389 不穏な影
コミカライズ版7巻が発売となりました。
是非とも、よろしくお願いします!
またマンガボックスさんにて、スピンオフも始まりました。
こちらも、よろしくお願いします!
三百八十九
「あら……この感じは覚えがあるわ」
正体不明の装置。そして器の底に残った黒と透明の何か。はて、それの正体は。これは何のためのものなのか。そんな疑問が浮かぶ中で、そっと黒い方を確認したアルテシアがそんな言葉を口にした。
それはいったい何なのか。皆の視線を集めたアルテシアは、それでいて「えっと、なんだったかしらねぇ」とマイペースに考え込む。
器の底に残る、得体のしれない液体のようなもの。アルテシアがそれをじっと見つめてから暫く。固唾を呑んで見守る皆の集中力も途切れかけたところで、その答えが出た。
「そう、思い出したわ。これは魔の属性力よ」
すっきりしたとばかりな顔で、ぽんと手を打ったアルテシア。彼女が言うに器の底に溜まった黒い何かからは、魔の属性と同じような力を感じるそうだ。
属性力。それは自然を構築する要素の一つである。主だったところでは、火、水、風、地、雷、氷、光、闇からなるものだ。
だが、それらとは別にもう二つ。特別な属性として、聖と魔があった。
天使や聖獣といった、神域に近い存在がよく有しているのが聖属性。
対して魔属性は、悪魔や魔物といったものが多く有している。また、野生の動物などが魔獣へと変貌してしまうのは、この魔の属性力が過剰に蓄積され過ぎた結果でもある。
それらの事からして、総じて魔属性というのは負のイメージが強く、またそのイメージ通りに多くの厄災の原因ともなってきた。
そんな魔の属性力が、目に見えるばかりか物質化してしまっている。きっと、それほどまでに凝縮してあるのだろう。器にあるそれは、明らかに異常であった。
「つまりこいつは、魔属性を抽出して集めるためのもの、って事になるのか。で、こんなの集めてどうするのか……」
ノインは、器から上の方へと視線を移していく。そこにあるのは、圧搾機のような謎の装置。それが大量の魔物から魔の属性力を搾り出すためのものだと考えれば、確かに納得のいく答えにもなる。
ただ、同時に更なる疑問も生まれた。
一つは、この抽出した魔属性をどうするつもりなのかという点。
そしてもう一つは、その隣にある器の方だ。
「ものがものでござるからな。悪事や悪巧みに使うのでござろう。けれども、この透明なものの方は別物にしか見えぬでござるよ」
右側の器。その底に溜まっているのは透明であり、左側に溜まった魔属性とは違い、怖気立つような不気味さといったものは感じられなかった。間違いなく別物である。
「魔属性に対して、こっちは聖属性──……って感じでもなさそうだな」
ただ単純にその反対、というわけでもないようだ。
この部屋には、大量の魔物や魔獣だけでなく、少ないながらも聖獣や霊獣といった類の死体もある。だからこそと考えたノインだったが、確認するようにアルテシアへ顔を向けると、違うという答えが返ってきた。
聖属性を扱う術の多い聖術。その使い手である九賢者のアルテシアが否定するのだ。それはつまり、間違いなくこの透明な物質は、まったくの別物であるという事となる。
では、何なのか。考え込み、またじっくりと観察するノイン達であったが、こちらの方の正体は皆目見当もつかなかった。
「こんなところにあるんだから、ろくでもないものだと思うんだけどなぁ。不思議と嫌な感じがしないのは何でだ?」
右の器の透明な液体。それはこのような場所で、更には怪しげな装置より抽出されたと思われるものだ。
魔属性同様に厄介な代物だと考えるノイン。けれど見る限り、感じる限りでは、それが忌避すべきものには思えず困惑する。
「そうでござるな。魔属性は、一目見ると寒気がするほどでござるが」
「うん。こっちはなんだか元気になれそうな気になる」
サイゾーとエリュミーゼもまた同意見のようだ。あまり悪いもののようには思えないと口にする。
