350 紛れ込む闇
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三百五十
塔の地下にある尋問室にて、カグラお得意の自白の術を用いての尋問が始まった。
対象は、組織より送り込まれたと思われる暗殺者の男。目標は、より詳細な組織の情報の獲得だ。
ミラとアルマ、エスメラルダにノインが立ち会う中、カグラの術は問題なくその効果を発揮し、暗殺者の男は完全な催眠状態となった。
それからカグラが簡単な確認をした後に交代したアルマが、必要な情報を引き出すべく、暗殺者の男に質問を投げかけていく。
組織について、幹部について、関係者について。多方面からなる、様々な問いを口にしていった。
だが、一つの質問が終わり、二つ、三つと続くほど、その場には不明瞭な空気が広がり始めていた。
「もう一度、訊きます。貴方の所属している組織と、その幹部は誰?」
改めて問い直したアルマ。けれど、その質問に対する答えは変わらないものだった。
暗殺者の男は、答える。どこにも所属しておらず、ゆえに幹部などもいないと。
そう、情報を訊き出せば訊き出すほど、この暗殺者の男が組織とは関係がないと判明していったのだ。
「これは、どういう事……?」
捕まえた時の状況からして、組織が送り込んだ暗殺者である事は明白だった。けれど本人は、組織の事などまったく知らないと言う。
そこに、嘘はない。カグラの術に抵抗している形跡が、まったくないからだ。
つまり暗殺者の男は、本当に組織とは無関係であるというわけだ。
ならば、彼はいったい何者なのか。
アルマは、質問を変えた。組織に関係する事を中心としたものから、この男の素姓を追及する内容に。
「貴方の職業は?」
「何でも屋だ」
「何でもって、具体的にはどんな事?」
「子守から殺しまで、何でもやる」
「なら、暗殺も?」
「ああ」
そのようにして質問と答えが繰り返されていき、結果、今回の件について色々と判明した。
何でも屋だと言うこの男だが、その仕事内容はというと、表立っては言えないようなものばかりに偏っているようだ。
殺しだけでなく、死体の処理や、非合法な品の調達、強盗への情報提供などなど。次から次へと出てくる。
そして問題となる今回の仕事だが、それについても男は全てを白状した。
どうも匿名の依頼であったようだ。その内容は、ニルヴァーナ城の特別牢に囚われている、とある罪人を殺してほしいというものだった。
男が言うに依頼人は、その罪人の手で家族を奪われ、殺したいほど憎んでいたという事だ。
加えて、前金で三千万リフ。成功報酬で更に三千万リフの約束であり、途中までの侵入経路などを記した見取り図まで用意されていたため、迷いなく引き受けたらしい。そこには、もし捕まったとしても標的は極悪な罪人であり、憐れな家族のためという事で、多少は減刑が期待出来るという打算もあったそうだ。
「それじゃあ、その依頼人について知っている事は?」
何とも辛く悲しい思いをした依頼人だろうか。だがアルマは淡々とした口調で、その依頼人について問うた。
「何も知らない」
男は、ただ一言、そう答えた。
するとだ。男が答えた直後、床の方で小さな音が鳴った。
見るとそこには、砕けた指輪が転がっていた。
「む……何やら術式が刻まれていた形跡があるのぅ」
完全に砕けているため、どういった効果があったのかは不明だが、その指輪は術具の一つだったようだ。
そして持ち主は、ミラ達の中にはいない。つまり、何でも屋の男の私物である。
いったい、どんな術式が刻まれていた指輪だったのかとアルマが質問したところ、男は気配を抑える事が出来るものだと答えた。
訊き出した話によると、見取り図と共に二つの術具を受け取っていたらしい。
もう一つは、逃走する際に砕く事で、追跡者の視界を遮る煙を発生させる事が出来るという代物だったそうだ。
なお、それらしいものは不発だったと、追跡者のノインが証言した。男は逃走中に何かを地面に叩きつけたが、何もなく慌てた様子だったと。
その後、依頼人について詳細に訊いたものの、これといって手掛かりになりそうな情報は出てこなかった。
