34 交換条件
三十四
運ばれてきた食事を好き勝手に食べながら、エカルラートカリヨン団長も加えた打ち上げは、主に古代神殿についての話で終始する。アルフィナがどストライクだったとゼフ。折角の精霊剣が一度しか使えなかったとエメラ。ミラには冒険者の常識が抜けていて、実力とのギャップが凄かったとアスバル。ミラの可愛さが留まる事を知らないとフリッカ。そう楽しそうに話す様子から、セロの慕われっぷりに少し羨ましく思うミラ。時折「そうだよな?」とか「そう思うよね?」と同意を求められ「そうじゃな」と相槌を打つ。「ミラちゃんは、私のものです」という言葉だけは全力で否定したが。
ミラは、嬉々としたエメラ達の会話を聞きながら、時折タクトの口を拭ったり、追加の飲み物を注文したりしていた。
会話も進み最後は、魔動石の他、悪魔から剥ぎ取った素材の分配はどうするかという話になる。結論として、流石に全滅したとされている悪魔の痕跡を、一宿屋の食堂のテーブルに並べるわけにもいかないとなり、悪魔の素材分配は後ほど個室に集まってする事となる。
一通りの分配作業を終えて、それなりに腹も膨れ酔いも回り始めた頃、一人の男が春淡雪の扉を開く。アスバルがカランコロンと軽快なベルの音に誘われて視線を向けると、そこには見知った顔があった。
「お、キリクじゃねぇか。丁度いい時に来たな!」
キリクと呼ばれた青年。彼はエカルラートカリヨンのメンバーの一人であり、艶の無い黒い鎧を身に纏っていた。その顔は無表情で感情が読み辛く見えるが、声に振り向きアスバル達を目にした瞬間、ほんの僅かに微笑んだ。その差は写真を並べて見比べなければ判別出来ない程だが、付き合いの長いアスバルはキリクは機嫌が良さそうだと分かる。
「なんですかアスバルさん。丁度いいとは?」
キリクは、ゆったりと一同のテーブルまで歩み寄ると、余り抑揚の無い声で問いかける。
「今日の戦利品で丁度お前に合いそうな物があったんでな、帰って来たら渡そうと思ってたんだが」
そう言いながら、アスバルはミラを目線で指し示す。キリクは、その視線に誘導される様に顔を向けると、視界に一人の魔法少女を捕らえた。
「可愛い……」
キリクは誰にも聞こえない程度の声量で呟く。笑顔満面でデザートのタルトを頬張っていたミラは、じっと見つめる視線に気付くと慌てて取り繕い、こほんと一つ咳きを零す。
「そうか、お主がエメラ達の仲間の闇騎士という訳じゃな?」
一応話だけは聞こえていたミラは、その内容とキリクの持つ容貌から推察して、そう口にした。
「確かに、僕は闇騎士だけど……。アスバルさん、どういう事です?」
「お前は、ついてるなって事だよ」
立ち上がったアスバルは、キリクの肩をばしばしと叩くとセロから大鎌を受け取り、それをキリクの前に差し出す。
「これは……っ? 大きな力を感じますが、これ、どうしたんですか」
キリクは、目の前に突き出された黒い大鎌に目を見開く。闇に身を置く闇騎士にしか感じられない、蠢く様な業火の力の一端を感じ取ったのだ。
「そこの嬢ちゃんの戦利品だが、使わないから使える奴に渡して欲しいと頼まれてな。俺達のギルドじゃ、これを扱えそうなのはお前くらいだろう。とりあえず、持ってみろ」
アスバルは言いながら、グイっと押し付ける様にして鎌をキリクに手渡す。思わず受け取ったキリクは実際に大鎌を手にしてみて、その圧倒的な力を直に感じ総毛立った。
「どうだ、使えそうか?」
そう問われるとキリクは少しだけ下がり、大鎌を両手で構える。込み上げる魔力が大鎌の力に混じり、キリクはじわりとその身に馴染んでいくのを感じる。
