366 裏風紀委員会
さて、間もなくとなりました。
5月29日は賢者の弟子を名乗る賢者13巻の発売日です。
よろしくお願いします!
三百六十六
「知っていたなら教えてくれればいいのに──」
「しょうがないでしょ。私だってさっき知ったんだから──」
ミラが遊女になり切っている間にも、二人の話は進んでいった。
それを聞いている事暫く。そもそもの発端について、幾らか把握出来た。
一つ、泣いている女性は、報酬五倍につられて出張サービスの依頼に飛びついたという事。
一つ、どうやら出張サービス先についてで、揉めていた。かなり問題のある客らしい。しかも遊女歴の浅い新人を御所望ときたものだ。
つい先程、その五倍の理由を知って、それは無理だと訴えたが聞いてもらえなかった。と、概ねはそういった内容だ。
「──でも、セーラの事隠していたじゃないですか。ただの休みだって言っていたのに、違ったじゃないですか。クラダ先生のところから出て来たところで会ったんです──」
女性は、更に泣きながら続ける。
クラダ先生とは、この花街特区に常勤している遊女専用の医者のようだ。
その治療院から、彼女の友人であり同僚でもあるセーラが出てきた。
女性が必死に訴えるのは、その理由だ。セーラは昨日の客に酷い事を沢山されたため、肉体的精神的にかなり参ってしまっていたという。
「セーラが言っていました。王様っていう人にやられたって! そんな事させられるなんて聞いていません!」
セーラという遊女は、相当に酷い事をさせられたのだろう。そんなセーラに全て聞いたという女性は、そんな事出来ないと訴え続ける。
「む!? 王様とな?」
と、それらの話を盗み聞きをしていたミラは、そこにあった一つの言葉に注目した。
王様。遊女達がそう呼称する人物。それは、今現在においてユーグストである可能性が最も高い者だ。
思えばレストランにて、王様に新人が酷い目に遭わされていたと聞いた。
どうやらその新人というのがセーラという者であるようだ。
そして泣いている女性は五倍という報酬に飛びついたものの、セーラからどれだけ酷い事をされるのかを聞いて、出張サービスに行きたくないと言い始めたわけだ。
しかし、一度引き受けた仕事なのだから、キャンセルは出来ない。客側にも新人を派遣すると連絡を入れてあるため断れない。他の新人は既に別の場所に出張中であるため、代わりもいない。
と、そういう状況の話であった。
その時だ。ミラは二人のやりとりから更に気付いた。
つまり、この泣いている女性の出張サービス先は、王様であるという事に。
(ふむ……なるほどのぅ。これはチャンスやもしれぬな)
もしや、ユーグストのもとに辿り着くための選択肢が増えたのではないか。
そう策を思い付いたミラは、一先ず二人の話がどのような決着をもって終わるのかを待つため、二本目のレモンジンジャーオレを取り出すのだった。
花街特区の路地裏。そこを極めて重い足取りで、のっそり歩く者が一人いた。王様の相手をするのは嫌だと泣いていた女性だ。
どれだけ行きたくないと訴えても、引き受けてしまった以上は仕方がないとして、王様のもとへの出張は覆らなかったのである。
また何よりも決定的だったのは、相手が王様だという点だった。
大常連である事に加え、この街でもかなりの権力者として君臨しているため、引き受けておきながらキャンセルなどしたら店がどうなるかわからないというのが決定打だ。
そんな大きな責任を負わされた結果、彼女は行くしかなくなったわけだ。
ただ、譲歩案として報酬が十倍になった。これを高いと見るか安いと見るかは彼女次第だが、結果、泣いていた女性は歩き出した。
「──はぁ……帰りたいなぁ。──はぁ……何で引き受けちゃったんだろ。──はぁ……お城吹き飛ばないかなぁ。──はぁ、鬼畜変態罪で捕まらないかなぁ」
女性は一歩踏み出すたびにため息をもらし、恨み言を口にする。けれど店のため同僚達のためにと、歩を進めていく。
そんな女性の後をつける少女が一人。そう、ミラである。周囲を見回しながら声を掛けるタイミングを見計らっていた。
「──はぁ……お店が潰れちゃうとかずるい。──はぁ……誰か代わってくれないかな」
早く到着したくないためか、女性は遠回りして路地裏を進んでいた。そして人通りの少ない道に入り込んだ時である。
「わしが代わってやってもよいぞ」
独り言の止まらない女性に、ミラはそう声をかけたのだ。
「え!?」
彼女にとってその一言は、きっと地獄に仏とでもいったものだったはずだ。
しかし路地裏の中でも更に人の少ないところで、急にそんな事を言われたからだろう。振り向いた女性の顔は警戒に染まっていた。
「えっと、誰? その……代わってくれるって、どういう意味?」
