417 決勝トーナメント前日
四百十七
忙しかったり、そうでもなかったりする日々が過ぎ、いよいよ闘技大会の決勝トーナメントが明日に迫った日の事。
イラ・ムエルテについての情報交換や、今後のやりとり、そして交流などのために滞在していたグリムダートの士官達が帰国する事となった。
「ああ、決勝トーナメント直前で帰国命令だなんて……」
飛空船の発着場にて、グリムダートから迎えに来た小型飛空船を前にぼやく士官が一人。
「特別トーナメント、楽しみにしていたのに……」
招待選手達による特別トーナメント戦。そこに登場する予定の有名人、ギルド月光十字のエレオノーラが見られると息巻いていたもう一人の士官もまた、その顔に嘆きを浮かべて天を仰いでいた。
「あ、あの……会えて光栄でした!」
「これほど素晴らしい知識を学べたのは、一生の宝です。本当に感謝いたします」
士官の術士二人が、ルミナリア達に向けて感謝を表する。
途中から、この二人もまたミラ達が開いていた研究会に参加していたのだ。
今までよりもずっと成長出来たと述べる二人は、九賢者の面々を崇敬するかのように見つめていた。
とはいえ二人が学んだのはミラ達にとっての上澄み程度の知識に過ぎなかったが、そこは九賢者の英知である。十分な価値はあっただろう。
「私達も一緒に研究出来て楽しかったわ」
女性術士の肩をそっと抱き寄せながら囁くルミナリアだったが、「またいずれ、ゆっくりお話ししましょうね」とカグラが素早く引きはがす。
ルミナリアの手癖の悪さと三神国の士官が合わされば、確実に面倒になると察してだろう。
「いやはや、お見送り感謝いたします。よもやこうして英雄の方々に見送られるなど、まるで自分が偉くなったのではと勘違いしてしまいそうになりますね」
改めるように一礼するのは、五人のリーダー的存在であったリギンズだ。
そんな彼は、どことなく落ち着かない様子であった。
その原因は、よもや帰国するにあたって、ノインの他、ゴットフリート達とルミナリア達が、ちょうど時間が空いていたからと見送りに出てきたからだ。
生ける伝説とも呼ばれるアトランティスの将軍と十二使徒、加えてこれまた伝説となっている九賢者。
そんな憧れですらある英雄達が、わざわざ見送りに来てくれたともなれば、気持ちが高揚しないはずもないというもの。
リギンズは緊張を浮かべつつも、それこそお偉いさんにでもなったような気すらすると笑っていた。
(そもそも本当のお偉いさんじゃからのぅ……)
ミラはというと、現状を冷静に見つめていた。
憧れているだなんだと言うばかりか、それこそ忠実とも言えるくらいにノイン達皆の言葉に従い、時に教えを受けて感動していた士官達。
まるで見習いのようですらあったが、この者達はグリムダートにて、上から数えた方が早い地位にいるエリート達だ。
少しばかり離れた場所でその様子を見つめるミラは、それはもうみるみる上機嫌になっていく士官達を目に、アルマのお願いを思い出す。
『明日、士官の人達が帰るんだけど、皆で見送ってもらってもいい?』
昨日の夜に、そんな事を言われた意味というのが、どうやら目の前のこれだったようである。
客人をいい気分にして帰せば、それだけこちらの印象も好くなるというわけだ。
そうこうしつつ、士官達は名残惜しそうな顔で飛空船に乗り込んでいった。
ミラは飛び去っていく飛空船を見送りながら、九賢者の事について話していた際の事を思い返す。
ルミナリア以外は行方不明扱いとなっている九賢者が、これだけ集まっていた事については、士官達と約束を交わしていた。
(ちょいとミーハー感は拭えぬが、多分きっと大丈夫じゃろう……)
アルカイト王国の建国祭の時に、九賢者の帰還を発表するため、それまでの間その存在は秘密だと約束した士官達。
