399 限界突破
前話からの変更点。
バルバトス → アスタロト
三百九十九
押されながらも、どうにか踏み止まっている前衛陣。
それを支えるようにして支援や攻撃を行う後衛陣。
双方の連係は、それこそ阿吽の呼吸とばかりに噛み合っており、一切の油断も隙もないほどに完璧なものだった。
けれど、それでいてなお増幅された悪魔の力が、協力し合うという力を上回っていく。
ゴットフリートとサイゾーは、強烈な一撃を受けて城近くにまで吹き飛ばされてきた。
二人は骨にまでダメージを負ったようだ。アルテシアが緊急に治癒を始める。
ラストラーダは幻影維持のために大きく動けない。エレツィナ達の活躍もあって、魔法陣が相当に変化しているからだ。ここで幻影の手を抜いては、こちらの狙いを悪魔に勘付かれてしまう事になる。
そうなれば、妨害は必至だ。
メイリンはというと悪魔と何度か打ち合う中で、両手を負傷していた。
ゴットフリートが例えたように、悪魔の表皮はミスリル壁の如き強度を誇る。メイリンは、それを幾度となく全力で殴りつけていたのだ。
その有様は相当に酷く、アルテシアからのドクターストップが掛かったほどである。
現在は、カグラが用意した結界内にて、ミラが召喚したアスクレピオスの治療を受けていた。
そうして徐々に前衛が崩されていった末、最後まで立ち続けていたノインにも、いよいよ限界が訪れた。
「さあ、どうする。拾っても構わないぞ」
遂に膝を突いてしまったノイン。その手から大盾が離れて地に落ちる。
悪魔は、その様子を睥睨しながら拳を構えた。ノインが盾を拾うのが早いか、悪魔が拳を繰り出す方が先かとでもいった状況だ。
「くっ……あと少しなのじゃが……!」
巨大魔法陣は、島全体に張り巡らされている。破壊するべき部分は解析済みであり、エレツィナ達もまた尽力しているが、その全てを破壊するにはまだ少し時間が必要だった。
「母上、私が行きます!」
そう声を上げたのはアイゼンファルドだ。
後衛陣を護る最大の戦力として控えていたアイゼンファルド。だが今は最前線に出るべきではないかと、自ら判断して進言したのだ。
「お主……」
前衛陣が満足に動けなくなった今、確かに前線を支える役割はアイゼンファルドが適任といえるだろう。
そのように判断して意見するようになったアイゼンファルドの成長を嬉しく思いながら、ミラがそれを承諾しようとした、その時だった。
「いや、俺が時間を稼ぐから、君はそこにいてくれ。それが一番、安心出来るからな」
ソウルハウルがそんな言葉を口にした瞬間、ミラの脳裏に悲鳴めいた声が響いた。『団長ー! にゃんか動き出したですにゃー!』という団員一号の声が。
すると直後に、前線にて激震が走る。
巨大な影が暴風の如く駆け抜けて来るなり、アスタロトに強烈な突進をぶちかましたのだ。
「なんと、あれは……」
その姿を前にして驚きを露わにするミラ。
何とその巨大なものは、グランデ級の大魔獣エギュールゲイドであった。
アスタロトが切り札の一つとして用意していたエギュールゲイドの死骸。
ミラ達は力を合わせて、これの復活を阻止する事に成功した。
そして再びレッサーデーモンらが小細工をしないようにクリスティナを見張り役として配置した後、その役目を団員一号が引き継いでいたのだが、なんと今、それが動いているではないか。
『レッサーデーモンが近づかないように、ちゃんと見張っていましたにゃ! 何体か葬ってもやったですにゃ! 絶対に何もさせていないですにゃ! 本当ですにゃー!』
見るとエギュールゲイドの尾に団員一号がしがみついていた。そんな彼が、何やら言い訳めいた事をわめいている。
曰く、レッサーデーモンなどは関係なく唐突に動き出したのだと。
「となれば、もしや……!?」
その原因について、その理由について、ミラはまさかとばかりな顔でソウルハウルに振り向いた。
すると彼はどこか自慢げに、それでいて不敵に笑ってみせる。その通りだと言わんばかりに。