と、そうして透明な液体が何なのかを探っていた時だった。
「ん? 何かが近づいてくるな」
念のためにと入り口付近に仕掛けていた蜘蛛糸が何者かを感知したと、ラストラーダが報告する。
「徘徊していた魔物か?」
ここに来るまでに、拠点内を徘徊する魔物と何度も遭遇してきた。それがここにもきたのだろうかと考えたノイン。
だが、そこにラストラーダが疑問を挟む。「こんな隠し扉の先のどん詰まりにまで来るとは考え辛いと思わないか?」と。
「確かにそうでござるな」
隠し扉は、抜けた後で元に戻しておいた。つまりここまで入ってくるには、隠し扉の存在に加え、それを開ける方法を知っていなければならないわけだ。
対して遭遇してきた魔物は、今のところ強さだけが優秀な個体ばかりであった。そんな魔物が隠し扉の仕掛けを解けるだろうか。
「まずは様子を見よう。エリュミーゼさん、壁を」
少なくとも、隠し扉を理解する知恵のある相手だ。もしかしたらボスが出張ってきたという可能性すらもある。そうでなくとも、魔の属性力と透明な液体の正体が何かを知る切っ掛けになるかもしれないとして、ノインは観察を優先させた。
全員でその場から急いで離れると、器が目視出来る位置の少し離れた壁際に寄った。するとそんなノイン達を、マッドゴーレムが覆い尽くすようにして広がっていく。
そのマッドゴーレムには、《擬態》の力が付与されていた。そのため、みるみるうちに周囲と同化していき、瞬く間にノイン達の存在は、周囲の背景として溶け込んだ。余程疑いを持って調べなければ見分けられないであろう仕上がりだ。
(近づいてきているな……)
僅かに響く足音に注目するノイン。
やはり、ここにある抽出装置が目的なのだろう。この部屋にやってくるなり、何者かは真っ直ぐとこちらに向かって来ていた。
いったい、その正体は。そして、あの禍々しい魔属性をどうするつもりなのか。
声を潜めて、そこに現れるのを待っていると、やがてはっきりと足音が聞こえるようになってきた。
(何だ、この音は……やけに軽いな)
ひたり、ひたり。近づいてくる足音は、おおよそ大人のそれとは違っていた。更に付け加えるならば靴の音というにも違和感がある、そんな足音だ。
何者がやって来たというのか。皆が固唾を呑んで見守る中、いよいよそれが姿を現した。
「嘘だろ……」
思わずといった顔でノインが呟く。またサイゾーやエリュミーゼらも、それを目にして緊張を浮かべた。
「あらあら、これは大変そうねぇ」
いつも微笑を浮かべているアルテシアであったが、今回ばかりはそうもいかないようだ。じっと相手を見据えたまま囁く。
「なるほど。思えば確かに、こういう可能性もあったな」
大陸最大の犯罪組織である『イラ・ムエルテ』。その四人の最高幹部を統括するボスの正体として浮かぶ、存在の一つ。それを示す要素が現れたとして、ラストラーダは納得したように苦笑する。
ノイン達の脳裏に、かの存在を想起させた者。黒い表皮に、枯れ木を寄せ集めたような身体。顔は残忍さを寄せ集めたように歪んでおり、おおよそ気味悪さしか感じられない外見をした者。
それは、レッサーデーモンだった。そしてレッサーデーモンのいるところには悪魔の影が在るという事を、ノイン達は嫌という程に理解していた。更には悪魔が、どれだけの厄災を振りまくかまで重々承知済みだ。
「悪魔の考えからすれば、確かにこれも一つの手でござるな」
人類に災厄を。それを目的とするのが悪魔である。ともなれば、犯罪組織に関わっていても、それを組織したとしても何らおかしくはないというものだ。
ここにきて『イラ・ムエルテ』のボスの正体筆頭として、悪魔の存在が浮上した。
と、その事にノイン達が沸き立っている間にも、レッサーデーモンは何かしらの作業を行っている。
山から魔物の死体を引きずり出しては、器の上にある石の箱に入れた。そこから更にもう二体ほどを放り込むと、真っ黒な板で蓋をする。
するとどうだ。石の箱に刻まれた術式が仄かに輝き出したではないか。