「これは……かなりの力を感じますが、多分使えると思います」
ミラはそう答えるキリクを見つめながら、感心した様に小さく感嘆の吐息を漏らす。アスバルですら両手でどうにか構えられた程度であった代物を、キリクは微塵もぶれる事無く制御している。
「どうだ、嬢ちゃん。こいつなら使えそうだ。それにこいつの人格は俺が保証する。見た目は暗いが、孤児院に寄付するくらい情に篤い男だ」
「え……アスバルさん。何で知ってるんですか!?」
一瞬、大鎌を取り落としそうになりながら、アスバルの言葉に慌てるキリク。孤児院への寄付は、自分が孤児院出であり、世話になった神父に少しでも恩を返す為に、こっそりと行っていた事だった。しかし、キリクの問いに、
「んなもん、全員知ってるぜ」
と、ゼフがからかう様な笑みを浮かべて言うと、その場に居るエカルラートカリヨンの面々は大きく頷き、優しい目をキリクに向けた。
無表情だった顔を大きく崩しキリクが赤面する中、ミラもこの者なら問題ないだろうと納得する。
「いいじゃろう。そやつ……キリクと言うたか。お主に預けるとしよう。それを使い精進し、更に子供達を満たしてやってくれ」
「良かったな、キリク。認められたぞ」
「えっと……持ってみると分かりますけど、これはかなりの代物ですよ。本当に僕が使っても?」
「うむ。世の為、人の為に役立ててくれれば幸いじゃ」
今まで使っていた武器とは明らかに格が違う大鎌を手に、キリクは戸惑いを感じながらもミラに正面から向かい問うと、その少女は真っ直ぐな瞳でそう答えた。その瞳を受けて、キリクは姿勢を正す。
「ありがとうございます。決して意に沿わぬ事はしないとお約束いたします」
ミラの思いを真摯に受け止め、自分よりも明らかに歳下の少女に対し、キリクは憚る事無く礼の姿勢をとる。周囲の客は、その様子に一瞬キリクを一瞥するも、すぐに元の会話に戻る。対してエメラ達は、こういうところがキリクらしさだと微笑んでいた。
「う……うむ。どう……いたしまして?」
キリクのそんな真面目な態度に面食らったミラは、曖昧な返事を返し気恥ずかしさを誤魔化す様にタルトを頬張った。
「それはそれとして、こんなに良い物を貰ったままでは、僕の気が済みません。何かお返しをさせてくれませんか?」
大鎌をアイテムボックスに大切そうに入れたキリクが、ミラへそう問う。
「お返しと言うてものぅ……」
ミラは要らないからあげただけで、そこまでされてもと困惑する。だが、キリクに引き下がる気は無く、瞳に燃え上がる様な決意を湛えていた。宿に戻ってきた時の無表情さとは大違いだ。
「そうですね。私も、ギルドの団長として何かお礼がしたいと思います。今回の件で、かなりの戦力増加が見込めるはずですので」
「ぬぅ」
突如名乗りを上げたエカルラートカリヨン団長セロという伏兵に、更にミラは言葉を詰まらせる。セロにしてみても、これだけの恩恵を得てそのままという事には出来ない。エメラ達も、ここぞとばかりに賛同し、視線がミラに注がれる。
ミラは強い意志の込められた視線から、うやむやにする事も出来ないと悟る。ならば何か無いかと思考する事暫く、少し前の記憶に丁度良い事柄があったのを思い出す。
「そこまで言うのならば、ちと頼まれてくれぬか」
「はい、任せてください」
そう言ったミラに内容を聞かず頷くセロ。まずは話を聞いてくれと苦笑しながら、ミラは封書から一枚の紙を取り出す。
「今から言う、年と月日を含め数日のうちに起こった事件事故、出来事が無いか調べて欲しいんじゃが。どうじゃ、出来るか?」
