430 ダンブルフとヘムドール
四百三十
「──つまり、ダンブルフ様は健在という事でよいのだな!?」
ヘムドールの控室にて真っ先にミラが訊かれた事は、ダンブルフの生死についてだった。
三十年前に姿を消したきり、表に現れなくなったダンブルフ。他の九賢者達とは違い、その見た目もあってか既に……という噂も多々あるのだ。
だがそのような噂など、しょせん噂でしかない。そもそもダンブルフは、ここにこうして元気にピンピンしているのだから。
「うむ、それはもう昔以上に元気でやっておるぞ。じゃがまあ、色々とややこしい研究やら仕事やらがあるようでな。と、これ以上は国家機密にも関係してくる。話せるのはここまでじゃ。すまぬな」
とはいえ保身に走るダンブルフ……もといミラは、前に言った言い訳通りにダンブルフの弟子として押し通す気満々であった。更には面倒な事を訊かれる前に、しっかりと先に釘を刺しておく事も忘れてはいない。
「そうか、そうだったか。ダンブルフ様はご存命であったか。ああ、それだけでも聞けて良かった。本当に良かった……」
ただ、そんなミラの姑息さなどいざ知らず、ヘムドールは心底安堵したとばかりに笑い、ほろりと涙を浮かべた。
その様子からして、よほどダンブルフの安否を案じていたのだとわかる。
ただ、それに対してミラは、
(はて……しかしなにゆえにヘムドールは、わしの事をこれほど気にしておるのじゃろうか……)
と、首を傾げた。
ヘムドールとは、かつて三神将関連のクエストでちょこっと会った程度のものだ。
当時、命を狙われていた彼を助けはした。よって彼にとってダンブルフは恩人にもあたるが、これの解決に携わったのはダンブルフのみではなくソロモンも含んだ九賢者全員。
加えて、最終的な決め手は彼の祖父であるウォーレンヴェルグであり、ダンブルフ達はその補助をしたに過ぎない。
彼にしてみたら、すれ違ったくらいの感覚のはずだ。
だからこそヘムドールの心配ぶりに、ミラもまた驚いた様子である。
「ところで、そこまでわしの師匠を気にするとは、前に何かあったのじゃろうか?」
彼が、なぜダンブルフを気にしているのか。単純に気になったミラは、それこそただの好奇心を覗かせてその問いを口にした。
「おっと……そうか、すまない。そうだな、きっとダンブルフ様には些細な出来事だ。私について触れる事もなかっただろう。しかもその頃の私は、それこそどうしようもない子供だったからね」
微かに苦笑を浮かべたヘムドールは、そんな言葉を口にするなり当時の出来事について語った。
とはいえ彼が話した内容については、当然ながらミラもまた把握している。
オズシュタインに潜入していた悪魔。狙われたヘムドール。共闘する三神将ウォーレンヴェルグとソロモン、そして九賢者。
特に悪魔との戦いや、そのためにとった作戦などはミラの方がずっと詳しいくらいだ。
ただ彼が伝えたかったところは、その先にあった。
「──と、そうして悪魔を打ち倒し、呪詛に苦しんでいた者達も解放された。けれど、めでたしめでたしとはいかない。そうなるまでに多数の犠牲がでていたからだ……」
ヘムドールは語る。そうなってしまった全ての原因は、呆れるほどに愚かだった自分自身にあるのだと。
悪魔の暗躍。その狡猾さは知っての通り。
ゆえに彼は、いいように利用された立場でもあるのだ。
三神将の孫という立場を笠に着て、やりたい放題だった少年時代のヘムドール。
その愚かさと権力を利用するために近づいた悪魔。
その結果、引き起こされた大騒動。
全ての原因は、それを企てた悪魔にあるものの、まんまと利用されたヘムドールへの風当たりが厳しかったのもまた事実だ。
今の彼の努力とは別に、闘技大会にて観客達の目が冷たかったのは、そういった過去あってのものなのだろう。
「あの日に見た祖父とソロモン王、民のために尽力してくれた九賢者の方々の勇姿は、今でもこの目に焼き付いている──」
悪魔との激戦を繰り広げたウォーレンヴェルグとソロモン。街の防衛に回った九賢者。その姿は、彼にとって正しくヒーローだったそうだ。
そしてヘムドールは、その大騒動を経て、ようやく自分の愚かさに気が付いたのだと苦笑する。
「とはいえ、それこそ今更な状態だった。失ったものは、もう戻らないのだから」
あの頃は、どうしようもないほどに子供だった。そう口にしては、その目に後悔の念を浮かべるヘムドール。
彼は皆が悪魔の討伐を祝う中、そんな現実に打ちひしがれて隅の方で丸まり鬱々としていたと続ける。
だがミラは知っていた。彼が悪魔につけこまれた理由を。
