401 これからの大仕事
四百一
悪魔アスタロトを打倒し、遂に『イラ・ムエルテ』の壊滅を成し遂げたミラ達一行は、ニルヴァーナに戻るなり城の会議室に集まっていた。
アルマとエスメラルダ、そしてミラ達とグリムダートの士官らが一堂に会する。
これから始まるのは、報告兼、今後について動向を話し合うための会議だ。
「まずは皆、ご苦労様でした」
今はグリムダートの士官もいるためか、アルマは女王様モードだ。気丈な振る舞いで労いの言葉を口にする。
その様、そして美しさも相まってか、士官達が思わずとばかりに吐息を漏らす。
対してアルマという人物をよく知るミラ達は、ほぼ無反応だ。唯一ゴットフリートだけは、どこか誇らしげである。
「さて、報告書には目を通しましたが、幾つか詳細に伺いましょうか──」
今作戦の結果については、ノインと士官達が手早く報告書をまとめ、ミラ達が帰国するより先にピー助便にてアルマへ届けられていた。
よってアルマは、『イラ・ムエルテ』本拠地での出来事について、だいたいを把握している状態だ。
ただ、視点の違いによる相違というものもある。それらをすり合わせるべく、最初は本拠地への潜入から悪魔アスタロトの打倒までに焦点を絞って行われた。
とはいえ、それほど小難しい内容ではない。
簡単な戦況の推移や、敵戦力の分析。それぞれが主観で感じた事などについて触れていった。
「──なるほど。念を入れて戦力を揃えておいてよかったわ」
今回は、相手が大陸最大の犯罪組織であるという事を念頭に置き、いざという状況に備えた戦力投入だった。
だが、まさかそれでギリギリになるとはとアルマは苦笑しつつも、それを問題なく成し遂げた面々を見回して頼もしい限りだと笑った。
「では、次の議題ね」
敵本拠地の攻略についての話はそうして終わり、いよいよ会議はこれからの動き方についてへと移行した。
まず初めに触れたのは、これから起こり得る問題についてだ。
これについて、エスメラルダが言葉を継いだ。
「まず簡単に想像がつくと思いますが、イラ・ムエルテは大陸全土に多大な影響を及ぼしていました。よって、これが壊滅したとなれば、これまで抑えられていた他の犯罪組織などが活発に動き始めるでしょう──」
そのようにして始まった今後の話。
エスメラルダが言うに、そういった動き自体は避けられない事であるという。だが被害を最小限に押し留める事は可能だとして、その対策について認識を共有するべく説明が続く。
まず一つ。それらの問題については既に各国へ打診済みであり、中小様々な犯罪組織への対応については、後日に国家会議によって協議する予定だそうだ。
「それともう一つ──」
今後の動向において、大切な事があるというエスメラルダ。
それは、本拠地を調査した事で得られた情報を基にした一斉捜査だった。
つまりは、『イラ・ムエルテ』に関与していた悪党達の検挙であり、『イラ・ムエルテ』の残党狩りである。
(ふむ、キメラクローゼンの時もそうじゃったのぅ)
ミラは当時を思い返しながら、ここからが大変だと苦笑する。
大本を断っただけでは、当然終わりにはならない。むしろ、その大きな看板の陰に隠れて悪事を成す、これらの者の方が厄介ですらあるというものだ。
今回の相手の影響力からして、対象が相当な数に上るのは確実だ。それこそ落ち着くには年単位にも及ぶ大掃除になるやもしれない。
だが、それをやり遂げた暁には、この上ない栄誉が輝くのは間違いなかった。
だがここで、アルマが次のような言葉を発する。
「この件についてですけど、我が国は今、闘技大会の真っ最中で直ぐには動けません。よって、この作戦の総指揮をグリムダート側に一任したいと思うのですが、如何でしょう」
それは、民からの多大な支持を得る機会を譲ると言っているようなものであった。
此度、《イラ・ムエルテ》壊滅については、ニルヴァーナの貢献度は絶大だ。それもあって、このままアルマが陣頭指揮をとり、多くの手柄をその手中に収めたとて文句を言う者などいなかっただろう。
むしろニルヴァーナが主導権を持つ事が当たり前といえるような状況だ。
そうしたならニルヴァーナは、大陸に蔓延る巨悪を誅した立役者として莫大な支持と名声を得ていたはずだ。それこそ国家として三神国にも迫るほど盤石にだ。