「情報収集ですか。うちには諜報に長けたメンバーも居ますので問題ないと思います。言ってください」
セロはそう答えると、いつでも思いついた詩を書き留められる様にと常備している、ペンとメモ用紙を懐から取り出し、ミラの言葉を待つ。
「2117年9月20日。
2132年6月18日。
2138年1月14日。
以上じゃ。どの様な些細な事でも構わぬ。何かあったら教えて欲しい」
ミラが言い終わると少しして、ペンを走らせていたセロの手も止まり、そこに書かれた日付を繰り返してミラに確認する。ミラが間違いないと答えると、セロはペンとメモを懐に戻した。
「エカルラートカリヨンの諜報員の中でも指折りの者達に任せましょう。それと、この日付にどういう意味があるのかは知りませんが、知り得た情報は決して漏らさないと誓います」
「うむ、そうして貰えると助かる」
そう易々と悟られる事は無いと思うが、事はアルカイト王国の最重要人物、九賢者についてだ。一介の冒険者のギルドに頼む様な事でもないと思うが、下手に国家の諜報員が動き回るより、逆にこの方が良いカモフラージュとなってくれるかもしれない。ミラは、そう考えた。
一通りの交渉も終わり、取り留めの無い話題で談笑をしている時、店の柱時計が夜の八時を告げるベルを鳴らした。ミラは、初めて聞くその音に顔を上げて視線を巡らせると、その流れで現在時刻を確認する。
「もうこんな時間じゃったのか。タクト、随分遅いが祖父には何時に帰ると言ってきたんじゃ?」
タクトは両親と離れてからは、祖父の家で世話になっていると言っていた。ミラは、その事を思い出し問いかけると、どうにもタクトの様子がおかしい。さっきまで楽しそうにしていたはずが、今はバツが悪そうに視線を彷徨わせている。
「もしや、何も言わずに出てきたのか?」
続けてミラが問うと、タクトは身体をびくりとさせてからミラへと視線を向ける。その様子から、祖父には何も言っていない事は明らかだ。そして実際問題、タクトの様な子供が冒険者と一緒にランクCのダンジョンに行ってきますなんて言って、許す保護者が居るわけが無いという思いに至る。ミラは、顎先を指でなぞりながら溜息を零すと、タクトの瞳をじっと見る。タクトも、その事については悪いと自覚しているのか、肩をしょんぼりさせていた。
「両親が死んだと聞かされた時、悲しかったのはタクトよ、お主だけではないぞ。お主の祖父も同等かそれ以上に悲しんだはずじゃ」
「はい……」
「そんな時に、お主まで心配を掛けてどうする。お主は、祖父を悲しませたいのか?」
言葉無く首を左右に振るタクト。
「そうじゃろう。出かける時は、しかと行き先を告げてから出るんじゃぞ。約束じゃからな」
そう言いながらミラは、落ち込んだタクトの頭を優しく撫で微笑み掛ける。
「うん!」
タクトは、その言葉を胸に刻み頷く。「良い子じゃ」とミラに抱擁されると、タクトはその温もりに、遥か遠くの記憶に埋もれていた母を幻視した。
「お姉ちゃんモードのミラちゃん…………っ」
「空気読もうね」
鼻息荒く二人に熱視線を向けるフリッカを、慣れた手つきで制するエメラ。
「フリッカちゃんじゃないけどよ、ミラちゃんって何か時々大人びてるよな」
「お、なんだロリコン。そいつは自分への言い訳か?」
「あれー? まだそのネタ引き摺ってんのーー!?」
無駄に清清しい目でゼフが言うと、すかさずアスバルが新しい称号を持ち出す。不名誉だと言わんばかりに頭を抱えるゼフに、
「それは詳しく聞きたいですね」
「ゼフさん、おっきい胸が好きじゃなかったんですか?」
