368 ラノアの策
三百六十八
帰されずに済んで喜ぶミラであったが、それはミラの都合によるもの。
何も知らない遊女達はというと、やはり新人であるミラの身を案じている様子だ。
互いに自己紹介を済ませた後に、彼女達は話し合いを始めた。ミラを帰す事は諦めたが、やれる事はまだあるはずだと。
ちなみにミラは、自己紹介の際に『ミミ』と名乗った。ユーグストにはイリスを通じてミラの名が伝わっているので、念のための偽名だ。
(なんと心優しい娘達なのじゃろうか……)
本気で心配してくれている遊女達に対し、騙して申し訳ないと思うミラ。
どれだけ話し合い作戦を立てたとて、王様と対面する時は、決戦の時だ。容赦なく身柄確保に動くため、その作戦が実行される事はないのである。
けれど王様を捕まえてしまうつもりなので心配無用、などと言う事は出来ない。
優しいからといって、それはまだ遊女仲間という前提があるからだ。変態ではあるものの存分に散財してくれる王様は、彼女達にとってみると貴重な収入源であろう。
王様がユーグストで確定すれば、それを潰す事になる。つまりは彼女達の稼ぎが減るわけだ。
むしろ恨まれても仕方がない状況である。王様側に立つ者もいるかもしれない。だからこそミラは、正体に気付かれないためにも静かに時間が来るのを待っていた。
ただ、そうしている間にも、遊女達が立案する作戦内容が聞こえてくる。
「じゃあさ、こういうのはどうかな──」
「なら、いっその事──」
新人を王様の魔の手から守る方法として挙がった、遊女達の案。
一つは、プレイ中にそっと、特に注意するべき道具類を片付けてしまうというもの。
けれどそれは、遊女達も把握出来ていないくらいに道具があるという事で棄却された。
だが彼女達は諦めない。その二、その三とアイデアを練ってはボツにするを繰り返す。
そして七つ目の策が誰かの口から提案される。
その内容は、むしろ自分達でやってしまおう、といったものだった。
王様がするプレイはハードでいて変態的、更にはやり過ぎてしまうため新人の心に大きな傷を負わせてしまう。
ならばいっそ、先に自分達の手で新人を責める事で、やり過ぎないように調整する。それがこの策のキーポイントであるわけだ。
「ほら、王様は私達同士で絡ませて、それを見ているって時間があるでしょ? その時にさ、一日に二度も出来ないようなところは全部私達が新人ちゃんにしちゃえば、昨日みたいに酷くなり過ぎずに済むと思うの」
どうやら王様の遊女遊びには、幾らか流れがあるそうだ。
その中には、美しい遊女同士が絡み合う時間もあるため、そのタイミングで幾らかを先に済ませる事で新人の負担を減らすという策である。
これならば、全て王様の手で行われるよりずっと楽になるはずだ。そう語る遊女の声には熱がこもっていた。
それだけ昨日は余程の仕打ちだったのだろう。それはいいかもしれないと、遊女達は盛り上がり始めた。
(思えば、とんでもない会話を聞いておる気がするのぅ……)
彼女達が口にする王様お得意の変態プレイ。その内容やら何やらを美女達が語る様というのは、何とも聞いているだけで妄想が広がるものだった。
しかしながらミラは気付く。その全てが新人に、つまりは自分自身に対して行われる事であると。
綺麗なお姉さん達の手で、変態チックに責められる。それは何とも興奮する内容であり、ドギマギするミラ。
(この娘達も、そんなプレイを……)
ここまで真剣に考えさせて悪いと思いつつも、ミラは彼女達の言葉を豊かな想像力でもって広げていった。
だが、きっとそうなる前に、王様とは決着がついているだろう。
たとえ王様が標的でなくとも、いざとなれば裏委員会の設定を押し通し、成敗してしまうつもりだった。これほどまでに遊女達から非難されているのなら罪状は十分であろうと。