けれどアルマは、その権利をグリムダートに譲ると口にしたではないか。
既に話はつけてあったのか、それについてノインらは一切の異論を挟まなかった。
「ああ、いいと思うぜ」
「そうね、グリムダートなら任せても構わないわ」
更にゴットフリートとルミナリアが答えると、ミラ達もまた何の問題もないとばかりな態度でアルマの提案に賛同した。
するとその流れを受けて、グリムダートの士官達の表情が喜色に染まっていく。
「よろしいのですか!?」
思わずとばかりな様子で問い返した士官の一人。その顔には驚きと共に、多大な期待が浮かんでいた。
それというのも、彼らはグリムダートの国王より重大な任務を拝命していたからだ。
その内容は、《イラ・ムエルテ》の壊滅後に行う関係者の一斉摘発において、最低でも共同作戦とするくらいの確約は勝ち取ってこいというものだった。
この作戦を完遂出来れば、これに関わっていたグリムダートは相応の名声を得る事になる。
つまり、国の公爵が《イラ・ムエルテ》に関わっていたなどという大失態を、作戦の完遂によって払拭する事が出来るというわけだ。
決戦においては、さほど活躍出来なかった士官達にとって、せめてそのラインだけは確保しなければ国に帰れないとさえ思えるほどだった。
そのような事情もあってか会議が始まる際の士官達は、酷く緊張していた。
それほどまでに、この作戦の主導権というのはグリムダートにとって重要なものだったのだが、アルマがその全権を委任するというのだ。
グリムダート側にとって、これ以上ないほどの好条件と言えた。
「ええ、もちろんです。歴史も長く、大陸全土に影響を持つグリムダート帝国ならば、安心して任せられると信じております。……それに、今は特にこれが必要だと思いましたので」
希望に満ちた士官達を見据えて、にっこりと微笑むアルマ。だがその目の裏には、隠す気のない言葉が浮かんでいた。『貸し一つ』と。
何だかんだいっても、アルマは三十年に亘り大国を治めてきた女王だ。
ゆえに、当然気前よくタダで譲るなどあるはずもなかった。アルマは国の名声を高めるよりも、まずはグリムダートに貸しを作る事を選んだわけである。
大失態をしでかしたグリムダートに、名誉挽回のチャンスを与える。
場合によっては、とてつもなく大きな貸しとなるだろう一手と言えた。
「……謹んで、お受けいたします」
士官は、その主導権に添えられていたアルマの思惑も含めて、そう答えた。
貸し一つ。それが高くつくか安くつくか今はわからないが、それでも今回の権利はグリムダートにとって絶対に欠かせないものである。
ゆえに彼には、それらを全て呑み込む以外に選択肢はなかった。
「それでは次の議題ね。これは多分、一番の厄介ごとと言っても差し支えはないでしょう──」
今後の動向についての話もまとまったところで、アルマはここからが本番だとばかりにその問題に触れた。
内容は、『イラ・ムエルテ』攻略において最大の障害となった公爵二位の悪魔、アスタロトについてだ。
現時点において、悪魔は人類の絶対的敵対者とされている。
だからこそ、裏社会における最大の犯罪組織である『イラ・ムエルテ』のボスとして君臨していたとしても、殊更おかしな事ではない。
むしろ人類の手によって人類を苦しめるという点で見れば、悪魔らしい所業ですらある。
「悪魔の目的はなんだったのか。『イラ・ムエルテ』などという組織を作り、何をしていたのか。まだわからない事だらけです──」
相手は、悪魔の中でも最上位である公爵級だった。しかもそんな公爵が気になる発言をしていたというのが、メイリンの証言にて判明している。
「種は蒔き終わった、というやつか。いったいどういう意味なのじゃろうな」
ミラは悪魔が発したという言葉について考察するも、明確な答えには至れなかった。
今後、起こるであろう幾つもの犯罪組織の活発化を想定した言葉とも考えられるが、それは予想も容易い未来だ。かの公爵が、意味ありげに口にするとは思えない。
悪魔としての強大な力に加え、『イラ・ムエルテ』という力も有していたアスタロト。