「──じゃが、それもこれも、本当の友達が欲しかったから、じゃろ?」
それをミラが口にした瞬間、ヘムドールは驚いたように目を見開いた。
だがそれも当然か。その件について知るのは、ダンブルフしかいなかったからだ。
そしてミラは懺悔にも近い彼の話を聞いているうちに、それを思い出していた。ちょっとすれ違っただけではなかった、少年ヘムドールとの接点を。
「どうして、それを……」
ダンブルフにとっては、きっと些細な出来事の一つ。わざわざ語るほどの出会いではなかったはずだ。
そう思っていたヘムドールは、ミラが口にした言葉に目を見開いた。
「いやなに、ヘムドール殿の話を聞いて、師匠が話してくれた出来事を一つ思い出したのじゃよ。大勢に埋もれて孤独な少年がおった、とな」
ミラはどこか慰めるようにして、そう告げた。
当時の事。悪魔の討伐に沸いていた祝勝会の時。たんまりと褒美が貰えた事もあり、それはもう機嫌がよかったものだ。
何といっても、賢者のローブ用の素材としてずっと探していた天骸布が手に入ったのだから、その喜びといったらひとしおである。
そんな中で、ふと目に入った少年。
勝利に盛り上がる会場の隅。視線の通り辛いその場所でうずくまっていたその少年こそが、ヘムドールだった。
(思えばあの時は、浮かれ気分で話しかけたのじゃったな……)
こんなハッピーな時に何をどんよりしているんだい、といった絡み方だ。本来ならば鬱陶しい事この上なかっただろう。
「ダンブルフ様が、そのように……。ああ、私の事を話題にしてくださっていたのか……! 嬉しいが、愚かだった子供の頃の話となると、やはり恥ずかしくもあるな」
ダンブルフに覚えられていたばかりか、弟子にも話していたのかと喜ぶヘムドール。
彼は、あの時に話しかけられた事がどれだけ嬉しかった事か、その時に言われた言葉がどれだけ救いになったのかを語った。
自分のせいで大災害にまで発展してしまったと後悔していたヘムドール。それが原因で、大勢に迷惑をかけてしまったのだと思い悩んでいた。
また、そのように思っている者が大勢いる事も感じていた。
だがダンブルフは、そんな彼に対して何事もなかったかのように話しかけた。罵詈雑言ばかり受けていた彼は、そんなダンブルフの行動に初めは面食らったようだ。
そして優しく話しかけられたものだから、つい感情が爆発してしまったという。
酷い事をしてしまったという後悔と、友達が欲しかっただけという言い訳。少年ヘムドールはそれをわんわんと泣きながらダンブルフにぶつけたわけだ。
「ダンブルフ様は、そんな私の言葉を最後まで聞いてくれた。そして、今の私の指標となる言葉を下さったんだ」
その日の事を思い出しているのか。ヘムドールはそこで一度言葉を区切ると、どこか神にでも祈るかのように安らかな顔で続きを口にした。
「ならば、次は自分でどうにか出来るくらいに強くなれ。失敗は未来で取り返せばいい。今日は決着ではなく、始まりの日である。と、そう仰った後に笑ったんだ。本当ならば、私のしでかした過ちを罵っても当然な立場でありながら、ダンブルフ様は未来があると笑い飛ばしてみせた。その時に私は心の底から思った。ああ、私もこう在りたい、と」
そこまで語りきったヘムドールの目には、憧れと崇敬の念が浮かんでいた。
どうやら彼にとって、その時に交わした言葉は特別であり、ひしひしと感じるダンブルフへの想いの原点のようであった。
(強くなれなぞ、言うのは簡単じゃがのぅ。そう易々と強くなれるはずもないじゃろうに……わしもまた無責任な事を。しかし……あの時は浮かれておったからのぅ。ロールプレイに興が乗って、そんな適当な事を言っていたやもしれぬ……)
泣いていた彼に、何かしらの言葉をかけた事は覚えている。だが、その内容については覚えていなかったミラ。
けれど、何となくではあるが予想は出来た。
丁度そのくらいの時期だ。
今日は今日、明日は明日。痛みを知った今だからこそ、進める道もある。など、当時はまっていたドラマで出てきたそんな言葉を気に入っていた頃があったものだ。
そしてダンブルフでいる時は、それっぽい言葉を口にしてロールプレイを楽しんでいたものである。
つまり少年ヘムドールを相手に、もうこれでもかというほどに演じていた可能性が高い。
それが現実となった今、ヘムドールは、そんな勢いばかりで無責任感すらあるダンブルフの言葉を胸に、ここまでやってきてしまったというわけだ。
(……なんかすまぬ! きっとその場のノリじゃったー!)