そう、ソウルハウルは放置されたままのエギュールゲイドの死骸を、死霊術でもって支配してしまったのだ。
「じゃが、どうやって」
ゴーレムを生み出す他、アンデッド系の魔物を操り、更には死体などを支配して、思うままに操作出来るのが死霊術というものだ。
だがミラは、死霊術についての詳しい知識もあるからこそ、この状況に驚いていた。
限度があるからだ。エギュールゲイドは、レイド級すら超えるグランデ級の大魔獣。ソウルハウルの腕をもってしても、死霊術でどうこうするなど不可能なはずだったからだ。
しかし今、ソウルハウルは実際にそれをしてみせていた。
ノイン達が後退する中、最前線にてアスタロトを相手に、エギュールゲイドが大暴れしているではないか。
流石はグランデ級か、その戦いは拮抗している。
いや、パワーアップした分だけ、アスタロトが優勢か。
とはいえ、対するは同格だったエギュールゲイドだ。更にソウルハウルによる強化も加わり、そうとは感じさせぬほどの勢いで迫っては肉薄し、一切の余裕を与えてはいなかった。
その戦いぶりを見る限り、エギュールゲイドは完全にソウルハウルの支配下にあるようだ。
なお、尻尾にしがみついていた団員一号は華麗に振り落とされるなり、その激戦に巻き込まれまいと必死で城壁の方にまで舞い戻っていた。
「いや、すげぇな。何をどうすりゃああなるんだ?」
ミラに続きルミナリアもまた、いったい何をしたのかと問う。
それは術士の、というよりは九賢者の性分と言うべきもののようだ。ミラのみならず皆の興味がソウルハウルに向けられていた。
加えてエリュミーゼはというと、それはもう崇敬するかのような面持ちである。
「ああ、それはだな──」
注目が集まる中で、ソウルハウルはその理由について簡潔に話した。
曰く、先程描き写した術式を応用し、死霊術に組み込んでみたそうだ。
描き写した術式とは、アスタロトがレイド級の魔獣の心臓に施していたものだ。
それによって魔獣を操っていた事を解き明かした彼は、何とこの短期間に術式を紐解いて死霊術に応用出来る形にまで仕上げてしまったわけである。
その実験も兼ねた実践がこの結果であると話したソウルハウルは、エギュールゲイドの動きを見ながら更に微調整を加えていく。
すると大きく動くたびに動作が変化していき、無駄がそぎ落とされていった。
その結果エギュールゲイドはアスタロトを超えるとはいかずとも、十分に食らいついていけるほどのポテンシャルを発揮し始めた。
倒すまでは出来ずとも、十分にノイン達を回復する時間を稼げそうである。
また、このままいけばエレツィナ達の仕事も間に合いそうだ。
ソウルハウルが大魔獣エギュールゲイドを死霊術にて支配した事で、幾らかの時間を稼ぐ事に成功した。
ノイン達の傷はアルテシアとアスクレピオスによって全快し、体力の方も幾分かは回復した。
そして、島中に張り巡らされた魔法陣の解体も、あと少しというところまできた時である。
「そうか……こいつは、俺の魔法を模した術式を組みこんでいるのだな」
遂にアスタロトがエギュールゲイドの欠点を、ソウルハウルの術式に残る穴を見破ったのだ。
短期間で仕上げた事に加え、まだまだ実験段階ともいう事もあって、急ごしらえの新術式には幾つもの脆弱性が内包されていた。
幾度となくぶつかり合う中で、アスタロトはエギュールゲイドを動かしている術を感じ取り、そして気付いたわけだ。ソウルハウルが、何を参考にしてその術式を構築したのかを。
「ならば、もう終わりだ」
僅かに距離を取ったアスタロトがその手をかざした。
するとどうした事か。勇猛果敢に暴れていたエギュールゲイドが、ピタリとその動きを止めてしまったではないか。
次にミラが目にしたのは、そのままぐるりとこちら側に振り返るエギュールゲイドの姿。
激戦を繰り広げていたアスタロトとエギュールゲイド。両者は今、まるで共闘者の如く並び立っていた。
「のぅ、あの様子はもしや……?」
「ああ、乗っ取られたな」
まさかとばかりにミラが問えば、ソウルハウルは淡々とした調子でそう答えた。
