342 テレビ観賞会
コミック版6巻が、1月の末に発売されるそうです。
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三百四十二
「ほーら、じぃじ。いつまで寝ているつもり? もう朝よ」
巫女イリスの護衛に就いた翌日の朝。そんな声と共に身体を揺すられたミラは、「むぅぅ……」と寝ぼけまなこで声の主を見やった。
「何じゃ、アルマか。んー……おはよう」
のんびりとした仕草で大きく伸びをしたミラは、まだ眠気の覚め切らない顔で挨拶すると、そのままぼんやりと目を瞑る。
「はい、おはよう。そして、また寝ないの」
アルマは即座に布団を剥ぎ取ると、再び横になろうとするミラを起き上がらせる。
「ほら、シャワーで、ちゃっちゃと目を覚ましましょうねー」
そんな言葉と共に、ミラは寝室から浴室へと連行されるのだった。
「じゃあ、終わったら昨日食事した部屋に来てね。朝食の用意してるから」
アルマは、そう言ってミラを脱衣所に放り込み去っていった。朝から、何とも忙しそうな様子だ。
「むぅ……」
ミラはというと寝るのが遅かったためか、まだ眠気が残る頭で、どうにかこうにか言われた通りに行動し、素直にシャワーを浴びた。
寝覚めに浴びる熱いシャワーのなんと心地良い事か。
「あー、もう朝じゃな」
ようやく目の覚めたミラは、そこから手際よく朝の支度を済ませていった。
アルマ、イリスと共にキッチンダイニングで朝食を摂り終えたら、食後のティータイムだ。
この時間、三人で色々な事を話した。
それは、何とも他愛のない会話だ。けれど、だからこそ大切な時間なのだろう。特にアルマとイリスが語らう様子は、安らぎに満ちていた。
だが、そんな時間がずっと続くわけではない。十分ほどしたところで、昨日にも見たような光景が繰り返されたのだ。
そう、早く仕事をしろと迎えにきたエスメラルダによって、アルマが連行されていくという光景が。
「何とも朝から、忙しないのぅ」
アルマを見送りながら、ミラは思う。一見、アルマはサボりに来ているように見えるが、その実、イリスに会いに来ているのではと。
それは、イリスの表情を見れば明らかだ。
巫女としての仕事に加え、こんな場所に閉じこもらなくてはいけない状況のイリス。そのような中でずっと独りぼっちだったとしたら、きっとこれだけ明るくは笑えなかったはずである。
そうなっていないのは、きっとアルマがいたからだろう。
また昨日と今日の様子からして、アルマはかなり頻繁にここへ出入りしているようにも感じられた。
ミラは、そんなアルマの気持ちとイリスの笑顔を護るため、改めて気合を入れる。
とはいえ、今すぐ何かが起きるようなものでもない。
暗殺者を見つけた二日前の様子からして、敵側は未だにイリスの所在すら掴めていないのが明白だ。この部屋にまで侵入してくるなど、ほぼ無いといってもいいだろう。
しかもこの部屋は、アルマが仕込んだ監視設備も厳重な事に加え、召喚術による警備で万全な護りとなった。部屋にいる限り、イリスは安全だ。
ゆえに、本格的な出番が来るのは、もう暫く先の事。
ミラがノインと代わった一番の要因は、闘技大会本戦中の護衛だ。
闘技大会本戦を会場で見学する事を楽しみにしていたイリス。だが男性恐怖症となってしまい、ノインの護衛が完全でなくなってしまった。
そのような状態で、この部屋を出るのはリスクが高過ぎる。よって、会場での見学を諦めるしかなくなった。
そんな時に、のこのこと現れたのがミラというわけだ。
今回の件には、そういった様々な事情が絡んでいるわけだが、アルマのお陰かイリスは実に健やかそうだ。
「あ、そろそろイベントが始まる頃ですー」
時計を確認したイリスは、「ミラさんも一緒に観ましょー」と言って、パタパタとキッチンダイニングを飛び出していった。
「こっちもこっちで、朝から元気じゃのぅ」
そう呟いたミラは、はてイベントとは何の事だろうかと疑問を浮かべつつ後に続いた。
イリスが言っていたイベントとは、大会の会場で行われているステージイベントの事であった。
