364 潜入方法
三百六十四
「さて、作戦開始じゃな」
ラノア達の会話のお陰で、ユーグストの居場所に見当がついた。やはり、花街特区の中心である城こそが拠点で間違いなさそうだ。
ともなれば、状況は索敵から侵入へと移行する。
レストラン前の通りを真っ直ぐ進んでいけば、いよいよ目的地だ。
「ふむ、近くで見ると、またでっかいのぅ……」
城に到着したミラは、まずワントソに訊いた。匂いは感じられるかと。
「先程と同じか、同じような匂いしかありませんワン。本人そのものは、ずっと出てきていないと思われますワン」
ここにあるのはラノアについた匂いと、それと同じようなもの──つまり他の遊女についた匂いだけしかないそうだ。
ワントソは言った。一ヵ月前までならば匂いを追跡出来ると。だが、ここに本人と思える匂いがない事から、一ヶ月以上は城から出てきていない。それがワントソの答えだった。
「ふむ、十分に考えられる状況じゃな」
ユーグストの動きは、巫女のイリスが監視していた。そのため頻繁に外出してしまっては、潜伏場所のヒントをイリス側に与えかねない。ゆえに城の中で引き篭り、出来るだけ伝わってしまう情報を制限していたと思われる。
だが、その変態性からして、女遊びは止められなかったようだ。そしてそれが、自分自身を追い詰めるきっかけとなった。
ずっと大人しくしていれば、ワントソの鼻をもってしても嗅ぎつけられなかっただろう。だが今は、こうして遊女に残った匂いを嗅ぎ分けられる状態にある。
その結果ミラは、ユーグストはここにいるという確証を得るに至った。
「さて、まずは下調べじゃな」
外観は大きな城だが、王族だなんだといった者が住んでいる王城とは違う。ではいったいどのような場所なのか。それを知るべく、ミラは城を探り始めた。
「さて、どうしたものかのぅ……」
花街特区の中心に聳える大きな城。それはいったい、どういった意味のある建物なのかを把握したミラは、それを見上げながら考え込んだ。
聞き込みや現地の視察……などという事はする必要もなく、城の表側に堂々と、この施設の利用方法なる説明がしっかりと掲示されていた。
その掲示板を見る限り、どうやらこの王城の如き建造物は巨大な複合施設になっているようだ。
宿泊出来る事はもちろん、ギャンブルやスポーツを楽しめる場や様々なテーブルゲームなど、一通りの娯楽設備が整っている。しかも温泉まであり、それらは全て男女の関係なく利用出来るとあった。
まるで、複合レジャーランドである。けれど、この施設のある場所が花街特区である事を忘れてはいけない。
ざっと見ただけでも確認出来る客は全てがことごとくペアであった。
そう、ここは遊女と共に楽しめる、いわゆるアダルトなプレイルームのようなものだった。
負けたら脱ぐのが当たり前。そして何より、どこでも行為が可能という場所であるのだ。
(よもや、こんなとんでもない施設があるとは恐れ入った……)
この城こそが、花街特区の真骨頂といっても過言ではない。そう確信したミラは、それでいてどうしようかと悩んでいた。
その原因は、風紀がどうとかというものや恥ずかしいから、などというものではない。もっと単純な事だ。
どこを見ても、そこにいる客は全てがペアなのである。男女だけに限らず、受付の時点でフリーダムさが滲んでいる店内。だからこそ、そんな場所に一人で入っては、酷く目立つ事は間違いないというものだ。
かといって、一緒に入る相手などいない。そこらの男を誘って入り、用が済んだら眠らせてさよならする、などという女スパイ的な方法も思い付いたが、ミラは即座に却下した。
そんな目に遭う男の方に同情してしまうからだ。男心を知るミラだからこそ、「馬鹿な男」などという一言で済ませられない感情があった。
(うーむ、ここは一つ、協力を頼むしかないかのぅ……)
目立たないようにその場に紛れ入り込み、そっとユーグストのいる場所を目指す。
そして気付かれず警戒されず、逃げられない位置まで接近し、一気にこれを制圧する。周囲への被害なども考慮すれば、これこそが理想的な決着といえた。
どこに監視の目があるかわからない以上、城内で目立つ状態になるのは出来るだけ避けたいところだ。
よってここで一度引き返して街の外に出た後、ワーズランベールあたりにパートナー役を頼もうかと考えるミラ。
だが、そこで一つ誤算が生じた。
「そっちに行ったぞ!」
そんな声と共に、いかつい男達が城から飛び出してきたのだ。