アスタロトが構成した術式を基にしていた事が原因らしい。死霊術による支配権を、そのまま塗り潰されてしまったとソウルハウルは笑う。
「これが死霊術か。人間の術式は扱えないが……これならば簡単な命令は出来そうだな」
人間が扱うために調整され、進化してきた九種の術。たとえ術式を真似ても悪魔では使えぬ代物であるのだが、ソウルハウルが改良したそれに組み込まれた悪魔の術式が、僅かながらに作用しているようだ。
アスタロトは、死霊術によって支配されたエギュールゲイドの操作権を得てしまっていた。
それを目の当たりにした前衛陣の反応は様々だ。
「うわぁ、まじかぁ……」
城門前にて、ゴットフリートは苦笑を浮かべる。
パワーアップしたアスタロトに加え、大魔獣エギュールゲイドまでもが敵となった。
最低でも今と同じくらいの戦力がもう一チームは必要だという状況だ。その反応も当然と言える。
「これは厳しくなってきたな」
ノインもまた険しい表情だ。アスタロトだけならばまだしも、彼の身体は一つだけ。そこにエギュールゲイドが加わっては、全員を護るのが困難になると苦悶する。
「撤退も視野に入れるべきでござろうか」
サイゾーも、渋い顔である。
完全な支配とはいかずとも、増えたのはグランデ級の怪物だ。ただ暴れられるだけでも相当な被害が予想出来た。
最悪の場合も想定するべきか。
そのように身構えるノイン達だったが、対して九賢者組のメイリンとラストラーダは、これまでと何ら変化はなかった。
「休憩時間は終わりのようネ!」
ぴょんと立ち上がったメイリンは、張り切った様子で準備運動を始める。
「ああ、そうだな。だが、もう少し待ってからだ」
今にも飛び出していきそうなメイリンをそっと押し留めたラストラーダは、すっと城門の方を指さした。
見ると、城門が少し開いていた。
「まあ、時間は十分に稼げたから良しとするかのぅ」
一方、城壁上の後衛陣営。失態をしでかしたソウルハウルをエリュミーゼが心配そうに見つめている中、ミラは呆れた様子ながらもそう口にした。
乗っ取られたとはいえ、エギュールゲイドがアスタロトと戦っている間に、エレツィナ達が巨大魔法陣の解除を完了させたのだ。
見渡せば島全域にまで広がっていた魔法陣の輝きが失われ、瞬く間にその効力が消えていった。
「なんだこれは……どういう事だ!?」
アスタロトも魔属性ブーストの効力が失われた事に気付いたようだ。何事かと周囲を一望するなり、点在するヴァルキリー姉妹を確認して、そんなまさかと目を見開いた。
それもそのはずか。切り札とするべく仕掛けた巨大魔法陣は、幾ら破壊しようとも効力が持続するように幾重もの仕掛けを施した代物だった。
その複雑さは術式を構築したアスタロト本人ですら難解となっており、これを解除するなどまず不可能と断言出来るほどであったからだ。
ゆえにアスタロトは困惑する。いったい何をどうして、この巨大魔法陣を無力化したのかと。
「ふむ、驚いておる、驚いておる」
アスタロトの様子を眺めながら、してやったりとばかりに笑うミラは、そのまま続けてソウルハウルに言った。「今がちょうど頃合いじゃぞ」と。
「ああ、そうだな」
と、ソウルハウルがそのように答えるなり、ミラも含めルミナリアとカグラにアルテシアが、素早く身を屈めた。
そして、いったい何が頃合いなのかとでもいった顔をしていたエリュミーゼにも伏せるようにと促す。
「えっと、これは……?」
促されるままに屈んだエリュミーゼは、より疑問を色濃く顔に浮かべる。
すると次の瞬間には、ソウルハウルが詠唱を口にしていた。
『僅かな時、密かに触れて、微かに抱く、その温もり。
冷え切った手は彷徨うばかりで、この指先にも届かない。
灰色の瞳は虚空に向けられ、この姿さえ映さない。
鼓動は降り止む雨のように曖昧で、涙よりも不規則に時を刻む。
声は枯れ果て吐息が尽きる。最期の囁きは風に攫われた。
けれども通じる心は一つ。
共に叫ぼう。再びまみえる、その日の為に』
【死霊術:送り火徒】
紡がれた言葉に呼応するようにして、死霊術が発動する。
