466 見学ツアー
四百六十六
アポロンの瞳を使って、マナ貯蔵器を作る。そんなミラの案は、何だかんだで職人達を燃え上がらせていた。
もったいないという意見は残るものの、新しい試みへの興味の方が勝ったようだ。あれよあれよと職人達が集まると、そのままミケを中心とした開発会議が始まった。
前代未聞の開発事案という事もあって、その話し合いは基礎の部分から順に進んでいく。
現在利用されているマナ貯蔵器の構造を掘り下げ、そこにどのような改良を加えていくか。それともまったく別の方式を新たに立ち上げた方がいいのかと、開始早々に意見がぶつかり合う。
マナを貯蔵する仕組みや、貯蔵を効率的に行う回路の構築。そして、それらを最高レベルで実現するための部品と素材。
マナ貯蔵器と一言でいっても、そこには数十を超える様々な要素が詰め込まれている。
そして今回は、これまでとは圧倒的に桁の違うものを開発する事となった。だからこそ開発会議は時間が経過するごとに複雑となり、それぞれの情熱もそこかしこで弾けていく。
考えるまでもなく、そこに広がるのは一般人など立ち入る事の出来ない専門的な空間であった。
術式の分野であればミラもまた専門家であるが、工学の部分は素人だ。ゆえに、そこで繰り広げられる会議にミラの入り込む余地はなかった。
(……わし、おいてけぼり)
ぽつり取り残されたように佇むミラ。
既に職人達の気持ちは、新たな挑戦に向かって一直線のようだ。ミラの周囲は、ちやほやともてはやされていたのが嘘のような静けさである。
「──ああ、確かにまずはそこだな。計測してみない事にはわからないか」
マナ貯蔵器の開発は、いつ始まるのだろうか。そしていつ、完成するのだろうか。
まだまだ見通し不明な状態を、ぼんやりと眺めていたミラ。するとそこでミケが振り返った。
「ところでアポロンの瞳を精密に分析したいんだけど、いいか?」
振り返り続けたのは、そんな言葉だ。
アポロンの瞳をマナ貯蔵器に利用するとして、まずはその特性や、他の素材との相性などを徹底的に調べたいとの事だった。
「うむ、構わぬぞ。希望のものさえ完成するならば、好きにするとよい」
そのようにミラが答えると「オッケー。そいつは助かる」と返すなり、ミケは再び会議のテーブルに顔を向けた。
と、そうしてまた白熱する職人達と暇を持て余すミラの場が戻ったところだ。
ミケがもう一度、不意に振り向いた。
「ああ、そういえば放っておいたままだった。すまない。こう新しい事に夢中になると、ついね」
放っておかれたままのミラの状態について、ようやく気付いたようだ。
ミケは、ミラが来るという事で客室を用意しておいたので、そっちでのんびり待っててくれと続けた。また何か用があれば、ミケ側から出向くという事だ。
「うむ、そうするとしよう。……ところで、ただ待っているだけというのもなんじゃからな。何かゲームのようなものでも作ったりしておらぬか?」
専門用語が飛び交う第一特専室にいるよりは、その客室の方が静かだろう。ミラはそれが良さそうだと答えたところで、ふと思いついた事を口にした。
ニルヴァーナの巫女イリスの部屋で見たように、この世界には既にテレビというものが存在している。そしてそれは間違いなく、この現代技術研究所で作られたものだろう。
そして、テレビがあるというのなら、もしかしたらそれを使ったゲームも作られているのではないだろうか。ミラは、そんな期待を抱いたのだ。
「いやぁ、流石にまだそこまでは作ってないな。TRPGみたいなものなら幾らでもあるけど」
「誰か付き合ってくれるのならばともかく……それを一人で遊ぶのは寂しいのぅ」
「まあ、そうだよねぇ」
現状ここの職人のほとんどが、マナ貯蔵器開発に取り掛かるのは間違いない。またそれ以外にも、この研究所には幾らでもやる事が転がっている。
よって、ミラの暇潰しに付き合ってくれるほど暇な人物というのは存在しないのだ。
そのため、どうしようとゲームマスターとプレイヤーを兼任する一人TRPGになってしまう。場合によっては心の傷を抉るような事態になるそれを、どうして実行出来ようか。
「ふーむ……ならば仕方がないのぅ。ならばどこか頑丈な部屋はないか? やりたい実験は幾らでもあるのでな。それで待っているとしよう」
どうせ待つなら、やりたい事でもやっていよう。こんな大きな研究施設にもなれば、それなりの実験場があるだろう。
そう思い付きミラが問うたところだ。
「え!? あーいや──……あ、そうだ! 暇だったら、この研究所でも見学するかい? まだ世には出ていないものなんかも色々と研究開発しているから、見るだけでも楽しめると思うぞ」