「いったい何じゃ!?」
まさか、もう潜入がバレたのか。そう身構えたミラだったが、どうやら男達の標的は違う者のようだ。
その先へ目を走らせると、何やら手に乗る程度の大きさの黒い物体があった。しかも、機敏に動き回っているではないか。
何がどうしたのかと見ていたところ、一人の男が一気に接近して、これを叩き潰した。その身のこなしからして、かなりの手練れのようだ。
「大丈夫だ、取り返したぞー」
男は砕いた残骸から何かを拾い上げて帰ってくる。その途中、ミラが興味深げに見ていたのに気づいたのだろう。男は、「もう安心だよ」と笑顔で語り掛けてきた。
そんな親切そうな彼に、ミラは問うた。「ところで、今のは何の騒ぎだったのじゃろう?」と。
「ああ、今のはね──」
そんな質問に、男は快く答えてくれた。
彼が言うに、先程逃げまわっていたものは、死霊術で操られている小型のゴーレムだという事だった。
施設内の全ての場所がフリーダム過ぎるがゆえ、窃盗だなんだといった犯罪行為も日常茶飯事らしい。
その中でも特に多いのが、死霊術などの使役系の術を悪用したタイプだそうだ。小型のゴーレムなどを巧みに操り、客から金品を盗み出すという。
そして厄介な事に、こういったやり方の場合は犯人の特定が難しいため、犯行が繰り返される傾向にあるそうだ。つまりは、いたちごっこである。
今回の件も、小型ゴーレムは破壊したが術者は見つからずでお終いだ。
「なんと、大変なのじゃな。じゃがそういう事ならば、ゴーレムが犯人のところに戻るのを待てばよいと思うが、そうしないのは何故じゃろうか?」
また、こ狡い悪党もいたものだ。そう感じつつも、なぜゴーレムを追跡しないのだろうかと疑問を抱いたミラ。盗んだものを回収するために、術者はゴーレムを手元に戻す。そこを狙うのが定石というものだ。
そんなミラの疑問に対する答えは、何とも単純なものだった。
「相手は小型ですばしっこいからね。城内ならどうにかなるが、外に出られるとあっという間に見失ってしまうんだ。それを追いかけるなんて難しいし、城内の警備を放っておいて外を駆け回る訳にはいかないのさ──」
城内での犯行は、小型ゴーレムがほとんどだそうだ。直ぐに物陰に潜り込み、人が入れないような隙間を高速で移動するため、少しでも見失ったらお手上げらしい。
しかも、街に仕掛けられた防犯用の術具は、誰と区別なく検知するため、小型ゴーレムを追跡するための術具といった類にも反応し、警報を鳴らすようだ。
そうなれば更にややこしくなり、そんな状況になれば相手もまた遠慮なく術を使って逃走出来る。
また、ゴーレム追跡に警備の者が出てしまうと、それだけ城内が手薄になる。結果、第二第三の被害者が出たとしたら元も子もない。
と、男がそういった内容の話を口にしたところで、ミラはその中に一つ気になる点を見つけた。
「ところで先程、城内ならどうにかなると言うておったが、中には小型ゴーレムをどうこう出来る仕掛けでもあるのじゃろうか?」
男が何気なく言っていた言葉。だがミラは思う。むしろ物や人の多い城内の方が、見失い易いのではないかと。
「ああ、それはだね──」
その答えは、まさかのというものだった。けれど、ユーグストがこの場所を拠点としているのならば、十分に有り得る事でもあった。
男が言うに、この城には、ここ一ヶ月ほど前から外に設置されているものよりも更に高性能な防犯用術具が設置されたというのだ。
その効果は、感知した対象に特別なマナ粒子を放射し、誰の目にも見えやすくハイライトしてしまうというものだそうだ。
これから逃れるには、防犯用術具の効果範囲外、つまりは城の外に出る以外にはなく、そういった一連の結果が先程の騒ぎというわけだった。
正確な場所については防犯上の理由から秘密との事だが、その効果対象は、死霊術だけでなく陰陽術の式神や召喚術、また魔導工学によって生み出された自動人形のストルワートドールといった類にまで及ぶため、導入前に比べ客への被害が激減したと男は豪語した。
「さっきのは相当な使い手だったようで、ちょっと騒がしくなったけど、この通り僕等も頑張っているから。安心していいよ」
男は、小型ゴーレムから取り返した財布を勲章の如く見せつけると、足取り軽く城に戻っていった。
「……さて、困った事になったのぅ」
そんな警備員を見送りながら、ミラは深刻な表情で呟き、そのままワントソに視線を向ける。