ただ、十二使徒と会っただの、名も無き四十八将軍に剣の稽古をつけてもらえただの、九賢者と術研究を一緒にしただのと、それはもう自慢し合っていた五人。
はたして彼ら彼女らが建国祭まで他の誰かに話さず我慢出来るかどうか、これまで見てきた様子からすると不安すらあった。
(ともあれ、どんな反応が返ってくるかのぅ……)
ただ例外として、グリムダートの国王にのみ九賢者の事を明かしてもいいと、ルミナリアが伝えていた。
何でも、ソロモンからのお達しらしい。
その理由の一つは、本拠地攻略には士官達の代わりに九賢者が六人参加していたと説明すれば、彼らにも言い訳が立つだろうという事。
そしてもう一つは、相手が相手だけに秘密のままとするわけにもいかない事。
士官達は把握していて王様は知らないなどという状態とわかれば、何ともややこしくなるのは間違いなく、士官達が責められるかもしれない。
だが伝えておけば、建国祭の時にグリムダート側から何かしらの反応があるかもしれず、箔が付く、という事らしい。
(ふーむ、政治の事はよくわからぬ……)
ともあれ、気にする事でもないかと士官達を見送ったミラ。
だがこの時は、まったく気にしてもいなかった。士官達が伝えるのは九賢者だけではなく、ダンブルフの弟子がいたという内容も含まれる事を。
無差別級の決勝トーナメント開始の朝がやってきた。
今日は、朝からお城全体がいつにも増して大賑わいだ。
いつも通りに朝はアルマとエスメラルダがイリスの部屋へとやってきて朝食を一緒にしたが、終わるなり慌ただしく行ってしまった。
アルマにしても珍しく、何かしら理由をつけて居残ろうとはしなかったくらいである。
食事中に交わした話によると、開会の挨拶だなんだで色々と用事があるそうだ。
また開会は正午過ぎからとなっているが、それまでにも色々とイベントが用意されているらしい。
「今日は忙しくなりそうじゃな」
闘技大会に出場は出来なかったミラだが、それでも試合の時には出番があった。
それは、解説役としての出番だ。
なお、解説についての細かい打ち合わせは、まだしていない。昼食時に食べながら話すとの事である。
直前に、しかも合間の時間を使うくらいに今は国全体が大忙しだった。
「さて、わしも忙しくなる前に……」
決勝トーナメントが始まれば、解説役として大いに活躍しなくてはいけない。
そして何よりも、その初戦はミラにとって最も大切な一戦となる。
ミラはそれが始まる前に出かける事にした。
なお今日は午後から精霊女王としての仕事があるため、変装はせずにの出発だ。
「では、人が多いので気を付けるのじゃよ」
「はいー、大丈夫ですー!」
今日は遊び倒すと気合を入れるイリスと共に、闘技大会会場までやってきたミラは、そこで別れた。
イリスには、付き添いとしてシャルウィナと団員一号がいるため心配は無用である。しかも既にイベント巡りの達人の域にあるときたものだ。
三名は今日も行くぞと声を上げて、イベントブースに突撃していった。
「さて、どの辺りじゃろうか……」
イリス達を見送ったミラは、そのまま選手村の入口近くにまでやってきて周囲を見回す。
アルマの話によると、決勝トーナメント出場者は全員、選手村に滞在してもらっているとの事である。
そう、ミラは試合前のブルースに会いにきたのだ。
ただ選手村と言っても、それこそ村が一つはすっぽり入ってしまうほどに広かった。
加えて決勝トーナメント直前という事もあってか、かなりの賑わいぶりだ。ちょっと見回した程度で目的の人物が見つけられるとは思えないほどの人数が集まっている。
中でも多いのは、取材陣と思しき記者の姿だ。
「ありがとうございます、グランディール選手。本戦、応援しています!」
「ありがとう。頑張ります」
そんな大勢いる中の声の一つが聞こえてきた。
見るとそこには、取材兼応援とでもいった様子の女性記者と、一目見てイケメンだとわかる男の姿があった。
