413 宿敵、闇団長
四百十三
生来の気質とでもいうのか。それとも肩書に対して気さく過ぎるくらいな精霊王とマーテルの成せる業か。直ぐにフローネ達は仲良くなった。
それもあってかフローネの口も軽くなり、労せずして他にも幾つかの情報を得るに至る。
一つ。状況からもわかる通りだが、彼女はこの島の代表という立場にあった。
また、この島にいる精霊や亜人達は、理想の天空城を完成させるために方々を巡り良質な大地を探していた時に出会った者達だという。
何でも、迫害されていたり事件に巻き込まれていたりしたところを助けていった結果、帰るところを失くした彼ら彼女らを保護する形でここに住まわせているとの事だ。
それが何度か続き人数も増えて、気づけば大所帯になったとフローネは笑う。
今では、この天空城の運営に欠かせない者達ばかりだそうだ。
「さて、秘密にするのはよいが、緊急という場合もあるのでな。連絡はとれるようにしておかねばならぬというものじゃ」
諸々の事情などについては把握したミラ。
ただ期限以内に戻ってくるならばと、ここでの邂逅と発見を秘密にする約束をしたが、それはそれだ。
進捗状況の確認や緊急時のため、常に連絡が出来た方がいい。
そのように提案したミラは、更にそこで「手が必要になったら、わしも手伝ってやるのでな」との約束も口にする。
「なるほど……流石じっじ!」
幾ら九賢者とて、時と場合によっては一人で足りない事もある。
フローネもこれまでにそんな状況を何度か体験してきたのだろう。そんなミラの申し出を快く受け取ったようだ。
聞けば彼女のところにも、通常規格の通信装置があるとの事。
よってミラとフローネは互いの通信装置を登録し合い、番号を交換したのだった。
「さて、これで一先ずは完了じゃな──」
ソロモンから請け負った任務についてのやり取りは、ここまでだと区切りをつけたミラ。
フローネの事については一時的に隠し、ソロモンには報告しないと決めて連絡先の交換もした。
これでもう任務については完了として問題はない。そう判断したミラは、次の瞬間に両の目を爛々と輝かせてフローネに迫った。
「──して、ここに飛ばされたあの転移についてじゃが、詳しく聞かせてもらえるじゃろうか!?」
やる事を終えた今、ミラの興味は転移という人知を超えた領域にある術式に全て向けられていた。
転移。それが自在に実行可能となれば、運搬や移動に限らず、全ての分野においての革命をもたらす超技術となるだろう。
だが以前にミラは、転移の魔法陣について似たような事を精霊王に訊いていた。
古代地下都市にて、転移を利用した出口についてだ。
その時の答えは、時空を司る神が関与した特別製であり、本来は禁忌にも触れる事象であるというものだった。
だが今回、それほどの力をフローネは使ってみせた。
もしやフローネは神の助力を得られたのか。それとも、研究の末にその領域にまで至ったというのか。
どちらにせよ偉業である事は間違いないと、ミラは興奮した様子でフローネに懇願する。
どうやるのか、どんな術式なのか、どのような条件があるのか、どのように利用するのか、それは自分でも使えるようになるのか。
もう、怒涛の質問攻めだ。
ミラの頭の中は期待に満ちていた。それが可能となれば、好きなように大陸中を巡り、夜になったらマリアナの許へと帰るなどという事も出来るようになるからだ。
どんなに離れた仕事場でも、単身赴任ではなく通常出勤になるといえば、その価値はうかがい知れる事だろう。
だがフローネの答えは、ミラが期待したようなものではなかった。
「うーん、ちゃんとした術式だったなら、じっじの研究成果と交換でもよかったけど──」
曰く、フローネといえど転移を完全に扱えるようになったというわけではないとの事だ。
フローネが言うに、ミラがここまで飛ばされた転移の正体は、古代遺跡にあった転移の罠の一部をそのまま島に移植したものだった。
いざという時のため。今回のように尾行者を捕まえたり、保護対象を緊急的に安全圏へ隔離したりするために用意した代物だそうだ。
「──それでね、じっじがいたあの場所が出口部分。で入り口の方は、罠に使われていたこの珠を適切に配置すると開くっていう仕組みなの」
簡潔にだが要点をまとめて説明してくれたフローネ。
つまりは開発した術ではなく、あくまでも既存のものを流用しているだけのため、それ以上に教えられる事はないというわけだ。
「じゃが、当然研究は進めておるのじゃろぅ?」
転移については、もとからあるものを流用しているだけと言ったフローネ。
とはいえ、それはむしろ多くの者が思いつくような事だ。けれど、それが実現したなどという話は一切聞き覚えがない。