そう、セロとキリクが追撃をかけた。さりげなく性癖まで暴露して。結果、数日の内にゼフの恥ずかしい称号は、エカルラートカリヨン全員に周知される事となる。
「では、わしはこのままタクトを送って帰るとしようかのぅ」
ミラはそう言うとタクトと一緒に立ち上がる。しかし、すぐに待ったの声が掛かった。
「お嬢ちゃん。もう一種類の素材の分配が終わってねぇが、どうすんだ」
その言葉に、ミラは悪魔の素材がまだ残っている事を思い出す。とはいえ、それ程必要も無い素材なので要らないと言えれば良いのだが、他の面々がそうはいかないと目を光らせている。
「では、タクトを送った後でまた戻って来るとしようかのぅ」
「でしたら、私が送っていきましょう」
ミラがそう言った直後、悪魔素材の分配について話を聞いていたセロが席を立ち、代わりにタクトを送ると言い出す。
「いや、しかしじゃな」
そもそもの発端といえば、自分が連れて行くと約束したからであって、今回の話に関係の無いセロに手間を掛けさせる訳にもいかない。ミラはそう断ろうとした時、キリクも立ち上がる。
「僕も一緒に行きます。この程度で少しでも恩が返せるとは思えませんが、手伝わせて下さい。それに団長と僕の二人ならば、安心安全です」
確かに、タクトの安全は保障されると思いながらも渋るミラに、
「ミラちゃんが送っていったら、また間違えて補導されちゃうと思うな」
そう、からかい気味のエメラの声に記憶を呼び戻されたミラは、項垂れながら了承するのだった。
「ミラお姉ちゃん、エメラお姉ちゃん、アスバルおじちゃん、フリッカお姉ちゃん、ゼフお兄ちゃん。ありがとうございました。今は、余り出来る事が無いけど、いつか必ずお返しします」
タクトは立ち上がると、背筋を伸ばし深々と頭を下げる。決して忘れる事は無い今日のこの日を始まりとして、タクトは今目に映る者達の様な立派な冒険者になりたいと、そう心に決める。
長い礼から頭を上げたタクトは、感謝と共に決意を秘めた事により、一回り大人の表情をしていた。
「じゃあまたね。タクト君」
「冒険者になるなら今度オレが、色々と心得ってもんを教えてやるぜ」
「魔術士を選ぶなら、私にも何か教えられるかもしれません。いつでも聞きに来て下さいね」
「おじちゃん……か」
エメラ達が寄ってたかってタクトの頭を撫で回す。それにより一瞬で元の少年の顔に戻ると、タクトは年相応の笑顔を浮かべる。
「まあ、なんじゃ……。祖父にも両親は生きていると伝えてやれ。きっと喜ぶじゃろう。それと、お主には三つの術士の道も示された。わしが言う事ではないが、折角の才能じゃ。もしも、どれかを目指すならば、塔を訪れると良い。歓迎するぞ。だが、祖父と良く話し合う事も忘れぬようにな」
最後にミラが、そう言い頭を撫でると、タクトは今までで一番の笑顔で「はい!」と答える。タクトにとって、全てはこの一人の少女のお陰だ。ミラが理由を聞くや否や即答し、それを心配したエメラが仲間を引き連れ、そしていつの間にかこんなに素敵な人達に囲まれている。幸運に結ばれた縁に心から感謝して、タクトはその場を後にした。
ミラと別れ、タクトは夜の闇を照らす人の光の下、大きなお土産を胸に、有名ギルドのエカルラートカリヨン団長と団員の二人に家まで送ってもらう。
タクトの祖父に説明を終えて、春淡雪に戻るセロとキリクの背後では、雷が落ちた様な怒声が鳴り響いていた。
「ミラちゃん! タクト君だけじゃなくて私も歓迎して!」
タクトが帰った直後、フリッカは先程耳にした、ミラの送った信じられない言葉に喰らい付く。それは、塔を訪れれば歓迎するという言葉だ。