そのやり取りからして、彼もまた決勝トーナメントに出場する選手だろうか。取材陣に笑顔を振りまきながら選手村の方へと入っていく。
「はて……何やらどこかで……?」
グランディールと呼ばれていた選手を目にしたところ、その顔に見覚えがあるような気がすると感じたミラ。
果たして偶然か必然か。その男グランディールは、以前にミラがカードショップを訪れた際にカードゲーム大会の予選でレオナという女性と接戦を繰り広げていた者だった。
そしてミラに一目惚れした上級冒険者でもある。
しかしながら男の顔については記憶力が半減する事に加え、女性にモテモテなイケメンなどという要素まで加わってしまえば、積極的に記憶から抹消するように働くのがミラの頭だ。
ダンブルフのカードを使っていたレオナの事は覚えているが、対戦相手のイケメンについては霧の彼方である。
それでも若干の既視感を覚えたのは、イケメン全般に対する憎悪の成せる業とでもいうべきだろう。
「そこの青い鎧の者やー、ちょいと訊きたいのじゃが、よいかー?」
ともあれミラは、ずんずんと奥へ行ってしまうグランディールを、まあどうでもいいかとばかりの軽い気持ちで呼び止めた。
見覚えがあるといっても、多分きっと深い関わりはないはずだ。そう自分の記憶の薄さを信じたのだ。
それよりも選手村に滞在しているのならば、もしかしたらブルースの滞在場所も知っているかもしれないという気持ちが大きく働いた。
「ん? 私の事かな?」
後ろから声をかけられたグランディールは、随分と大雑把なミラの呼びかけに対しても、にこやかに振り返った。
きっと心までイケメンなのだろう。そう感じられるほどに飾らなく自然な笑顔だ。
だが直後、そんな彼の完璧な笑顔に変化が生じる。
「あ、ああ……君は……!」
思わずとばかりに見開かれたグランディールの目に驚きが浮かぶ。
そして次に表情は喜びへと変化し、そこから更に神への感謝を経て微笑みに至った。
「精霊女王のミラちゃん……こんなところでまた巡り逢えるなんて……!」
そんな言葉を口にするなり、それはもう反射的ともいえる速さで駆けてくるグランディール。
初めて恋に落ちた少女と偶然にも再会したばかりか、声をかけられた。一日たりとてあの日の出逢いを忘れた事のなかった彼にとって、それはもはや奇跡にも近しい瞬間だったのだ。
その嬉しさたるや、ひとしおだろう。
(むむ……)
対してミラはというと、『また』と言った彼の反応に戸惑った。
再び会えた事を喜んでいる様子のグランディール。
とはいえ、それは彼の一方通行な思いによるものであり、嬉しさのあまり思わず口に出た彼の気持ちそのものだ。
ただ、彼の事をまったく覚えていないミラにとって、その言葉は大いに認識の行き違いが発生する原因となった。
「う、うむ、そうじゃな。久しぶりじゃのぅ──」
この世界にきてから、まだ半年ほどしか経っていないが、出会いの数は記憶が追い付かないほどにある。
出会っているものの思い出せない男がいるのは、もはや仕方がないといえる状態だ。
ともなれば相手は覚えていて、こちらは忘れているなどという状況だって十分にあり得た。
だからこそミラは、そんな予想を前提に答える。
見覚えがあるのは確かだ。相手の態度からして顔見知り程度には交流があったのかもしれない。
加えて、あまりにも嬉しそうなグランディールの笑顔。その圧もあってか覚えていないとは言い辛い。
「──ところでひとつ訊きたいのじゃが、ブルースという出場者の滞在場所がどこか知っておらぬか?」
ゆえに色々と気づかれぬうちに退散するべく、挨拶と同時に質問を続けたミラ。
だがそんなミラの言葉が、思わぬ誤解を生む。
どことなくフレンドリーに、それでいて『久しぶり』などという言葉まで出た事が、グランディールに更なる喜びを与えたのだ。