その輝きは、じわりじわりと石の箱全体に広がっていく。そして、それが全体にいきわたったところで、その音が響き始めた。砕き、すり潰すような、非常に気味の悪い音だ。
あの箱の中は、どのようになっているのだろうか。想像もしたくないそれが行われている間に、器の方で変化があった。禍々しい魔属性の液体と透明な液体が流れ落ち、器に溜まっていくのだ。
予想通り、その装置は魔物などの死体から魔属性を抽出するためのもので間違いなかった。とはいえ透明な方については、未だにわからずじまいだ。
レッサーデーモンは、その抽出作業を何度か繰り返したところで、器から両方の液体をそれぞれ小瓶に汲み取った。そして用事は済んだとばかりにその場を離れ、出口のある方へと歩いていく。
「よし、追いかけよう」
重要そうに思える二種類の液体。それを持ってどこへ向かおうというのか。きっとその先に何かありそうだと直感したノインは、レッサーデーモンの追跡を提案する。
「ああ、行こうぜ!」
これには皆も同意見だったようだ。ラストラーダが答えるなりカモフラージュ用のマッドゴーレムは溶けて消え、ノイン達は全員一致で追跡を開始した。
ところ変わってミラ達陽動部隊は、一つ大きな戦闘を終わらせていた。
ルミナリアが放った魔術を受けて、巨大なレイド級の魔獣が地に伏せる。魔術の余波として、強烈な火花が飛び散る中で周囲を一望するミラ。
「ふむ、今ので魔獣は最後じゃな」
アイゼンファルドの全力ドラゴンブレスを受けて尚立ち上がった七体のレイド級魔獣。本来ならば、一体に対して十数人規模で当たらなければいけない相手だったが、手負いという事もあってか、駆け付けたルミナリアらの戦力が加わった事で形勢は逆転。レイド級の魔獣全ての討伐に成功した。
「にしても、あれだけの手負いで、これだけ暴れるってんだから堪ったもんじゃねぇな」
さしものルミナリアとはいえ、レイド級を六人で相手するのは骨だったと愚痴をこぼす。特にレイド級の魔獣ともなれば最後の足掻きというのは、筆舌に尽くしがたい程に激しいものだ。
「うむ、まったくじゃな」
愚痴の一つも言いたくなるのは当然だと、ミラもまた同意する。それほどまでに、六体同時は苛烈な戦いであった。
「ただ、それを不意打ちでほぼ壊滅させる事が出来たのは良かったわね」
アイゼンファルドの全力ドラゴンブレスがなければ、万全のレイド級魔獣七体に加え、無数の魔物や魔獣ともやり合う事になった。それらと真正面から戦っていたとしたら、それこそ日が変わっていたであろうとカグラは続け、安堵したように笑う。レイド級魔獣六体など、むしろ誤差の範囲に過ぎないとばかりに。
対してメイリンはというと、どことなく不消化気味だ。
「出来れば、万全な状態で戦ってみたかったヨ」
複数のレイド級魔獣と同時に戦えたら、どれだけのものになっただろうか。それはもう流石の九賢者だとしても困難な挑戦と言える。だがメイリンの不満顔は、本気のそれであった。
「わかる!」
しかもメイリンだけならばまだしも、それに同意する者がいた。ゴットフリートだ。良いところを全てミラに持っていかれたのが原因のようで、こちらもまた暴れ足りないといった表情だ。
事実、レイド級の魔獣を相手にしながらも、彼はまだ奥義を一つも繰り出してはいなかった。手負い相手には必要なかったというわけだ。それでいて魔獣の首を切り落としたのだから、ゴットフリートの戦闘力は格別である。
「まったく、頼もしいのぅ」
一人では難しい事も二人三人と集まれば、出来る事が飛躍的に増えていく。ミラはルミナリア達を見回しながら、困難に挑戦し続けていたかつての時代を思い出して微笑んだ。
そして更に振り向けば、そこにもまた頼もしい仲間達がいる。
今回は、そんな仲間達に少しばかり無理をさせてしまった。背後に控えるヴァルキリー姉妹らは、疲労困憊といった状態だった。アイゼンファルドもまた、幾らか消耗気味である。