ミラの姿を目にした女性は、それでいて少しだけ期待するような色を、その目に浮かべる。藁にも縋る思いというものだ。
そんな彼女に向かってミラは告げた。「お主が今、直面している問題についてじゃよ」と。
「え? それって……」
一瞬だけ表情を輝かせるのも束の間。今度は新手の詐欺かとばかりな目をした女性。
ただ、それも仕方がない。彼女にしてみれば、そんな都合のいい話などあるはずもないのだから。
けれどミラにとっては、あったわけだ。
「なーに、騙そうなどというものではない。わしとお主の利害が一致したというだけの話じゃよ」
疑いの眼差しを向けてくる女性に悪意はないと弁明するミラは、そこから更に言葉を続けていった。
「すまぬが、ちょいと偶然にのぅ、お主ともう一人が言い争っておる声が聞こえてしもうてな。事情については、その際に把握させてもらった。そこで提案なのじゃが、その仕事をわしに譲る気はないか? もちろん、お主と店に迷惑はかけぬ。わしが店の者として行かせてもらうだけじゃ」
店の事さえなければ今すぐにでも逃げ出したい王様相手の出張サービス。それを譲ってくれというミラに、どういった魂胆があるのかと疑う女性。
だがその提案は、どれだけ怪しいものであろうと惹かれてしまうものがあったようだ。
「何で代わりたいのか教えてくれたら……」
そう言った女性は直後に「あ、別に言えない事なら、まあ……」と、妥協案も口にした。それはむしろ妥協というより無条件にも近いが、本当に代わってくれるのなら、もう何でもといった彼女の本心そのままだ。
「うむ、ごもっともな言葉じゃな。理由については話そう。じゃが、ちょいとここで話せる内容ではないのでな。落ち着いて話せる場所があるとよいのじゃが──」
そのように移動を提案したミラ。すると女性は、「それなら一度、宿に入りましょう」と直ぐに返してきた。代わってもらえるのなら是非とも代わってほしいと、実に前のめりな様子である。
「それは名案じゃな。では、そうするとしようか」
女性の提案に頷いたミラは、どの宿にするかは任せると続けた。
場所柄もあってか、ここにある全ての宿は防音対策が行き届いている。秘密の話をするにもうってつけなのだ。
「それじゃあ、私が知っているところで」
女性は、ミラの事をじっと見つめてから答えた。そしてあまりにも堂々とした、また犬のぬいぐるみ(ワントソ)を抱きかかえたミラの姿に、懐疑心が一気に薄まったようだ。宿に向かう彼女の足取りは、先程までとは比べ物にならぬほど軽かった。
「えっと、じゃあ改めまして、私はサリー」
「わしは、ミラじゃ」
花街特区にある宿の一室。そう自己紹介をした二人は、そのまま大きなベッドの上に並んで座り向かい合う。
「それでミラちゃん……ミラ……さん? えっと、理由を訊かせて」
サリーは、是非とも気持ちよく仕事を譲れるようにとばかりに迫る。流石に嫌過ぎるからといっても、何かしらの犯罪に利用されるとなれば思うところもあるのだろう。どうか真っ当な理由でと祈るように両手を組んでいた。
「うむ、わかった」
サリーに出張サービスを代わってもらう理由。サリーが快く承諾してくれるだろう言い訳を、ミラは考えついていた。それは何よりも、王様に対しての印象が最悪な彼女にとって、飛びつきたくなるような設定だ。
「実はのぅ、大きな声では言えぬが、わしは裏風紀委員会からやってきた者なのじゃよ──」
そんな言葉から始まった、ミラの作り話。サリーが新人であるという事も考慮して並べた嘘八百。
裏風紀委員会についての内容は、こうだ。
ミディトリアの街は、その特徴からして風紀については特に厳しく取り締まられている。なんといっても、客達にこの街で大いに楽しんでもらうためだ。
ただ客達の中には、少々行為が過ぎる者がいるのも事実。
金銭を支払っているからといって、羽目を外し過ぎていいわけではない。この街で労働に準ずる者達もまた、国にとっては大切な住民なのだ。
だが厳しく取り締まり過ぎると、客足が遠退く恐れがある。
だからこそ、そういったやり過ぎな客を、そっとわからせてやる者が必要となった。
そのような理由から組織されたのが、裏風紀委員会である。
そう嘘で作り上げた設定を、まるで真実であるかの如く堂々とした態度で語ってみせた。
「そうだったんだ……噂には聞いていたけど、本当にあったのね……」
裏風紀委員会について聞かされたサリーは、驚き半分、期待半分といった顔でそう呟いた。
ミディトリアの風紀を取り締まる組織が実在していた事。そして何よりも、快く仕事を譲れそうであると、サリーは素直に喜びを浮かべる。
ただそこで反対に驚いたのは、ミラの方であった。
(なん……じゃと……? 噂……とな?)