閃光が奔り、巨大な何かが衝突したかのような、ずしりとした衝撃がキャッスルゴーレムを揺らした。
そして直後に、断末魔の咆哮の如き爆音が大気を震わせ、周囲一帯は破壊の波によって埋め尽くされていく。
それはエギュールゲイドを贄とした、ソウルハウルの後始末のようなものであった。
悪魔の魔法を応用した事が仇となり、折角支配したエギュールゲイドを乗っ取られてしまった。
だが今回は、ソウルハウルが短時間で構築した初実験用の術でもあった。
そして実験というものに失敗はつきものであり、当然、実験が大好きな九賢者達にとってみれば、その程度のリスクなどもはや常識ですらある。
ゆえに実験段階の術式には、幾つものセーフティを用意するのが当たり前でもあった。
その一つが、これだ。
ソウルハウルは操作権を失った時に備えて、エギュールゲイドを支配する術式の他に、全てをリセットする術式も組み込んでいたのだ。
「おーおー、グランデ級だけあって、これまた想像以上じゃな!」
頭上を吹き抜けていく衝撃波。そして、天高くまでも赤々と染め上げる火柱の輝きと熱。
エギュールゲイドを種火とした術は、アイゼンファルドのドラゴンブレスにすら勝りそうな威力を発揮した。
ミラ達は僅かでも身体の一部を晒そうものなら瞬く間に命すら消し飛ばされてしまうだろうそれらを隣にしながら、みしりみしりと悲鳴を上げる城壁に身を任せ、その嵐が過ぎ去るのを待った。
「凄かったわねぇ、皆大丈夫かしら?」
爆炎の嵐が鎮まったところで、真っ先にアルテシアが仲間達の状態を確認する。
見る限り、キャッスルゴーレムの城壁が持ち堪えてくれたようだ。ミラ達は無事を確かめるようにしながら立ち上がった。
「思った以上にやばかったな。城壁を強化していなかったら城ごと吹き飛んでいたかもしれない」
流石のソウルハウルもグランデ級を実験材料にしたのは初めてであり、その力がもたらした破壊に驚きつつも感心した様子だ。
想像を超える威力に笑いながら立ち上がると、崩壊寸前の城壁を確認するなり修復を始めた。
「まったく、危なっかしいのぅ。《溶解輪廻》くらいで十分じゃったろうに」
爆心地を見てみると、防壁だったり塹壕だったり工作ゴーレムだったりといったものまで全てが消し飛んでいた。少しでも有利にするべく戦場を整えたにもかかわらず、今はそこに二つ目のクレーターが出来上がっているではないか。
「何を言っている。グランデ級で試せるとなったら、最大でどれほどになるのかやらなきゃ嘘だろ」
滅多に出来ない実験だからこそ、限界に挑戦する。さも当然とばかりに言い切ったソウルハウルは、「いいデータがとれたな」と実に清々しそうだ。
九賢者達の実験は、様々な非常事態までも考慮して行われる。だが一つ問題があるとすれば、それは周囲の被害にまでその考慮が行き届かない傾向にあるという点だ。
「まったく、じゃからといってやり過ぎじゃ」
それなりに離れていたため幾らか軽微だったが、エレツィナ達の方にまで影響が及んでいた。巨大魔法陣停止の功労者は今、地に伏せたまま砂塵塗れの状態にあった。
「だな、初めてなら段階を踏まねぇと」
ルミナリアもまた、それらしい事を口にして呆れたように笑う。
ちなみにこの二人は、九賢者の中でも特に被害を出してきた筆頭である。
「そんな事より、悪魔はどうなったの?」
比較的大人しめな実験をするカグラは、どの口でそれを言うのかとばかりな目で二人を睨みながら告げた。今は実験どうこうよりも肝心な事があるだろうと。
「おっと、そうじゃな!」
そういえばと戦場に視線を巡らせるミラ達。
あれだけの大破壊後だ。もしかしたらどこかに吹き飛んでしまったかもしれない。
初めに悪魔アスタロトがいた場所は、エギュールゲイドの隣。つまりは爆心地の直ぐ隣だ。あの破壊の嵐の中心にいた事になる。
ともなれば無事では済まないだろう。
だが公爵二位の強さは飛び抜けている。魔属性増強の魔法陣を無力化したとはいえ、もともとの耐久度も尋常ではないのだ。
