361 特区
13巻の発売は、5月29日となりました!
アクリルストラップ付の特装版もあります。
https://gcnovels.jp/news/n39.html
何卒よろしくお願いします!
三百六十一
捜索の準備を整えたミラは、早速街へと繰り出した。
その際に、ワントソを抱きかかえる。
この街は、人の欲望を中心に据えたものだ。ゆえに精霊だなんだといった存在の姿が、他の街に比べて極めて少なかった。
小柄とはいえ、クー・シーがそのような街を出歩くのは、かなり珍しく映る事だろう。場合によっては変に目立つ事になり得るわけだ。
ユーグストに勘付かれるような要素は、極力抑えたい。そう思ったミラが考えた策が、ぬいぐるみ作戦だった。
ミラが少女の身体という事も相まって、この作戦は一切の違和感なく嵌っていた。今のワントソは、少女に抱かれた子犬のぬいぐるみ以外の何物でもない。
なお、ぬいぐるみどうこうよりも、一人で休憩に入り十数分程度で部屋から出てきたミラに受付の者はかなりの疑問顔だったりしたのだが、本人は一切気付く様子もなかった。
「この近くには、いないようですワン」
大通りに出て直ぐに周囲を嗅ぎ分けたワントソが、そう報告する。この辺りにユーグストの残滓は、まったくないようだ。
「ふむ、そうか。まあ、この辺りならば仕方がないじゃろうな」
そのように答えるミラの様子は、それこそぬいぐるみと話す少女そのものである。だがそれでいて、むしろ違和感がないときたものだ。
「まずは、街の中心からいくとしようか」
ミラが入った宿も含め、この近辺は比較的に低価格な店が多く集まっていた。
この街は、それぞれの地区によって格付けのようなものがある。それを下調べをしていた際に知ったミラは、見つからなくても当然だろうと足を進める。
向かう先は最高級の店が集まる、街の中心部だ。
標的は、大陸最大とされる犯罪組織『イラ・ムエルテ』の最高幹部。ともなれば、最大最高の場所を根城としているに違いない。それがミラの予想であった。
特に一番怪しい場所といえば、この街で最も大きくて、最も金が動く場所。カジノだ。
そこを目的地として、ミラは確信めいた足取りで大通りを進んでいった。
ミディトリアの街には、嗜好品が溢れている。それは大人向けが大半を占めるが、中には老若男女問わず好まれるものもまた含まれていた。
カジノに向かう道中、ミラはそういった嗜好品が集まる通りを選んで歩く。一般人として溶け込むためにだ。
その通りの名は、『シュガーストリート』。その名の通り、甘味の集まるスイーツ天国である。
他の地区とはえらく印象が違う場所だが、どこの世界でもスイーツ人気は共通であり、ここもまた人の姿が多かった。特にというべきか、やはりというべきか、女性の人数が飛び抜けて多い。
だからこそミラも、うまく紛れ込めていた。
「これまた、ここだけ別世界じゃな!」
「甘い匂いで溢れていますワン」
大人の欲望が渦巻く街の只中に、子供の夢のような光景が広がっている。その様を前にして目を輝かせたミラであるが、ちらりと店を覗き込んだ直後に、その顔を凍らせた。
その店は、チョコレートの専門店だった。店内には甘いチョコレートの香りが漂っており、ショーケースにはまるで宝石のようなチョコレートが並んでいた。
どれもこれも、食べるのがもったいなくなるような、それでいて幾らでも食べてしまいたいような、素晴らしいチョコレートばかりである。
だが、だからこそミラは戦慄したのだ。その値段に。
なんと、どれもこれも一粒で二千リフ以上するのである。そう、一粒で二千リフなのだ。
「これはチョコレートではない……ショコラじゃ!」
ショコラはチョコレートの上位互換。何となくそんなイメージを持っているミラは、店内に並ぶ贅沢品の数々を見回しながら、これ全部で何百万リフするのだろうかなどと考えつつ、そっとその場を後にした。
そのようにして途中途中、惹かれる店を覗いてみては、その高級さに震えるミラ。『シュガーストリート』は子供が喜びそうな場所だったが、実際は子供では手が出せないような大人の場所であった。