サリーを騙す──説得するためにでっち上げた裏風紀委員会という設定。それはミラが勝手に描いた妄想話でしかなかった。だが、なんとサリーは、そういった組織が存在する噂を聞いた事があると言うのだ。
その噂が本当だとしたら、勝手にメンバーを名乗ると余計面倒になるかもしれない。
ただ、もしかしたらサリーが話を合わせているだけという事も考えられた。
どちらにせよ、それを話してしまったからには、もうそのまま押し通す以外に選択肢は無い。
「お主が聞いたという噂は知らぬが、まあ、わしはこの委員会の一人でのぅ。今は王様などと呼ばれておる者に、ちょいと話をしにきたのじゃよ──」
噂の正体。それについて考えたところで、今はどうにもならない。そう思ったミラは、そのまま続きを話し始めた。
王様の横暴ぶりは、知っての通り。遊女達の事を考えず、時にその心を大いに傷つける事もある。
よって今回、裏風紀委員会が動く事と相成った。
けれど、この花街特区において強大な権力を有する彼は、こちらの動きも把握していた。
そのため何度訪ねようとしても門前払いとなり、近づく事も出来ない。
「──というわけでのぅ。どうしたものかと考えておったところで、お主達の口論が聞こえてきたのじゃよ。そこでわしは、閃いた。正面からがダメならば、遊女として入り込んでしまえばどうか、とな」
まるで名案でも思い付いたといった口調で、なおも続ける。
大勢の遊女を呼んでは、毎日のように遊んでいる王様。ともなれば、その中に紛れ込めれば近づくチャンスがあるのではないか。そう閃いたのだと。
だが、そこに紛れ込むには、店の者であると証明するものが必要だ。
そんな時に出会ったのが、サリーである。『ミラクルヘヴン』という新しい店の新人であるため、王様との面識はないからこそ、入れ替わったところで気付かれないだろう。
そうして入り込みさえすれば、王様にガツンとお仕置きをしてやれる。
そこまで説明したミラは、最後に「どうじゃろう、この街の風紀のために協力しては貰えぬか?」と言って話を締め括った。
「喜んで!」
それはもう即答であった。行きたくないという思いもあり、途中から既に彼女の答えは決まっていたのである。
そしてサリーは同時に、店から預かる出張証というものを渡してくれた。それが受付で提示するもののようだ。店名が書かれているカードの裏を見ると、そこには主張先の場所と、相手の名前が記されていた。
『キャメロットパレス キングルーム ウォーレン』
そこに書かれている事からして、王様の名はウォーレンというようだ。
目標のユーグストではない。だがそれを見てもミラは特に焦る事もなく「うむ、助かる」と言ってポケットに収めた。
探している相手、『イラ・ムエルテ』の最高幹部の一人である『ユーグスト・グラーディン』は、ニルヴァーナが使える全ての情報網を駆使して探り当てた本名だ。当然ながら、こんな場面でその名が出てくるはずもない。偽名を使っているのは当然というものだ。
「あとこれも。一応フリーサイズだから、多分大丈夫よね」
必要なものとして、更にサリーからカバンを手渡された。
「ふむ、これは何じゃ?」
他に何かあっただろうか。見た限り、この出張証があればどうにかなると踏んでいたミラは、そのカバンを受け取りながら問い返す。
するとサリーの口から、とんでもない言葉が飛び出してきた。
「指定された衣装よ」
何とその中身は衣装一式であり、しかも変態の王様が指定してきたとびきりの代物だというではないか。
(なん……じゃと……)
カバンを開けると、そこには実にマニアックな衣装が入っていた。
それは、ミニスカ浴衣である。
夏の夜空を思わせる煌びやかな柄でありつつ、すっぱりと短くされた丈は、夏の熱気と淫靡さを感じさせる。そんな浴衣だった。
