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42 学園見学

四十二



 実技場は熱気で溢れていた。生徒達の青春や努力から滲み出るものだけでなく、魔術による直接的な熱量も加わっている。若い活力に満ちたその場では現在、二人一組に分かれて実戦宛らの模擬戦闘訓練が行われているようだ。


「良いのぅ、青春じゃのぅ!」


 ミラは実技場の片隅で、その様子に独り盛り上がる。魔術士対魔術士。迸る閃光に爆炎、駆け抜けた風に聳える土壁。現実ではありえない魔法学校ならではの一風景がそこにはあるのだ。

 ヒナタにしてみれば、よく見る普通の授業風景。しかしそれを前に楽しげなミラの様子を見て、弟子として過ごしていた時、どの様な生活をしていたのだろうかと、少し不安に表情を曇らせる。ダンブルフという英雄に鍛えられ、この歳であれだけの実力を得るというのは、並大抵の事ではない。きっとミラは遊ぶ事もせず、ひたすら修行に明け暮れていたのだろうとヒナタは思いを馳せる。


(だから学園を覗き込んでいたのかな……。でも今は自由そうだし、これからだよねっ。私が楽しい事、一杯教えてあげなくちゃっ)


 より一層気合を入れたヒナタは、訓練風景に見入っているミラの横顔を目に、決意を滲ませ優しそうに瞳を細めた。



 ヒナタが一人勘違いを膨らませていた時、ミラは生徒達の術の使い方に興味を惹かれていた。それは、フェイントの様に使われている魔術だ。生徒の一人が放った炎の球は、大きく爆炎を上げるものと、急に薄くなり掻き消える二種類があったのだ。

 薄く掻き消える炎の球を無数に放ち、その中に本命の一発を紛れ込ませる。または、掻き消える方で牽制して、相手の動きを誘導する。時には属性を変え、狙いを変えてだ。ミラは同じ様な場面をちらほらと目撃していた。

 その魔術は記憶の限りでは、基礎である【魔術:火炎】と思われる。炎の球を放ち対象を攻撃するとてもシンプルなものだが、故にそれだけの術なのだ。ミラは途中で掻き消えるという現象を見た事がない。


「のぅ、ヒナタ先生。あ奴らの使ってる魔術は<火炎>か?」


 こういう事は聞いた方が早いと、ミラは隣でなぜかやる気を漲らせているヒナタに問い掛ける。それに対してヒナタは大きく頷くと、


「そうだよっ。魔術士の基礎は<火炎>だからねっ。今日みたいな実戦訓練では、基礎をしっかりと鍛えるんだよっ」


 召喚術の教師という立場から、授業数の少ないヒナタは他科の手伝いをする事も多く、それにより学園全体に渡り知識を蓄えていた。そんなヒナタの答えに、ミラはやはり術の種類は間違いなかったかと思いながらも、それにより腑に落ちない点が浮き彫りになる。


「途中で消えるのと、爆発する二種類があるんじゃが、違う術ではないのか?」


 ミラがそう疑問を口にすると、ヒナタは少し首を傾げ暫く考え込んでから口を開く。


「ミラちゃんは、魔術の基本発動工程は知ってるかな?」


「うむ。選択、指定、消費、発動じゃろう」


 魔術の基本発動工程。それは、魔術を実際に発動させるまでに行う一連の流れの事だ。

 まず使用する魔術の選択。次に魔術を撃ち込む対象の指定。そして必要なマナの消費。最後に発動という流れとなっている。召喚術とは少し工程が違い、詠唱の必要な上級魔術もまた違うものとなっている。


「召喚術だけじゃなくて、魔術の知識もあるんだねっ。その通りだよっ。爆発する方は普通のだけど、途中で消える方は、その工程の内の消費のところで、完全発動に必要なマナを使わなかった状態で発動した時の現象なのっ。本来の消費マナに足りない状態で発動すると、最後まで術は維持されずに、途中で消えちゃうの。でも代わりに、消費マナは少なくて発動時にマナが現象に変換されるのが早いから、フェイントや牽制として使われたりするんだよっ」


