414 誤算
四百十四
海上上空よりニルヴァーナ城へと帰還したのは、天空城を出てから一時間と少々が経過したくらいの時間だった。
ミラは急いでくれたガルーダに礼を言って送還すると、そのまま駆け足でイリスの部屋に向かう。
夕食にはギリギリで間に合い、アルマに冷たい目で見られる事無く、皆で仲良く食卓を囲む事が出来た。
嬉しそうなイリスの顔、賑やかなヴァルキリー姉妹達の声とアルフィナの叱咤の声、数々の美味しい料理。
アルマが大切にしているだけあって、夕食時には幸せな空気がいっぱいに詰まっていた。
そんな中、いよいよ無差別級の決勝トーナメントが来週にまで迫った闘技大会について盛り上がる。
「大陸中から集まっただけあって、そうそうたる顔ぶれね!」
持ち込んだ極秘の決勝トーナメント出場者リストを手に、これは最高の大会になるぞと意気込むアルマ。
過酷な予選を突破した総勢三十二名の猛者達。
そこには退役してなお現役にも勝る元軍人や、二つ名持ちの冒険者、更には無名でいながら破竹の勢いで勝ち上がってきた術士など、実に優秀な選手が残っているとエスメラルダも嬉しそうだ。
「とはいえ優勝候補筆頭は、やっぱり……愛の戦士プリピュアかな」
楽しみではあるものの、優勝者はほぼ決まっているようなものだとアルマは言う。
それだけの実力者がひしめく決勝トーナメントだが、そこに名を連ねるプリピュアの正体は、アルカイト王国の最高戦力として数えられる九賢者の一人『掌握のメイリン』本人である。
そして決勝トーナメントの試合形式は、一対一。
つまりは個人の実力でもって、これを打倒しなければ優勝には届かないわけだ。
果たしてこの大陸に、それが可能な者はどのくらいいるというのか。
「そうねぇ、他の選手も粒揃いだけど、やっぱり……ね」
エスメラルダもまた、同じ意見のようだ。
勝ち残った者達の実力は、言わずもがな。直ぐにでも国軍の第一線であろうと大いに活躍出来るほどだ。
けれども、やはりメイリンには及ばないというのが二人の感想である。
「まあ、そうじゃろうなぁ」
それこそ、予選の間は爪を隠して温存していたとでもいうようなトッププレイヤー辺りが交じっていない限りは、プリピュアが優勝で決まりだろうというのがミラの考えだ。
「皆さんも、そう思いますかー。私も、プリピュアさんが一押しですー!」
流石に一対一という状態でメイリンに勝てる者など、そうはいない。正体を知るからこそ確信を持つミラ達だが、イリスもまた予選を観戦した末にそこへと至ったようだ。
更にイリスは「予選でも、まだまだ余裕が感じられましたー」だとか、「自分に制約を課しているようにも見えましたー」など、的確に言い当てたではないか。
「ほぅ、よく見ておるのぅ」
イリスの観察眼に感心するミラ。
武人でもあるメイリンは、己に制約を課しながらも手を抜くといった戦いはしない。制約内にて全力なのだ。
ゆえに傍からみれば、そうとは気づかないものである。
だがイリスはそれを見抜いたというのだから驚きだ。
と、そんなイリスの新たな才能などが窺い知れつつも夕食は進み、デザートまで堪能し終えたところで今日はお開きとなった。
片付け終えた後、それぞれがそれぞれに食後を過ごす。
「──と、場合によっては壁を背にするのも選択の一つとなります。どれだけ腕に自信があろうと、囲まれてしまえばその半分も出せなくなりますからね」
「なるほどー」
イリスは、アルフィナの特別講習に参加していた。戦闘技術のみならず、知識などもこうして教わっているのだ。
「聞いてますか、クリスティナ?」
「はい、聞いてます!」
なお、その講習にはクリスティナも同席している。というよりは、どうにも遅れがちなクリスティナのための講習にイリスが参加した形だ。
そして残る姉妹はというと、イリスの頑張りとクリスティナの犠牲に感謝しつつ、のんびりとした時間を堪能中だった。
「ああ! 探偵シュガーレディの短編集! 幻と言われていた一冊が今ここに!」
四女のシャルウィナは当然の如く図書室に入り浸っていた。
そこの存在がアルフィナにバレた事で寝不足の理由もバレてしまい、一時的に立ち入り禁止とされたが、これを憐れに思ったミラが助け舟を出した事で再び利用出来るようになった。