たとえ今回の《送り火徒》がアイゼンファルドのドラゴンブレスに迫る威力だったとしても、その一撃で倒せるような相手ではない。
だからこそミラ達は、入念に戦場を見回した。そして、一番に発見したアルテシアが「あら、あちらに」と声を上げる。
「む、どこじゃ!?」
アルテシアが指をさす方に顔を向け、じっと目を凝らしたミラは、確かにそこにアスタロトの姿を確認した。
場所は、第二のクレーターの近く。
やはりアスタロトは健在であった。両腕を交差させるようにして身を護り、あの破壊の嵐を耐えきっていたのだ。
尋常ではない耐久力である。
だが、流石に無傷とまではいかないようだ。アスタロトの全身に、ひび割れのような傷が無数に奔っていた。
それでいてまだ動くアスタロトは、その視線を後衛陣へと向けた。
「決めるぞ、皆!」
嵐は去ったという合図を受けて、城門より一番に飛び出したのはラストラーダだ。
アスタロトの状態を見て、ここが勝機と判断した彼は一直線に疾走した。
もう幻影を維持する必要はない。全てのマナを一つの術につぎ込んでいく。
『森の隠者、孤独な老躯よ。
案ずるなかれ、友はいつでもここにいる。
立ち上がるのなら、その手を取ろう。一緒ならば、何処へでも行ける。
さあ、共にこの道を切り拓こう』
【降魔術・幻獣:万群ノ狼王】
紡がれたマナはラストラーダを包み込み、その全てを変貌させていった。
そして、そこに降り立ったのは、体長にして二メートルを超える狼男となったラストラーダだった。
彼は、そこから風の如く加速するなり、その黒い爪をもって悪魔の身体を一閃した。
人を遥かに凌ぐ強靭な腕と鋭い爪は、ひび割れた悪魔の身体に食い込み、これを深々と抉り裂いていく。
ひび割れは一秒ごとにみるみる塞がっていくが、それにも負けじと切り裂き続けるラストラーダ。
傷の回復に相当な属性力を消費している事に加え、一撃ごとの衝撃に体勢を崩される悪魔は、それに耐えるだけで精一杯となっていた。
そこへラストラーダが更なる追撃を加える。
マナによって形作られた黒い狼が群れとなってアスタロトに喰らいついていったのだ。
するとそこで、ラストラーダが素早く現在地点から大きく跳び退いた。
その際に、聞こえてきたのはルミナリアの声だ。
『夜天に響く歌声遥か、聖なる乙女が血に染まる時、星が名も無い歌を歌えば、月は名も無い踊りを踊る。
滅びの時は今、この手の先に舞い降りる。その姿を覗くなかれ。死は、光によって齎される。
全ては、ただアナタのために。滅びは、ただ私のために。
羽ばたき集い世界へ響け。想いを紡ぐ空の詩よ』
【古代魔術・第三典:亡国の王女】
詠唱を紡いでいたルミナリアが、狼の群れに足止めされたアスタロトへと追い打ちをかけたのだ。
瞬間、眩い閃光がルミナリアの手から放たれると、それは真っ直ぐにアスタロトへ向かう。そして一筋の光が触れたかといったところで強烈に膨れ上がった。
それは、破壊のみを内包した光。包み込んだ全てを消し尽くすという、純粋な意味のみを表した魔術だった。
光は静寂の中に不気味な音を響かせて渦巻くと、予兆もなく泡沫のように消滅する。
「これにも耐えるか……」
アスタロトは、未だに健在だった。先程よりも更に傷ついてはいるものの、ゆらりと立ち上がった姿は強烈な闘志で漲っている。
「相変わらず、いきなりじゃのぅ」
「チャンスにこそ畳みかけるのは戦術の基本だろ」
容赦のないルミナリアの追撃に肩を竦めるが、どちらかと言わずともミラのやり方もそちら側である。ルミナリアの言葉に「その通りじゃな」と答えたところで、意を同じくするソウルハウルが一斉砲撃を行った。
ゆらりと一歩を踏み出したアスタロトを中心に着弾する砲弾の数は五十にも及び、次々と炸裂するなり轟音を響かせる。
どれだけ頑丈であろうとも、あれだけ傷ついた身体にこの砲撃は厳しいはずだ。
しかも、号砲が鳴り止むや否や更なる追撃が放たれた。
『武曲一星、理を示せ。これなるは、万滅の将よ』