よもやまさか、人の人生を大きく変えてしまう事になるなんて。ミラは、その事実にうろたえながらも、どうにかそれが顔に出ないようにと堪える。
しかしそんなミラとは対照的に、どこか陶酔気味となったヘムドールの勢いは増していく。
「そこで私は心のダンブルフ様に誓ったんだ。祖父にも負けないくらい強くなって、今度はきっと守れる側になろうと、ね」
そう告げた彼の顔は、それはもう快晴の空よりも清々しくあった。
もはやダンブルフの言葉が、彼の人生に深く根付いているのだとはっきりわかるくらいの清々しさだ。
「ふ……ふむ、そうか。流石は師匠じゃな。お主──ヘムドール殿の事を伝えれば、きっと喜ぶじゃろう」
ミラは心の中に沸々と浮かぶ罪悪感を押し留めながら軽いノリだったという事実を隠し、彼が思い込む通りにヘムドールを思っての事だったとばかりに頭の中で切り替える。
「おお、ありがとうミラ殿! では、どうしようもなかったこの私、ヘムドールを救ってくださった事。どれだけ感謝してもし足りないほどですと、是非ともお伝え願いたい!」
よほど嬉しかったのだろう。ミラの言葉を受けたヘムドールは、身を乗り出しながらそう迫った。
その熱意と情熱、そして内に宿る信念。何よりも今の彼の目に宿る実直さは、少年ヘムドールの頃とはもはや別人と言ってもいいほどだ。
よもや調子に乗った何気ない一言で、彼をこうも変えてしまったのかと責任を感じたミラは、その責任の重さから僅かに頬を引きつらせる。
と、その直後だ。
「ヘムドール様、お下がりください」
そんな冷たい声と同時に、ヘムドールの身体がぐいっと椅子に引き戻されていったではないか。
思えば先程の状況は、興奮した顔で美少女に迫るおじさんとでもいったものだった。
だからだろう。いざという時は刺し違えてでも、などと言っていたメイドは、そんな接近すらもまた許さないようだ。実に見事な早業である。
「おっと、すまないミラ殿。ダンブルフ様に私の感謝を伝えられると思ったら、つい興奮してしまった」
「い……いや、構わぬ」
メイドと主人とは思えぬほどに豪快な戻しっぷりであったが、ヘムドールに気にした様子はなく、それどころか申し訳なさそうに頭を下げる。
きっと彼女は、世話役兼護衛も兼ねているのだろう。加えて彼の外聞が悪化したりしないようにも気を使っているようだ。
何とヘムドール想いなメイドだろうと、ミラは二人の関係性に困惑しつつも、どこか微笑ましいと心の中で笑う。少年時代の彼ならば、きっと怒鳴り散らしていたであろうから。
「ともあれ、気持ちはしかと受け取った。お主の想いは、わしが責任をもって届けるとしよう」
ヘムドールという一人の人生を大きく変えてしまった。その件については色々と思うところはあるが、現状を見るに悪い方へ進んでしまったわけではない。むしろヘムドールは、あの頃とは考えられないほど立派な男に成長しているといっていいだろう。
また何よりも彼が、巨獣騎兵団の軍団長という今の地位にまで上り詰めたのは、彼の努力のたまものだ。その一助になれたのなら、これは喜ばしい事である。ミラはかつての事を忘れて笑顔で答えるのだった。
さて、先日の事です。
なんと、がんばったで賞という事で編集さんから新たなグルメが届きました!
そして送られてきたものは……
牛トロフレークというものです!!
どんなのがいいかというので、ご飯に合うものと答えた結果がこちらです!
というわけで先週のチートデイに早速食べてみました。
牛トロフレーク……こいつは尋常じゃないほどの絶品でした!!!!
生っぽいけど生じゃない牛肉がフレーク状になっており、これを冷凍状態のまま熱々ご飯にぶっかけるのです!
するとご飯の温度でいい感じに溶けていき、最高の食べ頃状態に。
もはや、牛肉そのままのふりかけといった感じです!
牛肉のおいしさと風味もしっかりと感じられ、ご飯に乗せるだけなので調理の手間も必要ありません。
しかも少量でしっかりとお肉を実感出来ます。
なのでまだ4、5食分くらいは楽しめそうです。
そして明日が週に一度のチートデイ。
今から楽しみでなりません!!!




