衛兵達にしてみれば、もう馴染みのある光景で、賢者代行のクレオスが来たのだと背筋を伸ばす。
その通りにクレオスが出てきた後、あろう事か銀髪煌めく少女も姿を見せた。衛兵達は一瞬だけ呆気に取られるが、その少女が賢者ダンブルフの弟子であると気付くと、姿勢を正し直す。
「ありがとう、快適じゃった」
「お役に立てて何よりです」
ミラは、そう礼を言うとガルーダを見上げて「お主も、ご苦労じゃったな」と声を掛ける。ガルーダは、その言葉を理解したのか小さく鳴いて返した。
「では、ミラ様。お気をつけて」
「うむ。お主もしっかりな」
クレオスはミラの任務への無事を祈り、ミラは新人召喚術士の育成を頼む。空の道中に、ミラは塔から持ち出した魔封爆石の内、契約の為の戦闘に使えそうな物を見繕って渡していた。その数はかなりのもので、クレオスは大いに喜び、今日は一層やる気に満ちている。
クレオスがワゴンに乗り直し、学園へ向かって飛び去るのを見送ると、ミラはそのまま王城に入る。そこで脇に控えていた侍女に案内され、城の奥にある資料室に通された。
「ミラ様。お待ちしていました。さあ、こちらへ」
資料室に入ると、侍女から引継ぎリリィが先導し、更に奥へと進んでいく。
資料室は白い壁に囲まれ天井は高く、入り口付近は吹き抜けで、その奥は三層に分けられている。金属製の灰色の棚が整然と並べられ、世界中の様々な資料が区画毎に分けて保管されていた。
ミラは、一層目の奥にある部屋に案内される。そこには一足先にソロモンが待っていた。
「ご苦労、後は私が引き受ける」
「かしこまりました」
リリィは、姿勢良く礼をすると去り際に「後で服の感想など、聞かせてくださいね」とミラに耳打ちしていく。
ミラが案内された部屋の中央には、木製の立派なテーブルが置かれ、そこには無数の書類が並べられていた。ソロモンは、その内の一つを手に取るとミラの前に広げる。
「わざわざ、来てもらっちゃってゴメンね。通信だけでも良かったんだけど、ちょっと場所が場所でね。まずは、本筋の前にこれを見て」
そう言いながら、ソロモンは懐から取り出した紙を目の前の書類の上に被せる。それは、何かの設計図のようだった。人に近い姿をした何かの。
「これは……なんじゃ。ロボットか?」
「まあ、それに近いかな。一応、プロティアンドールって名前で開発中なんだ」
「ふむ……プロ……ティアンドールのぅ……」
呟きつつミラは目の前の書類に視線を落とす。そこには、二種類の設計図が載っていた。大きさや形状はほぼ同じだが、右側は随分と中身が複雑になっている。
「あ、ちなみに左の方はストルワートドールっていって、十年以上前に開発が完了しているものだよ」
「なんじゃ、こっちは別物じゃったのか」
「まあ原形ってところだね。それで、見て欲しいのは右の方。今回、来てもらった理由」
「こっちの、ごてごてしとる方じゃな」
そして幾つかの資料を並べながら、ソロモンが簡単な概要を説明する。
「まず、ストルワートドールっていうのはね、職人総合組合が魔導工学の総力を挙げて作成した自動人形の事。危険な場所や、人の手が回らない場所なんかで運用されていて、まあ元の世界でのロボットと似た様な役割をしていると言えば分かり易いかな」
言い終わると、ソロモンはもう片方の設計図を指し示す。
「で、こっちの方ね。現在、開発中のプロティアンドールは、ストルワートドールを基礎として戦闘用に調整したものなんだ」
「転用という訳か。まあ、それはともかく、それとわしが呼ばれた理由はどう繋がるんじゃ?」
魔導工学という点から、ミラはまた精錬関係かと思いながら問う。するとソロモンは、少しだけ眉根を下げながら一つ溜息を吐く。
「率直に言うと、プロティアンドールの開発は滞っているんだよ。そもそもストルワートドールを戦闘用に転用する為の開発は、どこの国でもしてる事なんだ。つまりは、普通に戦える様にしただけじゃあ、結局は数が揃えられる大国には敵わない。精々が魔物相手の防衛線に並べるくらいかな。それだけでも便利ではあるけど、そんなどこの国でも開発できる程度で済ましては国の程度が知れちゃうよね。そこでアルカイト王国では、付加価値を与える事にしたんだ」
事実、各国では戦闘用にストルワートドールを調整する実験が行われている。国境付近を警備するパトロール要員や、非常時の戦力。更には対魔物に特化されたものも開発され、実働している状態だ。