さらりと口にしたフローネだが、転移の仕組みを流用出来るだけでも、とんでもない技術であるのだ。
そして、それを成した彼女が、それだけで満足するはずなどないという事もミラは確信していた。
人の手に余る転移の術式。流用するだけで精一杯と言っているが、その転移を可能とする術式自体はここにあるのだ。フローネが、それを研究対象にしないなどあり得ない事だった。
「もちろんなの」
予想通りに当然だと答えるフローネ。だが彼女は、研究しているものの、その成果は全然完璧ではない状態だと続けた。
「──だから、今教えられる事は一つもないから諦めて」
フローネは少しだけでもいいからと言いたげなミラの態度を見やるなり、ぴしゃりと言い放った。
未完成の研究について中途半端に開示しない。フローネには、そんな頑固さがあった。そしてそれは九賢者達の間では当たり前の事だ。
ただ、ルミナリアとソウルハウルは例外である。
この二人は、完璧とは程遠い状態でも直ぐに開示していた。そして他者を巻き込み実験台にするのだ。
一つの理論が完成するまでに、どれだけ阿鼻叫喚が生まれたものか。考えるのも馬鹿らしくなるほどだった。
「ふーむ、仕方がないのぅ」
その点を考えると、フローネは至って真っすぐな研究者ともいえる。
ミラは、完璧になった暁には是非とも一番に教えてほしいと頼み込む。
「いつかね。いつか。でもその時は、じっじもだから」
いつか、ミラの研究成果と交換だと答えるフローネ。
ただ彼女もまた、そこらの術研究者とは一線を画すためか、そうは言いつつも思案して一つの可能性を提示した。
「でも、じっじなら、もう少し活用出来るかもしれないの。今はこれで帰還したら珠の回収が出来なくなるけど、じっじなら誰かを残しておけば送還する時に珠を回収してもらえるから」
自身が転移してしまったら、入り口となる珠をその場に残してしまう事になる。だがミラならば召喚術を併用する事で、別の結果が得られるのではないかとフローネは言う。
「おお、確かにそうじゃな!」
フローネの案にそれは良い手だと答えたミラは、その方法によって出来るようになる可能性を思い浮かべる。
出口の方は、かなり大掛かりな仕組みであるため、持ち運びは不可能という話だが、入り口側の珠は手のひら程度のものが四つだ。
まずミラが真っ先に思いついたのは、出口を銀の連塔に設置しておくというものだった。
これでどれだけ遠くに出かけようともすぐにマリアナが待つ塔に帰還出来るようになる。実に有意義な利用法といえるだろう。
また、ペガサスと団員一号あたりをペアとする事で、珠を持たせて人を迎えに行ってもらうなどという事も可能だ。
「わしならば、他にも色々と──と、そうじゃった!」
召喚術を活用すれば、更に可能性は広がる。そう確信したところで、ミラは同時にこれまですっかり忘れていた事を思い出した。
「団員一号とポポットがそのままじゃったな」
この島に転移させられる前。共にフローネを尾行していた団員一号とポポットワイズ。
しかもフローネの作った島というだけあって、何かしらの結界でも仕込んであるのだろう。召喚契約を利用した会話が遮断されており、連絡がとれないときたものだ。
きっと急に自分が消えた事で驚いているのではと気づいたミラは、すぐさま両者を送還した後、再度召喚し直した。
「団長、ご無事でしたにゃー!」
「ポポット、びっくりしたのー!」
魔法陣から現れるなり、団員一号とポポットワイズはミラに飛びついた。
「すまんすまん。ちょいとこちらもバタバタしておってな」
そう言いながら両者を受け止めたミラ。
すると団員一号が、そんなミラの腕の中からひょこりと顔を覗かせて窓の外を見やる。
「にゃにやら、空の気配が近く感じますにゃ。いったいここは、どこですにゃ? ──にゃにゃにゃ!?」
窓を見て、更に室内へと視線を巡らせたところで、団員一号はそこにいるもう一人の姿を目にするなり尻尾を逆立てた。
その人物とは──そう、フローネだ。
「にゃにゃ!? 悪の秘密結社、犬犬団の闇団長ですにゃー!」
あろう事かワントソを可愛がり際限なく贔屓するフローネは、団員一号にとって最も警戒するべき人物という認識だった。
「あらあら、やんちゃ猫のお出ましね。まあ、可愛さはワントソ君の足元にも及ばないけど」
尻尾を逆立てる団員一号を見やるなり、フローネはそう言って微笑を浮かべる。
と、そのようにライバルであるワントソと比べられれば黙っていられないのが団員一号だ。
「小生の愛らしさが、あの犬っころに劣るなんて闇団長は見る目がありませんにゃ」
売り言葉に買い言葉というべきか。猫が犬を組み伏せた絵の描かれたプラカードを手に抗議する団員一号。だがミラを盾にして、その背に隠れながらである。