今は徹夜出来ない分、少しでも多く、少しでも早くと、なかば図書室の住人と化している。
「和スイーツの全て、あんこ編……。小豆の確保にも目途が立ったし、遂にこっちへ手を出す時が──!」
三女のフローディナもまた、最近は図書室通いの日々だ。
そこに網羅されている料理本が目的であり、全て習得するのだと随分な意気込みようである。
特に力を入れて勉強しているのはスイーツ類であり、最近のおやつの時間には彼女が作ったスイーツがよく並ぶ。
それらはアルマにも好評で、おやつの時間になるとふらりと現れて、堪能し終えたところでエスメラルダに連れ戻されていくのが最近の定番な光景だ。
「もう少し、頭が大きい方がいいかしらね」
次女のエレツィナは室内庭園にて、草や枝を用いて人形を作っていた。イリスのお願いによって、今度から彼女が弓を教える事になったからだ。
イリスは近接、そして遠距離と、どれが一番肌に馴染むのか色々と試したいという。
そんな彼女の熱意とやる気に感化されたようで、エレツィナもまた人形のみならず、色々な魔物を模した的作りに精を出していた。
「──えっと、つまり攻撃だけじゃ勝てないわけね」
「そうですにゃ。ターンというものがあって、必ず攻撃を受ける番が来ますにゃ。そこに備えるための戦略も大切なのですにゃ。戦いは既にそこから始まっているんですにゃ!」
六女のセレスティナはというと、どうやらカードゲームに興味を持った様子である。
その方面では僅かに先輩となる団員一号より、ルールだ何だといった事を教わりつつゲームの流れを確認し、カードデッキを構築していた。
なお、教わりながら作るセレスティナのカード構成を虎視眈々とチェックしている団員一号。
セレスティナの初戦となる相手は、状況的に彼で決まりだ。ゆえに団員一号は必勝を狙い、カードゲーマーの先輩としてマウントを取ろうという魂胆であろう。
「──うむ、それでじゃな、こうカッコいい感じにのぅ──」
「では、このような形でしょうか──」
ミラは、五女のエリヴィナと共にいた。
現時点において、ミラの服は全てがアルカイト城の侍女達による特別製だ。
だがそれらは基本的に、ミラの可愛さを最大限に引き出そうというコンセプトによって設計されている。
そしてその服は、実際にミラの魅力を際限なく引き出し、ミラ本人もまた悪くないと納得すらさせる出来栄えの代物ばかりだった。
よってミラは、文句も言わず律義にそれらの服を着ていた。
だが、それはあくまでも選択肢がそれだけしかなかった場合の話だ。
これからは違うぞと、ミラの目は燃えていた。
その理由こそが、エリヴィナの存在だ。
全開で趣味に走る侍女達とは違い、主様と慕ってくれる彼女ならばミラの意向を十分に考慮してデザインしてくれるからだ。
ゆえにミラは、ここぞとばかりに可愛い路線からカッコいい路線への乗り換えを目論む。
エリヴィナに、カッコいいローブを作ってもらうのだ。
また、そのための素材については、既にアルマより許可が下りていた。イラ・ムエルテ戦での活躍の報酬代わりとして、素材は幾らでも用意すると。
だからこそというべきか、エリヴィナのやる気もまた最高潮だった。
次の日もまた、それぞれがそれぞれの時間を過ごす中。夕暮れ時になったところで、ミラは「では、ちょいと組合まで行ってくる!」と言い、意気揚々とした足取りで出かけて行った。
その目的は、ファンからのプレゼントを受け取るためだ。
だからこそというべきか。いつも以上にミラの機嫌は良い。
「あー、そこの者。わしのファンから贈り物が届いていると聞いたのじゃがな」
術士組合ラトナトラヤ支部に到着するなり余裕のある大人ぶったミラは、受付に冒険者証を提示しながらそう告げた。
「はい、確認させていただきますね」
ミラのテンションに比べ、普段通りといった受付の対応。
そうして運ばれてきたのは、少し大きめの箱だった。その差出人のイニシャルは、M・T。以前にも贈り物をくれたファンである。
(うむうむ、わしのファンになるとは、実によくわかっておるな!)