アルカイト王国でも、随分と前から着手していた。しかし、その方向性は完全に秘匿され、秘密裏に開発が進められている。
「ふーむ……確かに誰でも思いつく事じゃろうしな。つまり呼び出しは、その付加価値が関係しているという事か。精錬でもすれば良いのか?」
付加価値。つまりは精錬により何かに効果を加えるという事だろうとミラは推察した。しかしそれに対してソロモンは首を横に振ると、
「いや、精錬は関係ないんだ。ただ次の目的地の近くに、丁度必要なものが採れる場所があるんだよ」
そう言って、素材が書かれたリストを追加する。そこには、かなり多くが記されていたが、それは総じて術具関係の素材で統一されている。
「これは極秘事項だよ。しかも最高機密。
この国で開発しているプロティアンドールっていうのは、術を行使する事を前提として設計しているんだ。今はその最終段階。術の発生機構を組み上げているところ。で、そこで膠着状態。ルミナリアの協力のお陰で、魔術の構成は組み込めたんだけど、肝心の魔力が生成できなくてね。
色々試した結果がこのリスト。ほとんど魔力の生成までには至らなかったけど、幾つか反応したものもあるんだ」
ソロモンが、リストの一箇所を指で指し示す。
そこに書いてあった素材の名前は"煌めきの種子"。種類は関係無く世界中の木々から時折見つかる、淡く光る特殊な種だ。全ての種類の術と相性が良く、様々な術具の基礎作成に利用されている。汎用性も高く、幾らかの素材の代用品としても使える優れものだ。
「煌めきの種子。これが一番多く、魔力の発生を確認できたんだ。とはいえ、それでも出力は術の発動までには遠く及ばず、実用にはまだ程遠いんだけどね」
そこまで聞いて、ミラの脳内で幾つかの情報が繋がる。試した素材のリストの中でも一番有力だった煌めきの種子。ミラの記憶の中には、その上位ともいえる素材が浮かび上がっていた。
それは"始祖の種子"というもの。世界中に存在する全ての樹の祖とされる、原初の大樹ゴフェルから採取できる貴重素材だ。遥かな時を経て姿を変えていった現代の樹木から生る煌めきの種子は、言うなれば先祖返りのようなものである。
始祖の種子は、薄れる以前の凝縮された力を内包しており、それは最上級の術具作成に利用される程のものであった。
「つまりこれは、始祖の種子を取って来いという事じゃったか」
そう言いながらミラは、術士組合長のレオニールに渡された禁域通行許可証を取り出し、書類の上に放る。
天魔迷宮プライマルフォレスト。意味は原初の森。その名が示す通り、迷宮には遥か太古の植物が生い茂っている。そしてそこには、全ての樹木の祖とされる木が存在しているのだ。
「そういう事。ちゃんと受け取ってきてくれたようだね。頃合を見て頼む予定だったんだけど、今回の目的地が重なるから丁度良いかと思って呼んだんだ」
「なるほどのぅ。で、あの資料を解いた結果はどう出たんじゃ」
大きく回り道をしたが開発中のドールの件は、ソウルハウルの足取りを追うという主目的のついでに過ぎない。ミラは、一度その件を頭の片隅に追いやると、ソロモンが新たに提示した資料を睨む。
「あの資料によると、神命光輝の聖杯は幾つかの手順を追って作成するというアイテムだって事が分かったんだ。でもそれは、材料を集めて生産するという類の物じゃないみたい。長期クエストの報酬、みたいなものかな」
「ほう……。聖杯については様々な説が流れておったが、クエスト系じゃったか」
まだゲームだった頃、神命光輝の聖杯については多くの議論が交わされていた。最も有力だったのが何かのクエストの報酬で、それはきっとアーティファクト並であろうと云われていたのだ。
「正確にはクエスト系……とはちょっと違うかも」
ソロモンは、目を瞑り云々と言葉を整理すると、再び口を開く。
「これは、生産系やクエスト報酬、ドロップに採取、その全てに当てはまらない特殊なアイテムみたいなんだ」
結局、神命光輝の聖杯の位置づけを言い表す言葉は無く、ソロモンはその特殊性を前面に押し出して説明した。
まず神命光輝の聖杯は、多くの工程を経て作成するアイテムである事。しかしそれは、生産系といわれる様々な技術を用いてでは無く、多くの条件をこなす事で完成するという物だった。
条件については、まだ多くが未解読だが、最初の条件が読み解けたので連絡したという事だった。
「して、その条件とやらは、なんじゃ?」
