437 消えた山
四百三十七
「ああ、ところでですね。その件について関連情報を集める中で、一つ不穏なものが交じっておりまして──」
約束の後、セロはふと思い出したとばかりな調子で、そう話題を切り出した。
「不穏……じゃと?」
フローネが大陸各地で行った中に、不穏とされるものがあったというのか。とはいえフローネの事だ。何かしらしでかしていないとも限らない。
ミラは、なるべくなら面倒な事ではないようにと願いつつ、「して、どのような事じゃろう?」と訊いてみた。
「それが他と同じように、ある日忽然として小さな山が一つ消えたというのですが──」
セロは、そのように話し出した。
始まりからして、フローネならばやりかねないと思えるものだった。けれども続く言葉で、どうにも奇妙な方へと話は進んでいく。
はたして、それは本当にフローネの仕業なのだろうかと。
セロが言うに、その山は近辺の村民らからすると、相当に不吉な山だったというのだ。
規模にして、高さは五十メートル少々。幅と奥行きが百メートルほどという、本当に小さな山だ。
「その山は近隣の者達に『魔界山』などと呼ばれていたそうでして。何でも今よりずっと昔から、悪魔の目撃が多発していたみたいなんです──」
しかもそんな山が忽然と消えたばかりか、その場所には、何かが中で破裂したのではないかと思えるような痕跡が残っていたそうだ。
いったい何が起きたというのか。周辺に住む者達は、これが何かの前触れなのではないかと戦々恐々としているらしい。
「ふーむ、ちょいと気になる現象じゃのぅ……」
一通りの状況を聞き終えたミラは、それらを踏まえて考え込んだ。
フローネが色々と各地を騒がせたアースイーター現象。その目的は、大陸各地の名産品などを集めて天空城の庭にするためだ。
よって、その『魔界山』とやらに特別な名産品があるというのならばフローネの仕業である確率は高い。
だがセロから聞いた話によると、そういった名産のめの字すら無い様子である。しかもそれどころか、曰く付きといっても過言ではない場所だ。
理想の庭造りをしているフローネが、そんなものをアースイーターするはずがない。
加えてもう一つ、セロの話の中に気になる点もあった。
「時に先程、何かが中で破裂したような痕跡があったと言うたが、それは具体的にどのようなものじゃろう?」
そこが、フローネの仕業とは大きく違う点だった。
フローネが行っているのは、回収。だが聞く限り、『魔界山』は吹き飛んだといった印象があった。
事実、セロもそこが引っかかっていたという。同じ消失現象ではあるが、『魔界山』の周囲には降り注いだとばかりに大量の土砂が積もっていたというのだ。
これまでのアースイーターには見られない痕跡であり、状況を鑑みる限り、山そのものが四散したのではないかという状況といえる。明らかな差異だ。
「ふむ……わしの把握する事とは、多分関係のないものじゃな。しかし悪魔がどうという噂からして、何ともきな臭いのぅ」
「はい。私もそう思います。偶然に交じっていた情報ですが、これはもう少し詳しく調査してみた方がいいかもしれませんね」
消失という言葉で一括りにすればアースイーターと同じだが、原因は全く別にあると思わせる怪現象だ。
セロもまた、そのあたりは同意見のようだった。そのため、ミラの依頼による調査は終了するが、この件について更に追及していくと続けた。
ミラもまた念のために確認してみようと答える。万が一にもフローネではない事の確認と、不吉な予感を払拭するために。
そしてセロに、その『魔界山』があったという場所を教えてもらった。
「──と、このように一見複雑に見えるが、術式というのは一定の法則性があるものじゃ。ゆえにその法則を理解する事で、発動までの時間を大幅に短縮する事が出来る」
ところ変わって、ギルドハウスの一室。エカルラートカリヨンが占有するその教室にて、ミラは冒険者の新人や見習い術士を相手に術の講義を行っていた。
セロとの話が一段落し、そろそろお暇しようとしたところ。何と精霊女王の授業を受けたいという生徒達が教室に集まっているというではないか。
何でもエメラがアスバルにミラとの約束──機会があれば教師役を引き受けようと言っていた事を伝えた際、それを誰かが聞いていたらしい。