カグラが得意とする《七星老花》の術の内の一つ。武曲は式神の超絶強化。カグラが招来した麒麟のリン兵衛が巨大化するなり、溢れる力を纏いアスタロトへと向かっていった。
砲撃の煙が漂う中、それを斬り裂き肉薄したリン兵衛は、その勢いのままに突進するなり宿る力を全て解放した。
直後、リン兵衛を中心に大地が五つに割れると、そのまま一気に隆起してアスタロトを呑み込んだ。
収束した大地の力。自然そのものともいえる力は、一線を画すほどのエネルギーを秘めたものであった。
隆起した大地の柱が砕け散ると、更に深く傷を負ったアスタロトの姿が確認出来た。
ダメージは確実に蓄積している。
勝機は確実にそこにあると、ミラもまた当然のように準備させていたそれの出番を告げた。
『クリスティナ、今じゃ!』
エギュールゲイドの自爆に備えて、あらかじめキャッスルゴーレムの城門内に退避させていた前衛陣。その中に交じっていたクリスティナは、しっかりとマナチャージを終えた状態で外に飛び出していった。
「目標捕捉! いっけー! 真クリスティナスラーーッシュ!」
チャンスに畳みかけるようにして、クリスティナはその剣を振り下ろした。
練り上げられたマナは光となってアスタロトに炸裂する。ミラのみならずアルフィナも唯一認める技だけあって、その威力は絶大だ。
だからこそアスタロトも相当に力を振り絞ったようだ。真クリスティナスラッシュを受けながらも、渾身の力でその場から飛び退いた。
だが、そこには既に次の一手を控えた者がいた。
「この戦い、私だけのものじゃないヨ。だから決めさせてもらうネ」
アスタロトに相対するように降り立ったメイリンは、右手を後ろに突き出すポーズを取った。
するとその右手からマナが溢れ出し、白く輝き始める。あの日、ミラとメイリンがアダムス家の庭でやり合った際の最後に見せた術だ。
ただ今回は、その時に見せた術とは違っていた。あの術はまだ完全ではなかったのだ。
「ああ、来るがいい。既に種は蒔き終わった。後は、強者と戦い敗れるのも一興というものだ」
アスタロトは不敵に笑った後、いつでもこいとばかりに構えてみせた。その立ち姿は敗北を眼前にしながらも、なお勝者の如き風格で満ちていた。
「……行くネ!」
そう構えるなりメイリンの姿が消えた。
否、消えたように見えたメイリンは、数瞬のうちに《縮地》にて四方八方へと駆け抜けていた。
それはほんの些細な時間。一秒程度のものだった。
けれどメイリンにとっては、それで十分。その僅かな時間によって、メイリンの右手は白いマナの帯を限界まで長く描ききったからだ。
【仙術内伝・地:千年洸路】
迎え撃つアスタロト。メイリンはその隙間を縫って相手の腹に拳を突き立てる。その瞬間、残留する白いマナの帯が一気に拳へと集束していった。
その一撃は、もやは人の拳が放てるようなものではなかった。
爆轟と衝撃。それの広がる様が目に見えるほどに鮮烈で苛烈な一撃は、同時にアスタロトを遠くへと吹き飛ばしてもいた。
「あんな遠くに……まあ好都合じゃな」
どれ程までの威力があったというのか。アスタロトは数百メートルも離れた島の端に聳える岩山に激突して、そのままめり込んだ。
ここから追撃するには、相当な飛距離と精度が必要となるだろう。
だがミラは、むしろ遠くなってくれて良かったとばかりに微笑み、ここでとっておきを投入した。
「さぁ出番じゃぞ、アイゼンファルドや!」
ミラが呼ぶと城門が開き、そこを潜るようにしてアイゼンファルドが姿を現した。その足取りは極めて慎重だ。
その姿を見送るノイン達は、一様に苦笑を浮かべている。
何故ならばアイゼンファルドの全身にマナが満ち満ちており、その口からは凝縮された力が溢れ零れ落ちているからだ。
それは、全力ドラゴンブレスをも超える、限界突破ドラゴンブレスの準備が完了した状態であった。
そう、クリスティナに次いでアイゼンファルドもまた、待機しながらチャージしていたのだ。
「おいおい、どうなるんだ、あれ……」
これまでに見た事もないほどに力を蓄えたアイゼンファルドを前にして、ルミナリアはその先の想像が出来ないと引き攣った笑みを浮かべる。
