465 もう一つの依頼品
四百六十五
「ではそろそろ、次にいってもよいか?」
三十分ほど経過しただろうか。スタミナ増強用の装具案として二十ほどが出揃い、ここからは試作してからの調整だという話になったところで頃合いを見計らっていたミラが口を挟む。頼みたいものは、もう一つあるぞと。
「おおっと、すまない。いいぞ、続けてくれ!」
「そうなのか!? よし、なんでもこい!」
大いに白熱した後でもなんのその。職人達の目に浮かぶ情熱は、まだまだ煮えたぎっていた。武器か、それとも防具か。伝説級にだって負けないという気概が全員の顔から窺える。
「もう一つ頼みたいのはじゃな。ずばり、マナ貯蔵器じゃ──」
ミラが求めたもの。それは、莫大な容量を誇るマナチャージ用の術具であった。
ミラは、常々考えていたのだ。自身の多大なマナ回復量を、もっと活用出来ないかと。
現状では、最大までマナが回復しきったらそれまでだ。そしてミラにとっては、その状態でいる時の方が長い。
つまりその時間分のマナを、どこかに貯蔵したいと考えたわけだ。
「マナの貯蔵か……。似たようなものは幾らでもあるが、まあ普通のじゃないよな」
「だなぁ。あの九賢者のご所望だ。そりゃあ普通のとは違うだろう」
「容量か。容量の問題だな。でもちょっと容量を上げるだけでコストが跳ね上がる事で有名なマナ貯蔵とは、なかなかなお題だぜ」
ミラの要望を聞いた職人達は、ここでもまた白熱の兆しを見せる。
ミラが口にした、マナを貯蔵するための術具。実はそれ自体は、そこまで珍しいものではない。
というよりも動力として魔動石などを使わないタイプの術具には、たいていマナを貯蔵するためのものが組み込まれているからだ。
しかし、当然ながらミラが求めるのは、そのような汎用品とはそれこそ桁が違っていた。
「で、どの程度の容量が欲しいんだ?」
恐る恐る、それでいてどんな無茶を告げられるのかと、どこか期待したように注目する職人達。
召喚術士にとって、特にミラにとっては、いざという時に使える大量のマナがあれば鬼に金棒といえた。
その可能性は無限大である。貯蔵量によっては、《仙呪眼》を使わずとも軍勢の召喚が可能になるなどといった恩恵があるのだから。
またマナ消費の激しい《空絶の指環》の運用方法も更に広がる事だろう。
ただ、それもまた多々ある使い方の一つ。ミラはそれ以上の可能性を、その術具に見出していた。
それは、超越召喚だ。
「そうじゃのぅ、少なくとも数値にして百万以上は欲しいのじゃがな」
ミラがその容量数を口にした途端、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
しかしそれも仕方がないだろう。百万のマナというと、最上級クラスの術を千発は発動出来るほどの量であるのだから。
現時点において、最上級一発分の容量を持つ術具ですら一千万リフを超えるほどの高価な代物だ。それの千倍のものを作れというのだから、相当な無茶ぶりである。
「えーっと、となると大きさは一軒家くらいになりそうだが──」
「──何を言っておる。当然、手のひらサイズじゃろう」
持ち運びなど考えず、それこそ拠点などに据え置くような感じならばどうにか。そんな案を出そうとした職人の言葉を、ばっさりと切り捨てるミラ。必要なのは、いつでもどこでも使えるものなのだ。
持ち運び出来るだけでなく、戦闘中であっても手軽に取り出して使えるくらいのものでなければ意味がない。
現在、研究は続けているものの、未だに明らかになっていない超越召喚の全貌。
しかしながら今のままでは、その使い方がわかったところで、どうにもならない問題が残っている。
それが、消費マナ量だ。
超越召喚には、あまりにも莫大なマナが必要となる。《仙呪眼》を利用すれば補えるかもしれないが、これには発動回数などの制限がある。ゆえに得意の《軍勢》もそうだが、それこそいざという時の切り札的運用しか出来ないわけだ。
だがここに、莫大な容量を誇るマナ貯蔵の術具があったらどうか。
それさえあれば、超越召喚の可能性のみならず、《軍勢》までもが通常運用出来るようになる。しかもこの方法ならば全滅しても再召喚可能ときたものだ。
その戦力といったら、もはや一国の軍そのものといえるだろう。
そんな夢のような──相手にとっては悪夢のような戦術を実現するためのマナ貯蔵用術具だ。