まだ、今大会のメインである闘技大会の予選は始まっていないが、それでもこれだけ街が盛り上がっているのは、オープニングアクトとなるイベントが盛り沢山だからだろう。
イリスは、そんなイベントをリビングの魔導テレビで毎日楽しんでいるのだそうだ。
しかも誰かと一緒にテレビ観賞するのは初めてらしく、それはもう意気揚々と準備を整えていく。
実に慣れた手つきで魔導テレビをセットしたイリスは、ついでとばかりにお菓子や飲み物をテーブルに並べる。
そうして完成したのは、完全完璧な観賞環境だった。
(これはまた、あの頃の休日を思い出すのぅ……)
現代での休日には、こうして映画などを楽しんだりもしたものだと懐かしむミラ。
また同時に、その時の最適解ともいえる環境を瞬く間に作り出したイリスに、末恐ろしい何かを感じとった。
(早いところ『イラ・ムエルテ』をどうにかして、イリスがお天道様の下を堂々と歩けるようにせねばな……)
このままでは、イリスが引きこもりのテレビっ子に。その片鱗を垣間見たミラは、『イラ・ムエルテ』との戦いに早く終止符が打てるようにと願う。
「ミラさん、ミラさん、こちらへどーぞ!」
ミラがあれこれ不安に思っている中、ソファーに腰掛けたイリスが、その隣を指し示しながらミラを呼ぶ。
よくよく見ると、そこにはご丁寧にミラの分のお菓子や飲み物も用意されていた。イリスは、一緒に魔導テレビ観賞をするのが嬉しくて仕方がないようだ。
「うむ」
そう答えてイリスの隣に座ったミラは、そのままソファーに身体を預ける。
上等なソファーに、高級な菓子と飲み物。なんと優雅なテレビ観賞だろうか。
と、そのようにミラが感じている中、イリスがつけた魔導テレビがイベントのステージを映し出すと同時に挨拶の声が流れた。
「ふむ……これは……何が始まるのじゃろうな」
画面に映るのは、出場者らしき三十二人と、ナレーターと思しき女性だけ。
少々遠巻きからの映像であるため顔などは見え辛いが、三十二人は性別どころか年齢までも、てんでバラバラだという事はわかった。子供と大人が入り交じっているのだ。
それでいて、その背後には大きなトーナメント表。これから始まるのは、何かしらの試合なようだ。
見る限り、この子供と大人が入り交じった状態での試合らしい。
いったい、これは何のイベントなのだろうか。
一目見て、そう気になったミラ。すると、その答えはテレビよりも先にイリスから齎された。
「今日のメインステージのイベントは、レジェンド・オブ・アステリアの決勝トーナメントですよ。楽しみですー」
そう言って、誰が優勝するかという予想を始めたイリス。
なんでも彼女は、会場内で行われるイベントスケジュールを全て把握しているそうだ。
それは凄いと感心したミラは、それと同時に「なんと、ここで決勝じゃったのか」と驚いた。
レジェンド・オブ・アステリア。それは、大陸中で流行しているカードゲームの名だ。
いつぞやだったか。ミラは、大きな大会の出場をかけた予選試合を観た事があった。ダンブルフのカードを使っていた女性が勝利した一戦だ。
あの女性は出ているのだろうか。それが気になったが、場面は既に一回戦目の準備へと進行しており、三十二人の出場者を確認する事はもう出来なかった。
なおイリスも、このレジェンド・オブ・アステリアに嵌っているらしい。アルマやエスメラルダと一緒に、よく遊んでいるとの事だ。
次に勝負するデッキの参考にするんだと、それはもう観賞にも気合が入っていた。
ちなみに、エスメラルダは堅実なカード構成のデッキが多く、アルマは金で殴るかのように高価なカード構成だそうだ。
そうして始まったレジェンド・オブ・アステリアの決勝トーナメント。
試合中は奥側のトーナメント表にスクリーンが被せられ、そこに盤面が投影されるようになっていた。よって魔導テレビの画面でも、十分に試合の流れを把握出来た。
今は第三試合目。聖騎士デッキの使い手と闇騎士デッキの使い手がぶつかるという好カードに、イリスのテンションもまた上がり調子だ。