九賢者、実験。この二つの言葉が並んだ時にもたらされる結果を多く把握しているからこそというべきか。これまでにないほどの焦りを浮かべつつも、ミケはその選択だけは絶対に阻止してみせるという気概を発揮した。
その結果として提案されたのが研究所の見学だ。
現代技術研究所。その名の通り、ここでは現代に流通していた様々な技術の再現を目指し、日夜研究が行われている。
写真機や通信装置なども、この研究所で作られたものだ。
そしてそれらの中でも交通事情において計り知れない影響を与えたのが、なんといっても大陸鉄道である。
しかも現代技術を基礎としつつ、この世界に存在する要素をふんだんに取り入れた事で実現した技術だ。
この超大型車両の登場により流通量が増大。経済面も相当に活性化したのは、正しく技術革命といってもいいだろう。
また、開発されているのは、何も現代技術の再現ばかりではない。
現代技術と、この世界の魔法的要素が組み合わさった魔導工学。その粋を集めた事で誕生したものこそが飛空船なのだ。
ファンタジーな世界で時折見かける、ロマンの塊。空飛ぶ船を造り出したのもまた、この研究所だ。
開発するのは、現代にあったものだけに限らない。ここでは想像出来る全てが研究対象となっていた。
「ふむ、確かにそれは面白そうじゃな!」
ミケが提案してきた研究所見学。そこには、まだ見ぬ未知との邂逅が無数に秘められている。
いったい他にはどのような研究が行われているのか。どのようなものが開発されているのか。今後、どのようなものが世に出てくるのか。
ストルワートドールといった自動人形なども作られているくらいだ。アンドロイドのような存在が登場するのも、そう遠くない未来なのかもしれない。
まだ一般化の段階ではないというテレビも、将来的には一般家庭にまで広まるだろう。ファンタジーな世界で、どのような番組が作られるのかという楽しみもまた待っている。
そして、いずれはロケットのようなものが作られるはずだ。このファンタジーの世界の宇宙というのは、いったいどういった宇宙になっているのだろうか。宇宙に魚が泳いでいたりするだろうか。宇宙人と会えるだろうか。
遠い未来。宇宙開発時代になったら、この世界はどのように変化しているのか。そしてその時、自分はどうなっているのか。
ふとそこまで妄想してしまうほど、この研究所には可能性が詰まっていた。
だからこそ即答したミラは、ミケから施設マップと、それぞれのセキュリティを通れる通行証を受け取るなり見学ツアーに乗り出した。
研究所内は、それこそ現代に近い造りとなっていた。
壁から床から天井まで白で統一されており、そこを歩いていると不意に現代に戻ってきたかのように錯覚するほどだ。
「お、あれじゃな」
マップを頼りにそんな廊下を進んでいったところで目的地が見えてきた。ミラが初めに訪れた最寄りの施設は、乗り物の開発部だ。
「やあやあ。さっきミケから女の子が見学中だって聞いたけど君の事だね。しかも、あのマキナガーディアンの素材を持っている凄腕だとか! ようこそ、ビークル総合研究開発部へ。僕は、ここの責任者のハルアキだ。よろしく!」
厳重そうな機械仕掛けの扉。その前にミラが立った瞬間だ。まるで待っていましたとばかりに扉が開き、その正面に立っていた男が、それはもうにこやかに迎えてくれた。
とても友好的な対応である。
しかしミラは、何となく感じ取っていた。彼の笑顔の裏にある企み……という名の熱意を。
原因は、彼がミラの正体について聞かされていない事だろう。
その事について知るミラは、こういうパターンも面倒そうだと心の中で苦笑する。
そう、ミケを含む最上位の責任者クラスだけにしか、ミラがダンブルフである事は伝わっていない。他の者達には、マキナガーディアンの素材を持ち込んだ元プレイヤー、という程度の説明で知らされているそうだ。
正体を明かすかどうかは、ミラが自身で決めてくれとの事である。
「わしは、ミラじゃ。よろしくのぅ」
ミラは、そのように当たり障りなく返した。対してハルアキは、「さあ、好きなだけ見学していってくれ!」と自信満々に案内を始める。
これまでに彼と似たような態度の者と何度か出会ってきた事を思い出すミラ。
可愛い女の子とお近づきになりたいと頑張る男。それがハルアキの表情から感じ取った、ミラの第一印象だ。
そしてミラは、こういうパターンの男は制御しやすいという悪い事も学んでいたりした。
「これまた、ロマンしかないのぅ!」