 ヒナタは、やっと教師らしい事が出来たと少し得意げに、そう説明した。


「なるほどのぅ。その様な技術があったとは驚きじゃ!」


 ミラはその説明に大いに感銘を受ける。ゲーム時代では、そもそもマナの消費量を抑えて発動という芸当は出来なかったのだ。0か1かとなる。術を使用する際は、例外なく必ずマナコスト丁度の量を消費するものだった。しかし、現実となった今、その法則までも崩れていたのだ。術士がそこに新たな可能性を求めないはずがない。


「では、召喚術は消費を抑えると、どうなるんじゃ?」


 期待に満ちた瞳で、再び問い掛けるミラ。するとヒナタは猫耳をぺたんと閉じて、笑顔を曇らせながら遠くを見つめ、そっと口を開く。


「頭とか……腕とか……足とか……一部が出てきて、そのまま消えちゃうの」


 一部が出てきて消えるだけ。タイミングを合わせれば盾程度には使えるかもしれないが、動かないオブジェクトを一瞬呼び出しても、脅しにすらならないのがマナ消費を抑えた召喚術の現象だ。


「そう……じゃったか……」


 ヒナタの答えに残念そうに項垂れながらも折角の新技術だからと、ミラはマナ消費を抑えるという感覚を知る為に、ダークナイトを呼び出してみる事にする。


(ふーむ、半分。いや、更にその半分程度がいいかのぅ)


 ミラは、その場から少し離れて、誰も居ない場所を視界に入れる。


 【召喚術:ダークナイト】


 若干マナ消費を抑える感覚を、普段の工程に組み込むイメージ。いつもより小さな魔法陣からは、強烈な存在感はそのままなダークナイトの頭だけが出現した。その黒騎士と目が合ったヒナタが一瞬、小さな悲鳴を上げると、次の瞬間には頭は消え去っていた。


(消費を抑える感覚はこんなものか。そう難しくはないのぅ)


 一回の実験で、消費軽減の感覚は把握したミラ。それは単純に消費量の違う別の術を使う様なものに近い為、無数の術を習得しているミラにしてみれば、その中に一つ新しい術が増えた程度の認識で済んだのだ。

 これは問題ないと、ミラはそれ以外の可能性も試してみる事を思い立つ。気になったらやらずにはいられない性格なのだ。


 【召喚術:ダークナイト】


 今度は、黒い大剣を手にしたダークナイトの右腕が小さな魔法陣から現れる。この二回目の実験は、出てくる部位の指定を念頭においたものだ。そして結果はミラの思い通りに成功した。


(ふむ、これも上手くいった様じゃな。では)


「ヒナタ先生。少し危ないかもしれんので、下がっておいてくれんか」


「えっ? う、うんっ」


 一部位だけといえど、強烈な魔力を放つダークナイトに若干、腰の引けてるヒナタは少しではなく大きく下がる。

 ミラは、実験結果を考慮しながら、術の工程を組み上げていく。そして誰も居ない空間を睨むと、それを形にする為、魔力を練り上げる。


 【召喚術:ダークナイト】


 ミラの意志を受けて中空に現れた小さめの魔法陣から、再び大剣を手にした黒い腕が現れる。しかし今回は先程とは様子が違う。その腕は大きく剣を振り上げていたのだ。


「えっ!」


 その光景に思わず声を上げるヒナタ。そして次の瞬間、腕は大剣を激しく地面に叩きつけ、数瞬の後に掻き消えた。


「ふむ、成功の様じゃな」


 満足のいく結果を得られたミラは、そう呟き顎先を指で撫でる。ヒナタは、今までの常識を砕く光景に思わず駆け出し、黒い腕が現れた辺りで視線を落とす。そこには大きく抉れた傷痕が証拠として、しっかりと刻まれていた。


 召喚術の発動工程は、出現位置の指定、召喚体選択、マナ消費、発動。これでダークナイトなどを呼び出す事が出来る。だが、これでは呼び出すだけだ。この後、行動指示により召喚体は攻撃や防御を行う。そしてこれが、他の術とは違うところでもある。マナ消費を抑えた場合、指示をする前に消えてしまうので、完全に見せかけにしかならない訳だ。

 しかしミラは違う。指定から指示までを一工程で行う卓越した技術を持つミラの場合、召喚される前から行動指示を受けている状態である為、現れた腕は即座に剣を振り下ろす事が出来るのだ。


