351 驚異のポポット
三百五十一
尋問室にて何かに気付いた様子のアルマが、その何かを口にしようとした時だった。
「──まだ侵入者がおるぞ! 設置しておいたホーリーナイトの盾が破壊されおった!」
そうミラが、ほぼ同時に声を上げたのだ。
設置しておいたホーリーナイト。それは今回の作戦のため、ヨーグを餌にすると決まった際にミラが仕掛けていた最終防衛ラインだった。
ヨーグを収容している細長い牢の途中、最後の鉄格子の手前に、ホーリーナイトを光学迷彩状態で待機させていたのだ。
様々な仕掛けの施された鉄格子の扉を抜けて、ヨーグの傍にまで近づくのは容易な事ではない。よってヨーグを暗殺するならば、鉄格子の隙間を通すようにして矢を放つなどという方法が、この場合は簡単で確実だ。
だからこそのホーリーナイトであったが、まさか暗殺者をこうして捕まえた後にその反応があるとはと驚くミラ。
「そう、もう一人いたの。きっと、地下監獄の深部の仕掛けがどうなっているかを確認するため、この男を送り込んだのよ!」
ニルヴァーナ側が、自白剤を入手するまでがタイムリミット。だからこそ何でも屋の男が受けた暗殺依頼には、期限が設定されていた。そのため未完成の見取り図を手に、ギリギリの今日、突破を図ったというわけだ。
結果、不明だった分の仕掛けを、彼は幾つか明らかにした。依頼人は、その様子を何らかの方法で確認していたのだろう。
それから男が連行されていった後、アルマ達の目がそちらに集中している頃を見計らい、潜んでいた本命の暗殺者がヨーグを狙った。
二言三言のやりとりで、ミラ達はそのように敵側の狙いを推察してみせる。
「侵入者はポポットに追跡させたのでな、わしが出よう!」
ミラは素早くホーリーナイトに《意識同調》を使い、その視界を利用してポポットワイズを召喚していた。
狙いがわかれば、次の行動もまた予測が出来るというもの。ミラは、もう一人の暗殺者に対応するため真っ先に駆け出していく。それはもう、どう懲らしめようかと、やる気満々である。
「俺も行ってきます。関係ないものが巻き込まれないとも限りませんから」
ほぼ同時に、ノインもまた飛び出していった。ミラが暴れた場合の惨状を理解しているからだ。暗殺者だけでなく、周囲への被害を懸念しての即決だった。
対して女性陣はというと、冷静に後処理を始めていた。
「ほんと、男って落ち着きがないんだから」
朱雀のピー助を捜索に放ったカグラは、万が一のために何でも屋の男まで狙われないようにと結界を張り始める。
「でも、男の子ってそこが可愛いところでもあるわよ」
エスメラルダは、台の上の暗殺道具を片付けながら優しげに微笑む。
「えっと、二人が向かったのは訓練場方面ね。じゃあ、この辺りはこうしてと……」
特別な術具を使いミラ達の位置を把握したアルマは、腰に下げた一冊の本を手にして何かを始めた。
なんとその本は、ニルヴァーナ城の敷地内にある防衛用術具を操作するためのものだった。アルマは動かぬまま侵入者の逃走経路を制限していった。
尋問室のある塔から王城まで急ぎ戻ったミラは、ポポットワイズが追跡する方向を確認しつつ城内を駆け抜けていく。
もう一人の暗殺者の判断は、極めて迅速だった。隠れていたホーリーナイトによって必殺の一撃が防がれるや否や失敗と判断し、逃走に切り替えていたのだ。
ゆえに、即対応に動いたにもかかわらず、暗殺者は既に地下監獄から脱出し、城の者達に紛れて外まで順調に進んでいる。
「あともう少しで追いつけそうじゃぞ!」
だがポポットワイズが、しっかりとその姿を見逃さずに捉えていた。
その後ろに続くノインは、何事かとざわめくメイドや兵士達に心配ないと告げつつ、城内の細かな様子からそれに気付いた。アルマが城内の防衛用術式を操作している事に。
「この方向だと、外に出た先に訓練場がある。戦闘になるならそこで足止めしたいが、出来るか?」
アルマの意図を汲んで、また暗殺者に追いついた時にミラが暴れるのは間違いないと確信するノインは、だからこそ、周辺施設と非戦闘要員が巻き込まれないように提案した。そこならば、多少暴れても問題ないと。
「うむ、わかった。ならば、そこで仕掛けよう」
承諾したミラはポポットワイズに作戦を伝えながら、仙術士の技能をふんだんに活かして更に速度を上げていった。