ただそれほどのマナを貯蔵するとなれば、ミラであっても相当な時間が必要になる。だからこそ、いつでもどこでも使えなければ意味がない。
「手のひらサイズ……って。なんでも作るとはいったが、流石にそこまでくると技術だなんだってだけじゃあ難しいぞ」
「んー……マナ結晶素子を圧縮して、ナノエレメント溶液を充填させたミスリルケースに……いや、それでも一万が限界か」
「いっその事、共振マテリアルを直結して、オーバーフロー分をトランスフォージで対流させれば──」
ミラの要望は常識の範疇から明らかに逸脱したものだった。時代の最先端を作る日之本委員会が誇る技術力を以てしても、作れると断言出来るものではなかった。
しかしながら職人達の顔に諦念の色はない。むしろその無茶ぶりに、どうしたら対応出来るのかと盛り上がり始める。
「──こいつは難題過ぎるな。素材と時間をどれだけ潤沢に使っても出来るかどうか。もう新しい技術を二、三段階発展させるくらいに研究を進めなければいけないかもしれん」
とはいえ、あまりにも現実的な部分から逸脱し過ぎた要望だ。マキナガーディアンの素材のほか、この研究所にある素材をどれだけ潤沢に使おうと難しいという結論だけが並んでいく。
ただ、職人達が出したそれらには、一つだけ抜けている要素があった。
「こいつを使ったならばどうじゃ? わしが聞いた話によると、これには莫大なマナ許容量があるそうじゃが」
そんな言葉と共にミラが差し出したもの。それはマキナガーディアン最大の希少素材、アポロンの瞳であった。
そこに秘められた力は、それこそ規格外というもの。術具に加工すれば、あらゆる術の効果を増幅し、ちょっとした火種程度でも魔獣を焼き尽くすほどの業火へと変えてしまう。
盾に加工すればドラゴンブレスを無傷で耐え抜き、剣に加工すればミスリルの鎧すら触れるだけで真っ二つだ。
もはや術具だろうと武具だろうと、それが完成した時点で伝説級の仲間入りである。
また、ここの職人達は同意しないであろうが、兵器の開発に利用しようものならば、数万規模の大量虐殺兵器が完成する事だろう。
アポロンの瞳には、それほどまでに無限の可能性が秘められていた。
「なんだと……」
「おい待て、正気か?」
そして、だからこそ職人達は無意識のうちに考えてしまっていた。アポロンの瞳は、強力な武具か術具に加工するものだと。
しかもミラが来るよりも前から、どんなものを作ろうか、どんなものがダンブルフに合うかなどという事を話し合っていたりした。
むしろ、これほどの最上級素材ともなれば、武具や術具に加工しなければ勿体ないにもほどがあるというものだ。
「うむ。わしもまあ、装備品を考えてはおったのじゃがな。最終的に出た結論は、このマナ貯蔵器としての用途じゃった」
そう答えたミラ自身も初めのうちは、アポロンの瞳で強力な装備を揃えてしまおうなどと考えてはいた。
何を作ろうとも、今より確実に強くなる。エンチャント系かブースト系か。どちらにせよ魔力以外の弱点を補って余りある装備が作れるのは間違いない。
それどころか、賢者のローブを超える究極のローブを作る事も可能だろう。
ヴァルキリー姉妹のための武器を用意するのもまた面白い。彼女達の腕前ならば、存分に性能を引き出してくれるはずだ。
アポロンの瞳を使った武器を持つヴァルキリー。それはもう、かつてないほどの戦力になるだろう。
加えて武装召喚を会得した今、そのアシスト機能によって、ミラ自身もそれなりに武器を扱えるようになった。
貸してよし、持ってよしの代物だ。
と、そのような調子で、もはや一つだけでは足りないくらいに色々な選択肢を用意していたミラ。
だが途中から、ふと考え方を変えた。
そのきっかけの一つは、武装召喚だ。これを更に発展させていった結果、今では弱点であった筋力であったり防御力であったりといった面が自前で補えるようになった。
武器についても、十分に強力な聖剣サンクティアがある。
そういった事もあってか、現時点において最高の装備品に対する必要性が幾らか薄れたのである。
そのような状況の中で超越召喚の研究を行っていた際に思い付いたのが、このマナ貯蔵器というわけだ。
「まじか……」
「それは予想外だったな」
「とはいえ、そういう事なら、もしかするのかもしれないか」
どんな最強装備も思うがまま。そんなアポロンの瞳を、規格外とはいえただのマナ貯蔵のために使うなんてと戦慄する職人達。