「ミラちゃん、今のはっ!?」


「ヒナタ先生、まだ危ないんじゃがな」


 驚愕を表情に浮かべながら駆け寄るヒナタに、ミラはまだ実験中だと声を掛けてから、再び誰も居ない空間へと視線を向ける。


 【召喚術:ダークナイト】


 次に繰り広げられた光景は、更にヒナタの常識を追い込むものだった。今度は六本の腕が円を描く様に現れ、中心となる地点に大剣を振り下ろしたのだ。その衝撃力は絶大で、爆炎に近い土埃を巻き上げるとほぼ同時に、その原因は姿を消す。より大きなクレーターを残して。

 そして、この実験に言葉を失っていたのはヒナタだけではなかった。同じ訓練場内の魔術科の生徒全員が、その尋常ではない威力に呆然と立ち尽くしていたのだ。

 生徒達は、最初のダークナイトの頭が出たあたりから、ミラの方に注目していた。突如として莫大な魔力を放つ物体が現れたのだ、気にならない訳がない。そして次々と起こる現象に、完全に魅入ってしまう。そして彼等は気付いたのだ、目の前の少女こそ審査会で一位を攫っていった召喚術科の代表者なのだと。ヒナタが隣にいた事も、気付いた要因の一つだ。

 魔術科の生徒は、既に審査会の結果を聞いている。そして、いけ好かないカイロスが負けて内心喜んでもいた。魔術科が二位というのには、若干思うところもあるが、それ以上にカイロスは同じ科の者相手でも傲慢な態度だったのだ。しょうがない事だろう。

 目の前の少女は、そんなカイロスに一泡吹かせてくれた人物である。実際目にした可愛らしさも相まって、評価は一気に鰻上りだ。そしてミラは、まだその事に気づいてはいない。


(これならば、もう少し試せば実戦でも使えそうじゃな。ふむ、マナ消費の調整か。ゲームシステムが無くなった事で、逆に出来る事も増えているという事じゃな。今度、色々と試してみるとするかのぅ)


 ミラは実験結果に確かな手応えを感じて、今後の研究課題にしようかと心に書き留める。

 それから他にも得る事はないかと訓練場に顔を向けたミラは、全生徒と視線が合い思わず一歩後ろに下がる。

 今更、注目されている事に気付いたミラは、そのまま踵を返し慌てて訓練棟を飛び出していくのだった。


 呆然としたままその後姿を見送る生徒達に、ジークフリードが発破をかける。来月は、あの少女を破り一位を取り戻すぞと。

 中には疑問を持つ者も居た。そもそも今のは本当に召喚術だったのかと。それほどまでに今まで見てきた召喚術と、ミラの見せた召喚術は格が違ったのだ。だが、目の前で実際に起こった出来事を否定する事は出来ずに訓練に戻る。最低でも、今のものを超えなければいけないのだ。時間が幾らあっても足りない。

 生徒達は、ミラの実力を目の当たりにしても尚諦めず、ジークフリードの声に意志を奮わせ訓練を再開する。このまま、負けたままでいられるかと。その瞳には天高く、遥か遠くを目指す思いを秘めた光が宿っている。これが本来の魔術科の姿だ。ルミナリアに導かれ、その背中を追いかける生徒達の心は、目の前で繰り広げられた圧倒的光景に奮い立ち、気力を漲らせるのだった。



 逃げる様に訓練場を後にしたミラは、その後ヒナタに連れられて術士達の学園生活を見て回る。

 学園は一般教養の他に下級の術の習得方法や、様々な戦闘技能に生産技術を教えており、大陸中の知識が凝縮された場所であった。生徒はそこで、自分に合ったものを選択し学んでいく。そして専門学部まで上がると内容は更に深くまで及び、術士を目指す者にとって最高の教育機関である事を証明していた。

 術に関しても様々な研究が行われており、ミラの知らない術が発見されていたり、更には術を組み合わせるといった新技術も開発されている。カイロスの使っていた術も、既存の術を合わせて見た目を強化した<合成術>と呼ばれるものだったのだ。


 ミラは現在の術の在り方や、その進歩、新たな技術に目を輝かせながら、ヒナタに質問を繰り返した。あれは、これは、どうやって、どうすれば。そんな質問攻めに、ヒナタの教師魂が疼きだし、手伝いで巡り巡って得た他科についての知識を事細かく説明した。