見る目があると心の中で称賛するミラは、慣れていますとばかりな態度で受け取りのサインを認めると、その箱を手にしたままイリスの部屋へと戻った。
「ミラさん、ミラさん。その箱は何ですかー?」
なんて純粋な娘であろうか。これ見よがしでありながら、イリスはそれを目にするなり一番欲しい言葉を口にしてくれた。
「おっと、見つかってしもうたか。ならば仕方がないのぅ」
リビングにてミラは「実は、わしのファンからの贈り物でな」と、緩みそうになる顔を保ちつつ、気持ち隠す程度にしていたその箱をテーブルに置いてみせた。
「贈り物ですかー、凄いですー! 流石ですー!」
なんて素直な娘だろうか。明らかに自慢するミラに対しても完璧な反応だ。しかも「中身は何ですかー!?」なんて理想的な言葉を続けるものだから、ますますミラが調子づいていく。
「さて、何じゃろうな。開けてみてよいぞ」
こういう事には慣れていますとばかりな態度を貫くミラは、そのように促してみせた。
するとイリスは、「いいんですかー!?」と、それはもう目をキラキラと輝かせる。
有名なAランク冒険者である精霊女王宛ての、ファンからの贈り物。
それはいったい、どういったものなのだろうかと興味津々なようだ。イリスは、いざとばかりに箱の蓋に手をかけて、それを開封した。
箱の中に入っていたのは、幾つものチョコレートだった。
しかも箱自体に仕掛けがあり、そのまま大きく開いてオシャレな器になるではないか。
明らかに、高級品だという風格に満ちた代物である。
「ふわぁ……美味しそうですー!」
中身を目にするなり、真っ先に思い浮かんだ感想を声にするイリス。
「うむ、そうじゃな。素晴らしいチョイスじゃ」
ミラは、そんな称賛を口にするなり「どれどれ……」と一つをつまんで口に放り入れた。
すると途端に広がる風味と甘味に、ミラは頬を綻ばせる。
甘いものを贈り物に選ぶなど実によく分かっているものだと、満足げな笑みだ。
また、そんなミラの反応を目にしたともなれば、どんな味なのか気になるのも当然といえるだろう。イリスは、是非にとばかりな眼差しをミラに向ける。
「うむ、まあよいじゃろう。独り占めするのもなんじゃからな。食べてみるとよいぞ」
そのようにミラが許可を出したところ、イリスは喜色満面に微笑み、チョコレートを口にした。そして、そのとろけるような甘さと美味しさに至福の笑みを浮かべる。
ただ、ともなれば何だ何だと嗅ぎ付けるものが今のイリスの部屋には多くいた。
クリスティナを筆頭に、団員一号やらなんやらが『何か美味しそうな気配がする』と続きやってくるではないか。
そうなればもう、後はあっという間だ。
「猫にチョコレートは、ダメではなかったか?」
「ケット・シーの小生に、そのような弱点はございませんにゃ!」
瞬く間に始まったチョコレートパーティ。
それはヴァルキリー姉妹達にとって救いの休憩時間となり、ひょっこり顔を覗かせたアルマのサボる口実となり、団員一号が他の猫とは違うところを見せつけた場面となり、夕暮れ時に訪れた安らぎのひと時となるのだった。
そのようにして日々を過ごし、いよいよ決勝トーナメントが数日後にまで迫った時。
女王の部屋にて決勝トーナメントでの実況役を正式に引き受けて、その打ち合わせをしていた際だ。
アルマの口より、衝撃の事実が告げられた。