「第一の条件。それは、聖杯の土台となる素材の入手。そしてその素材にも条件があって、樹齢三千年を超える御神木の根っていうものなんだ。この近く、正確に言うとソウルハウルの居た地下墓地から一番近くて、樹齢三千年の御神木っていえば」
「プライマルフォレストの上。祈り子の森の長老……という訳か」
御神木。それは神として祀られ、長い時を経る事で神力を宿す様になった特別な木の総称だ。三千年以上の長い時を過ごした御神木は、他にも大陸に幾つか存在しているが、ソウルハウルが地下墓地を拠点としていたなら、わざわざ遠くに出張る必要はないだろう。ならば一番近い、アルカイト王国南西に位置する祈り子の森へ向かうはずだ。そして、そこには天魔迷宮プライマルフォレストも存在している。ソロモンがついでで丁度良いと言ったのは、そういう理由だった。
「そういう事。一番最初の目的地だから、もう居ないだろうとは思うけど、何か痕跡くらいは見つかるかもしれない。長老に何か聞ける可能性もあるしね。で、そこまで行ったらもう目と鼻の先じゃない?」
「まあ、そうじゃな。わしとしても、帰って来た後に行けとなれば、何故あの時ついでに言わなかったと抗議したじゃろうし」
「そういう訳でさ、出来れば実験用と予備、合わせて十個くらい確保してくれると助かるんだけど」
まだ実験中な為、失敗なども考慮した数を提案するソロモン。しかし、その数にミラは顔を顰めて明らかに面倒そうな表情を見せる。それもそのはずで、始祖の種子はゲーム当時でも貴重で、上級プレイヤーでも覚悟のいる値段で取引されていた素材だ。それを十個ともなると、ミラでなくても九賢者の誰もが嫌な顔をしただろう。
「なんとも無茶な注文じゃのぅ」
「僕としては、禁域指定されて人が寄らなくなったから、それなりに見つかると見込んだんだけどね。何日も掛かりそうだったら五個くらいでも良いよ」
「まったく……。まあいいじゃろう、出来る限り集めてみるとしよう」
「ありがとう。助かるよ」
ミラは、高性能な服を作ってもらったお礼も兼ねて、そう答える。ソロモンは、礼を言うとミラの前にミスリル貨十枚を置く。
「これは、今回の軍資金。道中、必要な物が出来たらこれで調達して。なんだったら、新しいレプリカを買ってもいいよ。ここは首都だから、賢者のローブ以外にも君が前に着ていた特徴的な衣装のレプリカが揃ってるからね」
ソロモンは、そう言い悪戯っ子の様に笑う。ミラはその言葉で昨日ソロモンが、似合ってると言いながら見せた笑顔の意味をやっと理解する。
「お主、知ってて黙っておったな」
「憧れの師匠の真似をする弟子。可愛いじゃないか」
「そのような印象は要らぬ!」
言い合いながらテーブルの周りで追いかけっこを始める二人。その姿は見た目通りの子供の様だった。
「そういえば。ほれ、土産じゃ」
一通りはしゃぎ終えると、ミラはそう言いながら、塔から持ってきた魔封石をテーブルに並べる。その数は百にも届きそうな量で、ソロモンは嬉しそうに袋を取り出すと、それに魔封石を放り込んでいく。
「いやぁ、ありがとう。これだけあれば、もう心配なさそうだ。ほんとに助かるよ。お礼がしたいところだけど、何か希望とかあるかい?」
「別に構わんが……そうじゃな……」
ミラとしては、親友が必要としていたから持ってきたというだけだが、くれるというなら断る理由も無い。そこで考えると、すぐに丁度良いものを思いつく。
「小型の馬車みたいな、ワゴンというやつはどうじゃろう? クレオスがガルーダに持たせて飛んだんじゃ。あれは是非とも欲しいと思っとったところでのぅ。城の職人が作ったと聞いたが」
「あれかー。うん、いいよいいよ。お安い御用だ。内装とか設備の要望はあるかい?」
「ふむ、要望か……」
ミラは、どこまで出来るものなのかを聞き、ソロモンは出来うる限りの範囲を言い並べていった。
二十分近く話し合った結果、大体の形が整う。風雨に曝されてもビクともしない頑丈な素材で、内装についてもミラは出来る範囲での希望を伝える。
話し合いの末、ミラが予想していた以上に様々な技術が開発されている事も然る事ながら、思いの他、豪華なものが出来上がりそうだった。まるで秘密基地を作る相談をしている気分になり、二人が調子に乗った結果でもある。かつて秘密基地に多大な時間を掛けていた事があったのも、歯止めが利かなくなった要因であろう。
「これはちょっと、面白いものが出来そうだね」
「うむ、今から楽しみじゃ」