 魔術科では、合成術の開発を熱心に行っている。

 聖術科では、現在、聖地巡礼の準備中。聖術習得の為に、各地の神々の神殿を訪ねるという。

 陰陽術科では、式符作成に使う精霊葉が不足していて、中級以上の陰陽術訓練に支障がでている。

 退魔術科では、魔導工学で作られた空気圧で聖水を発射する事の出来る、聖水銃なるものが開発されている。

 降魔術科では、術士の適性だけでなく性格も降魔術の同化率に影響すると判明し、その影響度合いを研究中。

 死霊術科では、作成した岩人形に物を持たせるという事と、使える道具自体の開発が行われている。

 仙術科では、入学早々に近接格闘術を習う。結果、誰もが引き締まった良い身体をしていて、現在は武器を使った戦闘法を模索中。

 無形術科では、天候を操作する術と、野菜を育てられる光源の術が研究されている。

 召喚術科は、知っての通りクレオスが召喚術習得希望者を募り、日々古戦場で武具精霊との契約推進中だ。


 各科を巡りながら、得意げに話していくヒナタ。そして一通り案内し終わった頃、学園は放課後の気配を残して、朱に包まれていた。学園らしく部活動もあり、校庭では運動部が青春の汗を流し、斜陽差し込む部室では、生徒達が思い思いの時間を過ごしていた。


「流石に一日じゃ回りきれなかったけど、どうだったかなっ」


「有意義な時間じゃった。ありがとう、ヒナタ先生」


 若干緊張しながら聞くヒナタに、ミラは満足そうに笑顔を浮かべて答える。


「ううん、こちらこそ審査会ありがとう。これはお礼っ」


 差し出したヒナタの掌には、一つの銀の指輪があった。ミラはヒナタのその手を取ると、そっと閉じさせる。


「今回は、召喚術の今後の為にした事じゃ。礼を貰うほどではない」


「でも、私が頼んだ事だしっ」


「ならば、また時間の合う時に学園を案内してくれぬか。まだまだ、見足りないのでな」


 ミラは、そう言って微笑む。ヒナタは、案内している時のミラの様子を思い浮かべながら、再び最初に会った時の事を思い出す。学園を覗き込んでいた時の姿だ。


「うん、任せてっ。いっぱい案内するよっ!」


 猫耳を元気良く立てながら、ヒナタはミラが次に来る時は、普段立ち入り禁止となっている区域も案内できる様に、許可を申請しておこうと心に決める。


「ではな」


「またねっ。いつでも待ってるからっ」


 二人はそう別れの挨拶を交わすと、ミラは校庭のど真ん中を歩いて行った。ヒナタは、その後姿に「ありがとう」と囁くと、気合を入れ直して召喚術科へと突っ走しる。ミラが身体強化の精錬装備を作成したので、明日からクレオスの召喚術習得ツアーは人数が増えるだろう。その準備をするのだ。それはきっと、ミラの思いに応える事に繋がるだろうと信じて。

 瞳に強い光を宿したヒナタは、教師という立場ながら廊下を疾走する。極めて爽やかに夕飯の誘いを掛けたジークフリードに気付かずに。



 ミラは校庭で部活に励む生徒達を眺めながら、ふと視線を外し紅く染まった空を仰ぐ。学園は少し覗くだけのつもりだったが、色々と重なって日中のほとんどを過ごしてしまった。もうじき夜の帳が下りる時間に、別の場所を観光する気にはならない。