いつかまでは言っていなかったが、それがなぜか今日という伝わり方をして、この状況に至ったというわけである。
結果ミラは、そのまま流されるようにして教壇に立つ事となった。
とはいえそこは、これまでにも何かと人に教える事の多かったミラである。
そこまで望むのならばと、これを快く引き受けた。そして要所要所で召喚術の素晴らしさを織り交ぜつつ授業を進める。
新人、そして見習い。まだどの術士となるか決めていない者が多い中、ここがチャンスだとばかりにミラの講義は実に熱の篭ったものとなった。
「ミラお姉ちゃーん!」
特別授業は大盛況のうちに終わった。そしていよいよギルドハウスからお暇しようとした時だ。
廊下の向こう側から、そんな声が響いてきたではないか。
何かと思い振り返ったミラは、その声の主を確認するなり、ぱっと表情を変えた。
「おお、タクトではないか! 元気そうじゃな」
一生懸命に駆けてきた少年タクトを抱き留めるなり、そのまま抱きしめるミラ。
そう、彼こそがエカルラートカリヨンと出会うきっかけとなった少年のタクトだ。
タクトから届いた手紙や時折聞いていた話では、聖術士としての道を選び、日々を頑張っているとの事だ。
「うん! ミラお姉ちゃんのお陰だよ! 僕ね、今いっぱいお勉強してるんだ!」
それはもう元気いっぱいな様子のタクトは、次から次へと溢れてくる言葉を勢いのまま口にしては、ミラとの再会を喜んだ。
何でもタクトは今、来年の受験に向けて必死に勉強をしているそうだ。
「ほぅ! そうかそうか。偉いのぅ」
そう、受験である。なんと、アルカイト学園の術士適性試験をクリアしたらしく、残すは術と各教科の筆記試験のみというではないか。
才能に溺れず、しっかり学ぼうというその姿勢。なんて素晴らしいのだろうかと更に抱きしめて大いに褒めるミラ。
と、そこへもう一人が合流した。
「ああ、そうなんだよ。タクトは俺と違って頭の出来がいいみたいでさ。まさかのエリートコースの入り口まで迫ってるんだぜ。でも、俺だってまだまだやれば出来るって事をさ──」
どことなく兄貴風を吹かせながら、嬉しそうにやってきたのはゼフだ。
何でも最近はタクトと一緒に、基礎科目を学んでいるらしい。あまりにも色々とアレ過ぎて、エメラとフリッカに可哀想な目で見られる事に耐えきれなくなったという理由だ。
その甲斐もあってか、最近は随分出来るようになったと得意げでもある。
「あー、うむ。まあ、頑張るのじゃぞ……」
まだまだ小学校低学年程度のタクトと一緒に勉強している大人のゼフ。ゆえに、程度の方はお察しだ。
ただ彼には、妹の事などで大変だった過去がある。勉強どころではなかった過去だ。それを知るミラは、その顔に同情の色を浮かべながら慰めるようにその頭を撫でてやるのだった。
「いやはや、まさかタクトのためにネブラポリスにまで行ってくださっていたなんて、本当にありがとうございました」
「その節は、なんとお礼を言ったらいいのでしょうか」
久しぶりに再会した後、幾らかタクト達と語り合っていた時だ。再び懐かしい顔との再会があった。
そう、タクトの両親であるアシュリーとリーネだ。
出会ったのは五十鈴連盟の本拠地、湖中の都である。当時、どことなく聞き覚えのあるような名前だと感じながら、どうにも思い出せなかったこの二人こそが、生死不明とされていたタクトの両親だったのだ。
あの時、ぱっと思い出せていればと若干気まずいミラ。だがそんなミラの事など知るはずもない二人は、タクトのわがままに付き合ってくれた事に加え、目標を目指して頑張る今のタクトがあるのはミラのお陰だと、それはもう感謝の雨を降らせている。
「なに、泣いている子供を放っておけなかっただけじゃよ」
そうとだけ答えたミラは「それよりも、親子で仲良く出来ておるか?」と、話を逸らすのに必死だった。
「では、ミラさん。今度は建国祭の時にでも」
積もる話もいよいよ終わり、そろそろギルドホームを去る際に、セロがそんな別れの言葉を口にした。
建国祭。どうやらセロ達は、年末に行われるアルカイト王国の建国祭に来る予定のようだ。
「おお、来るのじゃな! 今年のそれは、いつも以上に凄い事になる予定なのでな。楽しみにしておくとよいぞ!」
今年の建国祭は一味違うと、それはもう得意げなミラ。何といっても、九賢者の帰還が発表される場にもなるからだ。