「頼むから耐えてくれよ……」
ぐんぐんと離されていくノインは、ミラの後姿を見送りながら訓練場の無事を祈った。
「あれじゃな!」
王城の裏門から外に飛び出したミラは、それと同時に、進行方向に訓練場がある事を確認した。
といっても、行先はそこしかない状況だ。王城から空の下に出たものの、両脇に聳える壁によって訓練場へ直通となっていたのである。
ミラは知らぬ事だが、実はこの壁もまた、アルマが操作した防犯用の仕掛けの一つであったりする。
『ポポット、頑張って足止めするのー』
その効果もあってか、もう一人の暗殺者を、うまい事訓練場にまで誘導出来たようだ。訓練場にて暗殺者を取り押さえるため、ミラから指示を受けたポポットが追跡を止めて攻撃を開始した。
直後、壁の向こう側より、豪快な爆音が響いてくる。
『牽制するだけでよいからな。無理はするでないぞ』
『わかったのー』
相手は、ニルヴァーナ城の地下監獄の最深部に到達し、ホーリーナイトの塔盾を砕くほどの実力者だ。ポポットワイズでは、一撃でも受けたら強制送還は免れないだろう。
となれば、回避優先で時間を稼いでもらうのが得策といえた。
そして耐えている間にミラとノインが到着すれば、形勢は一気に大逆転だ。
「これまた、どういう状況じゃ……」
通路を駆け抜けて、いざ訓練場に到着したミラは、そこに広がる光景を前にして困惑した。
どうやら、ちょうど訓練中だったのだろう。そこには十数人の兵士の姿があった。けれどミラが驚いたのは、そこではない。
どういうわけか兵士達が全員、ポポットワイズに対して剣を構えていたのだ。
と、そうして直ぐに状況が掴めない中でも、ポポットワイズは元気に命令を遂行していた。
「逃がさないのー!」
無数の火球を生み出すと、兵士達とは別の場所にいる男に向けて、それを次々と撃ち出すポポットワイズ。
着弾すると共に火柱が上がり、爆炎が吹きすさぶ。
だが相手もやるもので、的確な偏差射撃にもかかわらず、見事にこれを躱していた。
「くそっ、大丈夫か!?」
「どうする? これじゃあそのうちにやられるぞ!」
男の心配をしているのか、兵士達がポポットワイズを前に焦りを浮かべ始めた。
もはや、敵対する相手を完全に間違えている状態だ。
対してミラはというと、男の姿を視認した事で、ようやく現状を理解した。そして誤解を解くために兵士達の許へと走り出す。
「お主達、そのフクロウは敵ではなく、わしが召喚したポポットじゃ!」
兵士達に向かって、そう声をかけるミラ。
兵士達は同じ隊なのだろう、揃いの腕章をしていた。そしてその中の一人の隊長だろうか──銀色の腕章をつけた初老の男が振り返る。
「おお、貴女は確かアルマ様がご招待した──」
ニルヴァーナ城内では、賓客扱いのミラ。そのため隊長は、戦闘態勢を維持しつつも畏まるように答えた。
「──それより向こうを見よ。敵は、そっちの衛兵の格好をした男じゃ!」
そう注意を促すミラ。いったいいつの間に着替えたのか。もう一人の暗殺者は、衛兵と同じ鎧を着込んでいたのである。
つまり兵士達にとって今の状況は、仲間の衛兵がポポットワイズに襲われていると映ったわけだ。
きっとそれは、城内を堂々と抜けるための変装だったのだろう。それがこうして、ややこしい構図を生み出したという次第である。
「なんと、そうなのですか!?」
ミラの言葉を聞くと、兵士達の目が侵入者の方へと向けられる。
だがそれに対して衛兵の格好をした侵入者は「なんの事だ!? わからん! 早く助けてくれ!」と、しらばっくれる。
どうすればいいのか。兵士達の間に困惑が広がっていく最中。遂にノインが到着したのである。
「なるほど、うちの衛兵に変装していたのか。まあ、よく足止めしてくれた」
男が少しずつその場を離れようとするたび、牽制するポポットワイズ。その爆音が響く中、その様子を確認したノインは、すぐさまその状況を理解したようだ。
と同時に、兵士達の困惑が瞬く間に晴れていった。ノインが口にした一言で、敵を明確に認識したようだ。ポポットワイズではなく、衛兵に向けて剣を構え直した。
流石は、ニルヴァーナが誇る十二使徒である。その信も厚いようだと感心するミラは、同時に、あれほど可愛いポポットを敵と思うなんてと、心の中で憤る。