 どうしたものかと、この後の予定を考えながらミラが校門を少し越えたところ。一つの影が小走りで駆け寄ると、そのまま追い抜き姿を見せる。


「まだ、いらしたのね」


 淡々と言葉を紡ぐ赤頭巾の少女。九賢者代行の一人、アマラッテだ。彼女もまた学園での用事が終わり、今帰るところであった。


「うむ、まあのぅ」


 アマラッテは、少し驚いた様子のミラを気にせずに、前屈みで至近距離まで顔を寄せると首を傾げる。


「ところでミラさん。貴女は下着をつけない主義なのかしら?」


 ミラの胸の辺りを凝視した後、アマラッテは姿勢そのままに上目遣いで見詰めると「それとも、そういう趣味?」と続け、そのままスカートを捲り上げる。


「こっちは穿いているのね」


 アマラッテは少し残念そうに微笑みながら姿勢を戻すと、なんで? と言わんばかりにミラへ視線を送る。対してミラは、スカートを捲られてもどこ吹く風、軽く肩を竦めると、


「付け方が分からんのじゃよ」


 そう素直に答える。その意外な理由にアマラッテは僅かに笑む。周囲では、突然のスカート捲りに騒然としているが、二人は気付いていない。


「そうだったのね。では、私が教えてあげるわ」


 言うが早いか、アマラッテが上着のボタンを外していくと、ミラは慌ててその手を取り制止する。


「何をする気じゃ!?」


「言ったでしょう。教えてあげる。私のを一度外すから、付け直すところを見ていて」


 了承できる訳が無い。それはつまり、アマラッテの胸を直に見続けるという事だ。本来ならば喜ぶところだが、場所が悪すぎる。往来のど真ん中で少女に上半身を晒させる訳にはいかない。

 ミラは激しく拒否すると、今度リリィに教えてもらうと言い、どうにか納得してもらうのだった。


「例の件、忘れずにお願いするわね」


「分かっておる」


 侍女部隊特製の魔法少女服に執着を見せるアマラッテの言葉に、ミラは軽く手を振りながら返す。

 少し嬉しそうな表情をみせた次の瞬間、アマラッテは【死霊術:岩熊(ロックベア)】を発動した。ミラの目の前で瞬く間に大きな岩の熊が作り出される。


「では、また会いましょう」


 そう言うとアマラッテは、その背に飛び乗る。そして岩熊は学園の校門前から往来を悠然と歩いていった。街の住民達は、特に慌てる様子も無く楽しげに目で追うだけだ。

 余りにも突然の事に、ミラは呆然とアマラッテを見送ると、ゲームと現実の違いを再認識する。ヴァルキリーのアルフィナや、音の精霊レティシャの時の様に、会話をするというのは本来ありえなかった事だ。今まで出来なかった事が出来る。先程のアマラッテの行動も、出来る括りに含まれるのならば、それはつまり召喚体にも乗れるかもしれないという事になるだろう。住民達の反応からも、死霊術士としては当たり前の移動手段である事が窺える。


(これはもしや、足の心配が無くなるかもしれん)


 召喚術には、騎乗用という種類のものは無い。だがそれは、ゲームだった頃の話だ。乗ろうと思えば乗れる姿のものは幾らでもいる。

 これは、試してみるしかない。そう思ったミラだったが、数瞬前のアマラッテの姿を思い出す。周りの反応はともかく相当目立っていた。

 そういう状況が苦手なミラは、疼く思いをどうにか抑えて、今度目立たない場所で実験してみようと結論する。


(さて、それではどうするかのぅ)


 ミラは、新しい知識が多く手に入ったので一度整理したいと考える。そこで時間も時間なので、寝床を確保する事に決定した。

 真っ先に思い浮かぶ場所は城だ。一晩の寝床くらいは用意してくれるだろう。しかし折角、物語の様な世界に来たのだ、宿屋に泊まるというのもまた、ミラの興味を強く惹くものだった。

 更に言うなら、普通の宿屋だ。エカルラートカリヨンが定宿にしていた春淡雪の様な、酒場と宿が一体になったお馴染みの宿。ミラは今まで、塔の私室、城の客室、王族ご用達のお忍び馬車で野宿、グランドホテル宛らな夏燈篭といった所で寝泊りしていた。どれも普通とは大きくかけ離れている。


(何気なく立ち寄った宿で一泊。それもまた冒険の醍醐味じゃな)


 良く物語で描写される、宿屋の店主との何気無い会話、賑やかな食堂での食事。そういった事に、憧れに近い感情を抱いているミラは、一般的な宿屋を探して、黒が迫った空の下を駆け出して行く。

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[気になる点] >仙術科では、入学早々に近接格闘術を習う。結果、誰もが引き締まった良い身体をしていて、現在は武器を使った戦闘法を模索中。 仙術って武器が持てないのでは? 手に持たなければ良い、あるい…
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