アルカイト王国だけでなく、大陸において最大の術研究機関である九本の塔。そこへ入るには、多少の箔が付いただけでは到底足りない。
一流の冒険者程度では鼻で笑われる場所。超一流以上が日夜研究に明け暮れる、変人の巣窟。それが銀の連塔だ。
ミラの立場は、そこの最高位であるダンブルフの弟子であり、塔へ入る条件をクリアしているのは悪魔との戦闘から見ても明らかだろう。フリッカには判断できない事だが、さも当然の如く歓迎すると言ったミラは、既に塔に対してかなりの影響を持っているのだと窺える。そしてもちろん銀の連塔は、術士であるフリッカにとっても憧れであり、聖地ともいえる場所なのだ。
「ミラちゃん、せめて少し見るだけでもいいんです、おーねーがーいーしーまーすー!」
フリッカがこれまでミラに向けていた情欲に染まった目と違い、今の目は術士としての好奇心と羨望が秘められている。
「なんじゃなんじゃ、わかったから放さぬか!」
今までのフリッカは、獲物目掛けて飛び掛る獣の様だった。しかし今は獲物を捕まえた後の様な、逃さないという気迫が篭っている。ミラは、手を触れられていないが、それでも逃げられそうに無い執念染みたものを感じて、思わず了承してしまう。
「ミラちゃん、大好き!」
ミラの許しを得て感情が昂ったフリッカは結局飛び掛り、それを想定済みだったエメラに迎撃される。そしてこの件は結局、タクトと一緒に、という話で落ち着いた。
一段落したミラ達は宴会をお開きにすると、春淡雪二階奥のゼフの部屋に集まる。
「さって、続素材分配ターイム」
ゼフはアイテム欄から、押し込めた悪魔の素材を片っ端から選び、テーブルの上に無造作に引っ張り出していく。捻り曲がった二本の角、黒光りする八つの爪、漆黒の表皮、二枚の翼。そのどれもが禍々しい気配を放っており、エメラは呪いでもあるのではと若干引き気味だ。しかし、フリッカはそういった事が分かる為、彼女が何も言わないのだから杞憂である事は理解していた。
「しかしこう改めて見ると……なんつうかよ、すげぇな」
「そうですね。この爪に宿る魔力だけでも相当なものです。力の方向性からして炎を秘めている様に見えますので、これで術式武装を作れば、かなり強力な物が出来上がるでしょう」
溜息混じりに悪魔素材を睨むアスバル。フリッカは爪の一つを手に取り目を凝らしながら言う。そして、そのフリッカの言葉にいち早く反応したのは、遠巻きに様子を窺っていたエメラだった。
「炎の魔法剣……っ!」
刀剣類に必要以上の執着を持つエメラは、今までの感情など遥か彼方に吹き飛ばし、テーブルの上に散乱する悪魔の爪に瞳を輝かせる。
「さて、まずはこれらを分配する訳だけど……ミラちゃんさ、本当にこれも貰っちゃっていいの? これこそオレら何の役にも立ってないわけだけど」
「ぅ……そうだよね」
もはや何度目になるかも分からない問い。舞い上がっていたエメラは、ゼフの言葉で現実に引き戻される。悪魔は自分達が勝てる様な相手ではなかった。それどころか、ミラが居なければ自分達は今、冷たい骸となり、人知れず地下墓地に埋葬されていただろう。
「くどいのぅ。気になるのならば、さっきわしが頼んだ事をお主等も覚えておいてくれれば良い。ほんの些細な事でも、今は情報が欲しいのでな。今のわしには、それに勝るものは無い」
ミラのその言葉に、ゼフとアスバルは顔を見合わせると、やっぱりなと肩を竦める。フリッカは、ミラが日付を言い並べていた時セロと一緒にメモを取っていたので、元よりそのつもりだ。
「任せて!」
エメラの瞳にはまた輝きが戻る。