けれどそれは顔に出さず、「わしのポポットは、優秀じゃからな」とだけ答えた。
「あーあ、十二使徒さんのお出ましか。まいったな、こりゃ」
これまでの、一方的に襲われているといった態度から一変、兜を脱いだ暗殺者は、目障りだとばかりにそれをポポットへと投げつける。
「あぶないのー!」
ちょっとした八つ当たりのようにも見える暗殺者の行動だったが、兜には明らかな殺意が込められていた。その速度は弾丸のようであり、鋭く空を切ると、訓練場を囲む外壁に突き刺さる。
その外壁は、多少の無茶を想定して造られたものだった。にもかかわらず、手で投げただけで、しかも槍などではなく兜が壁にめり込むなど滅多な事ではない。
それはポポットの動体視力と空での機動力がなければ、きっと躱せなかっただろう。それほどまでに研ぎ澄まされた必殺の一投だった。
地下監獄の最深部にまで潜り込んだだけはある。その一つの動きだけで相当な手練れだとわかった。
あの一撃を向けられたら。そう、緊張を浮かべる兵士達。けれど、そんな暗殺者の技を目の当たりにしても、一切動じない者が二人いた。
「さて、大人しくするのなら、痛い目を見なくても済むぞ」
ノインは足止めの任を完遂したポポットと入れ替わるようにして前に出ると、そう暗殺者に告げた。その手に大盾と短槍を携えた姿は、不思議なほどの迫力に満ちており、兵士達の緊張が一気に解けていくのがわかる。
彼の後ろにいれば安全だと思わせる、そんな背中だ。
「まあ、わしら二人を前にして逃げられるとは考えぬ事じゃな」
ミラはそのような事を口にしながら、ノインの背後より、ずいっと胸を張って躍り出た。
「ミラさん、ノイン様より前には──!」
兵士達が見るのは、体格から何からノインとはまるで違う少女の後ろ姿だ。ゆえに、まだそこに並び立つには早いと誰もが思っただろう。焦りを浮かべると同時に隊長が声を上げた。
それは、先程のような一撃で狙われては大変だと心配しての行動である。
と、その声の直後の事。隊長が懸念したそれが、暗殺者による無慈悲な一撃がミラに向けられた。侵入者がおもむろに籠手を外し、それを投げてきたのだ。
直撃すれば、ただでは済まない威力を秘めた暗殺者の技。けれど直後に響いたのは、少女の骨が砕ける音ではなく、金属同士がぶつかり合う激しい衝撃音だった。
部分召喚だ。ミラは瞬時に召喚した二重の塔盾によって、弾丸のように放たれた籠手を防ぎ切ったのである。ただ用心のために二重としたが、投擲だけでは塔盾を砕くほどの威力はないようだ。
最初の塔盾にめり込んだ籠手は、塔盾が消え去ると共に地面に落ちた。もう使い物にはならないだろうほどに、籠手はひしゃげてしまっていた。
「心配には及ばぬ。お主達は、そこで見ておればよい」
いったい何をしたのかと困惑する兵士達に向けて振り返ったミラは、不敵な笑みを浮かべながら心配する必要は無いと告げる。
「は……はい、わかりました」
事も無げに言ってみせたミラを前にして、隊長は目を皿のように丸くしたまま答えた。
恐怖すら覚えた暗殺者の技をあっさりと防ぐばかりか動じた様子もなく、当然のようにノインと並び立つミラ。
隊長は、その背中を見つめて思った。十二使徒と並びながらも、一切見劣りしていないと。
「いや、まさか」
その突飛な考えを振り払うように苦笑する隊長。幾ら活躍中の冒険者といっても、片やノインはニルヴァーナの最高戦力である十二使徒だ。その実力の程は、彼もまた軍属であるがゆえに、深く理解している。
その領域に至るには容易な事ではない。そもそも国の最高戦力に易々と並ばれたら、たまったものではないという気持ちが隊長にはあった。
けれども彼は、だからこそ違和感を覚えた。それ以前に、かのノインが並び立つミラに対して何も言わない事に。
いったい何者なのか。そんな疑問を抱きつつも、隊長は部下達の前に立ち様子を見守った。
さて、今年もこの季節がやってまいりましたね。
そう、パン祭りの季節が!!
早速、定番のホワイトデニッシュショコラを買ってきました!
やはり……美味い!
そして次は、普段買わないパンを買ってみるつもりです。
そんな冒険をする気になれるのも、パン祭りならではですよね!
ただ……
出来れば中華まんにもシールがついていたらよかったのに……。