「ふーん、随分な自信があるのね。それじゃあここで、白黒はっきりさせましょうか」
団員一号の言葉に対してそう答えたフローネは、至ってにこやかな顔のままで、つかつかとミラの傍にまで歩み寄っていく。
「の……望むところですにゃ!」
団員一号は知っている。犬犬団の闇団長フローネの実力を。だが、こちらの主人も負けてはいないと、その背に完全に身を隠して徹底抗戦の構えだ。
そうしていよいよミラの正面に仁王立ちとなったフローネが言い放つ。「さあ、じっじ。そのやんちゃ猫と決着をつけるから、ワントソ君を出して!」と。
「お主、それが目的なだけじゃろう」
両者の抗争。挑発したフローネと、ライバル心を燃やす団員一号。それを冷めた目で傍観していたミラは、ただワントソを召喚させようというフローネの企みを容易に見破っていた。そして実に分かりやすいと、冷ややかに笑う。
「……違うもん。ワントソ君の名誉のためだもん」
やはり図星のようだ。むすりと唇を尖らせながら主張するフローネだったが、右下へと視線を向けているため丸わかりである。
「そのような諍いにワントソ君を巻き込むわけにはいかぬのぅ」
そうミラがもっともらしい事を告げたところ、フローネは「じっじの意地悪」と言い放ち不貞腐れたように座りなおした。
対して、いいように使われた団員一号はというと、[我らが団長希望の星]というプラカードを掲げながら、誇らしげに勝ち誇る。
幸か不幸か、団員一号は犬犬団の闇団長を退けたという結果のみしか見えていないようだ。
と、そうしてどっちが可愛い抗争が落ち着いたところ──
「ポポットは? ポポットも可愛いよ?」
触れられない事が寂しかったのか、ポポットワイズがそう主張したのだ。
「うむ、そうじゃのぅ。可愛いぞ、ポポットや」
どこか甘えるように身を寄せてくるポポットワイズを胸に抱き、よしよしと撫でつけるミラ。
またフローネも、ライバル猫以外になら相応の反応を示す。「うん、ポポットちゃんは可愛い」と、とても緩んだ表情でいい子いい子と撫でまわした。
勝者ポポットワイズ。突如現れた伏兵に愕然としてプラカードを取り落とす団員一号。
そのプラカードには[泥棒猫]と劇画タッチで書かれていた。
思わぬ形でフローネと再会するばかりか、噂の天空城は彼女が造り上げたものだったという事実も明らかとなった。
そして何よりも、まだ皆には内緒という形で、帰国についての約束も取り交わす事に成功したミラ。
連絡先を交換した他、転移の術式の可能性までも垣間見る事が出来た。
唐突な出来事であったが、この上ないほどの大収穫だ。
と、そんな幸運に恵まれたミラは今、フローネの案内で天空城を見学している最中だった。
たまたま出会い、中途半端に天空城がバレてしまったのが心残りなのか。ここからでもどうにか驚かせてやるとばかりにフローネが張り切っているのだ。
「ここが展望室。凄い眺めでしょ」
城内にある色々な施設を巡った次にやってきたのは、城の一番地下にある部屋。つまりは空飛ぶ島の下部であり、壁一面がガラス張りのそこからは一面に広がる地上を一望出来た。
「これは確かに、絶景じゃのぅ!」
島を隠す雲から、ほんの僅かに飛び出た展望室。まさしく空を飛ぶ島だからこそともいえる景色を目にするなり、ミラは感嘆の声を上げた。
「そうでしょう。私のお気に入り」
素直に驚くミラの反応に、フローネもまた満足げである。そういう反応が見たかったと、それはもう嬉しそうに語り始めた。
展望室のデザインでこだわった点やら、技術的な問題の解決法など。それはもう自信満々に解説する。
「──というわけで、ただのガラスじゃないの。実は透明な金属なの。凄いでしょ!」
「ほほー、なんとそうじゃったのか。これまたたまげたのぅ」
フローネに付き合っている、というわけではなく純粋に驚きを露わにするミラ。
事実、自慢するだけあって、それらは確かにフローネだからこそともいえる研究の成果であったりするからだ。
ゆえにミラもまた、これはどうやって、あれはどうやってと聞き返す。
そうして二人は久しぶりの再会を経て、また当時のように語り合うのだった。
もう、春ですねぇ。
そして、春になってしまったからか……
プチっと鍋がスーパーから消えてしまいました!!!
毎週鍋を食べているためお気に入りの味がなくなってしまうのは、かなりの死活問題です!!
お気に入りの豆乳ごま鍋が……
他のスーパーを探してみましたが、そこにもありませんでした。
秋がくるまでお預けという事になるのでしょうかね……。
春や夏に鍋を食べてもいいじゃない!
キャベツ鍋の味付け……半年どうしようか……。
今はとりあえず、割り下と味噌のミックスで過ごしております!