「まあ兎に角だ。嬢ちゃん、この中から好きなものを好きなだけ持って行ってくれ。残りを俺達で分ける」
「……ふむ、分かった」
ミラはそう答えると、テーブルの上を一瞥する。悪魔の表皮は、鎧系統の装備に加工するのが適切な素材。装備制限というものは無いが、鎧系統は筋力と体力が低いと動きに悪影響が出てしまう。これは現実となった今では、より顕著に現れるだろう。そしてミラはその二つのステータスが一般術士と大差ない為、悪魔の表皮は必要無いと判断。加工してローブの補強材としても使い様はあるが、見た目に拘るミラは、そういったローブを着た事は無い。今の服装から言えた事でもないが。
悪魔の爪は、魔道具や術式装具作成と非常に相性が良い。翼は、魔道具や武具の補強として使われる事が多い。だが、そのどれよりもミラと相性の良い素材がある。悪魔の角だ。
「では、わしはこいつを貰うとするかのぅ」
そう言いながらミラは二本の角を手に取る。
「嬢ちゃん、それだけでいいのか? 遠慮なんていらねぇぜ。俺達にしてみれば、一つだけでも随分な報酬になっちまうからな」
角を二本選んだだけで、他は必要ないと手を引いたミラにアスバルが問う。アスバルの言う様に、今は全滅したと思われている悪魔の素材は、かなりの高値で取引されている。古戦場や遺跡、地層など、現在では古い悪魔の素材が稀に発掘される程度だからだ。それに対して今、目の前の素材は採れ立てフレッシュな状態の悪魔素材。その価値はかなりのものになるだろう。
「これで十分じゃよ。他は手に余りそうなのでな」
もちろんミラが選んだ悪魔の角も相当な代物だが、何よりもミラの扱う精錬技術と相性が良かったのだ。
「まぁ、ミラちゃんがそう言うならな。んじゃま、オレ達も分けるとしようか」
ミラはもう本当に何も要らなさそうだと判断したゼフは、言いながらテーブルに視線を落とす。するとほぼ同時に、テーブルの上に手が差し出され、その手は悪魔の爪を掴んで引っ込んだ。
「副団長……」
ゼフとアスバル、フリッカに冷ややかな視線を向けられる、エカルラートカリヨン副団長エメラ。炎の魔法剣のあたりから、落ち着かない様子で悪魔の爪を虎視眈々と狙っていたのだ。まるで『待て』と言われた犬の如く。
「え……だって、もういいんだよね?」
刀剣類の事となると、いつもの頼れるお姉さんから一変して盲目的になるエメラだった。
結果的に、エメラは爪を六つ、アスバルは表皮、フリッカは翼、ゼフは爪二つと少しの表皮を手にして分配作業は終了した。
「では帰るとするかのぅ。中々楽しかったぞ」
頃合をみてミラが言うと、エメラ達は揃ってミラに礼をする。突然の事に驚いたミラは、何もいう事はなく成り行きを待つ。
「私達が生きているのはミラちゃんのお陰だから。改めて御礼を言わせてもらうね。ありがとう」
エメラは、思わずどきりとしてしまう程の笑顔を咲かせる。
「ありがとうな、嬢ちゃん。命だけじゃなく、こんな物まで貰っちまってよ」
「ありがとうございました、ミラちゃん。受けた恩はいつか必ず返すから。出来れば連絡先を教えて……っ」
「オレもさ、お陰で色々吹っ切る事が出来たからさ。ありがとな」
フリッカは途中でエメラに遮られると、間髪入れずにゼフが後を継ぐ。
ミラはこう改めて感謝の言葉を向けられ、どうにも気恥ずかしさが勝り視線を泳がる。
「なんじゃ、礼を言われる様な事ではない」
そう言いながらそっぽを向く。しかしその頬は程よく紅に染まり、満更でもなさそうに笑んでいた。
「ミラちゃん、可愛いっ!」
もちろん、その姿にフリッカが耐えられるはずもなく、一連の流れを経て幕引きとなった。