向かい合った二人は、無邪気な子供の様な表情で顔を向け合ってにやりと微笑む。最後に完成時期と連絡方法を確認すると、ミラが思い出したかのように口を開く。
「そういえば、色々と事情があってな。マリアナとクレオス、あとリタリアにもわしの正体を話した」
「そっか。その事情は聞かないけど、あの三人なら問題はなさそうだね。分かったよ」
召喚術の塔、補佐官マリアナと賢者代行クレオス。そしてルミナリアの補佐官リタリア。疑いようも無く信頼できる三人だ。その顔ぶれにソロモンもすぐに了承すると、ダンブルフ関係で用があったら伝えておくと言った。
「ソロモン様、そろそろお時間です」
「うむ、分かった」
扉の向こうから男の声が届くと、扉まで近づきソロモンは声色を変えて短く返す。ソロモンの仕事は当然まだまだ残っている。ミラとの極秘会議は、そんな合間に捻じ込んだ一時間までと決まっていた。もうじき次の仕事へ赴かなければいけないのだ。
「早いなぁ。それじゃあ最後に、これを渡しておくね」
「ほう、これは」
ミラはソロモンに手渡された紙の束を軽く捲り、一枚一枚確認していく。
「まだ、持ってなかったよね。とりあえず、この国周辺のを集めておいたから大事な物の欄に入れておくと良いよ」
「うむ、そうさせてもらおう」
十枚近くあるそれは、アルカイト王国周辺の地図だった。これから向かう祈り子の森もその中に含まれている。
ミラは、早速アイテムボックスの大事な物の欄に地図を入れると、マップの項目を開いてみた。腕輪の上に、スクリーンがあるかのように地図が投影される。
「これは便利じゃな」
「地図は、大きな街なら扱ってる店があるはずだから、必要ならそこで周辺地図を買っていくといいよ。大まかに大陸全土を把握しているとはいえ、有ると無いとじゃ旅の道程も全然変わるらしいからね」
ソロモンは机に広げた資料を束ねながら、冒険者をしている元プレイヤーから聞いた話を思い出し、少しだけ懐かしそうな表情を浮かべる。王として過ごしてきた三十年。退屈とは程遠い生活だったが、時折、世界を冒険したいという衝動に駆られる時もある。ソロモンの事情を知る元プレイヤーの知り合いから、そういった話を聞くのは、今の大きな楽しみであったりするのだ。故に、ミラとの会話は心の底から楽しいものであった。
「あともう一つ、これも」
ソロモンはそう言い懐から掌に収まる大きさの何かを取り出すと、ミラの前へと差し出した。それは見事な意匠の施された金属製の板で、白銀に輝くアルカイト王国の国章と9の数字、指輪の模様が刻まれている。
「なんじゃこれは?」
それを手に取り一瞥すると、そのまま裏返す。裏には魔法陣が刻印されており、ミラは更に首を傾げる。
「術具か何かか?」
ミラはその魔法陣から予測したが、ソロモンは首を横に振ると、
「それは勲章だよ。今回、国の重要人物であるソウルハウルの手掛かりを持ち帰ったって事で、君に叙勲しようと思ってね」
そう言いながら、ソロモンはミラの持つ勲章に自身の手を合わせる。
『ソロモンの名において、汝にこれを授ける』
その言葉に勲章が反応すると、刻印された魔法陣が淡く輝いた。
「これは、所有の無形術ね。この勲章は僕が君に贈ったという証拠になるんだ」
「なるほどのぅ。しかし、勲章など貰ってものぅ」
「一応これには、君の身分はアルカイト王国が保証するよって意味もあるから役に立つとは思うよ。情報収集や目的地とか、これからの任務で相応の身分が必要になった場合、これを見せれば多少は融通してくれるはずだから」
「ほぅ、そういう事か。ならば、有意義に使わせてもらうとしよう」
ミラは掌の上で勲章を弄びながら、得心がいったように頷いた。
「それじゃあ、いってらっしゃい。お土産、楽しみにしてるよ」
「うむ、行ってくる」
カラナックでは、タクトという子供とエカルラートカリヨンというギルドとの繋がりを作ってきたミラ。次は、どんな事に巻き込まれてくるのかと楽しみにしながら、長い銀の髪を揺らし堂々と歩んで行く少女の背中を、ソロモンは少し羨ましそうに見送る。
(僕も、化粧箱使っちゃおうかな……)
「ソロモン様。アリスファリウス聖国の使者の方が到着しました」
「すぐに向かう」
そう答えたソロモンには、もうさっきまでの子供の様な雰囲気は無く、三十年続けた王としての顔が張り付いている。
(ま、責任は果たさないとね)
ソロモンは束ねた資料を小脇に抱えると、今は物音一つしない静かな部屋を後にした。
年越し前に、小麦粉買っておかないと……。