「──という事で約束通りに、ばっちり調整しておいたから!」
アルマは言う。イラ・ムエルテとの決戦前に約束した通り、メイリンのために特筆して強い猛者達と当たるようにトーナメントを組んだと。
「最初の相手は、ブルースって言う人でね。なんとじぃじと同じ召喚術士! イリスが言うには、このブルースって人もまだ全力は出していないそうでね。きっと一戦目から凄く熱い試合になる事間違いなし!」
闘技大会はもう大成功したも同然だと、意気込むアルマ。
そして、他にも沢山の好カードがある中で最も観客の注目を集めるプリピュアと、決勝トーナメントにまで上り詰めた無名の凄腕召喚術士の大一番は特に注目されていると自信満々だ。
だがミラの反応は、そんなアルマとは正反対であった。
「なん……じゃと……」
瞬間ミラは愕然とその場に突っ伏した。
色々と策を弄した結果。よりにもよって遂に決勝トーナメントの始まりだという第一試合にて、ブルースの敗退が確定してしまったからだ。
ミラには、理想としていた展開があった。
それはブルースが順当に勝ち上がっていき、メイリンと決勝戦にて激戦を繰り広げた末に敗退するというものだ。
最も盛り上がる最高の舞台となる決勝戦で大いに活躍すれば、たとえ負けたところで召喚術の株は大きく跳ね上がるのは間違いない。
だがしかし、初戦でメイリンと当たってしまうとなれば、状況は変わる。
(なんという事じゃー! こうなる事も予測しておくべきじゃったー!)
初戦も初戦の第一試合での敗退ともなれば、観客はどう思うだろうか。
中には実力で決勝トーナメントにまで上り詰めたと思わず、まぐれだとか漁夫の利だとかで勝ち上がったなどと思うような者も出てくるかもしれない。
予選は予選。本戦は本戦。やはり注目度も跳ね上がる本戦でこそ、その真価が問われるというものだ。
「の、のぅ、アルマさんや──」
召喚術士は、卑怯な手で勝利を得るのが得意。だからこそ本物の猛者が集う決勝トーナメントで、そのメッキが剥がれた。このような大舞台でそんな印象を持たれたら堪ったものではない。
そんな危機感を覚えたミラは、ここでトーナメントの変更は出来ないだろうかと、それとなく訊いた。
その結果は……否だった。
このトーナメント表は今日の朝に告知されており、今から変更するのは不可能との事だ。
(す……すまぬブルース……すまぬ!)
メイリンを確実に誘うために交わした約束によって、共に夢見た召喚術の明るい未来に暗雲が立ち込める事となった。
よもや、こんな因果が巡ってくるとは。ミラはその運命に項垂れながらも、まだ諦めてなるものかと対応策を考えるのだった。
最近、さきイカがマイブームになり始めております。
小腹が空いた時などに罪悪感なく解消出来て、量の調整もしやすいものはないかと考えたところで行きついたのが、さきイカでした。
なんだかとってもヘルシーなイメージのあるイカ。
そしてさきイカは自然と噛む回数が多くなるため、量に比べて思ったよりも食べた感が高いのです!
ただ、同時に知った事もあります。
それは、量に比べてお高いという事……!
なんと60グラムで400円くらいします!!
でも、買えちゃいます!
ただ、行きつけのスーパーにはあまり種類がないんですよね。
他のさきイカはどんな感じなのか、色々と試してみたい今日この頃です。