よもや、こんなオプションまで付いていたとは。
愕然とするミラ。だが男は度胸である。こうなればどこまでもやってやろうではないかと覚悟を決めるのだった。
「さて、それではこの後じゃが、お主は暫しこの部屋で待っていてほしい。知り合いなどに出会って、王様のところに行っていないと伝わってしまうと仕事に支障が出てしまうのでな」
気を取り直したミラは、そのように要請する。
サリーが出歩いているのが見つかり、それが店にバレたりでもしたら面倒だ。作戦を始める前にそこから王様にも情報が伝わってしまうと、ならばここに来た者は何者なのだとなってしまう。
場合によっては、王様に近づく前に追い出される事になるだろう。
よってサリーには、ここで待機していてもらうのが一番だった。そう考えたミラは念のためとして、抱きかかえていたワントソをベッドの上に放す。
「何かあっても、この副委員長がどうにかしてくれるので心配は無用じゃ」
ミラがそう口にすると共に、ワントソはぬいぐるみのふりを止めて立ち上がる。
「はじめましてですワン」
器用な仕草で紳士の礼をとるワントソ。
もしも想定外な事態になった場合の備えとして、またサリーの行動を見張る意味も兼て、ここにワントソを待機させる。そうする事で送還する必要もなくなり、一石二鳥というものだ。
「うそ……! 可愛い! え? もしかして……クー・シー!?」
ワントソが動いたところ、サリーは驚くと同時に興奮した様子で、その可愛らしさに釘付けとなっていた。
「私、大の犬派なの! 夢みたい!」
それはもう子供のようにはしゃぐサリー。気付けばいつの間にかワントソは、彼女の腕に抱かれているではないか。
ミラと違い、かなり胸元のボリュームがあるためか、そこに収まったワントソは、「なんだか安定感がいいですワン」と、抱かれ心地がよさそうな様子である。
なんて羨ましい。そんな感情を抱きつつも、ミラは一先ず問題ないようだと両者の様子を確認する。
犬派というだけあってか、サリーは相当の犬好きのようだ。
なぜクー・シーがいるのか、裏風紀委員会の副委員長とは何なのかといった事など、まったく気にする素振りもなくワントソに夢中になっていた。
両者の関係はすこぶる良好だ。このまま置いていっても心配はいらないだろうほどに。
そう判断したミラは、「さて、それでは行ってくるのでな。後はよろしく頼むぞ」と言って立ち上がった。
「お任せくださいですワン」
「うん、がつんと王様を懲らしめちゃって! もう再起不能にしちゃってくれてもいいから」
ワントソは胸を張って答え、サリーもまた何かを握り潰すかのような仕草で激励を送る。
「う、うむ」
酷い目に遭わされた同僚の事を思ってだろう。ただミラは、その仕草は怖いと背筋を震わせた。
と、そうして言葉を交わした後、両者はまた楽しげにじゃれ合い始める。
紳士ぶるワントソではあるが、犬妖精の性とでもいうのか、サリーがどこからともなく取り出したボールに尻尾を振って目を輝かせている。
自分も時折、ああして遊んでやった方がいいだろうか。そんな事を思いつつ、ミラはボールが跳ね回る部屋を出たのだった。
フフフフフフフフフ……。
電気圧力鍋に続き、また新しい調理アイテムを買ってしまいましたよ。
それは……
IHクッキングヒーターです!!!!
お手軽に持ち運びが出来て、カセットコンロより安全です!
IH対応のフライパンとかが必要になりますが、そのあたりをクリアすればとても便利ですね!
麻婆豆腐が作り易くなりました!
これで他にも炒め料理など、料理に幅が広がりそうです!
回鍋肉とか豚ニラ炒めとか色々と作ってみたいところです。
更に、ホットケーキなんかも焼いてみました。
ただ……どうにも思うように膨らまないという結果に……。
少し水分量が多かったのだろうか……。
次こそは!