実際にも過去に数例あったアポロンの瞳加工事例は、全てが武具だった。しかもそれらの加工を担当した者が、この職人達の中にいた。
「まったく、面白そうな事を考えたものだ。前々から九賢者というのは、ちょくちょく愉快な事をしでかしてくれていたね」
そう言って愉快そうに笑ったのは、ミケだ。彼女こそが、アポロンの瞳を扱った経験のある唯一の技術者なのである。
「む……。なんじゃ、馬鹿にしておるのか?」
ミケが大っぴらに笑う事は珍しい。その様子を前にしたミラは、そこにあった言葉から、むすりと唇を尖らせた。愉快な事をしでかした覚えなど微塵も無いと。
「いやいや、褒めているんだよ。私達のような技術者もまた、日夜努力してあれこれと考えるものだがね。結局は技術者でしかないんだ。だからこそ君達のような現場の声っていうのが、必要に気づける大切な要素になっている。その点において、昔に君達がしでかした……君達の功績が参考になっているわけだ」
そのように続けたミケは、その結果で生まれた技術を簡単に挙げていった。
「いやまったく、色々な分野で捗っているよ──」
そんな言葉と共に彼女が口にした一つ目の技術は、耐術塗料というものであった。
九賢者の実験場及び、その周辺の建造物などは、自然環境下に比べて数百倍という度の過ぎた早さで劣化していくという事が、これまでの歴史からわかったそうだ。
単純な衝撃と破壊などもあるが、それほど物騒な実験ではないような場所でも、その兆候が見て取れたらしく、これを徹底調査。
結果、術の発生に伴うマナ変化が周辺環境へ与える影響や、その後のマナ残滓による作用などが観測された。
これらを更に解析研究していった末に到達したのが、耐術塗料というわけだ。
その名の通り術に対して効果があるばかりか、多少ながら付与術式にも対応しているという優れものだという。
現在は、多くの要所の防壁や乗り物といったものに使われている大人気発明品との事だ。
「必要は発明の母とは、よく言ったものだね──」
しみじみと語るミケが次に挙げたのは、防音結界装置なる代物だった。
効果は、その名の通り。周りの音を防ぐ結界を展開するものだ。
とはいえ、そこは日之本委員会の開発部である。これの小型化に成功。現在は高級な宿であったり、劇場であったりといった場所で重宝されているそうだ。
「あと、忘れてはいけないのが、このマナ残滓分析器だ。これさえあれば、上級術士でなくてもマナの残滓を調査して、どのような術がどの程度の規模で使われたのかがたちどころにわかってしまう! 術という力が爆発的に広まった事で、これを利用する犯罪も増えたからね。だからこそ、こいつの出番だ」
日之本委員会が関与する組織の中に、警邏機構というものがある。主に元プレイヤー国家などに警邏局として配属されており、警察のような役目を果たしている。
この警邏局が使う対犯罪者用のツールというものは、全てこの研究所にて開発されたものであり、それらの多くに九賢者の実験成果──及び実験被害による対策と教訓が活かされているとの事だった。
「ふむ、つまりはわしらのおかげという事じゃな!」
弊害だ被害だといった部分を華麗に聞き流したミラは、技術の向上に貢献出来たようで何よりだと笑う。
対してミケを含む職人達は一瞬犯罪者でも見るかのような顔になったが、次の瞬間には愛想めいた笑いを浮かべ同意を示す。それはもう九賢者の実験データには、素晴らしい情報が数多く秘められていたと。
そんな言葉を真に受けて、更に得意げになるミラ。
へそを曲げて素材の提供を渋り始めたら困る。そう判断した職人達は、ミラがご機嫌な様子を確認するなり正しく英雄であると更におだてたのだった。
さて、そういえば今年も始まっていましたね。
そう、パン祭りです!!!
ただ今年は気づくのが遅れてしまったため、1ヶ月でポイントをため切る事に……!!
こりゃあ、パンをいっぱい食べないとですねぇ。
いやぁ、仕方がない。パン祭りだ!
と、そのような感じで満喫しているのですが、
最近になって、その美味しさを知ったパンがあります。
もしかしたら今更かと思われるかもしれませんが……
その名は、
黒糖フークレエ です!
ずっと前から目に入ってはいましたが、買った事は一度もなく。
ですが今回、1.5ポイントという事もあり買ってみたところ……
美味しい!!!!
あの素朴な味わいと、もちもちとした食感。
超ロングセラーと書いてあるのも納得ですね!