それに伴い、出席するゲストも豪華。アルカイト史上最大といってもいいほどの盛り上がりになるのは、間違いないだろう。
「そうなのですか。それは楽しみですね」
自慢げなミラを前にして微笑ましそうに、それでいて興味深そうな笑みを浮かべるセロ。
「へぇ、そうなんだ。詳しいんだね、ミラちゃん。そこまで言うのなら楽しみ!」
「毎年見てるけど、あれ以上か。どうなるんだろうな」
一介の冒険者でありながら、ミラが何かとアルカイトに関わりがあるとは、もう周知の事実のようだ。
エメラとゼフの顔には、なぜ内部事情がわかるのかといった疑問もなく、どのような建国祭になるのかという期待だけが浮かんでいた。
「去年の五行機関の見学会と大聖区の式典は格別だったが、それ以上になるって事か? 想像もつかんな」
去年の建国祭も相当に楽しんだようだ。アスバルは、今年もまた大いに騒げそうだと笑う。
「ミラちゃーん!」
それじゃあまた今度と手を振った時だ。ギルドハウスの上階から、そんな声が降ってきた。
ふと見上げてみれば、そこには窓から身を乗り出したフリッカの姿があった。
どうやらミラの安全のため、その部屋に閉じ込められていたようだ。しかし何かを感じ取ったのだろう、ミラの気配に気づきその窓から顔を覗かせた次第である。
ただ、まだしっかり拘束されたままのようで、手ではなく頭を大きく振っていた。
「あー、うむ。ではまた今度のぅ」
このくらいの距離があれば大丈夫だ。そう安心してフリッカにも挨拶を返すミラ。
すると、次の瞬間だ──。
「私も! 建国祭で! ミラちゃんと! ランデブー!」
そんな意味不明な言葉を叫んだかと思ったところで、いったい何を血迷ったのか、そのまま窓からダイブしてきたではないか。
「なっ!?」
思わぬフリッカの行動に面食らうミラ。拘束された状態でそんな事をしたら、そのまま地面とランデブーだ。高さから考えて無事では済まないだろう。
流石に相手があのフリッカであっても、そこまでの結末は望んでいない。
そう慌てたミラであったが、そんな事態には至らなかった。
いったい彼女は何者なのか。どこにそれだけの力を秘めていたのか。それは、愛の成せる業とでもいうのか。
宙を舞うフリッカの全身が燃え上がったかと思えば、その身体を拘束していたロープが焼き切れた。
そうして自由の身となった彼女は、緻密に術式を構築して大量の水を生じさせる。それで全身の火を消したかと思えば、その水を柱状に変化させて地面まで伸ばした。
「お別れのちゅー!」
豪快でいて見事な着地を決めたフリッカは、その勢いのままにミラへ向かって飛び出してくる。
まさかの投身から華麗に決まった着地とスタートダッシュ。普段の見た目からは想像も出来ないほどにアクロバティックな動きに対して、何が起きたのかと驚愕したミラは、ここで回避行動が遅れるというミスを犯してしまった。
このモードになったフリッカを前にして、それは致命的ともいえる隙となる。
けれども今は、ここに頼れるエメラがいた。そんなフリッカの行動力に怯む事無く、両者の間に割って入る。
「ぅぅぐ……ミラちゃーん!」
ミラを前にすると常軌を逸した身体能力を発揮するフリッカ。その動きは機敏……というより気持ち悪いほどだが、やはり流石は前衛のエメラというべきか。激しい攻防の末に、これを見事に阻止してみせた。
「さぁ、ミラちゃん。今のうちに!」
「う、うむ。ではまた、建国祭で!」
鬼気迫るフリッカの様子からして、エメラの守りもそう長くは持たなそうだ。
ミラはエメラに感謝すると共に素早くペガサスを召喚するなり、セロ達に見送られながら慌ただしく飛び去っていくのだった。
フフフフフ。
実は先日なのですが……
また、お寿司を食べてしまいましたよ!!!
久しぶりに貰い物ではない、自腹のスーパーチートデイです!!
しかも、それに至った理由というのが!!
なんと!!
その当日、お寿司が食べたい気分だったから!!!
なのです!!!!
気分でスーパーチートデイを実行してしまうという、この贅沢。
いやはや、我ながら出世したものだなと実感しております。
昔の自分だったら、まず寿司を食べたいなどとすら思わなかったはずですしね……!
こんな今があるのも、皆様のおかげでございます。
ありがとうございます。
また今度、お寿司食べます!!!!!