「凄いですー。こんな使い方があったなんて」
「おお、また逆転しおったぞ。まだまだ勝敗はわからぬのぅ」
イリスだけでなく、気付けば一進一退の接戦が繰り広げられる盤面に釘付けになっていたミラ。
あの日の予選を切っ掛けに、基本的なルールだけは確認していた事もあり、ミラもまた最低限の試合展開は把握出来ていた。
だが、カード効果だ何だという部分については勉強不足のまま。
けれど、「今のは、何をやったのじゃ?」と問えば、イリスが完璧な答えを返してくれた。それはそれは饒舌にだ。
「おっと、これはもう決まりじゃろうな」
「このままでは辛いところですー。でも、あのカードを引ければ、まだわからないですよー」
いよいよ追い詰められた聖騎士デッキ側。この窮地からは逃れられないだろうと言うミラに対して、イリスはまだ可能性が残っていると告げる。
この状況をひっくり返せる、聖騎士デッキには必須級のカードがあるそうだ。
山札のドロー。そして長考。この時点で、そのカードは引けなかったようだ。
けれど、そこから怒涛のカード回しが始まった。幾つものカード効果とユニットの能力を活用し、イリスが言っていたカードを見事に引き当てたのである。
「なんと! この土壇場でまたも逆転か!」
「凄いです、凄いですー! あんな方法で引いちゃうなんてー!」
もはや、これが決勝戦なのではないかというほどの大激戦に、会場は興奮状態。ミラとイリスもまた大盛り上がりだ。
そうして暫くの後に勝負は決した。その逆転のカードが決定打となり、聖騎士デッキ側の勝利で幕が下りる。会場は、両者の健闘を称える拍手で沸いていた。
「一、二試合目も相当じゃったが、この試合は特に激しかったのぅ」
「対策の対策があんなに決まるなんて、初めて見ましたー」
次の試合までのインターバルで、そう感想を交わし合う二人。イリスもさることながら、ミラもまた、今度デッキでも組んでみようかと考える程度に感化されてきていた。
そんな最中の事。不意に、チリンチリンと風鈴のような音がどこからともなく聞こえてくる。
「む? 何の音じゃろう?」
ベランダ側を見てみるが、風鈴らしきものはない。それ以前に、ここは室内であるため、そもそも風鈴が風に揺れるはずもなかった。
では何の音かというと、その正体は直ぐに判明した。
「はいはーい」
まるで呼びかけに答えるようにして立ち上がったイリスが、そのまま部屋の隅に設置されていた通信装置に駆け寄っていったのだ。
そう、風鈴のような音は、通信装置の着信音だったのである。
どうやら、ここに置かれている通信装置は、ミラのワゴンに設置されているものとはまた違う特別製のようだ。スイッチだなんだと、ややこしげなものが色々付いている。だが、それを操作するイリスの手付きは、実に慣れたものだった。
「イリスですー」
色々な操作の後、イリスは最後にレバーを引いて応答した。
『はい、アルマでーす。で、イリス。今、ミラちゃんは近くにいる?』
通信装置のスピーカーから返ってきたのは、アルマの声だった。その言葉からして、どうやらミラに用事があって連絡してきたようだ。
はて、何だろうか。もしかして、昨日のあの件だろうか。そう返事をしようとしたミラだが、イリスの方が早かった。
「はいー。一緒にアステリア杯を観ていましたー!」
ミラと一緒にテレビ観戦をするのが余程楽しかったのだろう。そう答えたイリスの声は、とても弾んでいた。
『あ、そっか。そういえば今日だったっけ』
あっと思い出したように声を上げたアルマ。彼女もまたカードゲームを楽しんでいるからか、今回の大会の勝敗に多大な関心があるようだ。『今、何試合目? フリーデ君は、もう出た?』と、それはもう気になって仕方がないとばかりに続けた。
「ちょうど三試合目が終わったところですー。フリーデさんは、次の次ですよー」
『そっかー。フリーデ君は、まだか。彼はニルヴァーナの代表みたいなものだから、是非とも優勝してほしいわね!』
「してほしいですー!」