彼はいったい、その立場で何を企んでいたというのか。
「厄介ごとの予感しかしませんが、この件は調査が終わるのを待つくらいしか出来ないでしょうねぇ」
そう口にしたエスメラルダは、ミラ達が持ち帰ってきた資料の調査が終了してからでなければ答えは出ないだろうと断言する。
事実、現時点において、それらを推察出来るような情報は揃っていないと言えた。
現在、『イラ・ムエルテ』の本拠地にあった数多くの資料に加え、それぞれの幹部達が隠していた分も続々とニルヴァーナに届けられている。
それらの資料を読み解き照らし合わせ精査する事で、各犯罪の証拠だけでなく、アスタロトが口にした種の正体についても予想出来る何かが出てくるかもしれない。
「ではこの件については、また後程にいたしましょう」
加えて第二、第三陣と、本拠地への追加調査チームの派遣も決定している。
結果が出るまで暫くの時間が必要だが、総力を上げて調査しているため、一ヶ月以内には幾らか話し合えるだけの情報が揃うはずだとアルマは豪語する。
そしてそのまま議題は次へと移行した。
次に話に挙がったのは、かの本拠地にあった謎の装置についてだ。
ノインチームによると、それは魔物の死骸から魔属性を抽出していたという。
「飲んだらパワーアップしたアレじゃな。まったく、やっかいな代物じゃのぅ……」
それはアスタロトとの戦闘中の事だ。黒い液体を飲み干したところで急激に強くなった時があった。
凝縮された魔属性を取り込んだ結果である。
つまりは、悪魔用のブーストアイテムのようなものだ。
また魔属性である通り、魔物や魔獣などにも効果がある可能性が高い。
もしもこれが他の悪魔の手に渡ったとしたら。公爵一位がこれを使ったとしたら。それはもう手の付けられない脅威となるだろう。
更に悪人の手に渡ったとして、幾らでも悪用出来てしまうはずだ。
「この装置についてはアルカイト王国と話がついているので、準備が出来次第、銀の連塔に送っておきます」
どうやらアルマは会議前にソロモンとも話していたようだ。
謎の装置には、複雑な術式が無数に刻まれている。だからこそアルマは、これの調査を銀の連塔に任せるのが最善だと判断したわけだ。
銀の連塔の研究員達は(変人だが)優秀である。ゆえに時間さえあれば、その仕組みを解き明かしてくれるはずだ。
魔物などの死骸から抽出するばかりか、本来は物質化など出来ない魔属性を液体にする方法。それが解明出来たなら、これを無力化する方法もわかるかもしれない。
そうなれば、悪魔の切り札を一つ潰せる事になる。悪人の悪巧みも同様にだ。
「……玩具にならなきゃいいけど」
「そうじゃのぅ……」
「まあ、無理でしょうね」
ルミナリアが懸念を口にしたところでミラもまた不安を浮かべると、カグラが悟ったように答えた。
銀の連塔の研究員達は優秀であるが、同時にマッドでもあった。
そんな者達の手に、悪魔の技術がふんだんに詰め込まれた装置などを渡したとしたら、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
だが、アルマは気付いてしまった。
そのような事を言うミラ達もまた、いいものが手に入ったとばかりに目の奥を輝かせている事に。
(……間違えた、かな?)
ニルヴァーナやアトランティスにも、大規模な術の研究機関はある。
最高峰である銀の連塔には敵わないまでも、良識の点でいえばそれらの研究員は至極真っ当な者ばかりだ。
とはいえ既に話は決まった後。アルマは、面倒な事にならないようにと祈りながら、「では、次です」と議題を切り替えるのだった。
はて、どうしたものか……。
先日の事です。
アマゾンにギフト券を登録しようとした時に、よくわからない状態に陥ってしまいました。
何やら、パスワードを入力した後、電話にメール送るから認証してね、みたいなメッセージが出てきたのです。
そして、何かを受信する携帯。
見てみると、アマゾンからのメールが。
しかし!
多分、そこにあるアドレスをぽちっとするのでしょうが……
出来ません!
ぽちっと出来ないのです!
そして無情にも過ぎていく制限時間……。
どうやらアマゾンは、もう使えなくなってしまったようです。