「うーん、もしかすると難しいかもしれないわね。昨日と同じ流れだとすると、彼女は最後のお楽しみにされるはずよ」
幾らか話し合いが進んだところで、これまで考え込んでいた様子だったラノアが、そんな言葉を口にした。
皆で新人を可愛がろう作戦は悪くないが、その前提で躓くかもしれないと彼女は指摘したのだ。
何でも王様は、好きなものを最後のお楽しみとしてとっておくタイプだそうだ。
ラノアが言うに、昨日もまた新人はプレイの間ずっと傍にいたものの、最後になるまで手を出されていなかったらしい。
だからこそ今回もまた同じだった場合、こちらで先に手をつけようものなら激怒する恐れがあるというのだ。
「確かに、そういえば……」
「あの時、私達は動けなくなるまでされた後でしたね……」
新人が王様の毒牙にかかったのは、他の遊女達がたっぷりと可愛がられた後、最後のタイミングだった。
そう思い出した彼女達は、新人の負担を減らせる可能性が、ここにきて激減してしまったと頭を抱える。
王様を怒らせるわけにはいかない。そう深刻そうに呟く遊女達。怒らせた事が原因で、もっと酷い目に遭った者が何人もいるそうだ。
結果、話は振り出しに戻ってしまった。
「どうしよう……もう時間がないよ」
遊女の一人が時計を見て、そう言った。王様との約束の時間まで残り十分だと。
焦り始める遊女達。だがそんな中でミラのほかに、もう一人だけ落ち着いている者がいた。
それは、ラノアだ。
「大丈夫、私に任せて。こんな時のためにちゃんと用意してきたの。これをあいつに飲ませればいいわ」
皆を落ち着かせるためか、ラノアは微笑みながら、ポーチよりピンク色の小瓶を取り出してみせた。
するとどうした事か、遊女達の表情が驚きに染まっていく。
「ラノアさん、それってまさか……」
「そんな貴重品、どこで手に入れたんですか……!?」
その驚きようからして、ピンク色の小瓶に入った液体は、とんでもない代物のようだ。
(ふむ、何なのじゃろうか。回復薬の類とかかのぅ)
見た目では、さっぱり判断が出来ない。もしかしたら、変態プレイで負った傷を癒せるくらいの薬だろうか、などと考えるミラ。
しかしその正体は、まったく違うものだった。
遊女達が、これならいちころだとか、あの性欲モンスターも倒せるだとか言い始めたのである。
明らかに回復薬といった類ではないとわかる。
「あのぅ、それって何なのでしょうか?」
もしや劇物の類か。いよいよ腹に据えかねて始末してしまおうとでもいうのか。気になったミラは、おずおずとした新人遊女を演じつつ、そっと質問した。
「ふふふ、これはね──」
そんなミラに振り向いたラノアは、少し小悪魔チックな笑みを浮かべながら、その効能を教えてくれた。
ラノア曰く、それは特別な精力増強剤だそうだ。
効果は、全ての精力増強剤の頂点に君臨するほどであり、これを飲んだなら、この花街特区全ての遊女を相手に無双出来るほどの精力を得られるという。
「え、そんなのを飲ませたら……」
ラノアは、その精力増強剤を王様に飲ませると言っていた。
しかし、それほどにとんでもないものを飲ませてしまったら、むしろ余計に酷い事になるのではと懸念するミラ。
だがそんなミラとは別に、他の遊女達は何やら覚悟を決めたような顔で、随分とやる気を漲らせていた。
「ええ、きっと今日のお仕事は大変な事になるでしょうね。でも、それは二時間だけよ──」
ラノアは微笑を絶やす事なく続けた。この精力増強剤には、制限時間があるのだと。
二時間。それが、無敵の精力を得られるタイムリミットだった。
では、この時間を過ぎたらどうなるのか。その答えも直ぐに語られた。