カードゲーム大会にて少し邂逅しただけながら、覚えてくれている。それが、ミラの言葉を受けて感じたグランディールの歓喜だった。
ただ、そうして喜んだのも束の間。
「ブルース……というと、あの本戦トーナメント出場を一番で決めた召喚術士の事だね?」
天使が気にしている様子の男。いったいどういった関係なのか気になったようで、その笑顔に綻びが生じる。
ただ、それも僅かな瞬間。
「今は最終調整中のはずだから、あまり邪魔しないほうがいいと思うけど……彼とはどんな関係なんだい?」
次には元の笑顔を浮かべるばかりか、グランディールはそのようにさりげなく探りを入れてきた。
「それは──……」
ブルースとの関係性。それを問われたミラは、そういえばどういった関係になるのだろうかと考えた。
真っ先に思いつくのは、嘘偽りのない関係。賢者と、塔の研究者である。
だが、弟子を名乗っている今、これは使えない。
では、上司と部下というのはどうかと思いつくものの、なんのこっちゃと突っ込まれるのは間違いないだろう。
「ふーむ……なんと言えばよいかのぅ」
ここに来た理由は、ブルースに助言するため。師匠と弟子としても問題はなさそうだ。
しかしながら教えたのは、一週間程度の事。流石にその程度で師匠などと名乗るのもおこがましいのではないか。
そのように色々と考えながら、ミラはどう言ったものかと悩む。
グランディールは、そんなミラを心穏やかではない様子で見つめていた。
彼は、はっきりと答えないミラを前に心の中で困惑する。もしや誰かに話すのもはばかられるような関係なのだろうかと。
(確かブルースという男は、見たところ五十近かったはずだ……)
そう記憶を辿るグランディールは、真っ先に親子という間柄ではないかと思い至る。
しかしそれでは、はっきりそうだと答えない理由が不明だ。
ならば、もしも二人がただならぬ関係だとしたらどうか。この年齢差である。確かに言い辛そうにするのも頷けようものだ。
しかも、本戦トーナメントの初戦という非常に大事な試合の直前に訪ねてきたともなれば、その親密度は明らかといえる。
(いや、まさかそんな……!)
もしや本当に二人は。そんな信じたくない関係性にたどり着いてしまったグランディールは、ありもしない妄想を広げていく。
すると、そうしていた矢先──
「──あっ、おったおった! 呼び止めてすまんかったな。そういえばお主も出場するのじゃろう? 頑張るのじゃよー」
ふと選手村の奥に目を向けたところで、そこに目的の人物の姿を発見したのだ。ミラは早口でそう告げるなり、足早に駆けて行った。
「ああ……天使が……!」
果たして真実は。それを得られなかったグランディールは、あっという間に去っていったミラの後ろ姿を目で追った。
そして居ても立っても居られないとばかりに、そっとその後を追いかけようとしたところで、彼は再び取材陣に捕まる事となる。
笑顔で対応するグランディール。だがインタビューに答え終えたのは完全に見失った後だった。
最近、改めて
ほんだしの力に気付きました。
いつもの鍋を作るとき、久しぶりに鍋の素が手に入ったのでそれを使ったのですが
その時、中途半端にほんだしが残っていたのでそれもついでに入れたんです。
そして、
ああ、やっぱりちゃんとした鍋の素があると美味しいな、なんて思って食べました。
しかし次の日の事です。
同じように鍋の素を入れて鍋を作ったんです。
前日と同じ鍋です。
しかしその時は、前日と同じくらいに美味しいとはならなかったのです!
ただ、何となく久しぶりだったから昨日はそう感じただけだろうと思ったのですが……
ふと思い出しました。
そういえば、あの時はほんだしも入れていたなと。
もしやと思い買ってきました。
そして、先日しっかり入れて食べました。
ほんだしだ……ほんだしの美味しさだったんだ!!!
そう、実感しました。
凄いですね、ほんだし。