ここにはショコラだけでなくアイスクリームやケーキ、プリンに和菓子まで揃っていた。
ミラはそれらの店を背にして誓う。今回の用事を達成した暁には、思う存分に買って帰ると。それは頑張った自分へのご褒美であると。
「さあ、もうすぐじゃ!」
「はい、ですワン!」
スイーツの誘惑を断ち切るようにしてシュガーストリートを抜けたミラは、いよいよミディトリアの街の中心地へと到着した。
そこは、一目で特別だとわかる地区だった。
中央に鎮座するのは、この街の象徴たる巨大建造物。窓などは一切なく、内外を繋ぐのは、四ヶ所の出入り口のみとなっている。
それらの出入り口には屈強なガードマンが待機しており、またその周囲にも、これを警備する兵士達の姿が見受けられた。
徹底的に管理がされた場所だが、最も特徴的なのはそこではない。何といっても一番目につくのは、その外見だ。
「しかしまあ、ピッカピカじゃのぅ……」
「すごい迫力ですワン……」
ミディトリアの象徴であるカジノは、全てが黄金色に輝いていたのだ。
さながら、黄金宮殿とでもいったところだろうか。カジノを飾る彫刻なども、もちろん全てが金箔仕様。屋根も壁も階段も悉くが金きら金であり、その存在感たるや、悪趣味という領域を通り越して感心すらしてしまうほどの絢爛さであった。
「ではワントソ君や。頼んだぞ」
「お任せくださいですワン」
街一番の建造物。そして街一番の警備体制が敷かれたカジノは、潜伏するのにもってこいの場所といえる。
ここのどこかにユーグストが。そう狙いを定めて、一歩二歩とずんずんカジノに近づいていくミラ。そしてワントソは、その両手に抱かれたまま、その鼻で周囲を捜索していった。
最も賑わう場所だけあって、ここに漂う人の匂いは数十、数百程度では収まらない。ゆうに千を軽く超える匂いの痕跡が雑多に混じっている。その中から特定の匂いを捜し出すのは至難の業といえるだろう。
だが、クー・シーであるワントソの鼻は、そんな条件下であろうとも嗅ぎ分けられる特別なものであった。
そんなワントソが出した答え。それは「近くに標的はおりませんワン」というものだった。
「なん、じゃと……」
少しでも出入りしていれば、匂いは残る。それをワントソが見逃すはずはない。
だが、唯一例外もある。それは日数だ。流石のワントソとて、完全に匂いが散ってしまう程に月日が経過していれば、感知は出来ないというもの。
そこでミラは考えた。巫女のイリスに見張られていた事もあり、極力情報を与えないよう、ずっと外に出ず引き篭っていたのではないかと。
となれば、中もしっかりと確認しておいた方がよさそうだ。
とはいえ、カジノには立ち入り禁止のところも多い。そういった場所にユーグストがいた場合は、どうしたらいいか。
場所が場所だけに警備は厳重だ。加えてカジノ内には、更に強力な防犯用術具があるという話である。ワーズランベールの力を借りられるかも難しいところだ。
「ふむ、ここは一先ず……」
どうしたものかと考えたミラは、この先を後回しにして、もう一つの潜伏候補から回ろうかと考えた。
街を一巡りした時にミラは、ユーグストが潜伏している可能性が高そうな場所として二ヶ所に目を付けていた。
一つが、このカジノ。ミディトリアの街で最も大きく、最も警備が厳重な施設だ。その最上階ともなれば、如何にも悪者の親玉が金でも数えていそうというものである。
そしてもう一つというのは、アルマやイリスから聞いた、ユーグストの変態性を考慮した候補地だ。
それは街の端にありながら、カジノの次に金が動く地区。花街特区だった。
この街の特徴といえば、いたるところに風俗店があるというもの。
だが、そういった店は全てが、いわゆる大衆向けの店とされていた。一度利用するのに十万リフなんてかかったりもするが、それでもまだ花街特区に比べれば大衆的であるというのだから、その特別具合が窺えるだろう。
花街特区。そこは一夜の夢を売る店の中でも最上級クラスばかりが集まる、不夜の領域。