それもそのはずで、魔獣一体ずつに戦力を集中させて撃破していく間、残りの魔獣を押さえていたのが召喚勢だからだ。
正面きって防いでいたヴァルキリー姉妹の消耗具合といったら相当だ。加えて、その大きな体躯を活用して魔獣を押し留めていたロッツエレファスとウムガルナは、満身創痍とでもいった様子だった。
それでいてアルフィナは最前線にいたにもかかわらず、きりりとした姿勢を保っていた。それどころか見事に指示をこなせたためか、それはもう誇らしげな佇まいだ。疲れなど何のそのとでもいった表情をしている。
そんな中でレティシャの歌が、まるでBGMのように流れ続ける。疲れを癒す和やかな歌だ。その情景からして、どこかエンディングのワンシーンのようであった。
それは頼もしくもあり愉快でもある自慢の仲間達だ。
「皆、ようやってくれたのぅ。ロッツとウムガルナよ、ご苦労じゃったな。ゆっくり休んでくれ」
ミラは、ここぞとばかりに甘えてくるパムを抱きながら、継戦は難しいだろうと判断した両者を労い先に送還する。そして続けて、ヴァルキリー姉妹らにも目を向けた。
カグラと行った下調べでは、この場所以外の魔物や魔獣の待機場所は確認出来なかった。他にもまだある可能性は残っているが、それでもここを潰した今、敵側の戦力を相当に削ったのは間違いないはずだ。
だからこそ疲れ果てている彼女達にもまた、休んでもらってもいいだろう。
「護衛に続き魔獣戦と助かった。お主達も休んでくれ」
そう考えたミラは、続けてヴァルキリー姉妹を送還しようとした。するとそこでアルフィナが「主様!」と声を上げる。
瞬間、その声に最も反応したのはアルフィナの後ろに整列していた姉妹達であった。体力の限界な彼女達は、いったい何を言い出すつもりなのかと戦々恐々にアルフィナを見やる。
「魔獣を打倒したとはいえ、未だ戦中のご様子。不肖ながらも、このアルフィナ。まだ余力がございます。何卒、主様のお傍にいさせてください」
そう言ってアルフィナは、ミラの前に跪いた。一段落はしたものの戦いが続いている以上は、主の剣としてこの場に残りたいと。
「ふむ……わかった。ならばアルフィナはこのまま、わしと共に行くぞ。エレツィナ、フローディナ、エリヴィナ、セレスティナ、クリスティナ、ご苦労じゃった。このまま休むとよい」
見れば確かに、妹達に比べてアルフィナにはまだまだ余裕が窺えた。ゆえにミラは、アルフィナを残し送還するべく構える。
するとエレツィナらも「主様、私達も」と口にした。けれどミラは、その声に首を横に振って答える。アルフィナとは違い、限界に近い彼女達である。このまま戦闘を継続するのは難しいだろうと判断したからだ。
けれども、大物はこれで終わりとは限らない。ゆえにミラは更に言葉を続けた。
「状況も状況じゃからな、もしかしたらまた皆の力を借りる事になるやもしれぬ。その時のために、ゆっくりと休んでおいてくれるか」
多くの魔物と魔獣の殲滅には成功した。けれど、だからといって油断は出来ない。相手の手の内を全て見切れているわけではないのだ。優秀な彼女達に頼る場面が訪れる可能性も十分に残っている。だからこその一時送還だ。マナに満ちたヴァルハラに戻った方が回復も早いというものである。
このミラの言葉にエレツィナ達は、「全力で休みます!」と力強く答えた。
「それまでの間、我ら姉妹の誇りは私が預かりましょう」
妹達が送還されていく際に、そう告げて見送ったアルフィナ。その姿たるや、実に頼りがいのある堂々としたものだった。
先日、友人の誕生日祝いからの帰り道の事です。
夜にお腹が空いてしまったら卵がいいという事で、ふらりと立ち寄ったスーパーでだし巻き卵を買ったんですよ。
だし巻き卵って……あんなに美味しいものだったのですね!!!!!
なんかこう……お寿司の卵のでかいやつくらいにしか思っていませんでした。
よもや、あんなに違うものだったなんて……!
ダイエット中の今、夜にちょくちょく卵焼き作ってはケチャップかけて食べていましたが、
だし巻き卵……気になりますね!