街のあちらこちらに配置された防犯術具よりも、更に高性能なものが城には配備されているとの事だ。
つまりは、このまま城に入ってしまっていたら、ぬいぐるみのふりをしているワントソが召喚体であるとバレてしまっていたわけである。
それで騒ぎになり、何かしら企んでいるとでも疑われれば、面倒な事になるのは確実だ。
だが、ワントソが最高に活躍するのは、ここから先である。
現時点において、この城内にユーグストがいる可能性は高い。だが、ここのどこにいるかまでは不明だ。
そこで活躍するのがワントソである。
宿泊施設になっているのは城の上階。その部屋数は百にも及ぶ。当然そこには、ユーグスト以外もいるわけだ。
間違って別の部屋に突入するわけにはいかない。一般人がお楽しみ中のところで乱入してしまっては、目も当てられないというものだ。
だからこそのワントソだったが、連れて入れないとなれば、かなり状況は変わってくる。
「なんという事ですワン……」
活躍の場に入れず、ワントソもまた落ち込んだ様子だった。
城内で目立たぬようにするためのパートナー調達と、ユーグストの居場所を特定するための方法。ミラはこの二つをどうするべきか考えながら、じっとしていられないといった様子で城の外周を歩き始めた。
城は大きな広場のど真ん中に建っているためか、その周囲には色々な人達がいた。
待ち合わせをしている者や、一夜を共にするパートナーとの出会いを求めている者、また丁度いい獲物を探す遊女など。実に賑やかである。
(ん? あの者は……)
何かいい手はないか。窺うように、それでいてさりげなく城の周りを探りつつ、丁度裏側に出た時だ。極めて気になる光景がミラの目に映った。
それは、裏側の扉から城へと入っていく一人の女性の姿だ。
そう、一人の女性である。ペアばかりしかいなかった表と違い、そこから入っていくのはお一人様だけだったのである。
(ほぅ、これはきっと何かありそうじゃな!)
何か現状を打破出来そうな予感がしたミラは、早速とばかりにそこへ向かった。
見ると、その入口の奥には、もう一つの受付があった。
(お一人様用……とかじゃろうか)
中には一人で楽しみたい者だっているだろう。そんな者のために裏の入口があるのではないかと考えたミラであったが、どうやら違うようだ。
入口の前をさりげない仕草で往復しながら様子を見ていたところ、また一人の女性がそこから入っていった。
結果、その動きを確かめる事で、ミラはこの受付がどういったものなのかを理解した。
(なるほどのぅ、そういう事じゃったのか)
入っていった女性は何かを受付に提示しながら、更に何かを伝えていた。
流石に受付までの距離があるため、その声をミラは聞く事が出来なかった。だが、鼻だけでなく耳も利くワントソが、女性と受付のやり取りを中継してくれた。
ワントソが言うに、女性は「プリムプルリムからでーす」と言っていたそうだ。
プリムプルリム。その言葉にミラは覚えがあった。というより、街を歩いていた際に目にした店の中に、その名があった。
その店は、特に豊満な胸の遊女が揃っていると記憶していたミラは、なるほど確かにと、先程の女性を思い出しながら納得する。
店からやってきた遊女が利用する入口。
そう、つまりこの裏の入口は、出張サービスでやってきた遊女のためのものであるわけだ。
と、そこでミラは、先程の件を思い出した。街で出会った変態紳士を。遊女に間違えられて声を掛けられた時の事を。
2度目の煮物を作りました。
野菜だ鶏肉だとごっちゃに入れた、特に料理名などない煮物です。
そしてその際は、前回盛大に吹きこぼれたという反省を活かし、
だし汁の量を、600mlから400mlに抑えるという方法で対応しました。
だがしかし……!
いったいどういうわけか全ての準備を終えたところで、調理MAXと書かれたラインギリギリでした。
なお、前回吹きこぼれた時も、同じくギリギリの量になっていました。
だからこそ、ギリギリでは吹きこぼれるのだと判断したからこそ、だし汁の量を200ml減らしたのです!
それなのに今回も一緒とは、どういう事だと!
とはいえ、もう準備をしてしまったものは仕方がありません。
吹きこぼれそうになったら止めようと決めて、そのままスタートしました!
結果、
凄く静かなまま調理が完了しました……。
前回は、蒸気口がずっとぶしゃぶしゃいっていたというのに、今回は実に大人しいものでした……。
いったい何が違ったというのか……。