まずは、ハッスルした分だけの反動が出るそうだ。
つまりは、無限に頑張れるが、効果が切れるとその頑張った分だけ一気に消耗するというわけである。
更に一週間ほどは、まるで悟りでも啓いたかのように、性欲の一切が凪の状態になるという。
つまりラノアの作戦は、無双状態になった二時間を皆で戦い抜いて、新人の出番が来ないようにしてしまおうと、そういうわけだ。
「でも、皆さんにそんな大変な事を……」
王様がユーグストであると確認が取れ次第、作戦開始となる。無双状態の変態の相手をするなど、そんな無茶を彼女達がする必要はない。むしろ一番手でもいいくらいだ。
けれど遊女達の結束は固かった。
「貴女は気にしないで。これは私達にとってもチャンスなんだから!」
「そう、あの変態から性欲を抜いたらどんな顔になるか拝んでやる!」
多くの遊女達がしのぎを削る花街特区にありながら、いや、むしろこのような場所だからこそ、彼女達の繋がりは強いのだろう。
金と権力を持ち、それでいて横暴な変態を相手に一矢報いてやろうと盛り上がっていった。
新人であるミラのため、というのもあるのだろうが、どうにも別方面で燃え始めた遊女達。
この街でトップクラスの美貌と技術を持つ彼女達が全員で本気を出したら、いったい男はどうなってしまうのか。どれだけの天国を味わう事になるのか。
(そのまま精根尽き果ててくれれば楽そうじゃな……)
男なら誰もが夢見るハーレムプレイに心躍らせるミラ。そして、王様が完膚なきまでにされてしまう事を願う。
と、そうして無双状態になった王様をどうやって責めていくかと、遊女達が詳細に話していたところだ。
重々しい音を立てて、ロビー正面の大きな扉が開いた。いよいよ、王様とのプレイ開始の時間である。
「それじゃあ、今の順番で絶え間なくいきましょう」
作戦も一通り纏まり、遊女達はいざとばかりに臨戦態勢となる。そんな中、ミラの前に歩み寄ってきたラノアがピンクの小瓶を差し出してきた。
「まずは私達の身体で視界を塞ぐから、その間にこれをお願いね。いつもテーブルの上にワインが置いてあるから」
「はい、わかりました!」
ピンクの小瓶を受け取ったミラは、それをそっとポケットに忍ばせる。皆が言うに、王様はいつもプレイ中にワインを飲んでいるそうだ。
ミラの役目は、彼女達が王様とくんずほぐれつしている間に、そっとワインに精力増強剤を数滴垂らすというものだった。
「さあ、いくわよ!」
先陣をきってラノアが扉の奥へと踏み込んで行くと、他の遊女達もまた応と答え、威風堂々とした足取りで歩き出す。それはまるで、魔王に立ち向かう勇者一行のような雄姿であった。
(精根尽き果ててしまえば、捕まえるのも楽そうじゃな)
王様がユーグストで確定した場合、ラノア達の作戦がうまくいけば戦う必要すらなくなるかもしれない。
大陸最大とされる犯罪組織『イラ・ムエルテ』の最高幹部はどの程度の強さなのかは気になるが、場所が場所である。戦闘による破損の修繕費などを請求されたら、堪ったものではない。いざという時は、身柄確保後に即とんずらも考慮するべきだろう。
ミラは無事に終わる事を祈りつつ、頼もしくも扇情的な彼女達の背に続いた。
(これまた、とんでもないところじゃな)
王様がずっと貸し切りにしているという部屋。そこは正しく、王城の一フロアとでもいったような場所だった。
目の前には真っ直ぐ延びる廊下があり、左右には複数の扉が並んでいた。更に赤い絨毯と煌くシャンデリア。それこそ王城などで見た事のある光景だ。
そんな廊下を迷う事なく進んでいくラノア達。
通り過ぎていく部屋は、いったいどういった部屋なのか。幾つかあるうち、僅かに開いたままの扉から垣間見えたそれは、まるで学校の教室に似ていた。