依頼は、カバン一つで行われたというのだ。前金と見取り図に術具、そして依頼内容の書かれた紙と、それをどうして望むのかという懇願書。これらが入ったカバンが、事務所の前に置いてあったと。
「ふーむ、怪しいのぅ」
「うん、怪しいわね」
何でも屋の男が話す経緯を聞いていたミラとカグラは、揃ってそこに疑問を浮かべる。
この男は、騙されたのではないかと。
「まあ、あり得ないかな」
「ええ、まず嘘で間違いないわ」
アルマとエスメラルダもまた同意のようで、男が言う依頼の内容は嘘っぱちであると断言した。
男が受け取ったという見取り図を見てみたところ、それは確かに地下監獄のものだった。
依頼人とやらは、これだけ詳しいものをどうやって用意したのか。そんな疑問が浮かぶほど、詳細な見取り図だ。
また、標的として印が付けられているのは、ヨーグを収監している場所で間違いはない。
だが、ここにヨーグがいるという事を知るのは、ごく一部の限られた者のみであり、その者達の事をアルマはしっかりと把握していた。
だからこそ、その中にこのような暗殺の依頼を出す者はないとわかるわけだ。
つまり、男に暗殺依頼を出したのは、ヨーグが拘束されたと知る組織の者の誰かで、ほぼ間違いないという事になる。
「しかしまあ、随分と杜撰な計画でしたね。捕まっても足がつかない人物を選んだのでしょう。仕掛けてあったトラップを、幾つか突破した腕は見事ですが」
ノインは男を見据えながら、感心半分といった様子で呟いた。
自白剤によって全てを話してしまう前にヨーグを始末する。だが、そのために送り込んだ組織の暗殺者が捕まってしまっては元も子もない。
ゆえに、こうして無関係の者を送り込むというのは理にかなっていると言える。
けれど達成出来なければ、それこそ無意味というものだ。
「そうよねぇ。途中まででも、ここまで詳しい見取り図があるんだから、もっと入念に下調べをすればよかったのに」
エスメラルダは依頼人から渡されたという見取り図を眺めながら、現実的な意見を述べる。
事実、見取り図には地下監獄に仕掛けられた罠の類も記載されていた。だが、それは途中までであり、ヨーグが収監されている区画については不明とだけあった。
つまり組織もまだ、そこまでは調べられていなかったというわけだ。
けれど途中までのルートはわかるのだから、時間をかけて不明の分も調査すれば、もう少し成功確率も上がっただろう。
だが、そうした形跡は見られない。
と、その時、何かに気付いたかのようにしてアルマが男に問いかけた。「期限は決まっていたの?」と。
「今日まで……だ」
男は、そう答えた。ヨーグ暗殺は、今日までに達成しなければいけなかったと。
だからこそ、彼は仕事を急いだのだ。
不明な区画の罠をどうにか切り抜けて、標的に近づいていった。けれど巧みに仕掛けられていた不明分の罠によって、こうして失敗となった。それが現状だ。
「そういう事だったのね……」
男の状況と、未完成の見取り図。それらを前にして、何か得心した表情のアルマ。どうやら、組織の狙いに気付いたようだ。
「じぃじ──」
アルマは、何かを確認するかのような表情でミラに振り向いた。
ニルヴァーナ城の地下監獄。何でも屋がひと騒動起こしたそこでは、衛兵達が破られた仕掛けを修復していた。
入口の手前から中央にかけて、見事に無力化されている防犯装置。衛兵達の手際は迅速かつ鮮やかなものであり、十分ほどで再設置を完了させる。
そうして通常警備に戻っていった衛兵だが、その姿をじっと見送る者がいた。
囚人服に身を包んだ男である。十人の囚人の中に紛れ込んだ十一人目の彼は、地下監獄の奥に一番近い牢の中で衛兵達の作業を観察していたのだ。
「……尋問が始まったか」
左手の指に嵌めた指輪が、チカチカと明滅する。それを確認した男は、いよいよとばかりに動き出した。お偉方が尋問室に集まっているだろう今が好機だと。
男は、牢の隅に隠してあった銀のネックレスを首に掛けた。それは、ここの衛兵が着けているのと同じもの。牢の術封印効果を軽減する代物だった。
これにより、多少の術が使えるようになった男は、何かの術式を発動させてから、鉄格子に歩み寄っていく。