「ちょっと待て、十秒……いや、せめて五秒待て。補強する」
ソウルハウルもまた明らかにドン引いた顔をするなり、城壁の強度を限界まで引き上げた。更に下のノイン達に向けて、城壁裏ではなく城内に入るようにと通告する。
「アルテシアさん、私達も」
「ええ、そうね」
カグラは周囲に防御用の結界を張り巡らせ、アルテシアもまた耐衝撃強化の術を使い守りを固めていった。
『母上、いつでもいけます!』
標的を捕捉したアイゼンファルドが、ドラゴンブレスの構えをとる。
その背後では、慌てたようにクリスティナが撤退して城門に飛び込んでいく。また残るヴァルキリー姉妹達も、その場から離脱して大きく距離を離していった。
そうして準備が整った事を確認したミラは、いよいよその号令を下した。
「撃て、アイゼンファルド!」
ミラの指示が響いた数瞬後、アイゼンファルドより限界突破ドラゴンブレスが放たれた。
極限まで凝縮された破壊の奔流が空間を貫いていく。
そこに秘められたエネルギーは人知を超えており、その余波だけで大地は抉れ空間は歪み、傍にある万物全てを塵へと還していった。
そのような恐るべきエネルギーが、岩壁より這い出したアスタロトに迫り、そして直撃する。
始まりは光だ。あまりにも眩い閃光が一瞬だけ吹き抜けると、次に轟音と衝撃波が襲って来た。
「これまた強烈じゃな……!」
思った以上の威力と影響を確認したミラは、それはもう嬉し気に笑いながらアイゼンファルドが残した戦果を見つめ、また笑う。
「あんだけ距離があって、こんだけ余波がくるとかどんだけだよ」
「補強しておいて正解か」
ルミナリアとソウルハウルもまた結果を前に苦笑しながらも、流石は皇竜だとばかりに称賛した。
ミラ達が目にした光景。それは、思わず笑ってしまいそうになるほどに壮絶なものだった。
とんでもない余波が押し寄せると身構えたが、それはエギュールゲイドの自爆ほどではなかった。
なぜなら、極限まで凝縮された限界突破ドラゴンブレスは、岩壁に衝突するなり、そのまま巨大な穴を開けて貫通してしまったからだ。
つまりは、爆心地が更に島のずっと外側になったわけである。
いったいどこまで届いたのだろうか。遠雷の如き轟音がどこからともなく響いていた。かなり遠くの方、それも海中で炸裂したようだ。
「で、おじいちゃん。悪魔はどうなったの?」
アスタロトがいた岩山には、大きな穴が開いているだけだ。
とはいえ、あれだけの威力である。さしもの公爵二位とて耐えられるはずもない。
だが油断は禁物だ。その確認は必要であろう。
ゆえにミラは、階下のメイリンに声を掛けた。悪魔がどうなったかわかるかと。
「もうどこにも感じないヨ。私達の勝利ネ」
メイリンからは、そんな答えが返ってきた。
それは、《生体感知》による調査結果だ。
武道家として、そして仙術士としても達人の域にあるメイリンは、ミラなど比べ物にならぬほどの精度と範囲で周囲を探る事が出来た。
そんなメイリンが言う。あの限界突破ドラゴンブレスが直撃した三秒後に、悪魔の生体反応が消失したと。
そう、消滅だ。ドラゴンブレスに呑み込まれて吹き飛んだのではなく、消滅したというのだ。
「という事のようじゃ」
悪魔はどうなったのか。カグラの質問に聞いての通りだと返したミラは、そのままレティシャとパムのいる舞台に歩み寄り、労いの言葉をかけてから送還した。
こうして戦いはミラ達の勝利で終わったのだ。
冬になってから、いよいよ寒い日が続くようになりましたね。
そんな毎日となった事で、あれの恩恵を強く感じられるようになりました。
そう、羽毛布団です!
いやぁ、温かいですね!
これまで寒くなってきたら毛布、布団という組み合わせとなり
更に寒くなってきたら毛布、布団、毛布というがっつり防寒で寝ていました。
それが今は、毛布と羽毛布団だけで余裕の温かさです!
そして何よりも、圧倒的に軽いときたものですからね!
羽毛布団……買って大正解でした!