と、そうして早速、試作実験場を見せてもらったところで、ミラはそんな感想を一番に口にした。
試作実験場。数百メートル四方はある広大な空間が広がるこの場所には、その名の通り実験中の試作機がそこらに並んでいた。そして、そこらで動き回ってもいた。
自動車といったものからバイクにトラック、ヘリコプターなど、現代でも活躍していた乗り物がしっかりと揃っている。
しかもバリエーションも豊富であり、スポーティなタイプやオフロード用のラフスタイル、また軍用に似たいかついものまでもがそこかしこに置いてあった。
他にもオフロード仕様のキャンピングカーなど、舗装がまだまだ行き届いていない事を想定して開発されているところを見ると、ロマンだけでなく実用性も追求しているのがわかる。
「お、わかるのかい!? その通り。ここは研究所一、ロマンを追い求めているところといっても過言ではないんだ!」
まさか、この良さをわかってくれるとは。もしや運命なのではないか。そんな期待と純粋な喜びをその顔に浮かべながらハルアキは叫ぶ。
人類の歴史、その進化の過程において、乗り物というのは決して欠かせない要素でありロマンでもある。それが彼の信条だそうだ。
それらは基本でありながらも極めて実用性の高いもの。なるべく早い実現を目指して開発を進めているとの事だ。
「おお、しかもこれは、あの映画に出てきたものそっくりじゃな! 飛ぶのか? もしや飛ぶのか?」
ロマン溢れる乗り物の数々。それらを興味深く見て回っていたところだ。ミラは現実ではなく空想の世界で見た事のある乗り物を発見するなり途端に興奮した。
それは古い超大作のアニメ映画に登場していた、一人用の飛行道具である。
ドイツ語で『かもめ』を意味するその乗り物は、かの映画を観た誰もが憧れたといっても過言ではない。
ミラもまた思い入れがあったのだが、それ以上にハルアキの想いは群を抜いていた。
「君もあの映画を知っていたか! 今となってはもう百五十年以上は前のアニメだが、やはり時代を作った作品というのは、どれだけ時が過ぎても面白いものだ。君もそう思うだろう!? だからこそ、その想いを込めてこれを作ったんだ。飛ぶかって? 当然、飛ぶさ!」
それはもう饒舌に語ったハルアキは、得意げにその翼を展開して、ひょいと上に乗った。
するとどうだ。彼が何かを操作すれば、その乗り物はふわりと浮かびあがり、そのまま宙を飛び回ったではないか。
「なんと! これは素晴ら──!」
まるで映画のワンシーンを再現しているかのようだと、そうミラが称賛しようとした時だった。
少しばかり軌道がずれたところで翼が壁を掠めるなり、何か亀裂でも走るかのような不穏な音が響く。そして次の瞬間にハルアキが乗るそれの翼が根元からバキリと折れてしまったではないか。
「あ……」「あ……!」
直後の未来を予想した二人の声が小さく響く。
そして案の定とでもいうべきか。ハルアキは見事に墜落した。
「のぅ、大丈夫か……?」
急いで駆け寄ったミラは、投げ出されるようにして床に転がったハルアキに声をかける。
どこからどう見ても、骨の一本や二本は折れていても不思議ではないほどの事故りぶりであった。
それでいてハルアキは無事だった。彼はむくりと起き上がるなり、ばつが悪そうに視線を泳がせながら「作ったはいいけど、操縦が極めて難しくてね……」という言い訳を口にする。
「そ、そうか。まあ、アニメのようにというのは、これで結構難しいものじゃからな」
ただの金属クズと化した乗り物の残骸を目にしながら慰めの言葉を口にしたミラ。それは意中の子の前で意気込んだ末に失態をしでかした彼に対する優しさでもあった。
なお怪我はしていないかという質問に対して、彼はまったく問題ないと答えた。
こういう事故に備えて身体を鍛えているそうだ。頑丈さだけならばそこらの聖騎士にも引けを取らないと、それはもう自慢げであった。
最近、コーヒーがプチマイブームになりつつあります。
とはいえ本格的にドリップするのではなく、インスタントですが。
そして、コーヒーを飲み始めてから気付いた事があります。
コーヒーの味って、結構変わるものなんですね!!
現在、三種類のインスタントコーヒーを飲みましたが、香りだったりなんだったりと違っていてびっくりしました!
前までは、インスタントコーヒーなんてどれも似たようなものでしょ。などと思っていたのですが……
ああ、違う!! と、驚いたわけです。
とりあえず自分は、酸味低めで苦味高めくらいのが好きですね。
ふふふふふ。
コーヒーの違いがわかる男、りゅうせんひろつぐ。
皆さんは、どんなコーヒーがお好きですか。