いったいなぜ、このようなところにそんな造りの部屋があるのか。勉強でもしているのだろうか。
一見すると不可解にも思えるが、それを一目見たミラは直感していた。その部屋は、ずばりシチュエーションルームだと。
そう、禁断の学校プレイである。
(もしや他の部屋も……)
これだけの部屋があって、たった一つだけとは思えない。
幾つも並ぶ扉を見つめながら妄想を広げ始めたミラ。だがその終わりは直ぐに訪れた。
王様の待つ部屋の扉前に到着したのだ。
一度振り返り示し合わせるように頷いたラノアは、扉に向かって「本日も、よろしくお願いいたします」と言ってから扉を開いた。
ラノアを筆頭に遊女達も部屋へと入り、最後にミラも続く。
(おお……ソロモンもこのくらいすればよいのにのぅ)
そこは、一国の王の私室よりも断然煌びやかな部屋だった。調度品は、どれもこれもが特上だと一目でわかるほどの代物であり、テーブルに置かれた小物一つとっても、見事な細工で彩られたものばかりだ。
「よくきた、お前達。今日も楽しませてくれよ」
その中央に男はいた。まるで玉座のように置かれた立派な革張りのソファーに腰掛ける彼こそが、王様と呼ばれている男のようだ。
「はい、お任せください」
にこやかに答えるなり、王様の正面にまで歩み寄っていくラノア達。
その際、隣に来るようにというラノアの合図を受けて、ミラもまた遊女の一人としてそこに立った。
王様の正面にラノア、その隣にミラ、そして左右に他の遊女達も並んでいく。王様側から見たとしたら、さぞ絶景であろう。
(ふむ……こ奴が王様か)
金と権力を振りかざしては、毎日のように美女達を貪り、新人までも食い物にする性の変態。
ミラは想像していた。きっと王様は、よくいる悪徳貴族のような姿をした男なのだろうと。
しかし正面から捉えた男の姿は、正しく王様であった。
身体は程よく引き締まっており、無駄な脂肪など一切見当たらない。
頭は禿げ散らかしておらず、金髪で短めに揃えられていて脂ぎった様子は皆無だ。
そして何よりも、その顔だ。文句の付け所がないほどに端整な顔立ちをしていたのである。
どこか傲慢で不遜に構える態度は、野心的な覇王とでもいった雰囲気があり、人によっては一目惚れしてしまいそうだと思えるほどに、彼はイケメンだった。
そんな王様の視線は、遊女達を軽く見回した後にミラへと注がれる。
「ほう、その娘が今日の新人か。なるほどなるほど、ボッツの奴め、これほどの逸材を抱えていたとはな。合格だ。その身体を味わう時が楽しみになってきたぞ」
王様は不敵な笑みを浮かべながら、すうっと目を細めた。
いったい王様は、どんな変態行為を思い浮かべたのか。ミラは背筋を走る悪寒に、思わずぶるりと身を震わせつつも「ミミと申しますー」と答えた。
(まあ、そのような事にはならぬがのぅ!)
挨拶をしながらも王様を見つめて調べたミラは、その結果に心の中でほくそ笑んだ。
判明した王様の名。それは予想した通り、『イラ・ムエルテ』の最高幹部が一人、ユーグスト・グラーディンであったからだ。
先週の事です。
行きつけのスーパーのベーカリーにて、悪魔的なパンを見つけてしまいました。
それは……
揚げクロワッサンです!!!
ミニサイズ5個入りで150円くらいでした。
表面はカリカリで、噛みしめると油がじわりと染み出してくるというとんでもない一品です。
沢山食べると間違いなく胸やけを起こすだろうと直感出来るほどでした。
しかし……だからこそ悪魔的なのです!!
あの味わいといったらもう……。
と、そういえば未だパン屋巡りも出来ていないままですね……。
これはもう、アニメ化記念第二弾として企画していくのもありですかね……!
美味しい揚げパンが待っている気がする。