するとそのまま、鉄格子をすり抜けてしまった。男は、壁でも何でも一時的に透過する【千変流過】という無形秘術を使ったのだ。
無形秘術。それは通常の無形術と違い、会得するには何かしらの特殊な条件が必要になる術の総称である。
ゆえに会得するのは極めて困難であり、その方法も謎が多い。だが、それに見合うだけの効果があった。
「よし……」
それこそ魔法のように脱獄した男。けれど、それを見ていた囚人達が声を上げる事はなかった。それよりも彼らは、その背に走る恐怖に、ただ震えていた。
囚人達の表情は皆、ライオンと同じ檻に入れられた被食者の如くだ。
そんな囚人達を気にする事もなく、牢を出た男は一つ二つと仕掛けを、衛兵を躱していき、順調に地下牢獄の深部へと入り込んでいった。
そして、どうやって知ったのか、何でも屋の男がこれでもかと引っかかった仕掛けを容易く解除した。まるで、一度見ていたかのように。
男は、あれよあれよと地下監獄を進み、とうとうその最深部にまで到達する。ヨーグが囚われている特別牢の前だ。
「……やはり、これはどうにもならないな」
もはや芸術的ともいえる手際で、最初の扉の鍵を開けた男は、だがそこで初めて苦悶を顔に浮かべた。
続く三つの鉄格子の扉を見て、この先はどうにもならないと悟ったからだ。
牢の奥にまで張り巡らされた術式は、僅かに動くものですら感知する特別なもの。これを無効化する事は難しく、鉄格子の扉を開けたところで、ヨーグを脱獄させるどころか、近づく事すら不可能といえた。
更に男は気付いていた。間違って感知されてしまえば最後、扉に仕込まれた封印の術式が発動し、自身もここに閉じ込められてしまうと。
「まあ、想定の範囲内だ」
少しでもヨーグを脱獄させられる可能性があれば。そう考えていた男だったが、目の前のそれを見て、すぐさま予定通りの行動を開始した。
右腕に巻いていた紐を解き、その端を左足に括りつけ、もう片方の端を左手で持つ。
そうして次は、通常の無形術を使った。その効果は、小さな石を一つ作り出すといった程度のもの。
けれどこの術は、彼の技術とすこぶる相性がよかった。
男は、その小石に人差し指の爪で小さな魔法陣を描き始めた。それは彼が得意とする術式の一つ。短時間ながら感知系の類を無効化するという効果のある代物だ。
その効果は確かである。男は鉄格子に施されている術式を読み取り、ここでも十分に通用するという確信を持っていた。
そうして小石に魔法陣を描き終えた男は、次に左手と左足を伸ばして、その間にピンと紐を張った。そう、男は自分の身体で弓を再現したのである。
続けて小石を番え、じっくりと引き絞っていく。
すると同時、紐が僅かに輝き出す。マナが通り、そこに込められた術式が起動した。上級者が扱う弓などにも使われている強化の術式と同じものだ。
更に小石に刻まれた魔法陣も、微かに光を帯びていた。それでいて、どこか毒々しい色合いをしているのは、それを描いた彼の爪によるものだろう。
男の人差し指は、人を刺すために使われるもの。その爪は、特別な毒に汚染されていた。そのため爪で刻まれた魔法陣は、同時に致死の毒にもなる。
ゆえに小石で撃ち抜かれれば、たとえ掠めただけであろうと、毒によって死ぬというわけだ。
またその爪の毒は、対象を苦しませず静かに殺害するというものでもあった。
眠っているだけだと思ったら、隣の人が死んでいたという状況を生み出す、暗殺の極みともいえる毒だ。
苦しまず、眠るように。男にとって一番慣れたその技を使うのは、救出を諦めたからこその情けでもあった。
「すまんな」
男は鉄格子の先にいるヨーグに狙いを定め、一息に弦を引きしぼる。
それから僅かの間をおいた後、小石は弾丸のように放たれた。
先日の事です。
素晴らしい調味料と出逢いました。
それは……
ごまラー油です!!
その名の通り、ごま油をベースにしてラー油化させたものになります!
これがまた使い勝手抜群なのです。
ごま油の風味と、ぴりりとした辛味が何とも言えません!
まあ自分はあまり辛いのが得意ではないので、かけすぎると地獄を見ますが……。
ともあれ、今後は鉄板調味料として、棚入り間違いないですね!