いつでも、どんな遊びも思いのままである。つまりはイリスに嫌がらせをするのもまた、ここならば簡単に行えるといえた。
だからこそ、かの変態であるユーグストが根城にしている可能性が高いというわけだ。
(むしろ男ならば、こっちじゃろうか……)
カジノと花街特区。引き篭るとしたならどちらか。そう改めて考えたミラは、さほど悩まず答えに至る。
ユーグストがいるのは、きっと間違いなく男の夢が叶う花街特区だと。
「ふむ、閃いたぞ。きっと、向こうじゃ!」
欲望に従っての取捨選択ではなく、あくまで推理した結果だ。そんな顔で歩き出したミラは、少しだけ足早に花街特区へと向かうのだった。
カジノ地区から花街特区まで、一キロメートルと少々。ミラはワントソを抱きかかえたまま、一直線に続く通りを進んでいた。
その途中の事だ。
「なぁ、ヘレンちゃん。今夜店に行ってもいいかい? もうヘレンちゃんが恋しくて恋しくて眠れそうにないんだよ」
すぐ前方で屈強な男が綺麗なお姉さんに絡む──というより縋りつくような様子で、そんな事を口にしていた。
とはいえ、この街では一夜限りの自由恋愛が当たり前。こういった場面は、あちらこちらで見かけられる。そして男女は仲良く店に消えていくのだ。
なんてフリーダムな街なのだろうと、改めて思いながら通り過ぎるミラ。
その後である。続くヘレンというお姉さんの言葉が何気なく聞こえてきた。
「えっとねぇ……うーん、お店はちょっとかなぁ。でも出張サービスの方なら大丈夫ですよ」
流石は数多くの風俗店が集まる街だ。店舗と派遣の両方を兼ね備えているようである。
つまりは店で気に入ったのなら、宿に連れ込みゆっくりと愛し合うなどという選択も出来るわけだ。
ただし、屈強な男の反応からして、出張サービスの方は店舗でのサービスよりもかなり割高らしい。どうにか店の方でと泣きついている。
ただ、お姉さんは出張サービスなら二人きりになれるからと、そちらを推し続けていた。きっと割高な分、そちらの方がお姉さんの上りも多いのだろう。
(こうなっては、男が勝てる要素は無いのぅ)
好いた方が負けだ。結果、割高な出張サービスで決まり、お姉さんは意気揚々とした足取りでミラの隣を通り過ぎていった。
対して、出費が嵩んだ男の方はというと。
(まあ、幸せそうで何よりじゃな)
振り向いてみると、今夜に想いを馳せているのだろう。男は既に夢見心地といった顔をしていた。
そういった交渉やら何やらがそこかしこで行われている大通り。そこには男だ女だといった違いはなく、ミラもまた幾度となく声を掛けられていた。主に女性向けの店の者と、一夜の愛を求める者などだ。
ただ、中には優しい笑顔で近づいてくる女性もいた。そしてさりげなく、宿に連れ込もうとするのである。
更には男同士で宿に消えていく姿も、ここでは日常茶飯事のようだ。
流石は、自由恋愛の街。そこには男女の垣根というものも存在しなかった。
それでいてこの街ではこれが常識だからか、弁えている者がほとんどだ。
いいえと断れば、それで終いとなった。多少粘る男もいたが、ミラが目配せすれば、すぐさま通りすがりの警備兵が引き剥がして完了だ。
風紀の乱れそうな街ではあるが、だからこそ管理が行き届いていた。
全体の七割が歓楽街で、欲望入り交じる大人の店がそこかしこにあると聞けば、何とも犯罪の匂いで満ち満ちていそうな印象を受けるだろう。
だが実際に見て回ると、何ともクリーンな街である。
先日、新しい贅沢ご飯のパターンを生み出しました。
その名も、
お弁当ご飯です!!
さて、どういうものかというと……
冷凍食品に、お弁当用に小分けされているやつあるじゃないですか。
あれを色々と買ってきて組み合わせるのですよ!
とんかつにチーズチキンカツ、オムレツ、コロッケ、肉巻きチーズ、春巻き、メンチカツ、その他いろいろ
と、少々割高ではありますが種類が多いので組み合わせも沢山です!
そしてご飯も進みます!
おかずが沢山になるので、贅沢感もたっぷりですよ!