と、何やらカード大会の事で盛り上がり始めた二人。カードゲームに嵌っているという事もあるが、ニルヴァーナ国周辺の代表として、フリーデなる人物が決勝リーグにまで残っているというのが、その盛り上がりを加速させている様子である。
アルマとイリスは、知り合いか友人かというくらいに、フリーデなる人物の得意なデッキや戦術などについて詳しかった。
その会話の内容からして、彼は予選リーグの時点で頭角を現していたらしい。しかもイリスに至っては、予選の時から魔導テレビで観戦していたそうだ。
『それにしても、まだ三試合目か。時間的には、もう五試合目くらいな感じだけど』
フリーデという人物の事でひとしきり盛り上がった後に、アルマがそんな事を口にした。
レジェンド・オブ・アステリアのゲーム時間は、平均で三十分程度。だが現在、決勝リーグが始まってから二時間以上が経過していた。
「それは、三試合目がすっごい激戦だったからですー。本当に凄かったんですよー」
『イリスがそこまで言うなんて、相当ね。どんな試合内容だったの?』
「それはもう逆転に次ぐ逆転でしたー。まさか、あのカードがあんなふうに使えるなんてって、びっくりしました」
『え、何それ何それ。どのカード? どんな風に使ったの!?』
「ふふふー、それは秘密ですー。次に対戦する時に使っちゃいますからー」
『ああ、ずるーい!』
会話が一段落したかと思えば、また盛り上がり始めるアルマとイリス。
やはり共通する趣味というのは、コミュニケーションの基礎と言ってもいいだろう。それほどまでに二人の話は止めどなく続く。
「おーい、わしの事を忘れてはおらぬかー? わしに用事があったのじゃろー」
次に対戦する時は、面白いデッキが幾つも出来ている。新弾のカードパックの発売日が決まった。そろそろセシリアをカードの世界に引き込めそうだ。などなど、終わる様子のない二人の会話に割り込むようにしてミラは主張した。用事があって連絡してきたのではないかと。
『……あ、そうだった!』
もはや完全にイリスとの会話を楽しんでいたアルマは、むしろ驚くくらいの勢いで思い出したようだ。話の続きはまた後でとイリスに告げてから、連絡してきた理由を口にする。
『えー、こほん。昨日話していた件なんだけど、凄く速いね。もう来たみたいなの。待合室で待ってもらっているから、受け取りと確認をお願い出来るかな』
通信装置から届けられたアルマの声。目的が目的なだけに、イリスの能力で敵側へ情報が伝わらないように主要な部分は伏せられていたが、それを聞いたミラは直ぐに理解した。
(流石じゃな。もう送ってきおったか)
昨日の件と、受け取りの確認。その意味するところは、つまり、もうピー助が五十鈴連盟の支部に到着し、支部長のクラウスがそれを届けに来たという事だ。
「うむ、わかった」
ミラが答えると『よろしくねー』という、どこか気楽そうなアルマの声が返ってくる。まるで、宅配の荷物の受け取りを頼んだかのような気楽さだ。
それもまた、イリスに重要な案件だとは思わせないための小技であろう。
『それじゃあ、イリス。また夕食時に。試合の結果、その時に教えてね』
「わかりましたー」
最後にアルマとイリスが、そう言葉を交わして通信は切れた。すると魔導テレビの音声が自然と耳に入ってくる。
準備時間も終わり、もうすぐ四試合目が始まるようだ。
遠目であるため顔の判別までは出来ないが、とんでもなく体格差がある事はわかった。
対戦者は、少年と屈強な男。殴り合いの試合ならば一秒で決着がつくだろう絵面だが、そこはカードゲームの場。二人の立場は対等である。
ただ、こういう試合は不思議と少年の方を応援したくなるものだ。
けれどミラには、その試合を観ている時間はなかった。
先日……遂にやっちゃいました。
夜マックというものを!
お肉が倍になるというあれです!
ビッグマックとてりやきバーガーでやっちゃいました。
いやはや、凄いですね。
二倍なのでビッグマックだと、何と4枚にもなるのです!
久しぶりの贅沢を堪能出来ました!




